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132. 最強令嬢の最後の夜
しおりを挟む「───と、いうわけで今日は私が皆の肩をマッサージしますわ!」
私は気合を入れて腕をまくった。
三人がえっ! という顔で私を見てくる。
「ふっふっふ! 子どもだった私は“肩を叩く”のが精一杯でしたけど、さすがに大人になったので“色々”出来るようになりましたわ!」
三人がゴクリと唾を飲み込んで顔を見合せている。
何故、肩をマッサージするだけなのにそんな深刻な顔をしているのかと不思議な気持ちになった。
(ま、いっか!)
「さあさあ、皆、並んでくださいませ!」
「え……」
「あ!」
「うっ」
私は戸惑う三人を並ばせた後、勢いよく後ろを振り返って廊下に向かっても声をかける。
「もちろん、オリアンヌお姉様もですわよ?」
「───え!」
入口付近の廊下からお姉様の驚く声が聞こえて来た。
そして、おそるおそる部屋へと入って来る。
「フルール様、私が聞いていること気付いていたの?」
「はい! お姉様も“家族”なのですから遠慮はいりませんわ!」
「家族……」
お姉様が照れながらも嬉しそうに微笑む。
相変わらず美しいわ!
その美しさにうっとりしてしまう。
(でも、今はこれだけは伝えなくちゃ!)
「私の“おにーさま”をよろしくお願いします───お義姉さま!」
「フルール様……」
そう言って私が頭を下げるとお姉様は笑顔で頷いてくれた。
「はい、任されました!」
私の大好きなお兄様が選んだ人がこんな素敵な人で良かった──
心の底からそう思った。
「ではでは、いきますわよ!」
私は並んだ四人に元気いっぱいに声をかける。
まずはお父様から!
「……フルールの“肩たたき”を思い出すな」
「子供でしたから揉むという工程がよく分からず……ポコポコ叩くのが精一杯でしたわ」
「そうだな。でも、一生懸命で可愛かったぞ?」
お父様が懐かしそうな目でそう言ってくれた。
私はお父様の肩に手を置いて……
(───さあ、凄腕マッサージ師フルールの出番よ!!)
えいっ! と力を入れた。
「ぐ……ぐあぁぁーーーー」
(かたいわ!)
「まあ! お父様。やっぱり凝っていますわ。ガッチガチです」
「ぐぁ、フルー……い、いや、そ、その前に力……力……」
「力?」
よほど凝っているからか、お父様はもっと力を入れて欲しいと要求。
(───やっぱり、私の腕力はまだまだ駄目みたい)
公爵家に行っても鍛えることはしっかり続けなくてはいけないわね。
ニコレット様も継続が大事と言っていたし。
「分かりましたわ、お父様。もっと力を──ですわね?」
そう言って私は更にぐっと肩に力を込めた。
「ああ、そうだ。もっと力を緩…………ん!? ぐ、ぐあぁぁあーーーー」
(お父様ったら元気いっぱいだわ)
嬉しくなった私はますます気合いが入る。
私が力を込める度にお父様は元気な声を上げていた。
「───さあ、次はお母様の番ですわ!」
その次はお兄様、お姉様と続くわよ?
私が満面の笑みでそう口にしたら、何故かお母様の顔色が真っ青。
「お母様?」
「…………はっ! フルール! そ、そうね私は」
「私は?」
お母様は真っ青な顔で私に言う。
「旦那様みたいに肩を揉むのではなく、子どもの時のフルールがしてくれたみたいに“叩く”の方が、う、嬉しいわ!」
「そうですか?」
それがお母様の希望なら私はそれを叶えるまでよ!
───…………う、裏切り者……
───ふっ、旦那様! あなたのその尊い犠牲に心から感謝するわ……!
───くっ!
私のマッサージの腕に感動して悶絶しながら床に転がっているお父様がお母様とアイコンタクトを送っている。
目と目で会話───
(こういう仲の良い夫婦に私とリシャール様もなりたいわ)
そんなことをうっとり考えながら私は拳を作り、お母様の肩に向かって──
ゴスッ!
「……っっ!?」
「ん?」
「~~~~……」
何だか凄い音がした……気がする。
お母様が自分の肩を押さえたまま声にならない声を上げて震え出した。
(こ、これは……!)
「……お、お母様……?」
「フルーーーール! あなたはもう子どもじゃないのよー!?」
「あ……」
ちなみに、シャンボン伯爵家で一番怒らせると怖いのはお母様。
私は“シャンボン伯爵令嬢”として最後のお説教を受けることになった。
その後、のらりくらりと逃げ出そうとするお兄様とお姉様を追いかけて、無事に皆へのマッサージを終えた。
(いい感じだったわ!)
私はリシャール様にもぜひやりたいと思った。
肩を叩く時の力加減は必要だけど、リシャール様はお母様より鍛えているはずだし、ちょっとくらい強くても……
(子守唄にマッサージに……全部楽しみだわ!!)
新婚生活の楽しみがどんどん増えて、私の頬が緩んでいく。
「何だかマッサージしていたら喉が……」
そう思って顔を上げたら使用人がちょうど飲み物を運んで来た所だった。
さすが我が家の使用人たち! タイミングがばっちりよ!
「ありがとう、喉が渇いていたの。一つ貰うわね?」
「……え? あ、お嬢様!」
「うん?」
私が手にしたグラスの飲み物を一気に飲み干すと使用人は言った。
「そ、それはご主人様や奥様たちの分で、お嬢様の分はあちらの──」
「え?」
私の分はあっち?
どういうこと……?
不思議に思っていると何だか身体がポカポカして来た。
(……ん?)
「……っっ! お、お嬢様が今、飲んだそれは…………お、お酒ですーーーー!」
使用人のその悲痛な叫び声と同時に部屋の中にいた全員がハッとして私を見た。
私は皆に向かってにっこり微笑んだ。
────私にはその後の記憶がない。
気付くと朝になっていた。
こうして伯爵家で迎える最後の朝をスッキリした気分で目が覚めた私だったけれど……
息も絶え絶えの疲れ切った表情のお兄様が言うには、
第四回、フルール追いかけっこ祭りが開催されたのだという───
───
お昼前、私を迎えに来たリシャール様は顔をピクピク引き攣らせながら言った。
「…………僕さ、娘を嫁に出す最後の夜というものは、こう家族水入らずでしんみり過ごすもの……と思っていたんだ」
「ええ、リシャール様。私もそう思います。時間をくれてありがとうございました!」
私が満面の笑みでお礼を言うとリシャール様が首を傾げながら指をさす。
「しんみり、だよ? 僕の目には向こうに屍の山が見えるんだ」
「皆、お疲れのようですわね。それと私の心は、かなりしんみりしているのですが……」
「……」
リシャール様はどこかまだ引き攣った笑顔のまま私に訊ねてきた。
「フルール、一応聞く。念の為に聞くけど…………昨夜は何して過ごしたの?」
「ふふふ」
私は最高の笑顔で答えた。
「思い出話にしんみり花を咲かせたところ、凄腕マッサージ師である私の手で家族への思い出のマッサージを行い……そして、最後は誤ってお酒を飲んでしまったので、第四回フルール追いかけっこ祭りが開催された……そうですわ!!」
「────濃い!! 全然しんみりしていない!」
リシャール様は両手で顔を覆って天を仰いでいた。
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