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164. 不器用だった
しおりを挟むこうして無事に結婚式も終わり、私は日々、“最強の公爵夫人”を目指すべく奮闘中。
そんな中、私が新しく始めたことと言えば、十年後にアニエス様と語り合うためのレース編み。
だけど、よくよく振り返ってみるとこれまで自分で編んだことはない事実に気付かされた。
「旦那様……どうしましょう」
「うん?」
「やる気はあるのですけど、編み方がさっぱり不明ですわ!」
まずは何か小物を……そう思ってかぎ針編みにチャレンジしようと試みたもののさっぱりだった。
「えっと……フルール」
「……困りましたわ」
探せば使用人の中にも編める人はきっといるはず。
だけど、その人にだってやるべき仕事はある。女主人としても仕事の邪魔をするのはちょっとどうかと思う。
でも、私は編めるようになりたい!
(……こうなったら!)
私はパッと顔を上げる。
「───アニエス様の所に行ってまいりますわ」
「……え、行く? フルール?」
目を丸くして驚いているリシャール様に向かって私はにっこり笑う。
「私はアニエス様の作ったレース編みが好きなんですもの!」
「う、うん?」
「ですから……分からないことはアニエス様に直接聞くことが一番ですわ!」
「え! 待っ、フルー……」
ポカンとするリシャール様の傍らで私は慌ててパンスロン伯爵家に押しか……訪問するための準備を進めた。
そして、私は訪問の許可を得るなりそのまま勢いよく伯爵家に突撃。
突撃されたアニエス様は驚かせてしまったせいなのか、顔をピクピク引き攣らせながらもいつものように元気いっぱいに歓迎してくれた。
『こうなったら直接、わたしに教えを乞いちゃおう、ですって!? どうしてそんな発想になるのよ!?』
アニエス様は私に向かってそう言った。
なので私も正直に答える。
『そんなの決まっています。アニエス様の作品が大好きだからですわ!!』
『うっ……!』
アニエス様は顔を赤くしてそっぽ向きながら、
『コホン……そ、そこまで言う、なら分かったわよ』
『アニエス様!』
『我が家の素晴らしいレース編みの技術を学びたい。その気持ちは……尊重してあげても……いいわ』
『ありがとうございます!!』
アニエス様はそう言って照れ屋さんを発揮しながらも私にレース編みを教えてくれることになった。
───しかし。
「───フルール様! あなた……レース編みを舐めているの!?」
「いいえ! これは私が至って真剣に作品と向き合った結果ですわ!!」
私は堂々と胸を張って答える。
「胸を張るところではありません! それ、手元のそれは何! あなたはいったい何を作り出したの!」
「コースター……になり損ねたものですわ!」
私は再び堂々と胸を張る。
その出来上がった物を見てアニエス様は、あぁぁぁ……と頭を抱えた。
「図は書けていたし問題もなかったのに……どうして作品はこうなるの!?」
コースターになり損ねた物を見ながら嘆くアニエス様を見ながら私は思い出した。
(そういえば……)
「ごめんなさい、アニエス様。私、すっかり忘れていましたわ」
「ふっ…………何を、かしら?」
アニエス様の顔が少し引き攣っているのは気のせい?
「私、不器用でした!」
そういえば昔、刺繍しようとして伯爵家で大騒ぎになったことがあったのよね……
お兄様が全力で私の手から刺繍針を取り上げたのよ。
(何があったんだっけ……?)
「不器用! それを早く言いなさいよーーーー! 普通、忘れられることではないでしょう!?」
「……そう、ですわね? でもすっかり忘れていましたわ!」
私が、えへへと笑顔で答えるとアニエス様はガックリ肩を落とす。
「そうだった……あなたはフルール様だったわ……ふふ、ふふふふふ」
「アニエス様?」
パーティーでも見た気がする謎の笑いをアニエス様は浮かべていた。
───
「と、いうわけで本日は早々に追い出されましたわ~!」
私が元気いっぱいの笑顔で戻るとリシャール様が頭を抱える。
「フルールがそこまで不器用だったなんて……知らなかった……いや、ダンスの時に気付くべきだったか……?」
「私もですわ! やっぱり何事もやってみないと分かりませんわね?」
にこにこ顔でそう答えるとリシャール様が私に苦笑しながら呟いた。
「…………フルールの室内での趣味が読書という、本の内容はともかく大人しいものに振り切っていたのはこれが理由だったのか……」
「旦那様?」
「いや……フルール、落ち込まないの?」
私の頭をリシャール様が優しく撫でながら訊ねてくる。
その表情はどこか不思議そうだった。
「落ち込む? そんな暇はありませんし、有り得ませんわ! だって私はこれからうんと上手くなって、最後は皆を唸らせるほどの腕前になりますからね!」
「上手くなる前提なんだ?」
「当然ですわ! だって私に教える先生がアニエス様なんですもの!」
私が当然でしょう? と言い切ったら、なぜかリシャール様に抱きしめられた。
「フルールのそういう所、やっぱり好きだなー……」
「旦那様? 突然、どうしましたの?」
「いや……?」
リシャール様はクスクス笑ったまま、なかなか離してくれなかった。
「苦手なことにも前向きにチャレンジといえば……」
「?」
リシャール様が私を抱きしめたまま語り出す。
「弟がドーファン辺境伯令嬢に弟子入りするらしいよ?」
「はい?」
ジメ男が?
私は眉を顰めた。
結婚式を境にして公爵家に戻って来た義弟───ジメ男は今、大好きな兄リシャール様の右腕となるべくあくせく働いている。
「うん、フルールが放心している時に何気なく弟にそう言ってみたんだけど、どうもあいつは本気にしたみたいで」
「まあ!」
(分かるわ! 大好きな兄に言われたら、言う通りにしたくなっちゃうもの!)
「僕らが会場を出て行ったあと、直談判したらしい」
「まあ!!」
ジメ男が成長しているわ!
「それで、辺境伯令嬢の方も、“私の求めていたナヨナヨした頼りなさそうな男が来たーー”ってかなり前のめりで、喰らいついたみたいでさ」
「へぇー……」
(ん? 求めていたナヨナヨ? あれ、でもそれって確か──)
「それを聞いてさ、これは、よっぽど弟子が欲しかったんだなって思ったよ」
「……はっ! ニコレット様への弟子入り? つまり私たちは弟子仲間にもなりますのね!?」
これは!
弟子という言葉を聞いてジメ男に対してメラッと闘志を燃やして一気にメラール化した私は、この時にふと頭の中に過ぎった疑問は、この瞬間に遥か彼方へと飛び散っていった。
「ふふ……私も今日から走り込みを倍に増やそうかしら?」
メッラメラの闘志を内心で燃やしながら私は微笑む。
「フルール……そこまでしなくても大丈夫だよ、あいつは本当にひ弱だからさ」
「───いいえ、旦那様! そういう人ほど油断なりませんのよ!」
「え?」
リシャール様は分かっていないけれど、この話のきっかけは大好きな兄!
頑張れば大好きな兄が笑ってくれる……喜んでくれる……
それだけでやる気が溢れてくるものなのよ!
(分かる……分かるわジメ男!)
国宝の兄に褒められたいわよね? 喜ばせたいわよね?
最高の笑顔……見たいわよね!?
(負けてたまるもんですか!)
ジメ男は義弟だけど、リシャール様というヒロインを巡る私のライバルであり、お兄様大好き同盟の会員仲間でもありニコレット様に師事する弟子仲間!
これは妻としても絶対に負けられない!
「よく分からないけど、フルールがやる気に満ち溢れて楽しそうだなぁ」
(───これはね、あなたを巡っての戦いなのよ……旦那様!)
ヒロインとなる国宝の夫、リシャール様はのほほんとした顔で笑っていた。
こうして、私の最強の公爵夫人を目指す道には新たにライバルのジメ男が加わることになった。
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