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178. それぞれの戦い ~幼馴染~

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 リシャール様の腕が沈む。
 ───私の勝利。

「フ……フルール」

 リシャール様がとっても悔しそうな顔をした。
 こういう顔は、普段あまり見ない気がするので何だか嬉しくなる。
  
「……」

 ───この顔……いい。

(どうしましょう……!  お母様の気持ち、分かる気がするわ!!)

 何だか私の中で、また別の扉が開きそうな予感がムクムクしてくる。

「コホッ……旦那様ったら、いつの間にそんな研究をしていたのですか?」

 全然、知らなかったし気付かなかったわ。
 私がそう聞くとリシャール様はポッと頬を赤く染める。

「さ、さっきも言っただろう?  フルールにかっこいい所を見せたかったんだって」
「旦那様……」
「フルールがこの競技は奥が深いと言っていたから、腕力だけじゃなくコツがあるんじゃないか、そう思って」
「はい、びっくりしましたわ……」
「だろう?」

 頷きながらそう答える私の表情を見て旦那様が嬉しそうに笑った。
 国宝級の笑顔にキュンとする。

「残念ながら僕の詰めが甘かったみたいだけど、フルールをびっくりさせられたから……とりあえず成果としてはまあまあかな?」

 なるほど、と思う。
 私は昔から何でも本能に従いがちだけど、勝負というのはこういう落ち着いた冷静な分析も必要なのね。

(さすが、私の旦那様────素敵、大好き!)

 再び、私の胸がキュンキュンしたので、本能のままに愛するリシャール様に抱きつこうとした。
 その時だった。

「───フルール様!  イチャイチャは後になさい!」
「え……あ!」

 その鋭い声に振り返ると、大親友アニエス様がこちらに歩いてくる。
 そう。
 4番目のクジを引いたのがアニエス様だった。
 その表情はどこか鬼気迫るような……いえ、強ばっているようにも見える。

(これは、やる気満々の顔!?)

「全く!  ……こんな大勢の見ている前で堂々と何を……フルール様は恥ずかしくないのですか!」
「ええ!  全く恥ずかしくなどありませんわ」
「!?」

 私が堂々と言い切るとアニエス様の目がまん丸になる。
 私はいつものように堂々と胸を張って答えた。

「だって、私が旦那様……リシャール様のことを大好きなのは事実ですもの!」

 アニエス様の顔が引き攣る。

「あ、あなた!  ……そんなことまで、堂々と……」
「いいえ!  だって愛する人への想いは隠すことではありませんから!」
「え……」
「だって、どんな想いも口に出さなければ何も伝わりませんわ」
「───っ!」

 何故かそこで固まるアニエス様。
 どうしたのかしら?

(あ……!  いけない)

 今は大事な大事な勝負の時間だった。
 特にアニエス様はこれから勝負だもの。
 騒いだら集中力を乱されてしまうわよね?

「アニエス様、ごめんなさい」
「は?」
「今は負けられない真剣勝負の時ですものね……申し訳ございません」
「……う、今度は素直……」

 何故かアニエス様がガクッと項垂れる。
 確かに、今はイチャイチャしている場合ではなかったわ……反省。

(イチャイチャは今日の夜に持ち越しよ!)

 こうして、うっかりな私にもきっちりと教えてくれる───さすが私の大親友だわ!

「ははは……アニエスが言い負かされるの初めて見たかも」
「はっ───来たわね!  ナタナエル!!」

 その声に振り向くと、アニエス様の対戦相手の騎士がニコニコしながらやって来た。
 途端に項垂れていたはずのアニエス様がパッと元気よく顔を上げた。

「───ここで会ったが百年目よ!  ナタナエル!  覚悟なさい!」

 そう意気込むアニエス様に辺境伯家の騎士───ナタナエル様はとっても切なそうに首を横に振った。

「アニエス……残念だけど俺たち、さすがに百年も生きてないよ?」
「は?」

 アニエス様がポカンとした顔で彼を見つめる。

「もしかして……俺、そんなお爺さんに見える?」
「は?」
「ごめん。俺、こう見えてもまだ───」
「やっぱり阿呆なのーー!?  あなた、本気でそう言っているの!?」
「え?  うん」

 元気いっぱいのアニエス様の叫びにニコニコ顔であっさりと頷くナタナエル様。

「だってアニエスが百年って言うからさ……」
「お爺さん!?  あなたの年齢なんて知っているに決まっているでしょーー!」

 ナタナエル様の両肩をガシッと掴んで勢いよく前後に揺さぶるアニエス様。

「え?  アニエス、ちゃんと俺が何歳か覚えてくれていたんだ?」
「……んぁ!?」
  
 激しく揺さぶられているというのに、平然としているナタナエル様。
 その言葉にアニエス様が変な声をあげて動きがピタッと止まる。
 そんなアニエス様を見てナタナエル様はくくっとこれまた嬉しそうに笑った。

「アハハッ、そっか。それは嬉しいなぁ!」
「なっ!」

 ナタナエル様のその反応にアニエス様の顔がカッと赤くなって目を逸らす。

(あ!  アニエス様の照れ屋さんが発動したわ!)

「ち、違っ……そ、そうじゃなくって!  わ……わたしは!」
「分かってる、分かっているよ、アニエス。君はそれだけ俺のことが……」
「っっ!  ───さ、さあ、ナタナエル!  わたしたちの勝負の時間だわ。い、行くわよ!!」
「え?  アニエス……ちょっ……ははは!」

 顔を真っ赤にしながら声までひっくり返したアニエス様はナタナエル様の言葉を遮って、やや強引に彼の腕を引っ張る。
 そのまま、ナタナエル様はアニエス様にズルズルと引き摺られていく。
 かなり荒く乱暴に引き摺られているというのに、ナタナエル様は何故かずっと笑顔だった。


「フルール───僕には今いち、あの二人の関係性が分からないんだけど?」
「え?」

 そんな二人の様子を見ながら旦那様が隣で呟く。

「関係性ですか?」
「フルールの言うように、あれは本当に……仲良し、なの?」

 リシャール様が困惑した顔で首を捻っている。

「はい!  アニエス様、とっても嬉しそうで照れていましたから間違いありませんわ!」
「嬉しそう……照れる……ああやって引き摺るのが?」
「はい!  どこをどう見てもアニエス様の可愛らしい照れですわ」
「……」

 そう言い切る私の顔をリシャール様は何か言いたそうに見ていた。



 位置についたアニエス様とナタナエル様が勝負の体勢に入り手を組む。
 そして開始の合図を待つ中、ナタナエル様がアニエス様に語りかける。

「───そういえばさ、昔はアニエスとよくこんな風に遊んだよね」
「え?」
「腕相撲ではなかったけど、力比べもしただろう?」

 とても懐かしそうな目をしながら語るナタナエル様。

「あの頃の俺は……アニエスよりも身体も小さくてとにかく非力で泣いてばかりで……」
「ナタナエル?」
「……女の子と間違えられるのもしょっちゅうで」
「ふっ、そうね───初めて会った時、どこの美少女かと思ったわ」

 アニエス様も思い出したのか、クスッと懐かしそうに笑う。
 言われてみれば、確かにナタナエル様は綺麗な顔立ちをしている。
 子供の頃なら女の子に間違われてしまったと言うのも分かる気がする。

「……ははは!  懐かしい、そうやってアニエスは俺に……」
「~~っ!  無駄口は結構よ!  いいからもう勝負に集中───……」

 何かを思い出したのか、顔を赤くしたアニエス様がそう言いかけた所で開始の合図。

「───アニエス」
「え?」

(……あら?  空気が)

 すると、突然それまでニコニコ笑っていた彼の雰囲気が一変したような気がした。

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