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148. 地獄へのご招待 ①
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「旦那様! お返事、お返事が来ましたわ」
「どれどれ?」
これまでのような裁判になりますよ?
ではなく、我が家に来ませんか? と誘った手紙にフラフラ男は“喜んで”と返事を送って来た。
「……」
「フルール? どうかした?」
手紙に目を通したまま沈黙した私。
中身を読もうとしたリシャール様が怪訝そうに声をかける。
「あ、失礼しました。改めて読み直しても気持ち悪いな、と思ってしまいまして」
「え? 気持ち悪い?」
「はい。なんて言いますか……こう自分に酔っている感じが伝わって来ますの。令嬢たちが言っていた言葉の気持ちがよく分かるのです」
私がそう説明するとリシャール様は渋い顔になった。
そうして返信内容に目を通すとため息を吐いた。
「フルールに不埒なことをする妄想を働かせてそうな返事だな。分かってはいても許し難い……」
「───夫人がようやく俺の魅力に気付いてくれたようで嬉しい、ですって。あの方の魅力ってなんです?」
当日、そんな質問されても答えられる自信がなくて困るわ。
「すまない。僕にも分からないな」
「困りましたわ。旦那様の魅力なら延々と語れる自信があるのですけど」
「フルール……」
リシャール様が嬉しそうな表情を浮かべる。
そんな国宝の笑顔に今日も私の胸がキュンとする。
やっぱり本物はこの笑顔とキラキラよ!
(贋物はどんなに頑張って磨いても贋物でしかないのに……)
「────私の愛する旦那様、リシャール様に張り合おうだなんて考えたこと……どれだけ無駄なことなのか。後悔させて差し上げますわ!」
私は気合いを入れた。
─────
「───よし、出来ましたわ!!」
「ん? フルール準備はどう?」
フラフラ親子を公爵家に呼び出した当日。
私は念入りにお出迎えの準備を行っていた。
「旦那様! あとはドレスに着がえるだけなのですけど……先にこちらを見てくださいませ!」
私はくるっと一周回ったあとに自分の髪をかきあげる。
「おお、クルクル……えっと? なんだっけ……その髪型は縦ロール?」
リシャール様が私の毛先を手に取って弄び始める。
「そうですわ! 理由は知りませんが私の愛読書の悪役たちは皆、揃いも揃って皆、このような髪型なんですの!」
「そうなんだ?」
「つまり、悪役になるためにはこの髪型は必須なのですわ!!」
よって、なるべくゴージャスに見えるように整えてもらった。
リシャール様が苦笑する。
「そして、髪型に負けないようにメイクもいつもより濃くしてもらいましたわ!」
「フルール、かなりノリノリだね?」
「ふふ、分かります? どうですか? 悪役夫人っぽくなれてます?」
私がバーンと胸を張るとリシャール様は楽しそうに笑い出す。
「可愛いよ」
「それはダメですわ。悪役に可愛いさは不要ですのよ」
「でもさ、僕の目にはどんな髪型やメイクをしていても可愛いフルールにしか見えないんだよ」
リシャール様がキラキラの笑顔でそう返す。
「うっ!」
残念ながら悪役夫人もキラキラ眩しい国宝夫には敵わない。
(くっ! 最強の公爵夫人への道はまだまだ遠いわね……)
「ようこそ、いらっしゃいました!」
「お招きありがとうございます、モンタニエ公爵夫人」
そうしてやって来たフラフラ親子を私は笑顔で出迎える。
候爵は先日の訪問が尾を引いているのか不機嫌そのもの。
一方のフラフラ男は、相変わらず無駄に眩しいキラキラを放っていた。
「おや? 夫人。今日はまた雰囲気が違いますね?」
フラフラ男は私の全身を上から下まで舐め回すような目で見るとそう口にした。
さすがフラフラ男。そういうことには目敏い。
「ええ、せっかくですから気合を入れてみましたの」
「お似合いですよ」
「ふふふ、ありがとうございます」
私は頑張って、小説の知識で得た悪女っぽい笑顔でお礼を言う。
フラフラ男は満足そうに頷くと私の隣にいるリシャール様に向けて意味深に微笑んだ。
(よし! いい感じのようね、悪役夫人フルール!)
「それで? 我々を息子までこうして呼びつけた理由はなんだ!」
フラ父が私たちの目の前で偉そうにふんぞり返っている。
(こうして偉そうにふんぞり返る人……これまで何人見たかしら?)
どの人たちも偉そうな態度を取ってくるのは変わらないのねぇ、と内心で思った。
バリエーションが少なくてつまらないわ。
私は、ついついそんなことを考えるもリシャール様は先日と変わらず淡々と答える。
「もちろん、こちらが要求している慰謝料請求の件ですよ」
「チッ! 忌々しい。だが、ようやく取り下げる気になったか!」
「ははは、まさかご冗談を」
そして今日も冷たい笑顔であっさり笑い飛ばした。
(素敵!)
「ですが、なかなかこちらの話に納得して頂けていない様子なので、裁判になる前にもう一度話をしておくべきかと思って呼んだまでですよ」
「なに?」
「お互い、家の名に傷がつくようなことは出来れば避けたいでしょう?」
「そ、れは……」
結果がどうであれ裁判となれば、受けるダメージは大きい。
出来れば避けたいと思うのは自然なこと。
だから、リシャール様はそこを突っつきながら話を進めていく。
(偉そうなフラ父は気付いているかしら?)
そんな偉そうな態度を取っていても、今、会話の主導権はリシャール様に握られていることを───
「───だから何度も言っている! 息子が弄んだという事実は無い!」
「でも、求婚されたと言っている令嬢もいますよ?」
「その女たちの言いがかりに決まっている! どうせ、次期候爵夫人の座を狙った狂言に違いない!」
話し合いが始まってもやはりフラ父は主張を譲らない。
それはフラフラ男も同様で……
「───俺は結婚をチラつかせて金を巻き上げたことなんかない!」
「あくまでも令嬢たちによる自主的な行動だと?」
「その通りだ! そんなでっち上げ……モンタニエ公爵は俺に嫉妬でもしているのでは?」
「……嫉妬?」
そしてフラフラ男はリシャール様に自ら喧嘩を売りに行く。
(そんなにもリシャール様の冷たい目で睨まれるのがお好きなのかしら?)
その気持ちはすっごくすっごくすっごーーーーく分かるけれど、残念ながら仲良くなりたいとは思えないわね。
二人の会話を聞きながらそう思った。
その後も話は平行線を辿り、結論はなかなか出ない。
最初に痺れを切らしたのはフラ父。
仕方がないので、一旦休憩を挟むことになった。
「────夫人」
「はい?」
私がリシャール様と離れた隙を見てフラフラ男が私の元に寄って来る。
そしてコソッと内緒話をするように声を潜めた。
「驚きましたよ、夫人は大胆なんですね?」
「大胆?」
なんのこと?
そう思ったけれど今日のドレスのことかと思い至る。
どうしても悪役夫人の雰囲気に合わせるためには露出が必要だった。
なので、いつもよりは背中が空いているデザインのドレスを今日は選んだ。
「まるで、夫がいる身とは思えない」
「あら、そうですの?」
フラフラ男は案外初心なのかしら?
確かに私にしては珍しいけれど、世間的にはこれくらいのデザインなら珍しくないのだけど?
「そうですよ。夫人も人が悪い。リシャール……夫である彼にこのことは……」
「もちろん、内緒ですわ!」
そう……大変だったのよ。
内緒で用意したドレスだったから、こんなに背中の空いたドレスを着るとまでは聞いてないぞ! って。
宥めるのが大変だったわ。
「それはそれは……」
「?」
なぜかフラフラ男が嬉しそうに笑う。
「それでは、夫人。どうですか? そろそろ……」
「そろそろ?」
私が首を傾げるとフラフラ男がフッと笑う。
「何を今更。二人っきりで話がしたいと貴女が手紙に──……」
「ああ、そのことですわね!」
私は満面の笑みで答える。
「確かに……早くしないと時間が足りなくなるかもしれませんものね!」
「はは! 時間って夫人。まさかとは思いますがなんて大胆な……貴女って人は見かけによらず……」
「ふふ。では、こちらへ!」
頬を赤く染めながら何やら、ごちゃごちゃ言っているフラフラ男を私は意気揚々と別室に案内した。
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