王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
178 / 354

178. それぞれの戦い ~幼馴染~

しおりを挟む


 リシャール様の腕が沈む。
 ───私の勝利。

「フ……フルール」

 リシャール様がとっても悔しそうな顔をした。
 こういう顔は、普段あまり見ない気がするので何だか嬉しくなる。
  
「……」

 ───この顔……いい。

(どうしましょう……!  お母様の気持ち、分かる気がするわ!!)

 何だか私の中で、また別の扉が開きそうな予感がムクムクしてくる。

「コホッ……旦那様ったら、いつの間にそんな研究をしていたのですか?」

 全然、知らなかったし気付かなかったわ。
 私がそう聞くとリシャール様はポッと頬を赤く染める。

「さ、さっきも言っただろう?  フルールにかっこいい所を見せたかったんだって」
「旦那様……」
「フルールがこの競技は奥が深いと言っていたから、腕力だけじゃなくコツがあるんじゃないか、そう思って」
「はい、びっくりしましたわ……」
「だろう?」

 頷きながらそう答える私の表情を見て旦那様が嬉しそうに笑った。
 国宝級の笑顔にキュンとする。

「残念ながら僕の詰めが甘かったみたいだけど、フルールをびっくりさせられたから……とりあえず成果としてはまあまあかな?」

 なるほど、と思う。
 私は昔から何でも本能に従いがちだけど、勝負というのはこういう落ち着いた冷静な分析も必要なのね。

(さすが、私の旦那様────素敵、大好き!)

 再び、私の胸がキュンキュンしたので、本能のままに愛するリシャール様に抱きつこうとした。
 その時だった。

「───フルール様!  イチャイチャは後になさい!」
「え……あ!」

 その鋭い声に振り返ると、大親友アニエス様がこちらに歩いてくる。
 そう。
 4番目のクジを引いたのがアニエス様だった。
 その表情はどこか鬼気迫るような……いえ、強ばっているようにも見える。

(これは、やる気満々の顔!?)

「全く!  ……こんな大勢の見ている前で堂々と何を……フルール様は恥ずかしくないのですか!」
「ええ!  全く恥ずかしくなどありませんわ」
「!?」

 私が堂々と言い切るとアニエス様の目がまん丸になる。
 私はいつものように堂々と胸を張って答えた。

「だって、私が旦那様……リシャール様のことを大好きなのは事実ですもの!」

 アニエス様の顔が引き攣る。

「あ、あなた!  ……そんなことまで、堂々と……」
「いいえ!  だって愛する人への想いは隠すことではありませんから!」
「え……」
「だって、どんな想いも口に出さなければ何も伝わりませんわ」
「───っ!」

 何故かそこで固まるアニエス様。
 どうしたのかしら?

(あ……!  いけない)

 今は大事な大事な勝負の時間だった。
 特にアニエス様はこれから勝負だもの。
 騒いだら集中力を乱されてしまうわよね?

「アニエス様、ごめんなさい」
「は?」
「今は負けられない真剣勝負の時ですものね……申し訳ございません」
「……う、今度は素直……」

 何故かアニエス様がガクッと項垂れる。
 確かに、今はイチャイチャしている場合ではなかったわ……反省。

(イチャイチャは今日の夜に持ち越しよ!)

 こうして、うっかりな私にもきっちりと教えてくれる───さすが私の大親友だわ!

「ははは……アニエスが言い負かされるの初めて見たかも」
「はっ───来たわね!  ナタナエル!!」

 その声に振り向くと、アニエス様の対戦相手の騎士がニコニコしながらやって来た。
 途端に項垂れていたはずのアニエス様がパッと元気よく顔を上げた。

「───ここで会ったが百年目よ!  ナタナエル!  覚悟なさい!」

 そう意気込むアニエス様に辺境伯家の騎士───ナタナエル様はとっても切なそうに首を横に振った。

「アニエス……残念だけど俺たち、さすがに百年も生きてないよ?」
「は?」

 アニエス様がポカンとした顔で彼を見つめる。

「もしかして……俺、そんなお爺さんに見える?」
「は?」
「ごめん。俺、こう見えてもまだ───」
「やっぱり阿呆なのーー!?  あなた、本気でそう言っているの!?」
「え?  うん」

 元気いっぱいのアニエス様の叫びにニコニコ顔であっさりと頷くナタナエル様。

「だってアニエスが百年って言うからさ……」
「お爺さん!?  あなたの年齢なんて知っているに決まっているでしょーー!」

 ナタナエル様の両肩をガシッと掴んで勢いよく前後に揺さぶるアニエス様。

「え?  アニエス、ちゃんと俺が何歳か覚えてくれていたんだ?」
「……んぁ!?」
  
 激しく揺さぶられているというのに、平然としているナタナエル様。
 その言葉にアニエス様が変な声をあげて動きがピタッと止まる。
 そんなアニエス様を見てナタナエル様はくくっとこれまた嬉しそうに笑った。

「アハハッ、そっか。それは嬉しいなぁ!」
「なっ!」

 ナタナエル様のその反応にアニエス様の顔がカッと赤くなって目を逸らす。

(あ!  アニエス様の照れ屋さんが発動したわ!)

「ち、違っ……そ、そうじゃなくって!  わ……わたしは!」
「分かってる、分かっているよ、アニエス。君はそれだけ俺のことが……」
「っっ!  ───さ、さあ、ナタナエル!  わたしたちの勝負の時間だわ。い、行くわよ!!」
「え?  アニエス……ちょっ……ははは!」

 顔を真っ赤にしながら声までひっくり返したアニエス様はナタナエル様の言葉を遮って、やや強引に彼の腕を引っ張る。
 そのまま、ナタナエル様はアニエス様にズルズルと引き摺られていく。
 かなり荒く乱暴に引き摺られているというのに、ナタナエル様は何故かずっと笑顔だった。


「フルール───僕には今いち、あの二人の関係性が分からないんだけど?」
「え?」

 そんな二人の様子を見ながら旦那様が隣で呟く。

「関係性ですか?」
「フルールの言うように、あれは本当に……仲良し、なの?」

 リシャール様が困惑した顔で首を捻っている。

「はい!  アニエス様、とっても嬉しそうで照れていましたから間違いありませんわ!」
「嬉しそう……照れる……ああやって引き摺るのが?」
「はい!  どこをどう見てもアニエス様の可愛らしい照れですわ」
「……」

 そう言い切る私の顔をリシャール様は何か言いたそうに見ていた。



 位置についたアニエス様とナタナエル様が勝負の体勢に入り手を組む。
 そして開始の合図を待つ中、ナタナエル様がアニエス様に語りかける。

「───そういえばさ、昔はアニエスとよくこんな風に遊んだよね」
「え?」
「腕相撲ではなかったけど、力比べもしただろう?」

 とても懐かしそうな目をしながら語るナタナエル様。

「あの頃の俺は……アニエスよりも身体も小さくてとにかく非力で泣いてばかりで……」
「ナタナエル?」
「……女の子と間違えられるのもしょっちゅうで」
「ふっ、そうね───初めて会った時、どこの美少女かと思ったわ」

 アニエス様も思い出したのか、クスッと懐かしそうに笑う。
 言われてみれば、確かにナタナエル様は綺麗な顔立ちをしている。
 子供の頃なら女の子に間違われてしまったと言うのも分かる気がする。

「……ははは!  懐かしい、そうやってアニエスは俺に……」
「~~っ!  無駄口は結構よ!  いいからもう勝負に集中───……」

 何かを思い出したのか、顔を赤くしたアニエス様がそう言いかけた所で開始の合図。

「───アニエス」
「え?」

(……あら?  空気が)

 すると、突然それまでニコニコ笑っていた彼の雰囲気が一変したような気がした。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...