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136. 肉食夫人
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(つ、疲れた……)
「アンベール」
「オリアンヌ……!」
まるで妹……フルールかと思うような勢いで迫って来たリシャール様を何とかなだめて帰宅させて、ぐったりしていたらオリアンヌがやって来た。
「お疲れ様でした」
「ああ……」
(この笑顔……癒しだ)
オリアンヌの美しい笑顔にホッとし心が癒される。
「それにしても、まさか夫のリシャール様の方が先に現れるなんて……しかも結婚翌日。予想外だわ!」
「……」
「私、絶対フルール様が先だと思ったのに……」
(俺もそう思っていたよ)
だから、リシャール様が訪ねて来たと聞いて──
あの二人が喧嘩するなんて想像出来ないし、ましてや離縁なんて絶対にあり得ない。
そうなると俺が思ったことは一つ。
───フルールが何かやらかした!
そうして話を聞いてみれば……
フルーーーール!
なんで、よりにもよって初夜でそれを言ったんだぁーーーー!
俺はリシャール様に迫られながら思わずそう叫びそうになっていた。
それに、フルールを悲しませたくないから、最高に痺れる罵り方を学びたいだなんてリシャール様、真面目すぎるだろーーーー!
あの二人……同じ方向にズレてるよ!
(そして、分かっていたけどリシャール様はかなりフルールに惚れているんだなぁ)
どうにかしてフルールの望みを叶えて喜ばせたい!
そんな気迫が伝わって来た。
だが、しかし。
あのグイグイ来る感じとかフルールにそっくりじゃないか。
さすがに影響受けすぎだろう……
「オリアンヌ……」
「はい?」
「……夫婦って似るのかな」
ポソッと呟いた俺の質問にうーんと首を捻って考えたオリアンヌは笑顔で言った。
「それもあるとは思いますけど、あの二人の場合はそういうことではなく……」
「なく?」
「単純にフルール様の影響が大きいだけだと思うわ」
オリアンヌにそう言われて納得した。
いや、もう心の奥底から納得した。
そうだよ、あのフルールだ。
元気いっぱいのにこにこ笑顔で無邪気に俺たちを振り回す……可愛い妹フルール。
あれだけフルールにベタ惚れなリシャール様だ。
影響を受けないはずがない。
「ふふふ……せっかく感傷に浸っていたのにね」
「!」
オリアンヌのその言葉にハッと顔を上げる。
「な、なんで……」
「だってアンベールはフルール様のこと大好きでしょう? 寂しくならないわけがないわ」
「……っ」
「それに、フルール様はこの家の中心───太陽みたいな人だから」
オリアンヌに見抜かれていたと思うと恥ずかしくなる。
彼女の前ではかっこいい自分でいたいのに。
フルールのことを理解してくれて楽しそうに全て受け入れ、あんなに愛してくれる男は他にいない。
かつてフルールに一目惚れしたベルトランでさえ、30%程度のフルールにですら圧倒されて距離を取り始めていた。
それなのにリシャール様は100%のフルールを受け止めているから凄いと思っている。
(でも、やっぱり寂しいんだ)
「それで? フルール様は初夜の場でリシャール様にいったい何を言ったの?」
「それが───」
俺が苦笑しながら詳細を語るとオリアンヌはクスクス笑い出した。
「きっと、あのキラキラした目で見つめられてしまったのね?」
「罵る……は無理でもせめて冷たく睨もうとしたけれどそれも無理だったそうだ」
「前途多難……」
確かフルールが変な扉を開けたのは、リシャール様が王女殿下を冷たく追い詰めた時だったか。
「アンベールはリシャール様になんてアドバイスをしたの?」
「……」
オリアンヌの問いかけに俺はにっこり笑う。
「フルールはリシャール様のその顔が大好きだから、その顔を活かせば何でも大丈夫……とだけ」
「まあ!」
「フルールはずっとあの顔を国宝と崇めるくらい大好きだから、あの顔で殆ど全てがなんとかなるはずなんだ」
「ふふ」
オリアンヌは楽しそうにクスクス笑う。
フルールの好きな顔の中にはオリアンヌ……君も入っているんだぞ? そう言ってやりたい。
(オリアンヌのそういう自分の魅力に無頓着な所はフルールと共通するな……)
そういう所も愛おしい。
「オリアンヌ」
「ア、アンベール……?」
俺はオリアンヌの手をそっと握って持ち上げると手の甲にキスをした。
「ひゃっ!?」
「前途多難だけど、あの妹夫婦は放っておいても大丈夫だろう。気付くと甘い空間を作り出してイチャイチャするに違いない」
「え、ええ……アンベール。私も、そう思う…………わ。ででで、そ、その手は……?」
俺が手を握ったままなせいか、オリアンヌが狼狽えている。
「……俺たちも俺たちの幸せを……考えないか? オリアンヌ」
「え」
きょとんとした顔のオリアンヌが俺の目を見つめている。
胸がドキドキし過ぎて破裂しそうだ!
「お、俺はこれからもオリアンヌの為に最高の肉料理を提供すると約束する!」
「肉?」
「だから、待たせてしまったが……け……結婚して欲しい!」
「……!」
オリアンヌがポカンとした目で俺を見ている。
そして状況を理解すると照れながらも美しく笑ってくれた。
断られることはないと分かっていても、ドキドキするものだな。
「───その言葉、待っていたわ」
「オリアンヌ……」
「お肉と私……肉食夫人をよろしくお願いします」
「ああ!」
俺は肉食夫人という響きに笑いながら優しくオリアンヌを抱きしめた。
❇❇❇❇❇
愛する旦那様となったリシャール様が、私よりも先に伯爵家を訪ねていてそんな相談をお兄様にしていたことも、お兄様とオリアンヌお姉様が結婚を決意したことも知らないその頃の私は……
「お、奥様……」
「どうしたの?」
結婚した初めての夜の記憶が途中からあやふやで朝から寝不足だった私。
目を覚ますととってもお腹が空いていた。
なのですぐに食事をお願いし、運ばれてきたものを盛り盛り食べていたら、公爵家のメイドが目を丸くして私を見ている。
「こ、こちらはもう、さ、三杯目です……けど」
「ええ! とっても美味しいわ!」
ふっふっふ! さすが公爵家!
伯爵家の料理人も素晴らしかったけれど、こちらも素晴らしい腕を持つ料理人よ!
それに、どことなく私の好みの味付け……
(おかげで、ご飯が進むわ!)
「───さあ、次のお代りをお願い!」
「よ、四杯目ですよ!?」
「そうね。でも私はいつもこれくらいが普通なの」
「ふ……普通……!」
話に聞いていた以上ーーという悲鳴がメイドから上がる。
「ですが奥様……その、昨夜……のお疲れは大丈夫なのですか?」
「心配ありがとう。大丈夫よ」
「朝は微笑ましいと思っていましたが、あそこまでの寝不足になるというのは……さすがに。もしや、ご主人様は奥様にかなりの無茶を……」
「無茶?」
メイドは私のことをすごく気遣ってくれているみたいだけれど、気付いたら朝だったし、どうして寝不足なのか具体的には分かっていないのよねぇ……
あのお水が実はお酒だったことと、少量だったから追いかけっこ祭りにはならなかったことだけは朝、眠そうなリシャール様から聞いたけど。
(リシャール様は寝不足になりながらも酔っ払いの私に一晩中付き合ってくれたのよね、きっと)
「いいえ、無茶をしたのは私。リシャール様……旦那様はいつだって私に優しいのよ」
「お、奥様の方が無茶を!?」
「ええ(多分)!」
私が頷くとメイドはゴクリと唾を飲み込んだ。
「そう、でしたか。奥様はそんなに可愛らしいのに───かなり肉食なのですね!?」
「え?」
肉食?
そうね、オリアンヌお姉様程ではないけれど、お肉は大好きよ!
そう思った私は満面の笑みを浮かべて大きく頷いた。
「そうよ!」
「───や、やはり!」
やっぱり奥様は肉食でした~
というメイドの声が邸内に大きく響き渡った。
こうして、この日……
モンタニエ公爵家にも肉食夫人が誕生した。
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