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146. 親が親なら……
しおりを挟むその翌日のことだった。
フラフラ男ではなく、その父親だけが公爵家にやって来た。
「訴えを取り下げろ……ですか? ……へぇ」
「先日、通知したように我が息子の身は潔白だ!」
相対するリシャール様は随分と冷静。
一方のフラフラ男の父親……フラ父は怒りに任せて熱くなる一方だった。
「そもそも、あんな金額おかしいだろう!」
「いいえ? 正当ですよ?」
「絶対に嘘だ! あの金額は絶対に吹っかけたんだろう!」
フラ父はバンバンとテーブルを叩きながら怒鳴り散らす。
今にも血管が切れそうなくらい顔が真っ赤。
「認めたくない気持ちは分かりますが、あれは正しい計算の元、請求させていただいています」
「いいや、不当だ! あの金額はどう見ても異常だ!」
「それだけあなたの息子が異常で、多くの令嬢を騙してばかりだったということですよ」
「!」
リシャール様の正論にフラ父、さらに顔が真っ赤になる。
「異常……だと!? 貴様は我が息子が異常だと言い張るのか!!」
「はい。どう聞いても異常でしょう?」
リシャール様はフラ父に向けて淡々と冷たい目でそう言い放つ。
そして、その横に座っている私は興奮を抑えられずにいた。
手で口元を押えながら、震えそうになる身体を必死に抑え込む。
(かっこいい! 痺れる!)
リシャール様! その目、その目なのよ!
その冷たい目! やっぱりゾクゾクするわ!
お願い!
早く私にもそんな目を向けて!
毎晩、今夜こそ! まだかまだかと楽しみにしているのだけど、リシャール様はなかなか私のことを罵ってはくれない。
いつもドロドロに蕩けるほど愛されて朝を迎えてしまうせいもあるけれど。
なんであれ、リシャール様はよほど凄い罵り方を考えてくれているのね!
と逆に楽しみが募るばかり。
この冷気、最高よ!!
(本当に私の旦那様はかっこいい!)
私の胸は今、最高にキュンキュンしていた。
そんな国宝に冷たく睨まれたフラ父もぐっと悔しそうに押し黙る。
けれど、「この若造が!」と吐き出すとすぐに持ち直して反論を開始した。
「ははは! 前公爵もろくな男ではなかったが……どうやら息子も息子のようだな!」
「はい?」
「そなたの父親、前モンタニエ公爵もそうやっていつも偉そうに横暴に振舞っておったわ───さすが息子、親が親なら子も子。そっくりだ!」
「!」
ハッハッハと勝ち誇ったような目でフラ父はリシャール様を笑い飛ばした。
リシャール様は自分の父親の姿を思い出したのか息を呑む。
(リシャール様があれと似ている……ですって?)
そんなリシャール様の様子を見ていた私の口から思わず言葉がこぼれる。
「ふふ、子は親に似る───と言いますものね? 閣下」
「夫人?」
「……フルール?」
これまで無言だった私が突然口を挟んだので、二人が不思議そうに私を見る。
私はスッと目を伏せた。
───ついに、私の悲しい過去を話す時が来たわ!
「ですが、私は見た目はともかく……昔から性格はどちらにも全く似ていない! と言われることが多かったのです」
「は?」
フラ父は眉をひそめると更に怪訝そうな目で私を見る。
「お兄様はお父様に顔も性格もよく似ていると言われていたのに……! 子どもの頃の私……チビフルールはそれがとても羨ましくて羨ましくて羨ましくて! お兄様に幾度となく八つ当たりを……」
私が遠い遠い悲しい過去を思い出しながらため息を吐く。
お兄様、ごめんなさい。
今なら、私は私よ! とバーンと大きく胸を張れるのに……
チビフルール…………子どもだったわ。
「あー、夫人? 何が言いたい」
「……あら? 失礼しましたわ。つい昔を思い出して感傷に浸ってしまいまして……ふふ」
私は笑って誤魔化すと慌てて話を戻すことにした。
そんな私を見つめるフラ父はますます怪訝そうな表情になっていく。
「──そこまで仰るのですから、閣下の息子さんであるあの方も、さぞかし閣下とそっくりなのでしょうね! と思いましたの」
「なに?」
私はにこっと微笑む。
「今回の慰謝料請求にあたって、過去に彼と交際したり、婚約寸前まで話が進んでいた令嬢たちにお会いさせて頂いてお話も聞いたのですけど……」
「なに!?」
「皆様、当時は気付かなかったけれど……と前置きをして、とても苦々しい表情で息子さんのこと、口を揃えて話してくれましたわ」
「……」
フラ父がゴクリと唾を飲み込む。
私は一切の遠慮することなく聞き取ったことをそのまま口にしていく。
「顔だけ」
「……ぐっ」
フラ父が辛そうな表情で顔を逸らす。
「中身がない」
「ぐぬぬ……」
今度はどこか悔しそう。
「薄っぺらい」
「ぐはっ!」
さらに上乗せされてダメージを受けたみたい。
胸を押さえて苦しそうにしている。
でも、残念。
まだまだあるの。
「愛の言葉が寒い」
「なっ……」
今度は愕然とした表情になる。
いくら顔が良くてもここを外したら最悪だものね。
「優柔不断」
「……っ!」
心当たりがあるのか唇を噛み締めている。
「エスコートが下手」
「あいつ……!」
ぐわぁ~と、唸って頭を抱えた。
「あ、そうそう。これが一番多かったですわ。父親の侯爵様そっくりな口だけ男!」
「!!!?」
フラ父、最後は言葉も出ないくらいに驚いていた。
私は色々傷を負っている様子のフラ父ににっこり微笑みかける。
「最後にも言われていましたけど、やっぱり息子さんはとてもお父様に似ているみたいですわね!」
「や!? ……っっ……くっ」
「旦那様に向けて言っていた子は親に似る───本当に閣下のおっしゃる通りだと思いますわ!! 閣下と息子さんがこんなにもそっくりだなんて……両親に似なかったと言われる私にはとてもとても羨ましいです!」
「~~~っっ!」
キラキラの目で見つめたらジロッとフラ父に睨まれた。
何故かその目には涙が薄ら浮かんでいる。
(どうしたのかしら?)
不思議に思ったので訊ねてみた。
「どうしました?」
「……っっっ」
身体を震わせ、その何かに耐えるような表情を見て私はようやく理解した。
「ああ! 息子さんとよく似ていると言われて嬉しくて嬉しくてたまらない、と。それで耐えきれず涙も浮かべて身体も震えているのですね!?」
「!?」
クワッとフラ父の目が大きく見開かれる。
そして、驚愕の表情で私を見た。
「そんなになるほど……これが親子愛というやつですわね!」
「……!?!?」
「───ですが。そんな親子愛に感動はしますけど、慰謝料の件はもちろん別ですわ」
私がグイグイ~と笑顔で迫ろうとすると、フラ父は目に涙を浮かべながら無言のまま勢いよく立ち上がる。
「~~~~今日は帰るっ! 見送りは要らん!」
そう言って部屋から出ていこうとした。
まあ! 来訪も無礼なら帰りも無礼!
私は部屋から出て行こうとするフラ父に慌てて声をかけた。
「訴え取り下げる予定はありませんので……大変かとは思いますが、お金はしっかり用意しておいて下さいませ?」
「~~っ!」
ビクッと肩を震わせたフラ父はバーンと勢いよく扉を開けてドスドス足音を立てながら帰って行った。
(乱暴ですわ……)
公爵家の扉も廊下もちろんそんなことでは壊れませんけれど。
(さて、何だか疲れたわーー)
私がうーんと腕を伸ばしながら、横にいるリシャール様に視線を向ける。
(そういえば、ずっと静かでした?)
「…………旦那様?」
「……」
声をかけてみたら、リシャール様は口元に手を当ててプルプル震えていた。
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