上 下
134 / 354

134. 困惑する夫

しおりを挟む


(言った!)

 ついに言えたわ!!
 リシャール様の冷たい目、冷たい言葉にゾクゾクしてから、もうどれくらい経ったかしら?
 お兄様に私にはまだ早い…… 結婚してからなら、と言われたのよね。

(───さあ、リシャール様!  思いっきり私のことを罵ってちょうだい!!)

 最強新婚妻フルール、心の準備は万端でしてよ!

 私はにこにこ笑顔で、ドキドキしながらリシャール様からの言葉を待った。

「……の、罵るっ!?」
「……」
「な、何で……」
「……」
「……はっ!  フルールの目が期待でキラキラしている……なぜ、だ」
「……」
「フ、フルール……さん」

 リシャール様の声が震えている。
 なんて言葉で罵るかたくさん考えてくれているのね?
 でも、リシャール様は優しいからもしかすると甘口で……と考えているかもしれない。

「リシャ……旦那様、大丈夫ですわ!」
「だ、大丈夫……?」

 私は、大丈夫ですわという意味を込めて、にこっと微笑む。

「私、この日のためにたくさんたくさんたくさん頭の中でシミュレーションをしてまいりましたの!」
「……え?」
「───ですから、甘口ではなく辛口で構いませんわ!」
「か、辛口……」

 私は両手を大きく広げて受け入れ態勢をとる。

「旦那様!  愛していますわ。さあ、遠慮なくばーーーんと来てください!」


❇❇❇❇❇


(……な、何が起きているんだーーーー!)

 幸せだったけど色々と大変だった日々を乗り越え、迎えた僕らの結婚。
 ようやく……ようやく僕の可愛い妻となったフルール。
 そして待ちに待った初夜……
 夜這いを続けた王宮での一週間とは違い、ついにフルールと結ばれ…………

(ええぇぇえ?)

 罵る?
 罵るってなんだ!?
 甘口とか辛口って何だ!
 いったい、どこから出て来たんだ……!

(わ、分からない……)

 だが、フルールは当然のことだと言わんばかりの……キラキラ期待した目で待っている。
 まさか、僕が知らなかっただけで、
 新婚夫は初夜の夜に新婚妻のことを罵る───これが正しい初夜の作法なのか!?

(そんなの知らない……王女の婚約者でいる時も、こんなことは誰も教えてはくれなかった!!)

「…………っ!」
「?」

 フルールは期待溢れる目で僕を見ている。
 可愛い……もう、愛しくて愛しくて堪らない!
 そして正直に言えば、早く触れたいのに───!

(ど、どうしたら……)

 フルールとの間に変な沈黙だけが流れていく。
 こんな無邪気にキラキラ顔をした妻を悲しませることはしたくない。 
 だが、愛しくて愛しくて堪らないフルールを罵るなんてもっと出来ない。

(どうすることが正解なんだ!?)

 こんなの公爵家を追われた時よりどうしたらいいか分からない。
 あの時、僕を救ってくれた女神が可愛く困らせてくるってどういうことなんだ!

(フルール……)

 フルールと目を合わせると、照れたように微笑まれた。
 両手を広げて待っているフルールは鼻血が出そうなくらい可愛いのに、今は違う意味で興奮して鼻血が出そうだよ……フルール。

 頭の中でずっとシミュレーションして来たって何?
 いったいどこの誰がフルールにそんな気持ちを芽生えさせたんだ!
 ───まさか、フルールの花嫁道具の中の本か?  本の影響なのか!?
 そうだ。そうに違いない。
 だって、アンベール殿がドロドロした恋愛がとか言っていたじゃないか!

「……私、リシャール様が“悪役令息”のように王女殿下を冷たく睨んで罵っていく姿にゾクッとしてキュンとしたのです」
「…………え!  ぼ、僕?」

(まさかの僕だったーーーー)

 そして、ゾクッとしてキュンってなんなんだーー!?
 それは果たして両立するものなのか!?

「こんな気持ちになったの……生まれて初めてでしたわ」
「……」

 フルールが頬を染めて可愛い顔でそんなことを言う。

(僕もだよ……)

 フルールの中の“何か”を目覚めさせたのが、他の男(ベルトランとかベルトランとかベルトランとか……)でなくて良かったと思うが……

「フ、フルール!」
「はい!」

 とにかくまずは冷たい目とやらで睨んでみよう!

「……っ」
「……旦那様?」
「……っっ!」
「……どうしました??」

 僕はパッと勢いよくフルールから目を逸らす。

(駄目だ……!  可愛さが無限に溢れていて冷たくなんて睨めない!  ニヤけてしまう!)

 世の中の男はこうして愛する妻に翻弄されるものなのだろうか?
 さぞかし刺激的な毎日なんだろうな……

(───とりあえず、今は…………)

「フルール!  ……じ、時間をくれないか!」
「時間……ですか?」

 きょとんとした顔で僕を見つめる可愛い妻、フルール。

「そうだ!  愛する妻フルールの頼み……僕はそれに全力で応えたい!」
「まあ!」
「──その為にも、必ずやフルールの心をゾクゾクさせキュンとさせる最高の罵り方を研究しようと思うんだ!」
「最高の……罵り方……」

 フルールの目の奥がキラリと輝いた。
 よし、いい感じだ。

「ふふふ、つまり楽しみは先に取っておく……ということですわね?」
「ああ!」
「分かりましたわ!  楽しみにしていますね、旦那様からのとびっきり最高の罵り……ふふ」

 フルールが最高に可愛い笑顔でそう言う。
 その可愛さに僕の胸がキュンとなる。
 でも……ハードルがグンッと上がった気が……
 問題を先送りにしただけかもしれないが、とりあえず今夜はこれで乗り切るしかない。

(そして口だけでなく本当に研究しなくては……)

 フルールをガッカリさせるなんて有り得ない。
 やはり、こういう時に頼れるのは義兄となったアンベール殿しかいないだろう。
 彼なら何かいい解決方法を知っているかもしれない。
 朝になったら連絡を取ろう。

(待っていてくれ、フルール!  僕は必ず君のために最高に痺れる罵り方を学んでみせる!)

 そう決心した僕はそっとフルールの頬に手を触れる。
 そして微笑みかけた。

「……フルール、ここから先は僕に集中して?」
「え?  あ……リシャー……」

 チュッとキスをしてフルールの唇を塞ぐ。
 フルールは僕とのキスが好きなのか、たくさんしていると次第にうっとりしてくれるんだ。
 だから、たくさんのキスを贈り続けた。



「……ん」

(よし!)

 いい感じにフルールが蕩けてきた。
 あとはこのまま───

「リシャー……ん、旦那、様」
「フルール?」

 フルールは閉じていた目を開けると恥ずかしそうに言った。

「喉が乾きまし、た」
「え?」

 そう言われて僕はテーブルの横に置いてある水に目を向ける。

(これ水……だよな?  水でいいんだ……よな?)

 僕は起き上がるとドキドキしながらコップに水を注ぎフルールに渡す。
 フルールはそれを飲みながら、冷たくて美味しいお水ですわ!  生き返ります!  と言って笑っている。

(水、だったか……うん、この様子なら大丈夫そうだ──)

 ホッと安堵する。
 あれ、待てよ?  
 でも、フルールとアルコールのこと……僕は使用人たちに話したか……?
 なんであれ今後のために、何度でも話しておかないといけないな。
 また、暑いと言って脱ぎ出したり、伯爵家でのように部屋を脱走されたら大変だ。

(いや、でも脱ぐのは大歓迎……どちらかと言うと脱がしたいけど)

 とりあえずこの後はムードを戻して初夜の続きを……なんて不埒ことを考えた時だった。

「んー、旦那様…………何だかこの部屋、暑いですわね?」
「……え?」

 既視感のある言葉にハッとすると、フルールはとびっきり可愛い顔で僕を見てニンマリと笑った。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

醜い傷ありと蔑まれてきた私の顔に刻まれていたのは、選ばれし者の証である聖痕でした。今更、態度を改められても許せません。

木山楽斗
恋愛
エルーナの顔には、生まれつき大きな痣がある。 その痣のせいで、彼女は醜い傷ありと蔑まれて生きてきた。父親や姉達から嫌われて、婚約者からは婚約破棄されて、彼女は、痣のせいで色々と辛い人生を送っていたのである。 ある時、彼女の痣に関してとある事実が判明した。 彼女の痣は、聖痕と呼ばれる選ばれし者の証だったのだ。 その事実が判明して、彼女の周囲の人々の態度は変わった。父親や姉達からは媚を売られて、元婚約者からは復縁を迫られて、今までの態度とは正反対の態度を取ってきたのだ。 流石に、エルーナもその態度は頭にきた。 今更、態度を改めても許せない。それが彼女の素直な気持ちだったのだ。 ※5話目の投稿で、間違って別の作品の5話を投稿してしまいました。申し訳ありませんでした。既に修正済みです。

この婚約破棄は、神に誓いますの

編端みどり
恋愛
隣国のスーパーウーマン、エミリー様がいきなり婚約破棄された! やばいやばい!! エミリー様の扇子がっ!! 怒らせたらこの国終わるって! なんとかお怒りを鎮めたいモブ令嬢視点でお送りします。

【完結】「王太子だった俺がドキドキする理由」

まほりろ
恋愛
眉目秀麗で文武両道の王太子は美しい平民の少女と恋に落ち、身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました…………では終わらない物語。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

処理中です...