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180. それぞれの戦い ~恋の行方~
しおりを挟むガッチガチになった弟を見て、リシャール様がうーんと唸る。
国宝に陰りが見える。
「旦那様、どうしました……?」
「心配だ」
私が訊ねると、リシャール様はポツリと一言そう返した。
「心配、ですか?」
リシャール様はうん、と頷き複雑そうな顔のまま答える。
「いや、あいつ……大丈夫です、とか言っているけど」
「全く、大丈夫そうではありませんわね!」
ハッキリ私が断言するとリシャール様が苦笑する。
「そうなんだ。それでさ、ああいう時の弟って昔からたいてい暴走しがちなんだよ」
「暴走……」
そう言われて兄大好きを拗らせていた頃のジメ男の姿を思い出す。
きっとあれも歯止めが利かなくなって暴走した結果。
「極端に前向きか、極端に後ろ向きか……その時にもよるんだけど」
「それは、かなり両極端ですわね?」
「うん。僕の記憶の中では後ろ向きの方が圧倒的に多かったけど、今はどうかな……」
リシャール様がガッチガチになった弟の姿をじっと見つめる。
その心配そうな表情を見て、私は“兄の顔”をしているわ、と思った。
「───リシャール殿がフルールの突然の暴走に耐性があるのは、弟君がいたからだったんですね?」
すると、後ろからそんな声が聞こえて来たので、振り返るとお兄様とオリアンヌお姉様がいつの間にか私たちの背後に立っている。
「お兄様!」
「リシャール殿がいくらフルールに惚れているといっても、こんなに懐が大きく常に落ち着いていられるのは元々身近に暴走しがちな人がいたなら納得です」
お兄様はウンウンと頷いている。
「いや? 弟はともかくフルールのは全く予測がつかない。だから僕はいつでも必死だ」
「……ははは、それもそうですね。フルールの場合は特殊です」
「ああ。フルールの場合は」
「そう。この腕相撲力比べ大会の開催もフルールが満面の笑顔で説明した時、俺は本当に何事かと……それが気付けば何故か大規模な見合い会場になっているし……」
「アンベール殿……」
リシャール様とお兄様が会場内をぐるっと見渡した後、顔を見合せてうんうんと頷きあっている。
(えっと……? なんで私?)
二人の会話の意味がよく分からなかったので、隣にいるオリアンヌお姉様に訊ねる。
「オリアンヌお姉様、私の名前が出ていますけどお兄様たちは一体なんの会話をしているのでしょう?」
「……」
オリアンヌお姉様は、私の顔を見ると一瞬真顔になって黙り込んだ。
そしてすぐにニッコリ笑顔になった。
相変わらず惚れ惚れするほど美しい。
「───あれは、フルール様が可愛いという会話ですよ!」
「え! 今の会話がですか?」
可愛い?
そんな言葉は全く聞こえなかったわよね?
私が不思議に思っていると、オリアンヌお姉様はますます笑みを深める。
「(要約すれば)そういうことなんですよ、フルール様!」
「お姉様……」
不思議には思ったけれど、とにかくオリアンヌお姉様の笑顔がとっても美しかったので、ここは素直に受け止めて喜ぶことにした。
そんな話をしているうちに、所定の位置について手を組んだニコレット様とジメ男の戦いが開始。
──ニコレット様の瞬殺!
……ではなく、ジメ男は顔を真っ赤にしてプルプルしながらもニコレット様の先制攻撃を耐え抜いた。
その姿には観戦者たちも驚きの声をあげた。
(すこい! ジメ男……耐えているわ!)
前は勝負にすらならなかったはずなのに!
ジメ男の成長に私の胸が熱くなる。
ここまで勝ち上がったのも、決してまぐれではなかったようね!
そして、ニコレット様も以前のジメ男との様子の違いを肌で感じ取ったようで口元を緩める。
「────ふっふっふ、これこれこれ、これなのよ!!」
「し、師匠?」
「いい……ゾクゾクするわ」
「え、と?」
突然、笑いだしたニコレット様を不審がるジメ男。
「私! 私が求めていたのは、これなの」
「これ……?」
「───必ず、何がなんでもお父様を説得してみせるわ!!」
「師匠……? っあ! ぐっ……」
(まあ!)
ニコレット様が急にメラレット化したので、力がさらに強くなったのかジメ男が一気に押されてしまう。
これで勝負はついたか!
誰もがそう確信した。
しかし、それでもジメ男はなんとか必死に耐え抜いた。
「……っ! し、師匠……今のはいったいなんのはな、し……ですか」
「え? アア、失礼。それはもちろん───私の連れ帰る婿候補の話よ!」
「む、むむむむ……!?」
「え? モンタニエ弟! ち、力が……?」
ニコレット様の婿候補と聞いて動揺したジメ男が謎の力を発揮し、ここに来てなんとニコレット様を押し返し始めた。
まさかの展開に会場内は驚きが隠せない。
「師匠! もしかして、み、みみみみ見つけたのですか!?」
「……え?」
「あ、あなた、の、むむむむ婿候補で、す!!」
「むむむむむこーほ?」
ぐぐっ……
ニコレット様が眉をひそめたその隙に、更にジメ男がぐっと押し返す。
そして、突然ジメ男は叫んだ。
「い、嫌です!」
「え、モ……モンタニエ弟……?」
思いがけないジメ男の反撃と謎の叫びにニコレット様は明らかに動揺する。
「えっと? い……嫌ってな、何を?」
「僕……ぼぼ僕は……僕はっっ」
ジメ男はそこで一旦黙り込むと何かに葛藤している。
「モ、モンタニエ弟、大丈──」
「やっぱり…………無理だ、最強の弟子だけでは我慢なんて出来ない……」
「え? 最強の弟子? 我慢?」
小さな声でブツブツと呟き、そこで顔を上げてギリッと唇を噛んだジメ男。
まっすぐニコレット様を見つめると腕に更なる力を込めて一際大きな声で叫んだ。
「師匠……いや────ニコレット様! 僕はあなたのことが好きなんですーーーー!!」
ジメ男のその告白の声はとてもよく響いた。
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