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149. 地獄へのご招待 ② (婚約詐欺男視点)
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───内心での笑いが止まらない。
目的は懐柔なのかは知らないが、家に誘われたので来てみれば……
これはまた甘い誘いの招待状だったようだな。
(そして、この夫人思ったよりチョロい女だ)
父親が夫人のことを色々言っていた。
その言葉を真に受けて警戒していたがバカみたいに拍子抜け。
そう思えるくらいモンタニエ公爵夫人はチョロい女だと思った。
そうして別室とやらに向かう移動中、夫人は俺に向かって言った。
「私、請求書を送ってから候爵閣下やあなたの反応を見て色々考えましたの」
「考えた、ですか?」
「ええ、どうしたら“彼女たち”の訴える声が届いてきっちり慰謝料を支払ってくれるのかしらって」
「……」
(しつこいな。まだ、それを言うのか……)
俺は軽くため息を吐く。
「夫人。繰り返しになりますが、俺はこれまで付き合いのあった彼女たちに慰謝料を払わなければならないようなことなんて……」
「ええ、もう何度も聞きましたわ。なので今日は来て下さって本当に嬉しいですわ」
(ふぅん?)
そう口にする夫人の機嫌は良さそうだ。
俺に会えてそんなに嬉しそうな顔をする、ということは……かなり欲求不満だったのだろうか?
やはり、リシャールのような顔だけの男では満足出来ていない……ということなのだろう。
(ははは! これがポヤポヤしていた夫人の本性か!)
「ですから───」
夫人の足が止まり部屋の前に立つ。どうやらこの部屋でするらしい。
軽い深呼吸をしたあと、夫人はチラッと俺の顔を見た。
(やはり……顔は可愛いな)
それに今日は少し雰囲気も大人っぽいので見つめられて胸がドキッとする。
俺と目が合った夫人は無言でにこっと微笑むと扉に手をかけた。
その様子に俺はニヤリと微笑む。
(───残念だったな、リシャール・モンタニエ)
お前が大事に大事にしているらしい新婚の妻は奔放のようだ。
これから俺が有難く美味しくいただ───……
「もう、面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの」
「……………………ん?」
(い、今、なんて……言った?)
俺は夫人の言った言葉が理解出来ずにポカンとする。
「もしもし? 聞こえていますか?」
「……」
夫人が俺に呼びかけるも、言葉が出ない。
だって今、なんて言った?
────面倒なので、全員を呼んでみることにしましたの。
(……え!? 全員?)
「私は、あなたに騙されて貴重な時間を潰されてしまった令嬢の皆さんをこちらにご招待しましたわ」
「……え、あ?」
何だって?
夫人は何を言っている?
「ですから、どうぞ、これから一人一人とじっくり二人っきりで話し合って慰謝料の取り下げや減額の交渉をしてくださいませ」
ポカンとした顔のままの俺に夫人はとても綺麗な微笑みを浮かべる。
思わず見惚れそうになったけどそういう場合ではない。
「……」
「ただ……」
そこで、一旦言葉を切る夫人。
なんだろうか。すごくすごく嫌な予感がする。
「中には、相当恨んでいて……人間サンドバッグにしてやらないと気が済まない! とか、憎いあの顔面を崩壊するまで殴ってやりたいなどという過激な発言をしている方もいましたけど───……」
「なっ!?」
人間サンドバッグ!?
顔面を崩壊させる!?
この夫人は呑気な顔で何を口走っているんだ!?
人が殴られると分かっていてその落ち着きっぷりはおかしいだろう!?
そんなことはしてはダメだと咎めろよ!
俺のそんな気持ちが届いたのか夫人と目が合った。
夫人はフフッと笑う。
「残念ですが、これは全部、自業自得なのでご自分で後始末をつけて下さいませね!」
「じ……っ」
「あ、それから話し合いの際は令嬢たちを脅すのはなしですよ!」
「な……に?」
夫人はにっこり笑顔で続ける。
「そういうことが起きても大丈夫なように、見張りや記録係を置いていますので! 何かしようとしても無駄ですわ」
「え? 嘘……待っ……」
なんだって!?
下手なこと口走ったら即負け確定となるじゃないか!
嫌な汗がダラダラ流れてくる。
「ああ、私とばかり話していては時間がもったいないですわね。話し合い───さっさと始めるとしましょうか」
「……っっ」
「そうそう、お父上の侯爵閣下にもきちんと実態を知って見届けてもらわないといけないので、これから呼んで来ます!」
「え!?」
ち、父上も呼ぶ、だと?
そんなことをしたら、嘘が……これまで嘘をついていたことが全部バレるじゃないか!
「すぐに呼んで来ますのでどうぞ、先に部屋の中で始めてて下さいませ!」
「は?」
俺は抵抗しようとしたが謎の圧力に負けてしまう。
「それでは皆様が順番に並んで今か今かとお待ちですわ! いってらっしゃいませ!」
「───な、待っ……おい! 押すな……うわあっ!?」
夫人は元気いっぱいの笑顔で思いっきりドンッと俺の背中を押した。
そのまま俺は勢いよく部屋の中へと倒れ込む。
「くっ……」
いてて、と起き上がろうとしたが、俺を見下ろしている人の影に気付いた。
(もしかしなくてもこの影は……)
「……」
そろっと顔を上げると華やかなドレスに身を包んだ令嬢たちがたくさん俺を囲って見下ろしている。
正直、どの令嬢たちの顔にも見覚えがある……
「……ご無沙汰しています」
「わたくしのこと覚えているかしら?」
「私のことは覚えてます? あの日、惨めに捨てられたんですけど」
「貸していたお金、返してくれません? ……慰謝料と一緒に請求してもいいですか?」
呆然としている俺に次から次へと声をかけてくるのは、どう見てもかつて付き合いのあった令嬢たちで間違いなかった。
(嘘……だろ? 本当に……夫人は彼女たちを集めていた……?)
ショックを受けた俺が動けずに固まり困っていると、向こうで指をポキポキ鳴らしている音まで聞こえてくる。
サンドバッグ……顔面崩壊の言葉を思い出して顔から血の気が引いていく。
嘘だ、嘘だ、嘘だ……!
誰かこれは嘘だと……いや、夢だと言ってくれ!!
しかし、無情にも頭を抱えた俺の頭上からは一際冷たい声が降ってくる。
「……さて、お待ちしていました。ジュスタン・ビュイソン候爵令息様。わたしたちとの話し合いを始めましょうか?」
「!?」
微笑みながら俺に向かってそう言ったのは、現在、必死に口説いていたアニエス・パンスロン伯爵令嬢───……
「~~~~っ!」
甘い誘いの招待状だった?
いいや、全然違う。
これは…………
地獄への招待状だ──────……
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