王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
149 / 354

149. 地獄へのご招待 ② (婚約詐欺男視点)

しおりを挟む

❇❇❇❇❇


 ───内心での笑いが止まらない。
 目的は懐柔なのかは知らないが、家に誘われたので来てみれば……
 これはまた甘い誘いの招待状だったようだな。

(そして、この夫人思ったよりチョロい女だ)

 父親が夫人のことを色々言っていた。
 その言葉を真に受けて警戒していたがバカみたいに拍子抜け。
 そう思えるくらいモンタニエ公爵夫人はチョロい女だと思った。



 そうして別室とやらに向かう移動中、夫人は俺に向かって言った。

「私、請求書を送ってから候爵閣下やあなたの反応を見て色々考えましたの」
「考えた、ですか?」
「ええ、どうしたら“彼女たち”の訴える声が届いてきっちり慰謝料を支払ってくれるのかしらって」
「……」

(しつこいな。まだ、それを言うのか……)

 俺は軽くため息を吐く。

「夫人。繰り返しになりますが、俺はこれまで付き合いのあった彼女たちに慰謝料を払わなければならないようなことなんて……」
「ええ、もう何度も聞きましたわ。なので今日は来て下さって本当に嬉しいですわ」

(ふぅん?)

 そう口にする夫人の機嫌は良さそうだ。
 俺に会えてそんなに嬉しそうな顔をする、ということは……かなり欲求不満だったのだろうか?
 やはり、リシャールのような顔だけの男では満足出来ていない……ということなのだろう。

(ははは!  これがポヤポヤしていた夫人の本性か!)

「ですから───」

 夫人の足が止まり部屋の前に立つ。どうやらこの部屋でするらしい。
 軽い深呼吸をしたあと、夫人はチラッと俺の顔を見た。

(やはり……顔は可愛いな)

 それに今日は少し雰囲気も大人っぽいので見つめられて胸がドキッとする。
 俺と目が合った夫人は無言でにこっと微笑むと扉に手をかけた。
 その様子に俺はニヤリと微笑む。

(───残念だったな、リシャール・モンタニエ)

 お前が大事に大事にしているらしい新婚の妻は奔放のようだ。
 これから俺が有難く美味しくいただ───……

「もう、面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの」
「……………………ん?」

(い、今、なんて……言った?)

 俺は夫人の言った言葉が理解出来ずにポカンとする。

「もしもし?  聞こえていますか?」
「……」

 夫人が俺に呼びかけるも、言葉が出ない。
 だって今、なんて言った?

 ────面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの。

(……え!?  全員?)

「私は、あなたに騙されて貴重な時間を潰されてしまった令嬢の皆さんをこちらにご招待しましたわ」
「……え、あ?」

 何だって? 
 夫人は何を言っている?

「ですから、どうぞ、これから一人一人とじっくりで話し合って慰謝料の取り下げや減額の交渉をしてくださいませ」

 ポカンとした顔のままの俺に夫人はとても綺麗な微笑みを浮かべる。
 思わず見惚れそうになったけどそういう場合ではない。

「……」
「ただ……」

 そこで、一旦言葉を切る夫人。
 なんだろうか。すごくすごく嫌な予感がする。

「中には、相当恨んでいて……人間サンドバッグにしてやらないと気が済まない!  とか、憎いあの顔面を崩壊するまで殴ってやりたいなどという過激な発言をしている方もいましたけど───……」
「なっ!?」

 人間サンドバッグ!? 
 顔面を崩壊させる!?
 この夫人は呑気な顔で何を口走っているんだ!?
 人が殴られると分かっていてその落ち着きっぷりはおかしいだろう!?
 そんなことはしてはダメだと咎めろよ!

 俺のそんな気持ちが届いたのか夫人と目が合った。
 夫人はフフッと笑う。

「残念ですが、これは全部、自業自得なのでご自分で後始末をつけて下さいませね!」
「じ……っ」
「あ、それから話し合いの際は令嬢たちを脅すのはなしですよ!」
「な……に?」

 夫人はにっこり笑顔で続ける。

「そういうことが起きても大丈夫なように、見張りや記録係を置いていますので!  何かしようとしても無駄ですわ」
「え?  嘘……待っ……」

 なんだって!?
 下手なこと口走ったら即負け確定となるじゃないか!

 嫌な汗がダラダラ流れてくる。

「ああ、私とばかり話していては時間がもったいないですわね。話し合い───さっさと始めるとしましょうか」
「……っっ」
「そうそう、お父上の侯爵閣下にもきちんと実態を知って見届けてもらわないといけないので、これから呼んで来ます!」
「え!?」

 ち、父上も呼ぶ、だと?
 そんなことをしたら、嘘が……これまで嘘をついていたことが全部バレるじゃないか!

「すぐに呼んで来ますのでどうぞ、先に部屋の中で始めてて下さいませ!」
「は?」

 俺は抵抗しようとしたが謎の圧力に負けてしまう。

「それでは皆様が順番に並んで今か今かとお待ちですわ!  いってらっしゃいませ!」
「───な、待っ……おい!  押すな……うわあっ!?」

 夫人は元気いっぱいの笑顔で思いっきりドンッと俺の背中を押した。
 そのまま俺は勢いよく部屋の中へと倒れ込む。

「くっ……」

 いてて、と起き上がろうとしたが、俺を見下ろしている人の影に気付いた。

(もしかしなくてもこの影は……)

「……」

 そろっと顔を上げると華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちがたくさん俺を囲って見下ろしている。
 正直、どの令嬢たちの顔にも見覚えがある……

「……ご無沙汰しています」
「わたくしのこと覚えているかしら?」
「私のことは覚えてます?  あの日、惨めに捨てられたんですけど」
「貸していたお金、返してくれません?  ……慰謝料と一緒に請求してもいいですか?」

 呆然としている俺に次から次へと声をかけてくるのは、どう見てもかつて付き合いのあった令嬢たちで間違いなかった。

(嘘……だろ?  本当に……夫人は彼女たちを集めていた……?)

 ショックを受けた俺が動けずに固まり困っていると、向こうで指をポキポキ鳴らしている音まで聞こえてくる。
 サンドバッグ……顔面崩壊の言葉を思い出して顔から血の気が引いていく。

 嘘だ、嘘だ、嘘だ……! 
 誰かこれは嘘だと……いや、夢だと言ってくれ!!
 しかし、無情にも頭を抱えた俺の頭上からは一際冷たい声が降ってくる。

「……さて、お待ちしていました。ジュスタン・ビュイソン候爵令息様。わたしたちとのを始めましょうか?」
「!?」

 微笑みながら俺に向かってそう言ったのは、現在、必死に口説いていたアニエス・パンスロン伯爵令嬢───……

「~~~~っ!」


 甘い誘いの招待状だった?
 いいや、全然違う。 

 これは…………
 地獄への招待状だ──────……

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです

ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。

処理中です...