上 下
129 / 354

129. 愛しい人の誘惑?(リシャール視点)

しおりを挟む

❇❇❇❇❇


「はぁ……───モンタニエ公爵、これでいいか?」
「ありがとうございます!」
  
 深いため息を吐いた陛下が僕に紙を渡す。
 僕は渡されたその紙を見て思いっ切り頬を緩ませた。

 陛下の許可はこれで完了だ───
 仕事終わりに僕は、数日後に控えたフルールとの結婚のため、婚姻許可証を受け取るため、陛下の元を訪ねていた。

(まだ退位前で良かったな)

 色々と面倒ごとを引き起こしてくれた国王陛下だったけど、この先、交代した後の新国王は絶対に忙しいから婚姻の許可証の発行は後回しにされてしまう。
 これ以上延期なんて耐えられるか!
 そんな思いもあって、フルールを見習って強引に交渉してみたわけだが……

(これでフルールと……ようやく結婚だ!)

 想像するだけで、さらに顔が綻んで締まりのない顔になってしまう。
 あとは、この許可証と誓約書を記入して提出するだけ。

 急がせたから結婚式は先になってしまうけれど……
 式だって最短で挙げる予定だ。

(フルールの花嫁姿は可愛いだろうなぁ)

 普段からとびっきり可愛いフルールだぞ?
 花嫁姿になったらもっともっと可愛いくなること間違いない。
 僕の花嫁は誰よりも可愛くて素敵な人だろう?  と皆に自慢して回るつもりでいる。

 そして、フルールを愛する伯爵とアンベール殿の泣く姿も想像出来───

「モンタニエ公爵……本当にあの娘と結婚するのか」
「何か問題でも?」

 僕は陛下を睨んだ。

「ぐっ……」

 せっかくのいい気分のところを邪魔されたので自然と言葉も声も冷たくなってしまう。
 陛下がフルールに苦手意識を持っていることは分かっている。
 まあ、それぞれの自業自得とはいえ、王女と王子が跡継ぎの座から引きずり降ろされ、自身の退位にも大きく影響を与えた人物なのだから仕方ないのかもしれないが。
 だからといってフルールを貶すのは許さない。

「それに、夜の部屋への訪問の許可を出したのはこっちだが……本当に毎晩毎晩毎晩あの娘の元に通っているそうじゃないか」
「当然でしょう?」

 そもそも、誰の尻拭いで結婚を延期したと思っている?
 そんな目でもう一度睨みつける。

「……くっ。本当にあの娘は何者なんだ……完全に骨抜きにされているじゃないか」
「フルールは誰よりも可愛いですから」
「……ベタ惚れではないか!」

 目を釣りあげて怒鳴る陛下。
 ベタ惚れ?  そんなの当然だろう!  惚れない方がおかしい!

「シャンボン伯爵はあんな恐ろしい令嬢をどうやって育て上げたのだ……恐ろしい男よ」
「以前、伯爵に聞きました……とにかく自由に、のびのびと。興味を持ったことは何でもやらせる。触れさせる。でも、間違った行動をした時はきちんと叱る……だそうですよ」
「なに?」

 陛下の顔が不思議そうな表情になる。そしてポソッと呟く。

「なんだ。案外、普通のことしかしていないじゃないか……」
「……」

 国王陛下この方は何も分かっていないな。
 僕はそう思った。

「そういう“普通”がとれだけ難しいか、分かっておられないようですね?」
「なに?」
「フルールは良くも悪くも“貴族”に全く染まっていません。とにかく真っ直ぐです」

 言うなれば無垢。
 だから皆、フルールの視点に……本来なら当たり前のはずの指摘にハッとさせられる。
 そして、フルールの本当に凄いところは思うがままの考え無しに突き進んでいるように見えて、ちゃんと超えてはいけない線を見極めていること、だ。

(あれが、野生の勘というやつなんだろう)

 僕は静かに微笑みを浮かべる。

「そんな真っ直ぐなフルールは現在、隣国の次期国王と王妃の微妙だった仲も取り持っていましたよ?」
「な……?」
「いえ、フルール本人は取り持ったつもりは全く無さそうなんですけどね」

 なぜなら恋心に疎いフルールだから。

「感謝の印に“王家秘蔵のワイン”を貰っていましたよ」
「な……なんだと!?」

 陛下の目がクワッと大きく見開かれる。

「……あ、あの王家秘蔵のワインを……伯爵家の令嬢に贈られた!?」

 陛下の動揺がすごい。
 気のせいでないなら、自分は貰えなかったのに、と聞こえたが……

(フルール……君が大事そうに抱えていたワイン……やっばり、かなりの代物だよ)

「…………っっ」

 陛下の顔色が悪いな。
 改めてフルールとは関わっちゃいけないとか思っているんだろうな。
 ちなみに悪い奴ほどフルールに対して怯える傾向があると僕は思っている。

「陛下、フルールがいればこの国は大丈夫ですよ」
「……うぐっ」
「ですから、あなたは王子や王女とどうぞゆっくり休んでください。我々のことはご心配なく───」

 僕のそんな言葉に陛下はがっくりと項垂れた。



────


 そして夜。
 寝支度を終えた僕は当然のようにフルールの元に向かう。

 初日はいい雰囲気のところを突然スヤスヤ眠られ、次の日は僕の方が疲れのせいで眠ってしまい、昨夜はお酒にやられた……

(だから、今夜こそ!)

 フルールとの甘い恋人の時間を!

「───フルール!」
「リシャール様!!」

 扉の外から声をかけると、満面の笑みを浮かべたフルールが勢いよく扉を開けて出迎えてくれた。

(ああ、癒しだ……)

 フルールのこの笑顔を見ているだけで疲れも吹っ飛ぶ。
 僕は無意識に腕を伸ばしてフルールを胸の中に抱き込む。

「お疲れ様です、リシャール様」
「フルールもお疲れ様」

 僕らは目を合わせて微笑み合う。
 そんな可愛いフルールに内心でデレデレしていたら、フルールから嗅いだ覚えのない香りがする。

「フルール、珍しいね?  今日は何か香るもの付けてる?」
「まあ!  さすがリシャール様ですわ」

 にこにこ顔のフルールが驚いている。
 そして、すぐにふっふっふ……と、何かを企んだような表情になる。
 ころころ変わる表情は可愛いし見ていて本当に飽きない。
 この表情の時は少しヒヤヒヤハラハラするけれど。

「実はイヴェット様から少し分けてもらいましたの」
「分けてもらった?  香水を?」
「なんと、この香りは男性をメロメロにする誘惑の香りだそうですわ!!」

 ゴホッ……!
 僕は思いっ切りむせてしまう。

「ゆ、誘惑!?」
「そうですわ。ですから、今夜はリシャール様を誘惑しようと思いましたの!」

 にっこにこな顔でそんなことを言うフルール。
 そんなものに頼らなくても、君の存在そのものが僕にとっては誘惑なのに……
 フルールがグイッと近付いてくる。

「リシャール様、私に誘惑されてくれますか?」
「~~~~っ」

(うぁぁぁ~!  なんで、そんな言葉をキラキラした目で言うんだ!!)



 もう、耐えきれなかったので、今宵もフルールを抱き抱えてベッドに運ぶ。

「フルール……」
「……ん」

 頬をほんのり赤く染めたフルールの柔らかい唇にそっとキスをして、着ているガウンを少しづつ脱がす。
 昨夜の酔っ払いフルールはその先も脱ごうとしていたけれど、今日は大丈夫のはず、だ。

(柔らかい……そして肌がスべ…………ん?)

 気のせいだろうか?
 何だかいつもより肌がスべスべしているような……?

「フ、フルール、今日の肌……」

 僕が訊ねると、フルールの顔がぱあっと明るくなる。

「気付かれました?  実は今日はいつもより肌をピッカピカに磨いてもらったのです!」
「え?」
「そ、その……ですから」

 フルールが可愛らしく照れている。
 もうこの顔と仕草だけで僕の理性が今にも剥がれそうなんだけど?
 でもキスより先は初夜まで我慢だ……!
 けれど、そんな僕の葛藤も知らず、可愛い可愛いフルールは───……

「───こ、今夜は思う存分、たくさん私に触れて感じてくださいませ!!」
「!!!!」

 無邪気なフルールの破壊力はやっぱり凄かった────

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

そんなに優しいメイドが恋しいなら、どうぞ彼女の元に行ってください。私は、弟達と幸せに暮らしますので。

木山楽斗
恋愛
アルムナ・メルスードは、レバデイン王国に暮らす公爵令嬢である。 彼女は、王国の第三王子であるスルーガと婚約していた。しかし、彼は自身に仕えているメイドに思いを寄せていた。 スルーガは、ことあるごとにメイドと比較して、アルムナを罵倒してくる。そんな日々に耐えられなくなったアルムナは、彼と婚約破棄することにした。 婚約破棄したアルムナは、義弟達の誰かと婚約することになった。新しい婚約者が見つからなかったため、身内と結ばれることになったのである。 父親の計らいで、選択権はアルムナに与えられた。こうして、アルムナは弟の内誰と婚約するか、悩むことになるのだった。 ※下記の関連作品を読むと、より楽しめると思います。

【完結】「王太子だった俺がドキドキする理由」

まほりろ
恋愛
眉目秀麗で文武両道の王太子は美しい平民の少女と恋に落ち、身分の差を乗り越えて結婚し幸せに暮らしました…………では終わらない物語。 ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタにも投稿してます。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【コミカライズ決定】地味令嬢は冤罪で処刑されて逆行転生したので、華麗な悪女を目指します!~目隠れ美形の天才王子に溺愛されまして~

胡蝶乃夢
恋愛
婚約者である王太子の望む通り『理想の淑女』として尽くしてきたにも関わらず、婚約破棄された挙句に冤罪で処刑されてしまった公爵令嬢ガーネット。 時間が遡り目覚めたガーネットは、二度と自分を犠牲にして尽くしたりしないと怒り、今度は自分勝手に生きる『華麗な悪女』になると決意する。 王太子の弟であるルベリウス王子にガーネットは留学をやめて傍にいて欲しいと願う。 処刑された時、留学中でいなかった彼がガーネットの傍にいることで運命は大きく変わっていく。 これは、不憫な地味令嬢が華麗な悪女へと変貌して周囲を魅了し、幼馴染の天才王子にも溺愛され、ざまぁして幸せになる物語です。

うたた寝している間に運命が変わりました。

gacchi
恋愛
優柔不断な第三王子フレディ様の婚約者として、幼いころから色々と苦労してきたけど、最近はもう呆れてしまって放置気味。そんな中、お義姉様がフレディ様の子を身ごもった?私との婚約は解消?私は学園を卒業したら修道院へ入れられることに。…だったはずなのに、カフェテリアでうたた寝していたら、私の運命は変わってしまったようです。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

恋した殿下、あなたに捨てられることにします〜魔力を失ったのに、なかなか婚約解消にいきません〜

百門一新
恋愛
魔力量、国内第二位で王子様の婚約者になった私。けれど、恋をしたその人は、魔法を使う才能もなく幼い頃に大怪我をした私を認めておらず、――そして結婚できる年齢になった私を、運命はあざ笑うかのように、彼に相応しい可愛い伯爵令嬢を寄こした。想うことにも疲れ果てた私は、彼への想いを捨て、彼のいない国に嫁ぐべく。だから、この魔力を捨てます――。 ※「小説家になろう」、「カクヨム」でも掲載

処理中です...