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144. もう遅い、ですけども
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(は? 出直してこい?)
何としても“旦那”より自分の方がかっこいい。
目の前のこの女の口からそう言わせたかったのに。
全然思い通りにいかない!
「~~~~っ!」
(夫人……それなりに可愛い顔をしているのに全然、可愛くない!)
全然、俺の誘惑が効かないじゃないか! どんな目をしているんだよ!
俺は悔しさで唇を噛み締めた。
俺の永遠のライバル、リシャール・モンタニエ。
彼は長年、王女殿下の婚約者として過ごし、この国の王族の一員になるはずだった。
そんな男が、真実の愛とやらで王女に捨てられ婚約破棄された。
ついでに公爵家の跡取りまでも追われる始末。
(───ざまぁみろ)
王族にもなれず、公爵にもなれず落ちぶれていくリシャール・モンタニエ。
国一番の美形───あのいつだって済ました顔がショックで歪むところが見られる!
そう歓喜したのに。
突然、社交界に返り咲いた彼は、何処かの伯爵家の女の手を取ってこれまで見たことのない顔で笑っていた。
とてもとても幸せそうに。
(分かっているのか? 王女に捨てられたんだぞ? 王族になれなかったんだぞ!?)
そしてこの度、その伯爵令嬢と結婚したというリシャールは王女殿下の婚約者でいた頃よりも楽しそうで……
…………悔しい。
どうしてだ? それほどまでにその女が魅力的なのか?
大して身分も高くない伯爵家出身の女だろう?
(ポヤポヤしてるし、アプローチも届かないし……)
美しい花と言われたら、
普通は“きゃっ! それって私のこと?”ってはしゃぐ所だろう!?
なんで俺が花しか友達がいないような孤独な寂しい奴にされなくちゃいけないんだよ……
笑われたじゃないか!
只者じゃない。関われば破滅……
なんて噂も流れたがどうせ誇張されただけだろう。
陛下の退位の決定にも絡んで王家を潰した……なんて話もあったがまさか、令嬢一人の力で一国の王家が潰れるはずがないからな!
(……人妻には興味はなかったが)
どうせ、夫人もリシャール・モンタニエの顔に釣られただけに違いない。
これまで声をかけた令嬢たちも、最初はリシャールに熱を上げている様子だったが、俺が軽く微笑むだけでコロッとこっちに傾いてきた。
(ほらな? 所詮、顔だろう?)
それなら、モンタニエ夫人だってこのリシャールに負けず劣らずの顔面を持つ俺が誘いをかけてやれば心揺れるはず。
そう思ったのに───
(畜生! これでは百戦錬磨の俺の記録が……!)
「───お、俺とリシャール殿の違いは何だ!」
「え?」
さっきまで、睨んでいた夫人が今度は怪訝そうな目で俺を見てくる。
「美しい顔もキラキラしたオーラを放っているところも似ているじゃないか!」
「バカにしないでくださいませ?」
(……なっ!)
「全然! 全く似ていませんわ」
夫人はまるで害虫を見るかのような目で俺を見てくる。
「そんなはず───……」
「外見のことじゃありませんわよ? ───心ですわ。あなたと旦那様では心が全然違います」
「は?」
心の意味が分からず眉をひそめる俺に夫人は更に冷たく言い放った。
「分からない? ……ご自分の胸に聞いてみたらどうです? ───“もう遅い”ですけども」
「!?」
(もう遅いってなんだ!?)
夫人はそこでにっこり笑って話を打ち切った。
そのどさくさで、現在のターゲットの令嬢のアニエス嬢まで連れて行ってしまう。
───アニエス・パンスロン伯爵令嬢。
彼女はズバズバ言う性格が災いしているのか、決まった婚約者がいない。
そういう令嬢を自分に夢中にさせるのが何より楽しい。
そう思って選んだ。
ヤキモチを妬かせる為に他の令嬢と仲良くしている姿を見せつけてもいる。
けれど、彼女はなかなか落ちて来ない強情な令嬢だ。
(そういえば、夫人が大親友だと言っていたな……本当なのか?)
あんなポヤポヤした夫人とは性格も真逆だろうに。
不思議な関係だと思った。
────
そんなことがあったパーティーから数日後。
モンタニエ公爵家から我が家に信じられない物が届いた。
「ジュ、ジュスタン!! こ、これは何だーーーー」
「!?」
その日、父親が血相を変えて何かの紙を持って俺の部屋に駆け込んで来た。
顔が真っ青で全身にダラダラ汗をかきながら俺に突き出したのは……
「慰謝料請求? なんの慰謝料ですかね?」
「───お前がこれまで交際したり、婚約を申し込んだものの破談になったりした令嬢たちの傷ついた分の慰謝料請求と書いてある!」
「は?」
「あの、ぽやんとした公爵夫人が取り纏めたらしい! どういうことだ!」
いやいやいや。何を言っている?
俺は必死に首を横に振る。
「価値観の合う女性を探すため、多くの令嬢と交流を持つことは不思議ではありませんよね? 父上」
「まあ……それは一理ある。だが、お前は交際中に令嬢にかなり色々貢がせていた、とここに書いてあるが? これはどういう事だ?」
「!」
俺は、父親のその言葉を受けてギクッと一瞬身体を震わせた。
まさかそこまで調べたのか?
公爵家は凄腕の探偵でも雇っているのだろうか……
「ひ、人聞きの悪いこと言わないでください、誤解ですよ、ははは……」
「誤解?」
俺は眉間に皺を寄せて詰め寄ってくる父親に一生懸命言い訳をする。
「令嬢たちの方から、俺の喜ぶ顔がみたい! と言い出してしてくれたんですから」
「そうは言っても……訴えてきているということは」
「誤解! 誤解ですって父上。それで、えっと慰謝料? いったい幾らなんですかね? ははは……」
色々と面倒だが、大した金額で無ければさっさと金を払って終わりにすればいい。
この顔があれば令嬢はいくらでも寄ってくる。
「ん?」
渋い顔した父上が無言で請求書を俺に突きつけた。
俺はその数字を目で追う。
「…………え?」
なんだこれは!
そこにはこれまで見たことのない数字が並んでいる。
(いやいやいや……これは書き間違いじゃないのか?)
「は、ははは……きっと公爵家は慌てていて書き間違えたんですよ! やはり、まだまだ新米の公爵───」
「そうは言うが、ご丁寧に内訳書まで同封されているんだぞ」
「……へ?」
そう言って父上は俺にもう一枚別の紙を突き付ける。
ビクッと俺の顔が引き攣った。
「……我が家の顧問弁護士に見てもらったところ、もしも、ここに書かれていることが事実ならこの金額は妥当で間違いないのでは? だそうだ」
「……」
(嘘……だろう? この金額……が?)
ヒヤリとした冷たい汗が背中を流れる。
「お前、正式な婚約する前に破談になるのは相手の心変わりだといつも説明していたが、それは本当に間違いないんだな?」
「……」
「我が家はこれを不服として、モンタニエ公爵家に徹底的に抗議して構わないんだな?」
「……」
「畜生! 新米公爵を嘲笑ってやるつもりでパーティーに呼んだのに……」
父親が悔しそうにバンッと机を叩く。
そう。
あのパーティーに犬猿の仲のモンタニエ公爵を呼んで、この若造が調子に乗るなよ! と牽制し嘲笑って優位に立つつもりだった。
しかし、そうする間もなく彼らはあのままの流れでさっさと帰ってしまった。
「くっ……ここ最近、破滅寸前に追い込まれる家が軒並み増えていたのは……やはり噂通り、あの夫人の力……だったというのか? ……だが、間近で見ても力の抜けそうなぽやんとした顔の迫力のない夫人だった……」
「……」
「いや、あれは油断させるためのわざとか? なるほどな ……きっとこれは公爵家による我が家への仕返し───でっち上げに違いない! そうだな? ジュスタン!!」
「~~~っっ」
父親の勢いが凄すぎて、俺は心当たりがありまくるのに頷くことしか出来なかった。
❇❇❇❇❇
その頃──……
「──さて。今頃、慰謝料請求書は届いている頃かしら? 反応が楽しみね──」
私は窓の外を眺めながらそう呟く。
「フルール? また、メラール化しているよ?」
「え? そうですか?」
「うん」
そう言ってクスクス笑いながらリシャール様は私の両頬に手を触れる。
「でも、そんなフルールもとっても可愛いんだけどね?」
「……っ!」
国宝旦那様に甘く微笑まれて、メラールは一気にチョロールへと変化した。
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