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176. それぞれの戦い

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「……フルールにはあの雰囲気が“仲良し”に見えるの?」
「はい!  とっても仲良しですわ!」

 私は自信を持って答える。
 だって、大親友の私には分かるの。
 あの騎士の方と話している時のアニエス様の口元が、いつもよりほんの少しだけ緩んでいる。

(この私の目は誤魔化せませんわよ!?)

「……」

 無言で私の顔をじっと見ていたリシャール様が優しく微笑む。
 そして私の頭に手をポンッと置くと言った。

「なるほど。フルールが言うなら“そういうこと”なんだろうね」
「ええ!」

 私も微笑み返した。

「───とりあえず、男女共に五人出揃ったし、クジは引いておこうか」

 リシャール様のその一声で最後のメンバーたちはそれぞれクジを引いた。

 ─────その結果。

「す……すごいですわ、旦那様!!」
「うん、僕もちょっとびっくりしている……」
「見てください!  お母様があちらで歓喜の舞を踊っていますわ」
「……よ、よっぽど、嬉しかったんだね?」

 見事、狙っていたお父様との戦いを引き当てたお母様は、嬉しさと興奮のあまり踊っている。

「そんなにお父様と戦いたいなら、家で勝負すればいいのでは?  そう言ってみたのですけど」
「義母上はなんて?」
「こういう大勢の前で旦那様と戦うからこそ燃えるものでしょう?  とメラメラしながら言われまして」
「……」

 私がそう言うとリシャール様が黙り込んだ。
 そしてじっと私を見つめる。

(う、美しい……眩しいわ)

 その美しい顔に見惚れそうになった。

「つまり、フルールも対戦相手が僕だと分かって嬉しそうにしているのは義母上と同じ理由───」

 やっぱりリシャール様には見抜かれていたわ!!
 えへっと笑って誤魔化そうとしたら、優しくコツンと頭を叩かれた。

「まあ、そのことは置いておくとして。何がすごいってこの対決、縁がある人たち同士の戦いとなったことだよ……」
「そうですわね」

 クジを引いた結果……
 優雅に歓喜の舞を披露しているお母様は、念願のお父様と。
 私は愛する夫、リシャール様と。
 そして、オリアンヌお姉様は……

「アンベールが相手なのね!?  真剣、真剣勝負よ!」
「……いや無理!  え?  なんで?  フルールとでも無理だと思うのに……俺の勝てる要素どこにある!?」
「手加減無用よ!」
「───そういう問題じゃないんだよ、オリアンヌ!!」

 こちらも愛する夫のお兄様との戦い。
 オリアンヌお姉様の場合は、誰が相手でもやる気満々といった様子だけれども。

 そして、残りの二組は────……

「私の相手は……モンタニエ弟のようね」
「うっ、僕っ!?」

 クジの番号を合わせて、ニコレット様が嬉しそうにジメ男に声をかけた。
 ジメ男はクジの番号とニコレット様の顔を交互に見ては、顔を青くしたり赤くしたりしている。

「あいつのクジ運もなかなかだな」

 リシャール様が、ジメ男を見ながら私の横で苦笑している。

「まあ、これで少しでも強くなったところを見せて辺境伯令嬢に男として意識してもらえれば良……」
「ジメ男…………赤くなったり、青くなったり……器用ですわ」
「フルール、え?  そこ?  今気にするのはそこなの?」

 私はクジの結果より、絶妙に紫にならないジメ男の顔色の器用さに感動していた。
 その後ろでは大親友の元気な声が聞こえて来る。

「どうしてーーーー!」
「ははは!  すごい偶然。よろしくね、アニエス!」

 アニエス様の対戦相手は、どうやら知り合いらしい辺境伯領の騎士。
 名前は……

「変更……変更は出来ないの?  それか交換……」
「酷いなぁ、アニエス」
「───ナタナエル!  あなたは、黙っていて!」

 ナタナエルさんと言うらしい。
 そんな仲良し二人の会話を聞きながら私はうんうんと頷く。

「アニエス様、嬉しそうで良かったですわ」
「……そうか。フルールにはあれが“嬉しそう”に聞こえるのか」
「はい!  私が突撃した時に照れて嬉しそうなアニエス様が見せる様子とよく似ていますわ!」
「……フルール、それは」

 私が満面の笑みでそう説明すると、リシャール様は何か言いたそうな顔をしたけれど優しく私の頭を撫でてくれた。


 ────それぞれ思うことはあれど、ついに戦い開始!
 ちなみに、クジのやり直しも交換もありません。

 まずは1番の札を引いたお父様とお母様。
 シャンボン伯爵夫婦の戦いから。
 グッと手を組んだ二人。
 開始の声がかかる前、お父様がお母様に声をかけていた。

「……なぁ、さっきからそこで踊っていたのは何だったんだ?」
「あれは歓喜の舞です」

 お母様は目の前の勝負に集中したいのか簡潔に答えている。

「なんだかいつもと違うとは思ったが……普段、踊っている喜びの舞との違いはなんだ?」
「喜び度の差です」
「…………そうか」

 なんだかお父様が小さくなったように見えた。

「くくっ……フルールの家族って本当に楽しそうだよね?」
「旦那様?」

 私の横でリシャール様が笑いを堪えている。

「そうですか?」
「うん……僕の知る限り、普段から喜びの舞を踊る家なんて知らない」
「お母様の習慣ですわ。私もお母様を見習って普段から嬉しいことがあると踊りたかったのですが、とにかくダンスが苦手でしたから……」

 子供の頃は嬉しい時にくるくる回る程度で良かったけれど、成長してからはそうもいかない。

「昔、玄関と廊下に飾ってあった花瓶が全滅した所で、私の喜びの舞は永遠に封印されましたわ」
「……全滅」

 リシャール様の顔が一瞬引き攣ったような気がした。
 ちなみに喜びの舞は先日、オリアンヌお姉様がこの大会の話をした時に踊っていたので、きちんとお母様から継承されているみたいで安心した。


 そんな中、開始したお父様とお母様の勝負。
 もう、全ての勢いからいってお母様の完全勝利だった。
 開始の声と共に全力で挑んだお母様にお父様は何も出来ず瞬殺されていた。
 まさかの瞬殺にポカンとした顔を見せるお父様に向かってお母様は嬉しそうに微笑んだ。

「───ふふ、あなたのその顔が昔から好きだから、どうしても見たかったのよ」

 お父様と戦いたかったのはそういう理由だったらしい。
 お母様はその後、隅っこに移動すると勝利の舞を踊っていた。

 そうして次は2番の札を引いたペア───お兄様たち。
 シャンボン伯爵家の戦いが続く。

「アンベール!  負けないわ。正々堂々と戦いましょうね」

 笑顔ながらもメラメラしたオーラを出している、メラアンヌ……いえ、オリアンヌお姉様。

「オ……オリアンヌ」

 ちょっと情けない声を出したお兄様に、オリアンヌお姉様はニコッと美しく笑う。
 その美しさに負けたのかお兄様の顔がポッと赤くなる。
 でもすぐに赤くなって見惚れている場合ではないと気付いたのか、慌てて表情を戻していた。

「アンベール殿には申し訳ないけれど、試合開始前から勢いで押されてしまっているね」

 隣のリシャール様がポツリと呟く。

「お兄様……」
「まるでこの後の僕の未来を見ているようだ…………」

 うん?  そう思って顔を上げてリシャール様に聞き返そうとした所で、二人の戦いが開始した。


 ───誰もが予想した通り、二人の勝負は開始早々のお姉様の勢いの方が強く、これも瞬殺かと思われた。
 しかし、お兄様はギリギリの所で耐えて異様な粘りをみせていた。
 これまで数多の令嬢を瞬殺して来たオリアンヌお姉様からすると驚きを隠せない。

「……アンベール!  どうして!?」
「……」

 オリアンヌお姉様だけではなく私も観戦者も皆、その驚異の粘りに驚く。

「…………自由なフルールに着いて行くにはこれくらいの粘り強さが必要だったんだ!」
「アンベール!」
「心も身体も鍛えられる───あんな無邪気な顔をしているのに……我が妹ながら恐ろしい」

 お兄様は必死に耐えながらそう口にする。
 どうやらお兄様の粘り強さの秘密は私にあるらしい。

「……フルール」

 隣りにいるリシャール様が、何か言いたげな目で私を見つめていた。
 私は、凄いでしょう?  という意味を込めてえへへ、と笑った。

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