131 / 354
131. 思い出
しおりを挟む(あれ?)
いつもなら、“戻ったか、フルール!”と、私の名前を呼びながら飛んで来るお兄様が迎えに出てこないわ。
それに、何だか屋敷の中が全体的に静か……
「……?」
何かあった?
そう思っていた私の所へやって来たのは───
「───フルール様! お帰りなさいませ」
オリアンヌお姉様だった。
「ねえ、お姉様? 何かあったの? お兄様もいないし何だか静かだわ」
「そ、それが……ね」
お姉様が困った表情を浮かべて言葉を濁す。
その顔を見て私はピンッと来た。
「分かったわ───」
「え!」
私は目を丸くしているお姉様に向かってフフッと笑う。
「……泥棒よ!」
「…………え? どろ……」
「我が家に泥棒が入ったのでしょう?」
「え、フ、フルール様……?」
お姉様がポカンとした顔で私を見ている。
どうやら名推理過ぎて言葉が出ないようね!
シャンボン伯爵家は、これといって冴えない中流伯爵家。
よって、これまでの我が家なら泥棒にとってさほど魅力の感じない家だったに違いない。
しかし!
今のシャンボン伯爵家はがっぽり頂いた“慰謝料”によってかなり裕福になっているのよ!
私はお姉様の肩を掴む。
「え……!?」
「お姉様! 何を盗まれたんですの?」
「え、え……??」
オロオロと困った顔をするオリアンヌお姉様。
私の闘志にメラッと火がつく。
「犯人は絶対に許しませんわ。地の果てまで追いかけて我が家に盗みに入ったことを後悔させてやりま───……」
「フ、フルール様ーー! お、落ち着いて! 違いますから! そうではなくて……」
「え、違うんですの?」
あれ? と、首を傾げる私にお姉様は必死に首を横に振る。
「そんな物騒な話ではないわ! だからその殺気をしまってちょうだい!」
「……」
どうやら違ったらしい。
「───もう! こんな時こそアンベールが出て来て止めるべきなのに! フルール様ったら変な誤解しちゃっているじゃない!」
「オリアンヌお姉様、お兄様は出かけているの?」
お姉様は首を振った。
「いいえ、アンベールは奥の部屋にいるわ。フルール様が帰って来たから出迎えようとしていたのだけど手が離せなくて」
「手が離せない?」
いったい何をしているのかしら?
私が不思議に思っていたらお姉様が説明してくれた。
「……フルール様、準備が出来たらいよいよモンタニエ公爵家に行ってしまうでしょう?」
「ええ」
「それでね? フルール様が不在だったこの一週間、皆で嫁いでいくフルール様に何を持たせようかと話し合っていたの」
「私に?」
お姉様がクスリと笑う。
「そうなの。それで、それぞれフルール様との思い出の品を持ち寄って……そうして思い出話に花を咲かせていて──」
「まあ!」
(なんてこと! ずるいわ。私抜きでそんな思い出話大会をするなんて!)
これは、ぜひ、私も加わらなくては!
そう考えた私は廊下を駆け出す。
「え? あ、フルール様!」
「───お姉様、皆はどこの部屋にいますの?」
「え? あ、あっちの奥の……」
(あっちの部屋ね!?)
私はお姉様が指さした方向に全力で走った。
「戻りましたわーー!」
私はバーンと勢いよく部屋を開ける。
すると、部屋の真ん中で集まって何やら話しているお父様とお母様とお兄様、その周りを囲う数名の使用人の姿を見つけた。
(お姉様の言う通りね!)
「フルール……」
「……お嬢様」
そんな皆は扉の音に驚いて一斉に私を見た。
「オリアンヌお姉様から聞きましたわ! 皆で揃って私の思い出話をしているそうではありませんか!」
「き、聞いたのか……」
「聞きましたわ。いったい何を持ち寄ってどんな話を───」
そこで私はお父様やお母様、お兄様が持ち寄った物に目を向ける。
そして「あ!」と声を上げた。
「お、お父様にお母様……そ、それは」
お父様とお母様の前に置かれている物……それは──
「私のお手製の“かたたたきけん”ではありませんか!」
(……懐かしい)
子供の頃、使用人がお父様の肩をマッサージしている姿を見てどうしても真似したくなった私。
お兄様のアドバイスで覚えたばかりの字で“肩たたき券”を作ってお父様とお母様に配った。
「それ、まだ残っていたんですの?」
てっきり全部使ったと思っていたのに。
するとお母様が笑いながら教えてくれた。
「私も旦那様も勿体なくて最後の一枚は使えなかったのよ」
「……!」
何だか胸の奥がじんわりした。
「お、お兄様は何を───って! そ、それはっ!」
「ははは、覚えているか? フルールが初めて刺繍したハンカチだ」
お兄様が笑いながらハンカチを広げる。
そこにはとっても歪な“おにーさま”の文字が刺繍されている。
(間違いなく製作者は私ーーーー!)
「…………イニシャルとかフルネームを入れるのが普通だろうに……フルールは……フルールは……“おにーさま”って。ははは!」
「笑いすぎですわ! それよりなんで今もこんな綺麗にしっかり取ってあるんですの!」
「当たり前だ。捨てるわけないだろ?」
お兄様はそう言って私に優しく微笑みながら頭を撫でた。
「フルールが俺のために頑張って刺してくれた初めての刺繍だぞ?」
「お兄様……」
「俺の宝物だ」
「!」
改めて“お兄様、大好き!”そう思った。
「……でも、お兄様ったら酷いですわ。いつもなら帰宅すると真っ先に“大丈夫だったか?”と心配して私のことを出迎えてくれますのに!」
私の指摘にお兄様が小さく「うっ……」と唸る。
「それはすまない。だけど……」
「ええ、分かっていますわ」
私はうんうんと頷く。
「え? 分かっている?」
「これは私が未来の公爵夫人として相応しい働きをしてきたと信じているから、もう心配など不要! そういうことでしょう?」
「フルール……」
私がいつものようにえっへんと胸を張ると、しばらく目をパチパチさせていたお兄様が笑った。
「いや……そんなこと言いながら、フルールのことだ。どうせあの後も淑女も忘れて元気に走り回っていたんだろう?」
お兄様がくくくっと笑いながらそんなことを言う。
「当然ですわ! でも、聞いてくださいませ。なんと私、イヴェット様とは文通を約束する仲になりましたの。そして、王太子殿下からは王家秘蔵のワインを頂きましたわ!!」
あの王家秘蔵ワインを貰った自慢をしたら三人が驚きの表情を浮かべる。
そして中でも一番慌てたのはお兄様だった。
「ワ、ワインだと!? フ、フルール! の、飲んだのか……!?」
「まさか! リシャール様が熟成させようか、と言っていましたので、まだ大事に大事にとってありますわ」
私が飲んでいないことを話すとお父様、お兄様、お母様の順番で胸を撫で下ろした。
「よ、よかった」
「さすが、リシャール様」
「王宮でも追いかけっこが始まったかと思ったわ。えぇと、そうなるとかれこれ第四回くらいになるかしら?」
お母様の言葉で、お酒を飲んだ私との追いかけっこは二回以上あったことを知る。
「とにかく安心して下さい! 私は立派に最強の公爵夫人になってみせますわ!」
「さ、最強の……」
「公爵夫人……?」
慄くお父様とお兄様に向けて私はにっこり笑う。
「そうですわ。最強令嬢から最強の公爵夫人となるのです! …………そして呼び名が変わっても私は私ですわ」
「フルール?」
お兄様が私の顔を凝視する。
私はそんなお兄様に微笑み返す。
「どこに行っても私はお父様とお母様の娘であり、お兄様の妹ですわ!」
「フルール……」
「それに、リシャール様は優しいですから、里帰りも笑って見送ってくれるに違いありません」
私がそう宣言すると三人が顔を見合わせる。
そのあと、お兄様が言った。
「待て待て待て! それは里帰りする気満々じゃないか!」
「当然ですわ!! だって会いたい時に大好きな家族に会おうとすることの何がいけないんですか?」
お兄様がハッとする。
「それ……はそうなんだが……」
「でしょう? ですから私は寂しくなんてありませんわよ!」
「フルール……」
私は皆に向けてにっこり微笑んだ。
305
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる