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169. 激しい夜
しおりを挟む「旦那様?」
私が呼びかけると、天を仰いでいたリシャール様は頭を戻して何でもないよ、と笑った。
「そうですわ! それよりも……旦那様!」
「うん? それよりも?」
実は、私はニコレット様と話をしていた時からずっとずっとウズウズしていた。
そう!
「私、その腕相撲といかいう名の力比べをやってみたいのですわ!」
「……え!」
「前から話しているように、私は腕力がまだまだなんですの。ですからぜひ、試してみたいのです」
私は着ていたガウンを脱ぐと腕をまくる。
リシャール様の顔がいきなりボンっと赤くなった。
「待ってフルール! 何でそこで脱ぐんだ!」
「力比べですもの。袖は邪魔になりそうだから不要ですわ」
「いや、そうじゃなくて! だからって今……脱ぐっ……目のやり場が……」
顔を赤くして何やらゴニョニョ言っているリシャール様を強引に押し切って私は言う。
「───さあ! 旦那様、手を出してください!! 勝負ですわ!!」
「フ、フルール……」
「こうして手を組んで、肘は……」
まだ、戸惑う様子を見せているリシャール様に向かってにこっと笑顔を浮かべる。
(大丈夫ですわ、旦那様。ルールはニコレット様から聞きました!)
「くっ! 出た、フルールのその顔……うぅ、それにますます目のやり場が……」
「準備はよろしいですか? 旦那様! それでは行きますわよーーーー」
「……聞いてない」
スタート! の掛け声と共に私はグッと腕に力を込めた。
ダーンッ!
「うあっっ!?」
「もう……旦那様! 手を抜くのは禁止ですわ。もう一度です!」
「え? 違っ……フルール……え!?」
なんと!
リシャール様と私の腕相撲対決は、あっさり秒で私が勝利してしまった。
さすがの私にだって、これはリシャール様が手を抜いた結果なのだと分かる。
(とーーっても、生ぬるかったもの!)
「真剣勝負ですわよ、旦那様」
「フルール! 頼む、待って……違っ、僕は別に手は……」
「二回戦目ですわ~~」
手を抜いたことが私にバレて焦っている様子のリシャール様。
再び手を組み直して……
「今度こそ、手加減無しでお願いしますわ。行きますわよ~~~」
「待ってくれ、フルーーーール!」
とてもとても、激しい(闘いの)夜の始まりだった。
─────
そんな激しい(闘いの)夜を終えた翌朝。
「───え? 兄上! か、顔が……顔がボロボロですよ!?」
「……」
ジメ男が憔悴した大好きな兄の顔を見て青ざめた。
「兄上の美しい顔が!」
「……」
次にジメ男はその隣にいる私の顔を見てハッとした。
「逆に義姉さんは、なんでそんなスッキリした満足そうな顔をしているんですか!?」
その問いに私は胸を張って答える。
「全て勝利したからですわ!!」
「は!? 勝利? 二人は昨夜はいったい何を──」
目を丸くしているジメ男に私は説明しようとする。
「それはもちろん、激しい……」
「はげ…………わぁーーーー! 義姉、義姉上! そ、それは言わなくていいですから……!」
「え?」
「確かに跡継ぎは必要ですが、そんな話を今ここでは──……!」
(跡継ぎ? 腕相撲の?)
何故か顔を真っ赤にして話を止めて来るジメ男。
顔を真っ赤にして慌てる姿は兄弟よく似ている気がした。
「とにかく! い、言われなくても、ふ、二人が仲良しなのは知っていますから!!」
「そう? でもね、昨夜は本当に激し……」
「あーねーうーえーーーー!」
残念ながらジメ男は、昨夜の私たちの激しい腕相撲対決の話を聞いてくれようとはしなかった。
(……仕方ないわよね)
だってジメ男もニコレット様に完敗している。
そして、リシャール様も昨夜の闘いの結果、全て私に完敗しているもの……
この話をしたら、ジメ男も昨日の不甲斐ない自分を思い出して再び落ち込んでしまうかもしれない。
「…………なぁ、フルール」
「どうしました、旦那様?」
そこでようやくリシャール様が声を発した。
今朝は目が覚めた時から元気がなくて国宝の輝きが薄くて心配していたけれど。
「僕、もしかしたら、ちゃんと聞いたことがなかったかもしれない」
「何をです?」
「うん。フルール、体力はあるのに腕力がまだまだなのってよく言っていたけどさ……」
「ええ、その通りですわ」
私は袖をまくって自分の腕を見てため息を吐く。
「フルールの言う、腕力が強いってどのくらいの力のことを指すのかな?」
「はい?」
一瞬、どういうこと? と思ったけれど要するに目標を聞いているのね?
そう理解した私は、リシャール様のその質問に満面の笑みで答える。
「もちろん、オリアンヌお姉様みたいに素手でカップを粉砕出来るくらいですわ!」
「っっ!?」
「ひっ!?」
ガシャーン
小さな悲鳴を上げたジメ男が手を滑らせてのか、カップを床に落としてしまう。
私はその割れてしまったカップを見ながら言った。
「そう。そんな感じに割れて、果てはもっと粉々にしたいですわね」
「ひぃっ!?」
「……フルール!」
再び悲鳴を上げたジメ男の横から、リシャール様がガシッと私の両肩を掴む。
「フルール。落ち着いて聞いて欲しい」
「え? ええ」
私は頷く。
目がすごく真剣だったのでこれは真面目に聞かなくては、と思った。
「いいかい? 大抵の人は、カップを粉砕する程の力を手に入れようとは思わない」
「え? ですが、オリアンヌお姉様は……」
「うん。オリアンヌ嬢のことはちょっと忘れようか? 彼女は恐ろしく規格外だと思うんだ」
リシャール様は首を横に振ってそう言ってくる。
「でも、ニコレット様だって……」
「……ぅえ!?」
「───うん。辺境伯令嬢も絶対に規格外だと思う」
ジメ男が変な叫び声を上げた横で、リシャール様は冷静に首を横に振る。
「ちょっと、フルールの周りが規格外過ぎて、どうやらフルールの基準がとんでもないことになっているみたいなんだよ」
「皆……カップは粉砕しませんの?」
「しないよ! あと、普通に怪我して危ないから!」
「……」
(確かに危ない)
「僕は昨日の夜に思い知ったよ。フルールの腕力……一般的な令嬢の力を軽く超えている!」
「え?」
「僕は、手加減なんてしていないから!」
「でも、この腕……全然筋力がある腕には見えませんわ」
それでも、あまり納得していない様子の私にリシャール様は、うーんと唸る。
そして何かを思い出してハッとした。
「───そう! アニエス嬢! パンスロン伯爵令嬢は素手でカップを粉砕しないし、そんな話もしないだろう?」
「え!」
確かに!
強い令嬢はそれくらい出来て当たり前だと思っていたけれど、大親友の口からカップを粉砕するなんて話は聞いたことがない。
(これは……)
「────と、いうわけで、アニエス様にお話を聞きたくてやって来ましたわ!」
「阿呆? あなたは阿呆なのーーーー!?」
朝、リシャール様からカップを素手で粉砕出来ずとも、すでに腕力は十分だと思うという話を聞かされたものの、半信半疑だった私はアニエス様の元を訪れた。
そして、大親友は今日も元気いっぱいで出迎えてくれた。
「アニエス様?」
「───大変です、これは一大事です! 聞きたいことがあります。どうしてもどうしてもアニエス様の協力が必要なのです! そう言って押しかけてきたから何事かと思えば……」
「急で申し訳ございませんでしたわ」
私は頭を下げる。
だって、どうしても知りたかった。
結果によっては私の最強公爵夫人へ道がグンッと近付くのだから。
「よりにもよって聞きたい内容が、強い令嬢はカップを素手で粉砕するのが当たり前か、ですってーー!?」
「はい! とっても大事なことですわ!」
「阿呆? やっぱりフルール様はただの阿呆なの!?」
アニエス様が頭を抱える。
「もう、大物なのか……ただの阿呆なのか分からない! 何で、わたし? こんなのわたしの方が一大事よーー……いったい誰の差し向けよ!?」
「リシャール様が、アニエス様を例に出したので……」
「───モンタニエ公爵!! 投げたわね!?」
妻の奇行は夫が責任持ちなさいよーー
と、アニエス様は元気よく叫ぶ。
「えっと、それで、アニエス様もお強いですし、カップを粉砕……」
「───するわけないでしょう!!」
即答だった。
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