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161. 十年後もこうして……
しおりを挟む───待って?
あの時も思ったけど、ここで私が直接的にお礼を言ってしまったら……
照れ屋さんなアニエス様は絶対にそっぽ向いてしまうわ。
お兄様の立場も……
(でも、私が気に入っていることはどうしても伝えたい!)
私はどうにかして気持ちを伝えられないか考えた。
「……」
「ちょ、ちょっと、フルール様!? どうし……」
「アニエス様! 今日の私のウェディングドレス姿どうでしたか?」
「は?」
私の質問に目を丸くするアニエス様。
「……今日の私の着けたヴェールは」
「え? ヴェール?」
少しだけアニエス様の身体が揺れた気がした。
「家族が用意してくれたものなのです。そして、今日初めて目にしましたの!」
「そ、それが何なのよ!?」
───私の気持ちを伝えるのよ! アニエス様に!
「それで私、あのヴェールに一目惚れしましたの!」
「!?」
アニエス様はますます何事!? という顔をした。
❇❇❇❇❇
(ヴェールに一目惚れ……ですって!?)
また、この令嬢……いえ、夫人は突然いったい何を言い出したの!?
相変わらず言動も行動も読めない……
わたしは、内心で息を吐く。
(それに、どうしてそれをわたしにわざわざ言うわけ?)
必死に何かを訴えてこようとしているようにも見えるフルール様を見ながら、
わたしは、シャンボン伯爵令息が訪ねて来た日のことを思い出した。
─────
『は? フルール様のウェディングヴェールを私に作ってくれですって?』
『……フルールが絶対に喜ぶと思うんだ』
突然の話に心の底から驚いた。
我が領の名産品のレース編みは確かに人気が高い。
妹を溺愛しているこの人ならそれを頼んで来てもおかしくはないけれど。
(でも……)
『シャンボン伯爵令息様、ご自分の言っていること分かっていますか? あなたはずっとフルール様に嫌味と小言を言い続けていたわたしのことを……』
『正直に言うと! あなたにいい印象は持っていなかった』
『……っ』
わたしは言葉を詰まらせる。
はっきり言うわね。
そんなことは勿論分かっていたけれど。
(……ん?)
『お待ちください。持っていなかった? どうして過去形なんですか?』
わたしがそう訊ねると伯爵令息は静かに首を横に振って言った。
『今はそうは思っていない』
『は? 何故ですか!』
『フルールが大親友だと言っていて、あなたのことが大好きなようなので』
『───っ!』
出たわ! 大親友!
友人と思われていたことにも驚きなのに、その格上の親友……
いいえ、いつの間にか大親友にまでのぼりつめていたのよ!?
『……フルールの一方的な片思いなのは分かっている』
『……』
『でも、フルールはずっと昔からパンスロン伯爵令嬢の行動や言動の一つ一つが友人としてのものなのだと捉えている』
『ええ。本っ当に……おめでたい頭ですこと!』
わざと兄の伯爵令息にも嫌味を言ってやったのに彼は優しく笑った。
顔が良いので少しドキッとした。
『でも、そこがフルールの……妹のいいところなんだ』
『……っ!』
『そういうフルールだから、救われた人間もいる』
『~~っ』
そんなこと知っているわよ!
夫のモンタニエ公爵もこの伯爵令息の婚約者……オリアンヌ様もそうだと言いたいんでしょ!
破天荒な妹を大事そうに語る伯爵令息の顔はフルール様にとてもよく似ていて……
ぐっと唇を噛んだ。
フルール様は、とにかくぽやぽやして掴みどころがなくて、突拍子もない強引な行動や言動を突然して来て……
嫌味は全く通じないし、気付けば妙に頼りにされているし、手紙と言い張ってとんでもない厚さの報告書を送り付けてくるし、勝手に大親友認定までされたけど……
(でも……憎めないのよ)
あの笑顔……恐ろしい。
そして、顔立ちが似ているこの兄も、中身はとんだお人好しだわ。
結局、製作者が私だということを明かさないことを条件にヴェールの件は引き受けたけれど……
この時のわたしは伯爵令息が最後に言った言葉が印象に残った。
『───パンスロン伯爵令嬢』
『なんですか?』
『フルールはね、もし今後、君に何かあった時は全力で君のことを守ろうとするよ?』
『え?』
わたしが聞き返すと伯爵令息は、またもやフルール様とそっくりの顔で笑った。
『あの子は敵に回すと厄介だけど味方にするととんでもなく心強い』
『……!』
フルール様が陛下も恐れる破滅を呼ぶ娘と噂されていたことを思い出した。
『だから、君がこの先、誰かに傷付けられるようなことが起これば、フルールは全力でその相手を潰すだろう───無邪気にね』
『!』
そうしてあの婚約詐欺男の件が起きた────……
伯爵令息の予言したように、フルール様は自分が被害に遭ったわけでもないのにあの男をボコボコの再起不能にした。
私は晴れてあの婚約詐欺師の求婚から逃れることが出来てお金まで手に入れることになったわ。
───もう、面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの。
(確かに……フルール様は無邪気だった)
─────
フルール様は、一目惚れしたというウェディングヴェールのことを熱く語っている。
興奮しすぎて言っていることはめちゃくちゃなのに……
とにかく気に入っている───そんな思いが伝わって来る。
「~~っ」
(ああ、もう! 本当に本当に調子が狂う!!)
「───それでそれで、あのヴェールはすっごく繊細で……」
「ふんっ! フルール様、いいこと? あなたがレース編みのことを語るなんて十年は早いですわよ!」
「え?」
フルール様がきょとんとした目で私を見る。
「とにかく、あなたがあのヴェールを気に入ったということはよく分かったから───」
「十年ですわね!? アニエス様!」
「……え?」
元気いっばいのフルール様の声。
そろっと視線を向けるとそこには満面の笑み。
わたしは嫌ってほど知っている。
フルール様がこの笑みを浮かべる時は───……
「それなら私、アニエス様とレース編みについて語れるようになるために十年みっちり勉強しますわ!!」
「は?」
(ほら、やっぱり変なこと言い出したーーーー!)
どうして?
どうしてこの子はこんなにいつだって真っ直ぐなのよ!
ふと気付いたら、わたしは怒鳴っていた。
「ちょっと! 何を阿呆なことを言っているの!」
そんな暇があったら公爵夫人としてもっと……
「阿呆? そんなことはありませんわ!」
「え?」
フルール様は笑顔でグイッとわたしに近付いてくる。
「レース編みは立派な名産品の一つですもの。成り立ちや仕組み、製法に技術、果ては販売戦略や方法まで……勉強することに無駄なことなんて何一つありませんわ!」
「……!」
そう語るフルール様の顔はちゃんと公爵夫人の顔をしていた。
(そうだった……フルール様はそうやってあのえらく酷……斬新だったダンスも人並みに)
「───アニエス様!」
「ンんッ! ……な、なにかしら?」
フルール様が満面の笑みをわたしに向けてくる。
「私、これからみっちり勉強して十年後、あの素敵なヴェールの製作者に必ず直接お礼を言いますわ」
「!」
「そして、レース編みについて語り合います!」
(フルール様……まさか気付いている?)
わたしはぐっと言葉を詰まらせる。
「───どうしてそれを、わざわざわたしに言うのですか!」
「え? それは──……ふふ、ふふふふ」
「ひっ! ちょ、ちょっと! その笑い方……やめなさい!」
ああ、どうしてかしら?
十年後もわたしはフルール様に振り回される未来が視えた気がする────……
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