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128. どうか幸せに
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「───失礼します」
私とリシャール様はそのまま王太子殿下の元へと向かった。
「ああ、呼び出してすまなかった」
殿下は私たちに向けて柔らかく微笑む。
訪問時にはあったピリピリした雰囲気が無くなっている───そう感じた。
「イヴェットは面会を無事終えたのだろうか?」
「はい。最後はオリアンヌ嬢と談笑していましたよ」
「……そうか」
リシャール様のその言葉に殿下は安心したように微笑んだ。
「パーティーであんな目にあってすぐに帰国してしまった彼女のことは気がかりだった……だが」
そこで言葉を切った殿下が遠い目をする。
「……イヴェットが自分の誕生日パーティーを台無しにされたとヴァンサン殿下に怒りをぶつけようとするものだから、そちらを宥めるのに必死で…………と、これも言い訳か。すまない」
「帰国してからも色々ありましたが、オリアンヌ嬢は今とても幸せですよ」
「ああ。帰国後、家族と縁を切って別の家に養子に入りシャンボン伯爵令嬢の兄と婚約したと聞いている」
(それだけ聞くとオリアンヌお姉様……すごい波乱万丈だわ!)
私の婚約破棄なんてお姉様に比べれば大したことないわね!
「……結局、この国で“真実の愛”と騒いだ者たちはその愛が粉々に砕け痛い目を見た……というのが現実のようだとよく分かったよ」
殿下はそう言いながら苦笑する。
「痛い目を見る───その例を目にしていたからこの国で真実の愛は流行らなかったようだな。羨ましいことだ」
「相変わらず、国では真実の愛が流行ったままなのですか?」
リシャール様の質問に殿下は頷く。
「そのようだ。国からも定期連絡が来たが私が訪問先のこの国で“真実の愛”の相手を見つけて帰国するのでは? なんて話で盛り上がっているそうだからな」
「それはまた……」
「まぁ、私とイヴェットが政略結婚による婚約で、不仲なのはよく知られたことだから仕方がない」
殿下のその言葉にハッとした。
(政略結婚の二人が互いを尊重し想い合って幸せになる姿を国民に見せつけることが出来たなら、国民も少しは目が覚めそうなものだけど……)
イヴェット様に意中の男性がいることを思うと上手くいかないものなのね、と思った。
むしろ、二人が婚約破棄を発表したらますます真実の愛信者が増えるのでは?
私がそんな懸念をしていた横でリシャール様が殿下に訊ねる。
「ところで殿下。フルールまで呼び出したのは何かあったのでしょうか?」
「──そうだった。すまない。実はシャンボン伯爵令嬢にお礼を言いたくて今日は呼んだのだ」
「私にお礼……ですか?」
一国の王太子殿下にお礼を言われる理由が分からず目を瞬かせた。
「君のおかげで、私はイヴェットとのことを考えるきっかけを持てた。ありがとう」
「いえ、私は特に何も……」
「ははは、謙遜か。リシャール殿の可愛い妻は奥ゆかしいのだな」
「お……」
奥ゆかしいなどという、これまでの人生で言われたことのない表現にこれまた目を瞬かせた。
「国からの礼は帰国後に正式にさせてもらうが、こちらは私個人からの礼だ」
「え……?」
そう言って殿下が手を叩いて合図をすると、側近の一人がすぐさま瓶を手にして戻って来た。
それを見たリシャール様の美しい顔がピキっと引き攣った。
「で、殿下。失礼ながら……そちらは」
「酒だ」
王太子殿下はにっこり笑って即答した。
リシャール様がピクピク顔を引き攣らせながら更に訊ねる。
「お、お酒……な、なぜ……それを?」
「今朝、イヴェットが面会している最中に彼女の侍女から話を聞いたのだ。シャンボン伯爵令嬢に公爵家の名産品の酒を贈ったら喜んでいた、と」
「……」
「これは、私からのお礼───我が王家秘蔵のワインだ!」
「~~~~っっ!」
何だかとんでもない物が出て来たわーーーー!
王家秘蔵のワイン───
これを贈るのはかなり特別な友好の印なのだと聞いたことがある。
だからなのね? リシャール様もこんなすごい物が出て来たから驚いて言葉を失っているわ!
「ぜひ、このワインでリシャール殿と結婚後にでも仲良く晩酌してくれ」
「は、はい! ありがとうございます!」
王家秘蔵のワイン……
どうする? 初夜にでも開けちゃう?
それとももっと、熟成させた方がいいかしら?
とにかく、とんでもないお宝を手にしたウキウキ気分でリシャール様を見たら、何故か無言で天を仰いでいた。
(そんなに感動!)
そうよね! 隣国の王太子からワインを贈られたなんて公爵としても箔が付く。
まぁ、リシャール様は向かう所敵なしって感じだけど。
「最後にシャンボン伯爵令嬢の方から、私に何か言っておきたいことはあるか?」
「え?」
そう言われて思ったことは一つだった。
「……イヴェット様を」
「イヴェットを?」
「幸せにしてあげてください」
「え?」
殿下の目が瞬く。
「イヴェット様は愛し愛されて幸せになる未来を夢見ていますわ。そんな幸せを掴み取るために今、頑張っていらっしゃるので……どうか」
───婚約破棄で揉めないで?
イヴェット様の望む金額を……どうか。
そんな思いを込めたお願いを口にする。
「あ、愛し愛され……そ、そうか……イヴェット」
なぜか殿下の顔が赤くなり嬉しそうに綻んでいる。
そして大きく頷いてくれた。
「分かった。イヴェットの幸せ……必ず幸せに……約束しよう」
「はい! お願いします!」
─────
「ふふふ、素敵な物を貰ってしまいましたわ」
「酒……今度はワインだと? …………飲んだら……どうなるんだ?」
「リシャール様?」
リシャール様が何やらブツブツ呟いている。
私が呼びかけるとハッとした。
「あ、す、すまない。ワインのことを考えていた」
「分かりますわ! とっても美味しそうですものね!」
「はは………………飲んだらやっぱり駆け回るのかな?」
リシャール様がポソッとそんな言葉をこぼす。
駆け回る?
ああ、お兄様の言っていた第一回フルール追いかけっこ祭りのことね!
「困ったことに私、全然覚えていないのです」
「みたいだね……」
「お兄様の口振りだと第二回も開催されていそうでしたわね」
「うん……」
リシャール様が私の手をギュッと握る。
「フルール……と、とりあえず、外のパーティーでは……」
「もちろん分かっていますわ!」
公爵夫人がパーティー会場で追いかけっこは、さすがに夫なるリシャール様の外聞が悪すぎるもの。
「シャンボン伯爵家の使用人たちは皆、本当に鍛えられていそうだよね」
「そうですか? さすがに、全員とは一緒に走り込みはしていませんよ?」
私が大真面目に答えるとリシャール様はフッと笑った。
「我が家の使用人は大丈夫かなぁ……ついていけるのかな」
「皆さま、とても優しいですわよ?」
「フルールが可愛いってデレデレしているからね。でも、お酒についてはキツく言っておこう……」
リシャール様は優しく微笑みながらもそんなことを口にしていた。
その後、私を部屋まで送り届けたリシャール様は殿下の元に戻って仕事に向かい、私も私でイヴェット様の元に向かう。
「イヴェット様! 王太子殿下が“イヴェット様の幸せ”を約束してくださいましたわ」
「んえっ!? わ、わたくしの、幸せ!?」
ガシャンッ!
激しく動揺したイヴェット様が手に持っていたお茶のカップを落とした。
「そそそれって……!」
「……」
私はにこりと微笑む。
婚約破棄は安泰ということよ!
「それでですね、私なりに婚約破棄する際の慰謝料請求の相場と上乗せする場合の金額の相場をまとめてみましたの」
「え?」
「イヴェット様のお役に立つのでは? と思いまして」
私の用意した資料にイヴェット様はポカンとしていたけれど、すぐに何かに気付いたように頷いた。
「なるほど! わたくしに婚約破棄の相場を知って、これで殿下の……(お役に立てと!)」
「そうですわ! ぜひ活用してくださいませ!」
イヴェット様の婚約破棄の際の参考になればと思って渡したこれ。
後にこれが、隣国の不当な婚約破棄の慰謝料請求の取り締まりに繋がることをこの時の私は…………まだ知らない。
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