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168. 鈍感+鈍感
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「兄上、義姉上、それでは失礼します。僕、ちょっと走って来ます!」
「え!?」
ジメ男は何かしないと落ち着かなかったのかそう言って椅子から立ち上がった。
リシャール様がびっくりして止めようとする。
しかし、目覚めたジメ男の決意は固い。
「え? お前、今は仕事……」
「大丈夫です。兄上! 休憩時間が終わるまでには戻って来ますから! 仕事に支障はありません!」
「いや、そうじゃなくて……」
「ああ! どうぞ、兄上たちは思う存分、二人でイチャイチャしていてくださいーーーー!」
「イチャ!?」
そんな言葉を残してジメ男は元気いっぱいに部屋から走り出す。
(すごいわ、とにかくやる気に満ち溢れている……!)
私はその心意気に感心したけれど、ジメ男は邸内で勢いよく走り出したせいか、
「坊ちゃん、危ないから廊下は走らないで下さい!」
「うわっ、あ、はい……」
なんて怒られる声が聞こえてくるあたり、残念なならまだまだジメ男だわ、と思った。
私がクスクス笑っていると、やれやれと肩を竦めたリシャール様が私の頭を撫でながら訊ねてきた。
「フルールは僕たちの話、どこから聞いていたの?」
「え? 僕なんて……と言っていた所からですわ」
ジメ男、前はリシャール様と自分を比べてしょげていたけれど、今回は誰と比べていたのかしら?
結局、聞きそびれてしまった。
「それより前の部分の話は?」
「全く聞いていませんわ」
私が首を振りながらそう答えたらリシャール様が苦笑した。
「だから、愛だの恋だの吹き飛ばすような内容であいつに喝を入れたのか……」
「旦那様?」
くくくっとおかしそうに笑う旦那様。
「なんでもない。なんか色々なことがボッキボキに折れた音が聞こえたけど、きっとあいつの頑張り次第で未来は変わるかも……しれない」
「?」
「……きっとフルールの言う通り、まずは“最強”を目指すべきなんだろう」
(ボッキボキ? いったい何の話かしら?)
私には、よく分からなかったけれども、リシャール様はうんうんと一人で納得しているみたいだった。
「旦───」
「フルール」
リシャール様が私の腕を引っ張るとそのまま抱きしめてくる。
「だ、旦那様! こ、こんな所で……!」
「今、この部屋には他に人いないから大丈夫だ、それに思う存分イチャイチャしてくださいって言われていたじゃないか!」
「そ、れは──……うっ!」
国宝がキラキラの笑顔で迫ってくる。
この美しい顔に私が勝てるはずがないのに!
リシャール様は結婚してから色々と学んだのか、その素晴らしい顔を活かして私に迫ってくることが増えたように思うの。
「……フルール」
「っっ!」
(今日は甘い声!)
ついでに甘い声と冷たい声も使い分けるようになった。
「僕、今とびっきり甘いものが欲しい気分だな」
「では! 私が、ももも持ってきたお茶にお砂糖でも───」
私がお茶の中に大量の砂糖を入れることを推奨するも笑顔で首を横に振るリシャール様。
「フルール!」
そして再度、私に迫ってくる。
国宝のドアップ!!
その美しさに私の胸がキュンとする。
「分かっている? 僕はフルール以上に甘いものなんて知らない」
「……んっ」
そう言って国宝リシャール様の唇に私の唇は塞がれた。
────
「フルール様、モンタニエ弟のやる気が凄いんです!!」
「まあ!」
ジメ男に喝を入れてから約一週間後。
ニコレット様が興奮した様子で私に報告してくれた。
(ジメ男……ちゃんと頑張っているのね……!?)
「いい感じにナヨナヨからの脱出を計っています」
「良かったですわ!」
「特に、あのやる気と実力が噛み合わない空回り具合とかが最高! ああ、早く強くならないかしら?」
もっと力がついたら絶対に楽しいのに!
そうニコレット様は語る。
「やる気と実力が噛み合わず空回りとは?」
気になった部分を聞き返すとニコレット様はこれまた嬉しそうに言った。
「モンタニエ弟は、頑張って鍛えていますけど、やはり体力の無さと力……特に腕力がまだまだのようで」
「まあ! 腕力なら私と同じね?」
体力には自身のある私。
しかし残念ながら日々、頑張っているけれどオリアンヌお姉様みたいに素手でカップを粉砕する域にはなかなか到達しそうにない。
「それで、先程も私、モンタニエ弟と腕相撲をしたのです」
「腕相撲?」
初めて聞くフレーズに目を瞬かせると、ニコレット様は私に腕相撲とやらの説明をしてくれた。
「なるほど、異国発祥の力比べをする競技なのですね? こうして手を組んで……」
「そう。そうしたら、モンタニエ弟の顔が突然、真っ赤になってしまって」
「顔が真っ赤?」
ニコレット様はうん、と頷く。
それで、結局ジメ男は一度もニコレット様には勝てなかったらしい。
「顔が真っ赤って……熱でもあったのかしら?」
でも、朝は元気よく私よりも早く邸を出て行ったわよね?
「そうね、腕相撲をするまでは私も元気そうだと思っていたのだけど……」
不思議ねぇ? と私たちは首を傾げる。
「まさか、女性と手を繋いで照れたわけでもないでしょうし……今どき、そんな純情な男がいたら、私の理想すぎて夢のようだわ」
「ニコレット様……」
ニコレット様は、浮気三昧だった元婚約者のペラペラ男のことを思い出したのか苦い顔をする。
その気持ち、とっても分かるわ……
請求したお金はガッポリ入っても費やした時間は戻らないもの。
「でも、不思議……モンタニエ弟には早く強くなって欲しいと思う反面、もう少しこのままでも面白いかもなんて思ってしまうわ」
もう少しこのままで?
不思議に思って聞き返すとニコレット様はニンマリと笑った。
そしてある一角を指さした。
つられて視線を向けてみると、そこにはどんよりした空気を放って縮こまっている人が──
(ジメ男!)
「フルール様、見て! モンタニエ弟のあの落ち込みよう!」
「……ジメジメしてますわ」
「でしょう? でも、そこがいいの……」
ニコレット様はとてもうっとりしな表情をしながらジメ男を見つめていた。
(こ、これは……!)
私の胸がキュンとなる。
まさに鍛えがいのある弟子を見つめる師匠の目!
ニコレット様に弟子入りしている人は他にもいるけれど、そんなうっとりした目で見つめられているのはジメ男くらいよ。
(すごいわ、ジメ男! 最強の弟子も夢じゃないわ!)
その夜。
私は大興奮してリシャール様に報告した。
「……えっと? あいつは辺境伯令嬢に弟子として気に入られている?」
「ですわ! ニコレット様、うっとりしていました!」
「うっとり!」
リシャール様が何か言いたそうな顔で私を見た。
けれど、私は気にせずどんどん告げる。
「───それで、今日は腕相撲とやらで令嬢と手を組んだらあいつが顔を真っ赤にした?」
「らしいですわ! 張り切りすぎて熱でも出たのかもしれません、という結論になりましたわ」
「熱!」
ははは、とリシャール様が笑う。
そしてすぐにガクッと項垂れた。
今日は随分と感情の起伏が激しいですわね?
「鈍感が二人…………誰か。誰かこうツッコミ役は……いないのか……?」
「旦那様?」
「鈍感と鈍感を足したら迷走突入だろ……弟が迷宮入りしちゃうよ」
「迷走? 迷宮?」
リシャール様がブツブツ言いながら今度は天を仰ぐ。
「でも……駄目だ。フルールの仲良しは皆、フルールを筆頭にどこかしらがズレている…………」
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