王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
161 / 354

161. 十年後もこうして……

しおりを挟む


 ───待って?
 あの時も思ったけど、ここで私が直接的にお礼を言ってしまったら……
 照れ屋さんなアニエス様は絶対にそっぽ向いてしまうわ。
 お兄様の立場も……

(でも、私が気に入っていることはどうしても伝えたい!)

 私はどうにかして気持ちを伝えられないか考えた。

「……」
「ちょ、ちょっと、フルール様!?  どうし……」
「アニエス様!  今日の私のウェディングドレス姿どうでしたか?」
「は?」

 私の質問に目を丸くするアニエス様。

「……今日の私の着けたヴェールは」
「え?  ヴェール?」

 少しだけアニエス様の身体が揺れた気がした。

「家族が用意してくれたものなのです。そして、今日初めて目にしましたの!」
「そ、それが何なのよ!?」

 ───私の気持ちを伝えるのよ!  アニエス様に!

「それで私、あのヴェールに一目惚れしましたの!」
「!?」

 アニエス様はますます何事!?  という顔をした。



❇❇❇❇❇


(ヴェールに一目惚れ……ですって!?)

 また、この令嬢……いえ、夫人は突然いったい何を言い出したの!?
 相変わらず言動も行動も読めない……
 わたしは、内心で息を吐く。

(それに、どうしてをわたしにわざわざ言うわけ?)

 必死に何かを訴えてこようとしているようにも見えるフルール様を見ながら、
 わたしは、シャンボン伯爵令息が訪ねて来た日のことを思い出した。


─────


『は?  フルール様のウェディングヴェールを私に作ってくれですって?』
『……フルールが絶対に喜ぶと思うんだ』 

 突然の話に心の底から驚いた。
 我が領の名産品のレース編みは確かに人気が高い。
 妹を溺愛しているこの人ならそれを頼んで来てもおかしくはないけれど。

(でも……)

『シャンボン伯爵令息様、ご自分の言っていること分かっていますか?  あなたはずっとフルール様に嫌味と小言を言い続けていたわたしのことを……』
『正直に言うと!  あなたにいい印象は持っていなかった』
『……っ』

 わたしは言葉を詰まらせる。
 はっきり言うわね。
 そんなことは勿論分かっていたけれど。

(……ん?)

『お待ちください。持っていな?  どうして過去形なんですか?』

 わたしがそう訊ねると伯爵令息は静かに首を横に振って言った。

『今はそうは思っていない』
『は?  何故ですか!』
『フルールが大親友だと言っていて、あなたのことが大好きなようなので』
『───っ!』

 出たわ!  大親友!
 友人と思われていたことにも驚きなのに、その格上の親友……
 いいえ、いつの間にか大親友にまでのぼりつめていたのよ!?

『……フルールの一方的な片思いなのは分かっている』
『……』
『でも、フルールはずっと昔からパンスロン伯爵令嬢の行動や言動の一つ一つが友人としてのものなのだと捉えている』
『ええ。本っ当に……おめでたい頭ですこと!』

 わざと兄の伯爵令息にも嫌味を言ってやったのに彼は優しく笑った。
 顔が良いので少しドキッとした。

『でも、そこがフルールの……妹のいいところなんだ』
『……っ!』
『そういうフルールだから、救われた人間もいる』
『~~っ』

 そんなこと知っているわよ!
 夫のモンタニエ公爵もこの伯爵令息の婚約者……オリアンヌ様もそうだと言いたいんでしょ!
 破天荒な妹を大事そうに語る伯爵令息の顔はフルール様にとてもよく似ていて……
 ぐっと唇を噛んだ。

 フルール様は、とにかくぽやぽやして掴みどころがなくて、突拍子もない強引な行動や言動を突然して来て……
 嫌味は全く通じないし、気付けば妙に頼りにされているし、手紙と言い張ってとんでもない厚さの報告書を送り付けてくるし、勝手に大親友認定までされたけど……

(でも……憎めないのよ)

 あの笑顔……恐ろしい。
 そして、顔立ちが似ているこの兄も、中身はとんだお人好しだわ。



 結局、製作者が私だということを明かさないことを条件にヴェールの件は引き受けたけれど……
 この時のわたしは伯爵令息が最後に言った言葉が印象に残った。

『───パンスロン伯爵令嬢』
『なんですか?』
『フルールはね、もし今後、君に何かあった時は全力で君のことを守ろうとするよ?』
『え?』

 わたしが聞き返すと伯爵令息は、またもやフルール様とそっくりの顔で笑った。

『あの子は敵に回すと厄介だけど味方にするととんでもなく心強い』
『……!』

 フルール様が陛下も恐れる破滅を呼ぶ娘と噂されていたことを思い出した。

『だから、君がこの先、誰かに傷付けられるようなことが起これば、フルールは全力でその相手を潰すだろう───無邪気にね』
『!』


 そうしてあの婚約詐欺男の件が起きた────……

 伯爵令息の予言したように、フルール様は自分が被害に遭ったわけでもないのにあの男をボコボコの再起不能にした。
 私は晴れてあの婚約詐欺師の求婚から逃れることが出来てお金まで手に入れることになったわ。

 ───もう、面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの。

(確かに……フルール様は無邪気だった)


─────


 フルール様は、一目惚れしたというウェディングヴェールのことを熱く語っている。
 興奮しすぎて言っていることはめちゃくちゃなのに……
 とにかく気に入っている───そんな思いが伝わって来る。

「~~っ」

(ああ、もう!  本当に本当に調子が狂う!!)

「───それでそれで、あのヴェールはすっごく繊細で……」
「ふんっ!  フルール様、いいこと?  あなたがレース編みのことを語るなんて十年は早いですわよ!」
「え?」

 フルール様がきょとんとした目で私を見る。

「とにかく、あなたがあのヴェールを気に入ったということはよく分かったから───」
「十年ですわね!?  アニエス様!」
「……え?」

 元気いっばいのフルール様の声。
 そろっと視線を向けるとそこには満面の笑み。
 わたしは嫌ってほど知っている。
 フルール様がこの笑みを浮かべる時は───……

「それなら私、アニエス様とレース編みについて語れるようになるために十年みっちり勉強しますわ!!」 
「は?」

(ほら、やっぱり変なこと言い出したーーーー!)

 どうして?
 どうしてこの子はこんなにいつだって真っ直ぐなのよ!

 ふと気付いたら、わたしは怒鳴っていた。

「ちょっと!  何を阿呆なことを言っているの!」

 そんな暇があったら公爵夫人としてもっと……

「阿呆?  そんなことはありませんわ!」
「え?」

 フルール様は笑顔でグイッとわたしに近付いてくる。

「レース編みは立派な名産品の一つですもの。成り立ちや仕組み、製法に技術、果ては販売戦略や方法まで……勉強することに無駄なことなんて何一つありませんわ!」
「……!」

 そう語るフルール様の顔はちゃんと公爵夫人の顔をしていた。

(そうだった……フルール様はそうやってあのえらく酷……斬新だったダンスも人並みに)

「───アニエス様!」
「ンんッ!  ……な、なにかしら?」

 フルール様が満面の笑みをわたしに向けてくる。

「私、これからみっちり勉強して十年後、あの素敵なヴェールの製作者に必ず直接お礼を言いますわ」
「!」
「そして、レース編みについて語り合います!」

(フルール様……まさか気付いている?)

 わたしはぐっと言葉を詰まらせる。

「───どうしてそれを、わざわざわたしに言うのですか!」
「え?  それは──……ふふ、ふふふふ」
「ひっ!  ちょ、ちょっと!  その笑い方……やめなさい!」


 ああ、どうしてかしら?
 十年後もわたしはフルール様に振り回される未来が視えた気がする────……
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...