170 / 354
170. 大親友が教えてくれた
しおりを挟む「……では、カップを素手で粉砕しなくても“最強”になれます?」
「は?」
アニエス様は眉をひそめた。
「当然でしょう? だいたいフルール様はとっくの昔に最……」
「アニエス様ーー!」
「ひぃっ!?」
私はアニエス様に抱きついた。
やっぱり持つべきものは大親友!
居てくれてよかったですわ。
「な、なんで抱きつくのですか!」
「もちろん、大親友だからですわ」
私は満面の笑みをアニエス様に向ける。
「は!? あなた、親友とか言えば何でも許されると思ってないかし…………ああ、もう! その顔! その締まりのない顔はやめなさい!」
照れ屋さんなアニエス様は恥ずかしくなったのか勢いよく私から顔を背けた。
「───ところで! どうしてそんな腕力とは! みたいな話になっているのですか!」
「え?」
アニエス様は顔を逸らしたまま、私に訊ねる。
「それはニコレット様とジメ男が“腕相撲”という名の力比べをしていたからですわ」
「は?」
「それで私も昨夜、リシャール様と激しい闘いを───」
「待って、待って、待ちなさーーい!」
焦った顔のアニエス様が話を遮る。
逸らしていたはずの顔がこっちを向いているので私たちの目が合った。
「全然、話が見えない! ニコレット様の相手? ジメオ? その明らかに不審な名前の男はどこの誰なのですか!」
「義弟ですわ」
「……は?」
私がにっこり笑って即答するとアニエス様の顔が引き攣った。
そしてそんな引き攣った顔のまま私に聞き返す。
「義弟って……」
「はい! ですから、モンタニエ公爵───リシャール様の弟ですわ!」
「……モンタニエ公爵の…………弟!」
「はい、弟ですわ」
「……」
アニエス様は深そうなため息を吐いた後、私の肩をガシッと掴んで前後にガクガクと揺さぶる。
ふふ、今日もアニエス様は元気いっぱい!
「あなたね!? なんで義弟をそんな呼び方しているのですか! 彼にはきちんとした名前の───」
「だって、ジメジメしていたんですもの」
「ジメジメ!」
「義弟は心を入れ替えて脱ジメ男を目指して頑張っていますが、油断するとすぐにジメジメするので、やっぱり“ジメ男”がしっくり来ますの」
私はジメ男がニコレット様の元に弟子入りしていることも加えて説明する。
「……フルール様。あなた、もしかしてですけど」
「はい!」
私は笑顔で元気よく答える。
アニエス様は、またしても深ーーいため息を吐きながら言った。
「あなたがこれまで対峙した男性たち……実は皆のことを影でそんなおかしな名前で呼んでいたのでは……?」
「まあ!」
「いくらなんでも、さすがにそこまでは無い、わよね……王子殿下とかもいるわけだし……」
「ふふ───さすがアニエス様ですわね!」
やっぱり、私のことをよく分かってくれている!
私が手を叩いて喜んだらアニエス様の笑顔が固まった。
「最近で言えば、アニエス様を黙そうと企んだ婚約詐欺男のことはフラフラ男で、その父はフラ父と名付けましたわ!」
「……フラ……」
「もっと遡れば……貧弱王太子……いえ、貧弱しなしな王太子、今は、げっそり王子とかもありますわね」
「不敬! 不敬なのに誰のことなのか分かってしまうのが恐ろしい……」
アニエス様が頭を抱える。
「他にもペラペラ男……我儘令嬢に気の毒王子……」
「まともなのが無いじゃないの!! ……ん? それならフルール様。ちなみにあなたの夫のモンタニエ公爵様のことは……?」
「国宝ですわ!!」
私が当然! という顔で胸を張ると突然アニエス様がその場に崩れた。
これにはさすがの私も驚く。
「アニエス様?」
「国宝……ふふ、ふふふ。いつかどこかで聞いた……あの意味不明な国宝発言…………謎が、ついに解けた…………」
「……?」
「フルール様はどんな趣味を持っているのかと密かに思っていたけれど、人間のことだったなんてーーーー」
「だってリシャール様って、とっても美しいではありませんか」
私はいつでも溢れんばかりの輝きを持った美しい夫を自慢する。
「だとしても、その呼び方は独特すぎるでしょうーー……!?」
アニエス様は両手で顔を覆って泣きながら、私のネーミングセンスを大絶賛してくれた。
────
「───それで、力比べとニコレット様がなんですって?」
一通り感動し終えたアニエス様は、どうやら落ち着きを取り戻したみたい。
話題は腕力の話に戻る。
私はそのまま、ニコレット様とジメ男の話をして、昨夜のリシャール様との激しい夜の闘いの説明を終える。
するとアニエス様は突然、また笑い出した。
「ホホホホホ! …………本っ当に投げて来たわね!? モンタニエ公爵……」
「アニエス様……お言葉ですが私、リシャール様と物の投げ合いはしたことがありませんわ?」
「は? ちょっと混乱するからお黙りなさい! フルール様!」
「!」
アニエス様の思考の邪魔になってはいけないので私は口を噤む。
その後、しばらくブツブツ何かを言っていたアニエス様が私に訊ねる。
「カップの粉砕の話が出てきた件は理解しましたけど……ねぇ、フルール様」
「……?」
私はアニエス様に顔を向ける。
「あなた、ニコレット様と義弟……モンタニエ公爵の弟……えっと、通称ジメ男? の二人の様子を見ていて何も思いませんの?」
「……?」
よく意味が分からず首を傾げる。
アニエス様がそんな私の顔を見て何かを察したように呟く。
「フッ……人妻のはずなのに、恋愛のネジが行方不明になっていそうなフルール様にこの質問は愚問だったようね……!」
「……?」
「と、いうか…………いつまでも黙られていても不気味なので、何か言ってくれません!?」
発言の許可を貰えたので、私は待っていましたとばかりに口を開く。
「よく分かりませんが、師弟愛最高! そう思っていますわ!」
「……師弟愛!」
「師匠と弟子ですもの」
私がそう答えたらアニエス様は、再び笑い出した。
「ホホホホホ! ……純粋! どう育ったらこうなるの……」
「アニエス様? えっと、シャンボン伯爵家ではよく食べてよく眠───」
「そういう意味ではありません! フルール様の大食いは嫌でも知っていますから! もう……」
苦しそうに息を切らすアニエス様。
大丈夫かしら? と心配になる。
「いいですか? フルール様。間近で二人を見てみないとハッキリとは言えませんが、わたしにはその二人の関係がただの師弟愛だけには思えません」
「違うのですか?」
「ええ。あくまでも……あくまでも推測ですけどね!?」
アニエス様は何度も何度も何度も何度も何度も何度も念を押してから私に説明した。
(なんてこと!)
アニエス様からその話を聞いた私は、急いで公爵家に戻る。
(これは確かめなくちゃ……!)
私は愛する夫の元へと駆け込む。
「旦那様! 大変ですわ!!」
「フルール!? もう帰ったの? もっとゆっくりしてくるのかと……」
「そのつもりでしたが、重要な事実が判明しましたので!」
「え……?」
リシャール様が、何事かと目を丸くする。
そんなリシャール様に向けて私は真剣な表情で言う。
「───旦那様! 第一回、モンタニエ公爵家、腕相撲力比べ大会を実施しましょう!」
「は? え?」
リシャール様の目はますます大きく見開かれた。
234
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています
ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
新婚早々、愛人紹介って何事ですか?
ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。
家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。
「結婚を続ける価値、どこにもないわ」
一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。
はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。
けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。
笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる