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131. 思い出
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いつもなら、“戻ったか、フルール!”と、私の名前を呼びながら飛んで来るお兄様が迎えに出てこないわ。
それに、何だか屋敷の中が全体的に静か……
「……?」
何かあった?
そう思っていた私の所へやって来たのは───
「───フルール様! お帰りなさいませ」
オリアンヌお姉様だった。
「ねえ、お姉様? 何かあったの? お兄様もいないし何だか静かだわ」
「そ、それが……ね」
お姉様が困った表情を浮かべて言葉を濁す。
その顔を見て私はピンッと来た。
「分かったわ───」
「え!」
私は目を丸くしているお姉様に向かってフフッと笑う。
「……泥棒よ!」
「…………え? どろ……」
「我が家に泥棒が入ったのでしょう?」
「え、フ、フルール様……?」
お姉様がポカンとした顔で私を見ている。
どうやら名推理過ぎて言葉が出ないようね!
シャンボン伯爵家は、これといって冴えない中流伯爵家。
よって、これまでの我が家なら泥棒にとってさほど魅力の感じない家だったに違いない。
しかし!
今のシャンボン伯爵家はがっぽり頂いた“慰謝料”によってかなり裕福になっているのよ!
私はお姉様の肩を掴む。
「え……!?」
「お姉様! 何を盗まれたんですの?」
「え、え……??」
オロオロと困った顔をするオリアンヌお姉様。
私の闘志にメラッと火がつく。
「犯人は絶対に許しませんわ。地の果てまで追いかけて我が家に盗みに入ったことを後悔させてやりま───……」
「フ、フルール様ーー! お、落ち着いて! 違いますから! そうではなくて……」
「え、違うんですの?」
あれ? と、首を傾げる私にお姉様は必死に首を横に振る。
「そんな物騒な話ではないわ! だからその殺気をしまってちょうだい!」
「……」
どうやら違ったらしい。
「───もう! こんな時こそアンベールが出て来て止めるべきなのに! フルール様ったら変な誤解しちゃっているじゃない!」
「オリアンヌお姉様、お兄様は出かけているの?」
お姉様は首を振った。
「いいえ、アンベールは奥の部屋にいるわ。フルール様が帰って来たから出迎えようとしていたのだけど手が離せなくて」
「手が離せない?」
いったい何をしているのかしら?
私が不思議に思っていたらお姉様が説明してくれた。
「……フルール様、準備が出来たらいよいよモンタニエ公爵家に行ってしまうでしょう?」
「ええ」
「それでね? フルール様が不在だったこの一週間、皆で嫁いでいくフルール様に何を持たせようかと話し合っていたの」
「私に?」
お姉様がクスリと笑う。
「そうなの。それで、それぞれフルール様との思い出の品を持ち寄って……そうして思い出話に花を咲かせていて──」
「まあ!」
(なんてこと! ずるいわ。私抜きでそんな思い出話大会をするなんて!)
これは、ぜひ、私も加わらなくては!
そう考えた私は廊下を駆け出す。
「え? あ、フルール様!」
「───お姉様、皆はどこの部屋にいますの?」
「え? あ、あっちの奥の……」
(あっちの部屋ね!?)
私はお姉様が指さした方向に全力で走った。
「戻りましたわーー!」
私はバーンと勢いよく部屋を開ける。
すると、部屋の真ん中で集まって何やら話しているお父様とお母様とお兄様、その周りを囲う数名の使用人の姿を見つけた。
(お姉様の言う通りね!)
「フルール……」
「……お嬢様」
そんな皆は扉の音に驚いて一斉に私を見た。
「オリアンヌお姉様から聞きましたわ! 皆で揃って私の思い出話をしているそうではありませんか!」
「き、聞いたのか……」
「聞きましたわ。いったい何を持ち寄ってどんな話を───」
そこで私はお父様やお母様、お兄様が持ち寄った物に目を向ける。
そして「あ!」と声を上げた。
「お、お父様にお母様……そ、それは」
お父様とお母様の前に置かれている物……それは──
「私のお手製の“かたたたきけん”ではありませんか!」
(……懐かしい)
子供の頃、使用人がお父様の肩をマッサージしている姿を見てどうしても真似したくなった私。
お兄様のアドバイスで覚えたばかりの字で“肩たたき券”を作ってお父様とお母様に配った。
「それ、まだ残っていたんですの?」
てっきり全部使ったと思っていたのに。
するとお母様が笑いながら教えてくれた。
「私も旦那様も勿体なくて最後の一枚は使えなかったのよ」
「……!」
何だか胸の奥がじんわりした。
「お、お兄様は何を───って! そ、それはっ!」
「ははは、覚えているか? フルールが初めて刺繍したハンカチだ」
お兄様が笑いながらハンカチを広げる。
そこにはとっても歪な“おにーさま”の文字が刺繍されている。
(間違いなく製作者は私ーーーー!)
「…………イニシャルとかフルネームを入れるのが普通だろうに……フルールは……フルールは……“おにーさま”って。ははは!」
「笑いすぎですわ! それよりなんで今もこんな綺麗にしっかり取ってあるんですの!」
「当たり前だ。捨てるわけないだろ?」
お兄様はそう言って私に優しく微笑みながら頭を撫でた。
「フルールが俺のために頑張って刺してくれた初めての刺繍だぞ?」
「お兄様……」
「俺の宝物だ」
「!」
改めて“お兄様、大好き!”そう思った。
「……でも、お兄様ったら酷いですわ。いつもなら帰宅すると真っ先に“大丈夫だったか?”と心配して私のことを出迎えてくれますのに!」
私の指摘にお兄様が小さく「うっ……」と唸る。
「それはすまない。だけど……」
「ええ、分かっていますわ」
私はうんうんと頷く。
「え? 分かっている?」
「これは私が未来の公爵夫人として相応しい働きをしてきたと信じているから、もう心配など不要! そういうことでしょう?」
「フルール……」
私がいつものようにえっへんと胸を張ると、しばらく目をパチパチさせていたお兄様が笑った。
「いや……そんなこと言いながら、フルールのことだ。どうせあの後も淑女も忘れて元気に走り回っていたんだろう?」
お兄様がくくくっと笑いながらそんなことを言う。
「当然ですわ! でも、聞いてくださいませ。なんと私、イヴェット様とは文通を約束する仲になりましたの。そして、王太子殿下からは王家秘蔵のワインを頂きましたわ!!」
あの王家秘蔵ワインを貰った自慢をしたら三人が驚きの表情を浮かべる。
そして中でも一番慌てたのはお兄様だった。
「ワ、ワインだと!? フ、フルール! の、飲んだのか……!?」
「まさか! リシャール様が熟成させようか、と言っていましたので、まだ大事に大事にとってありますわ」
私が飲んでいないことを話すとお父様、お兄様、お母様の順番で胸を撫で下ろした。
「よ、よかった」
「さすが、リシャール様」
「王宮でも追いかけっこが始まったかと思ったわ。えぇと、そうなるとかれこれ第四回くらいになるかしら?」
お母様の言葉で、お酒を飲んだ私との追いかけっこは二回以上あったことを知る。
「とにかく安心して下さい! 私は立派に最強の公爵夫人になってみせますわ!」
「さ、最強の……」
「公爵夫人……?」
慄くお父様とお兄様に向けて私はにっこり笑う。
「そうですわ。最強令嬢から最強の公爵夫人となるのです! …………そして呼び名が変わっても私は私ですわ」
「フルール?」
お兄様が私の顔を凝視する。
私はそんなお兄様に微笑み返す。
「どこに行っても私はお父様とお母様の娘であり、お兄様の妹ですわ!」
「フルール……」
「それに、リシャール様は優しいですから、里帰りも笑って見送ってくれるに違いありません」
私がそう宣言すると三人が顔を見合わせる。
そのあと、お兄様が言った。
「待て待て待て! それは里帰りする気満々じゃないか!」
「当然ですわ!! だって会いたい時に大好きな家族に会おうとすることの何がいけないんですか?」
お兄様がハッとする。
「それ……はそうなんだが……」
「でしょう? ですから私は寂しくなんてありませんわよ!」
「フルール……」
私は皆に向けてにっこり微笑んだ。
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