王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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167. フラグクラッシャー (リシャール視点)

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❇❇❇❇❇


「兄上!  おはようございます!」
「お、おう」
「義姉上もおはようございます!」
「おはよう」

(弟が元気だ……)

 朝の支度を終えて、フルールと一緒に朝食を摂りに来てみれば……
 あのオドオドしていた弟が嘘のようにテキパキ動いている。

 ドーファン辺境伯令嬢の元に弟子入りして約半月。
 随分と変わったものだな、と嬉しくなる。

(いや、昔も元気は元気だったか)

 だが、昔はこんな風に懐いてくる様子は無かった。
 だから、こんな風に慕われると逆にこっちの方が恥ずかしくなってむしろ戸惑ってしまう。

「……旦那様」
「フルール、どうした?」

 今朝も可愛い愛する妻、フルールがキュッと僕の手を強く握った。
 どうしたのかと思って顔を覗き込む。

「フルール……?」
「……すっかり私の強力なライバルになりましたわ」
「え?」
「危険です。油断出来ませんわ…………ジメ男め」
「え?」

 フルールの弟を見る目がギラギラしている。
 まるでメラールにさらなる燃料が投下された後みたいだ。

「負けません。旦那様ヒロインの一番は私ですわ……!」
「フルール……」 

 フルールのギラギラした目がかっこよくて僕の胸がキュンとした。

(それにしても……)

 気のせいかな?
 さっき“ジメ男”と聞こえた気がしたんだが?
 確か、フルールは前に弟と対峙した時に心の中でそう呼んでいると言っていた。
 そういえば、あれ以降もフルールの口から弟の名前を聞いた覚えがないぞ?
 そうか。つまり───

(フルールの中での弟はまだまだ、ジメジメしている情けない男ということか……!)

 さすが、最強の公爵夫人フルール。
 いくらアイツが溌剌として来ても、そう簡単には認めてやらないスタンスを貫くつもりか。
 と、言うことは。
 フルールに名前を呼ばれて初めて一人前になれる。
 ならば、早くフルールに名前で呼んで貰える日が来るといいな───

「兄上!  義姉上も!  揃って何を仲良く突っ立っているのですか!  早く席に着いて下さい!」
「あ、ああ」

 弟に促されて僕らは慌てて朝食の席に着いた。



「あ、兄上、ちょっとよろしいでしょうか」
「ん?」

 仕事の休憩中、弟が遠慮がちに何か訊ねようと僕のそばにやって来た。
 何だか頬が蒸気しているように見えるのは気のせいか?

「どうした?」
「……」
「あ、兄上は義姉上がキラキラして見えること……ありますか!?」
「キラキラ?」
「はい、キラキラです……!」

 聞き返したが、至極真面目な顔付きで頷かれてしまった。
 これは本気で訊ねてきているようだ。
 僕はうーんと頭を押さえる。

(全く、なんて答えの分かりきった質問をするんだ!)

「見てわかるだろう?  フルールはいつだって、キラキラしていて眩しいぞ」
「で、すよね……僕もそう、でした」
「……」

 それはそうだろう。
 フルールの言葉に胸を熱くしていたからな。

「それがどうした?  ちなみにフルールは輝きが増すばかりだぞ?」

 公爵夫人としての仕事を教わり働きながら、畑を耕し、空いた時間には身体も鍛えて、寝る前は読書……最近はレース編みまで始めたフルール。
(危険な香りのする刺繍はレース編みを極めてからにしようと泣いて説得)
 毎日たくさん食べて元気いっぱい楽しそうに走り回っているフルールがキラキラしていないはずがないだろう?

「そう、ですよね?  義姉上は変わらず今もキラキラしています。でも……」
「でも?」 

 弟はそこで言葉を切る。
 そしてボソッとした声で言った。

「何だか前とは違っているように感じるんです。義姉上は何も変わっていないのに」
「……それは」

 お前の心の問題だろう?
 そう思ったが、はっきり言っていいものなのかと考え、一旦口を噤む。
 繊細な所があるから慎重に訊ねなくては。

「……気になる令嬢でもいるのか?」
「え!」

 ガシャンッ!
 僕の言葉に動揺した弟が手に持っていたお茶のカップを倒した。

「ああああああ兄上!?」
「……」

 動揺しすぎだろう!!
 フルールに心奪われた時もそうだったが、分かりやすすぎる!!

「で、でも……僕はただの弟子の一人だから……」 
「!」

 その言葉で弟が誰のことを気にしているのか分かった。

「……彼女は今回の王都滞在で辺境伯が満足するような婿候補を連れて帰らないといけないらしいんです」
「婿候補?」

(ああ、ドーファン辺境伯はあの婚約破棄騒動の結果、令嬢に跡を継がせると決めたのか)

「だから、僕なんて……」

 せっかく活き活きし始めていたはずの弟が再びジメジメに戻ろうとしたその時だった。

「───“自分なんて”という言葉は禁句ですわーーーー」
「フルール!?」
「義姉上……!?」

 ノックの音と共にバーンッと部屋の扉が開いた。
 その向こうにいるのは愛しの妻、フルール。 
 手にはお茶のセットを持っている。

「失礼しますわ。お茶のお代りを持って来たら“僕なんて”というジメッとした言葉が聞こえてきましたの」

 元気いっぱいなフルールは、ジロッと弟に目線を向けながらそう言った。

「その言葉はダメですわ」

 フルールは再びジロッとした目で弟を睨む。

「誰と比べて今、僕なんて……と口にされたのです?」
「え?」
「その言葉が出るというのは、誰か比べる対象がいたからでしょう?」
「え、いや……でも」

 フルールの剣幕にたじろぐ弟。

「でも……ではありません!  ジ……あなたは前に私が言ったことを忘れたのですか!」
「うぅ、うあ……」

(フルール!  君は今、ジメ男と呼びそうになっただろ!?)

 僕には分かる。
 今、フルールは心の中で、
 “危なかった~、ついついジメ男と呼びかける所だったわ”
 と思っているはずだ。

(そういう所も可愛いけど!)

「最近の頑張られている様子を見て私は感心していましたのに!  国宝には遠く及ばずとも、せっかく添え物くらいにはなれると思っていましたのに!」
「っっ!  え……国宝?  添え物……?」
「がっかりですわ!!」

 嘆くフルール。
 そんなフルールの独特すぎる表現についていけない弟。
 真面目な話のはずなのに、聞いているこっちは口元が緩んでしまうのはどうしたらいいのだろうか。

「あなたは石コロからやり直すべきですわ!!」
「い、石コロ!?」

 さすがに石コロ扱いはショックだったのか弟の顔色が変わる。

「そんな軟弱精神では師匠のニコレット様もがっかりしますわね」
「!」

 その言葉にハッと顔を上げる弟。

「せっかくあんなに素敵な方の元に弟子入り出来たのに……目指すなら“最強の弟子”を目指したらどうなのです!?」
「さ、最強の……弟子?」
「そうですわ!」

(フルーーーール!)

 僕は内心で愛しの妻に向かって叫ぶ。

 フルールが“最強”好きなのはよーーく知っている。
 最強の弟子───目指すことそのものは悪いことではないと僕も思う。
 でも、これだと弟が……弟の中にほんのり芽生えたドーファン辺境伯令嬢への気持ちが……

「……義姉上、つまり雑念を捨てて己を鍛えることのみに集中すべき、と?」
「そうですわ!」

 ポキッ
 何かが折れる音がした。

「愛だの恋だのに現を抜かしている場合ではない、と?」
「当然ですわ!」

 ボキッ
 さらに激しく何かが折れる音がした。

「義姉上……僕……弟子失格だったかもしれない。師匠に対して何たる不埒な想いを……」
「今、気付けたなら大丈夫。まだまだ間に合いますわ」
「……はい!」
「目指せ!  ニコレット様の最強の弟子!  そしてモンタニエ公爵の最強の弟ですわーー!」
「はい!!」

 バキッ!

(フルーーーール!)

 後ろ向きになりかけた弟のさらなるやる気を引き出したフルールは相変わらず見事としか言えないが……
 代わりに何かが全速力で遠ざかっていく音が聞こえたような気がした。

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