135 / 354
135. 元気いっぱいの妻 (リシャール視点)
しおりを挟む(───こ、この笑顔は!)
フルールのその笑顔にも既視感があったので、慌ててフルールに飲ませた水の中身を確認する。
(うわぁぁ………少しだがアルコールが入っている!)
分かっている。
これは使用人たちの気遣いだ。
初夜で緊張している僕たちの為を思ってくれたのだろう。
幸い、王宮で飲んだ時ほどそんなに強くはない。
だが……
「フ、フルール……」
「リシャール様!」
フルールはにっこり笑顔で僕を見る。
くっ! 可愛い……めちゃくちゃ可愛い笑顔なんだが……
上機嫌なフルールは危険だ!
(ほんの少しでも駄目なのか?)
「リシャール様……いえ、旦那様」
「……っ!」
脱ぐのか? それとも部屋を飛び出すのか? どっちなんだ!?
第五回──いや、伯爵夫人が言っていたように、第一回モンタニエ公爵家によるフルール追いかけっこ祭りの開催なのか!?
フルールがにこにこ笑っている間にもそんな様々な思いが駆け巡る。
(頼む、フルール! 部屋を飛び出さずに今日は脱いでくれ!)
我が家の使用人たちはまだ、フルールとの追いかけっこに慣れていないんだ……
だから、今日は……脱いでくれ!
僕はまるで変質者かのような祈りを込める。
すると、にこにこしていたフルールは、脱ぐこともベッドから飛び出すこともしないで、じっと僕の目を見つめてきた。
「フルール?」
「暑いですわ───でも」
「でも?」
「えい!」
ギュッ!
可愛いかけ声をあげたフルールは両手を伸ばすと僕に抱きついてきた。
(──え?)
「暑くても今日はリシャール様とこうしてギューッとしていたいですわ」
「な……」
僕はまさかの展開に驚く。
脱がないし……脱走もしない!?
僕と……こうしてギュッとしていたいだと?
(なんて可愛いことをするんだ、フルール!)
そんな僕の気も知らずにフルールはさらに可愛い笑顔を見せる。
「ふふふ、だって今日は新婚初夜ですもの。夫婦は一緒に過ごすのですわ」
「!」
やはり、アルコール分が少量だったからなのか、この間とは少し違う。
これはちゃんと意識があるのでは?
「……フルール、新婚初夜では何をするか分かっている?」
「もちろんですわ!」
満面の笑みでそう答えるフルールに僕は淡い期待を抱いた。
しかし、落ち着け……早まるな……相手はあのフルールなんだぞ!
と、必死に自分に言い聞かせる。
「初夜に関しては、旦那様に全てお任せして言うことを聞くようにとお母様が教えてくれましたわ!」
「え……」
伯爵夫人、丸投げじゃないか!
「リシャール様の言うことに間違いはないからとにかく身を預けなさいと」
「……そ、そうか」
ならば、今夜はこのままフルールと……
そう思ったが考える。
少量とはいえフルールはアルコールを摂取している。
これまでの様子だとフルールはアルコール摂取後の記憶は残っていない。
このまま初夜を完遂しても───
(明日の朝、記憶にございませんと言われたら……立ち直れない!)
それなら、使用人たちは驚くかもしれないが、明日の夜にリベンジする方が絶対にマシだ!
今日はもう大人しく隣で並んで寝よう。
それが一番だ!
いつか、こんな初夜の失敗も笑い話になるのだろうか?
僕たちらしいのかもしれないが。
なんて一人で笑っていたら、フルールがまた、じっと僕の顔を見ている。
「旦那様、疲れてます?」
「……え? うん、まあ……」
何だろう?
不思議に思いながらも頷くとフルールが腕をまくり始めた。
「フルール?」
「……愛する夫を癒すのも妻の役目ですわ」
「え?」
フルールがにこっと笑う。
「私、肩のマッサージが得意なのです!」
「肩のマッサージ?」
そういえば、伯爵家での最後の夜に思い出のマッサージをしたとか何とか……
「もしかして、それを僕に?」
「はい!」
元気いっぱいの返事とともにフルールが僕から離れる。
そしてフルールは僕の背中に回り込んだ。
(……肩のマッサージか)
フルールが僕の肩に手を置いた。
「───では、いきますわ!」
まあ、これくらいなら大惨事にはならないはずだ。
ん? 待てよ?
フルールを迎えに行って伯爵に挨拶した時、疲れ切った顔で変なことを言っていなかったか?
───昨晩、フルールが張り切って肩にマッサージをしてくれたのだが……
(肩にマッサージ!)
僕はハッとして慌てて後ろを振り向いてフルールに声をかける。
「フルール! ちょっと待ってく……」
「───えいっ!」
「~~~~っっっっ!!」
あまりの衝撃に僕は声にならない叫びを上げた。
こうして、僕とフルールの新婚初夜はバタバタで過ぎていった────
────
「…………それで、最強の公爵夫人になると豪語していた妹は今、何をしているんですかね?」
「思った通り昨夜の記憶は全くなく……何故かとっても眠いですわ、と言って気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている……」
「子供か! 最強の公爵夫人が遠ざかっているじゃないか!」
昨夜の僕の話を聞いたアンベール殿が頭を抱えた。
とんでもない衝撃を受けたことにより寝られなかったせいで今朝、明らかに寝不足顔の僕と、同じく眠そうにしているフルールの姿を見た我が家の使用人たち。
彼らは明らかに勘違いをし、僕らのことを微笑ましい様子で見ていた。
そのため、今もフルールの睡眠は呆れられるどころか仕方がない……そう思われている。
なんて告げたらアンベール殿は発狂しそうだ。
(黙っておこう……)
「はぁぁぁ、昨日、送り出したばかりの妹の旦那が朝からやって来たから何事かと思えば……」
「それで、フルールの言う“罵って欲しい”の件だけど」
その話を切り出すとアンベール殿はますます深いため息を吐いた。
「申し訳ない。その話をリシャール様にするなら結婚後にしてくれ、とフルールに言ったのは俺です」
「え?」
「俺はもうすっかり忘れていました……でも、そうか。フルールはあれからずっと、リシャール様に罵ってもらう日を楽しみに待っていたのか」
アンベール殿が遠い目をする。
「本当に素直で真っ直ぐで、そして一途……」
「そうですね……それがフルールなんですよ」
「……アンベール殿!」
僕はグイッとアンベール殿に迫る。
「うっ! 眩しい……」
「僕はフルールを悲しませたくない!」
笑顔が好きなんだ。
フルールにはいつも元気いっぱいに笑っていて欲しい。
そして、フルールの望みは叶えたい!
「そ、そうです、ね」
「だから、僕はフルールが必ず喜ぶ、最高に痺れる罵り方を学びたい! どうか助けてくれ、アンベール殿!」
「リ、リシャ……」
僕はさらにグイグイとアンベール殿に迫った。
268
お気に入りに追加
7,177
あなたにおすすめの小説
【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。
はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。
周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。
婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。
ただ、美しいのはその見た目だけ。
心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。
本来の私の姿で……
前編、中編、後編の短編です。
王子は婚約破棄を泣いて詫びる
tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。
目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。
「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」
存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。
王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。
強い祝福が原因だった
棗
恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。
父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。
大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。
愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。
※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。
※なろうさんにも公開しています。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】
青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。
そして気付いてしまったのです。
私が我慢する必要ありますか?
※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定!
コミックシーモア様にて12/25より配信されます。
コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。
リンク先
https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/
結婚結婚煩いので、愛人持ちの幼馴染と偽装結婚してみた
夏菜しの
恋愛
幼馴染のルーカスの態度は、年頃になっても相変わらず気安い。
彼のその変わらぬ態度のお陰で、周りから男女の仲だと勘違いされて、公爵令嬢エーデルトラウトの相手はなかなか決まらない。
そんな現状をヤキモキしているというのに、ルーカスの方は素知らぬ顔。
彼は思いのままに平民の娘と恋人関係を持っていた。
いっそそのまま結婚してくれれば、噂は間違いだったと知れるのに、あちらもやっぱり公爵家で、平民との結婚など許さんと反対されていた。
のらりくらりと躱すがもう限界。
いよいよ親が煩くなってきたころ、ルーカスがやってきて『偽装結婚しないか?』と提案された。
彼の愛人を黙認する代わりに、贅沢と自由が得られる。
これで煩く言われないとすると、悪くない提案じゃない?
エーデルトラウトは軽い気持ちでその提案に乗った。
【完結】「王太子だった俺がドキドキする理由」
まほりろ
恋愛
眉目秀麗で文武両道の王太子は美しい平民の少女と恋に落ち、身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました…………では終わらない物語。
※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。
「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」
※無断転載を禁止します。
※朗読動画の無断配信も禁止します。
※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
俺の婚約者は地味で陰気臭い女なはずだが、どうも違うらしい。
ミミリン
恋愛
ある世界の貴族である俺。婚約者のアリスはいつもボサボサの髪の毛とぶかぶかの制服を着ていて陰気な女だ。幼馴染のアンジェリカからは良くない話も聞いている。
俺と婚約していても話は続かないし、婚約者としての役目も担う気はないようだ。
そんな婚約者のアリスがある日、俺のメイドがふるまった紅茶を俺の目の前でわざとこぼし続けた。
こんな女とは婚約解消だ。
この日から俺とアリスの関係が少しずつ変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる