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135. 元気いっぱいの妻 (リシャール視点)
しおりを挟む(───こ、この笑顔は!)
フルールのその笑顔にも既視感があったので、慌ててフルールに飲ませた水の中身を確認する。
(うわぁぁ………少しだがアルコールが入っている!)
分かっている。
これは使用人たちの気遣いだ。
初夜で緊張している僕たちの為を思ってくれたのだろう。
幸い、王宮で飲んだ時ほどそんなに強くはない。
だが……
「フ、フルール……」
「リシャール様!」
フルールはにっこり笑顔で僕を見る。
くっ! 可愛い……めちゃくちゃ可愛い笑顔なんだが……
上機嫌なフルールは危険だ!
(ほんの少しでも駄目なのか?)
「リシャール様……いえ、旦那様」
「……っ!」
脱ぐのか? それとも部屋を飛び出すのか? どっちなんだ!?
第五回──いや、伯爵夫人が言っていたように、第一回モンタニエ公爵家によるフルール追いかけっこ祭りの開催なのか!?
フルールがにこにこ笑っている間にもそんな様々な思いが駆け巡る。
(頼む、フルール! 部屋を飛び出さずに今日は脱いでくれ!)
我が家の使用人たちはまだ、フルールとの追いかけっこに慣れていないんだ……
だから、今日は……脱いでくれ!
僕はまるで変質者かのような祈りを込める。
すると、にこにこしていたフルールは、脱ぐこともベッドから飛び出すこともしないで、じっと僕の目を見つめてきた。
「フルール?」
「暑いですわ───でも」
「でも?」
「えい!」
ギュッ!
可愛いかけ声をあげたフルールは両手を伸ばすと僕に抱きついてきた。
(──え?)
「暑くても今日はリシャール様とこうしてギューッとしていたいですわ」
「な……」
僕はまさかの展開に驚く。
脱がないし……脱走もしない!?
僕と……こうしてギュッとしていたいだと?
(なんて可愛いことをするんだ、フルール!)
そんな僕の気も知らずにフルールはさらに可愛い笑顔を見せる。
「ふふふ、だって今日は新婚初夜ですもの。夫婦は一緒に過ごすのですわ」
「!」
やはり、アルコール分が少量だったからなのか、この間とは少し違う。
これはちゃんと意識があるのでは?
「……フルール、新婚初夜では何をするか分かっている?」
「もちろんですわ!」
満面の笑みでそう答えるフルールに僕は淡い期待を抱いた。
しかし、落ち着け……早まるな……相手はあのフルールなんだぞ!
と、必死に自分に言い聞かせる。
「初夜に関しては、旦那様に全てお任せして言うことを聞くようにとお母様が教えてくれましたわ!」
「え……」
伯爵夫人、丸投げじゃないか!
「リシャール様の言うことに間違いはないからとにかく身を預けなさいと」
「……そ、そうか」
ならば、今夜はこのままフルールと……
そう思ったが考える。
少量とはいえフルールはアルコールを摂取している。
これまでの様子だとフルールはアルコール摂取後の記憶は残っていない。
このまま初夜を完遂しても───
(明日の朝、記憶にございませんと言われたら……立ち直れない!)
それなら、使用人たちは驚くかもしれないが、明日の夜にリベンジする方が絶対にマシだ!
今日はもう大人しく隣で並んで寝よう。
それが一番だ!
いつか、こんな初夜の失敗も笑い話になるのだろうか?
僕たちらしいのかもしれないが。
なんて一人で笑っていたら、フルールがまた、じっと僕の顔を見ている。
「旦那様、疲れてます?」
「……え? うん、まあ……」
何だろう?
不思議に思いながらも頷くとフルールが腕をまくり始めた。
「フルール?」
「……愛する夫を癒すのも妻の役目ですわ」
「え?」
フルールがにこっと笑う。
「私、肩のマッサージが得意なのです!」
「肩のマッサージ?」
そういえば、伯爵家での最後の夜に思い出のマッサージをしたとか何とか……
「もしかして、それを僕に?」
「はい!」
元気いっぱいの返事とともにフルールが僕から離れる。
そしてフルールは僕の背中に回り込んだ。
(……肩のマッサージか)
フルールが僕の肩に手を置いた。
「───では、いきますわ!」
まあ、これくらいなら大惨事にはならないはずだ。
ん? 待てよ?
フルールを迎えに行って伯爵に挨拶した時、疲れ切った顔で変なことを言っていなかったか?
───昨晩、フルールが張り切って肩にマッサージをしてくれたのだが……
(肩にマッサージ!)
僕はハッとして慌てて後ろを振り向いてフルールに声をかける。
「フルール! ちょっと待ってく……」
「───えいっ!」
「~~~~っっっっ!!」
あまりの衝撃に僕は声にならない叫びを上げた。
こうして、僕とフルールの新婚初夜はバタバタで過ぎていった────
────
「…………それで、最強の公爵夫人になると豪語していた妹は今、何をしているんですかね?」
「思った通り昨夜の記憶は全くなく……何故かとっても眠いですわ、と言って気持ちよさそうにスヤスヤ眠っている……」
「子供か! 最強の公爵夫人が遠ざかっているじゃないか!」
昨夜の僕の話を聞いたアンベール殿が頭を抱えた。
とんでもない衝撃を受けたことにより寝られなかったせいで今朝、明らかに寝不足顔の僕と、同じく眠そうにしているフルールの姿を見た我が家の使用人たち。
彼らは明らかに勘違いをし、僕らのことを微笑ましい様子で見ていた。
そのため、今もフルールの睡眠は呆れられるどころか仕方がない……そう思われている。
なんて告げたらアンベール殿は発狂しそうだ。
(黙っておこう……)
「はぁぁぁ、昨日、送り出したばかりの妹の旦那が朝からやって来たから何事かと思えば……」
「それで、フルールの言う“罵って欲しい”の件だけど」
その話を切り出すとアンベール殿はますます深いため息を吐いた。
「申し訳ない。その話をリシャール様にするなら結婚後にしてくれ、とフルールに言ったのは俺です」
「え?」
「俺はもうすっかり忘れていました……でも、そうか。フルールはあれからずっと、リシャール様に罵ってもらう日を楽しみに待っていたのか」
アンベール殿が遠い目をする。
「本当に素直で真っ直ぐで、そして一途……」
「そうですね……それがフルールなんですよ」
「……アンベール殿!」
僕はグイッとアンベール殿に迫る。
「うっ! 眩しい……」
「僕はフルールを悲しませたくない!」
笑顔が好きなんだ。
フルールにはいつも元気いっぱいに笑っていて欲しい。
そして、フルールの望みは叶えたい!
「そ、そうです、ね」
「だから、僕はフルールが必ず喜ぶ、最高に痺れる罵り方を学びたい! どうか助けてくれ、アンベール殿!」
「リ、リシャ……」
僕はさらにグイグイとアンベール殿に迫った。
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