王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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124. 名前を呼んで

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「だって……リシャール様の疲れは私が癒したいのです」
「───!!」

 さらに腕まくりしながらそう伝えると、リシャール様が天を仰ぐ。
 そして、ぐわあぁぁと唸りだした。

「……うぅ、最高に可愛い、可愛いのに!」

(──リシャール様ったら)

 そんな唸り声を上げるくらい私の子守唄を聞けなかったことを残念がってもらえるなんて……
 ───やっぱり私は幸せ者!

「安心してください!  リシャール様」

 私はリシャール様の手を取ってそっと握る。
 そしてとびっきりの笑顔を浮かべた。

「あ……安心?」
「結婚したら毎晩だってあなたのために唄いますわ!!」
「───っっ!」

 リシャール様の目が大きく見開かれる。
 さすがに毎日は驚かせてしまった?

「フ、フルール……!」
「はい!」
「……っっ、とても嬉しいのだが……ま、毎晩は君の喉にだって良くないのでは?」
「リシャール様……」
「だ、だから、僕の覚悟が出来……コホッ……望んだ時に唄ってくれたら嬉しいかな?」

 リシャール様が優しく笑ってくれながらそう言った。

(私の喉の調子まで気にしてくれるなんて……!)

 リシャール様は相変わらずとても優しい。
 せっかくの自慢の子守唄だけど、唄う度に気を使わせるのは申し訳ないからその申し出には素直に従うことにする。

「分かりましたわ!」
「フルール!」

 リシャール様もどこか安心した様子で微笑んでくれた。
 子守唄は使えない──

(こうなったらリシャール様に心配かけない方法での“癒し”をたくさん考えないといけないわね……!)

 そう思った。


─────


「……お、おはようございます、で、殿下!」
「お……おはよう、イ、イヴェット……!」
「……」
「……」

 しんっ……
 なんと部屋は二人のその会話だけで、そのまま静まり返ってしまった。

(えーー!)

 どう聞いても殿下とイヴェット様の会話は“おはよう”のみ。
 その後は無言で互いの顔をチラッ……チラチラ……の繰り返し。

(……え、ええええ!?)

 昨日、ようやく歩み寄りの雰囲気を見せた二人。
 だから、今朝は“婚約破棄”についても揉めることなくスムーズな話し合いが出来るくらい仲良く何でも言い合える雰囲気になっているとばかり思ったのに。

(悪化していない?)

 いえ、イヴェット様は行動が不審でも冷たい雰囲気が抜けているから前とは少し違う。
 大きく違うのは殿下の方。
 頬は赤いし、声もどことなく上擦っていて明らかに様子が…………変!
 病気?  それは、いけない!

「リ、リシャール様……!」
「フルール?」

 私は隣に並んで同じように二人の姿を見守っているリシャール様の袖を引っ張りながら小声で訊ねる。

「で、殿下のご様子が……病気なら医者に……」
「ああ、殿下は少し緊張されているみたいだね」

 リシャール様は小さく笑いながらそう言った。

「緊張……?」

 その言葉でハッとする。
 なるほど!  
 ようやくイヴェット様と落ち着いて話せる関係になったから、殿下は今日、婚約破棄についての話を進めるおつもりなのね!?
 それで、並々ならぬ緊張を……

(病気でなくてよかった!)

「そういうこと……───ではリシャール様!  それなら私たちは二人が上手くいくようにと祈りましょう!」
「フルール……」

 リシャール様が少し戸惑う様子を見せ、軽く咳払いをする。
 戸惑いを見せたのはきっと、イヴェット様の態度の変化がまだ信じきれないからかもしれない。

「リシャール様、大丈夫ですわ」
「大丈夫?」
「ええ。だって恋する乙女は強いですから!」

 意中の人との幸せを掴むために、イヴェット様は頑張るおつもりなのよ!

「……!」

 私の言葉にリシャール様がハッとする。

「……フルール!  き、気付いていたの!?」
「イヴェット様のお気持ちですか?  当然ですわよ!」

 私はふふん、と胸を張りながら笑って答える。
 これまで、さ迷ったりもしたけれど、やっぱり私は名探偵フルールですもの!

「そうか……フルール気付いていたんだ……僕はてっきり。まだまだフルールへの理解が足りないな……」
「国に戻ると慌ただしくなりそうですから、ここにいる間にじっくりこれからのことを話し合えればいいですわね!」
「そうだね」

 私とリシャール様がそんな話をしている間も、二人はまだお互いをじっと見つめてはチラッ……チラチラを繰り返していた。




「───あ、ありがとう!」
「はい?」 

 朝食を終えて部屋に戻るイヴェット様に着いていくと、部屋に入るなりお礼を言われた。
 その顔は真っ赤。そして恥ずかしいのか一生懸命言葉を発している。

「け、喧嘩にならずに殿下とは、は、話が出来るようになった……わ!」
「それは良かったです!」
「───あ、あなたの……フ、フルールさんのおかげ、よ」
「!」

 今、初めてイヴェット様に“フルール”と呼ばれた気がする。
 嬉しくて笑みがこぼれた。

「──っ!  そ、そのヘラッとした気の抜けたような笑いはな…………で!  ではなく……なぜ、そんな顔で笑う……の!」

 でも、油断するとまだ癖が抜けきれず前のイヴェット様が顔を出してしまうみたい。
 それは仕方ないし、その後に言い直しを頑張るイヴェット様が可愛らしくてますますクスリと笑ってしまう。

「だ、だからまた……!」
「イヴェット様が名前を呼んでくれたからですわ」
「……え?」

 イヴェット様が不思議な顔で私を見る。

「あなた、とかお前とか君などと呼ばれるより、名前で呼ばれると距離が近付いた気がします」
「距離が……?」

 そう呟いたイヴェット様の顔が赤くなる。

「わ、わたくしと距離が近付くと……う、嬉しい、の?」
「当然ですわ!」

 私が即答するとますますイヴェット様の顔が赤くなっていく。

「そ、それって他の人も同じ……かしら?」
「身分の差とかあるので一概に絶対とは言い切れませんけど」
「そう……よね。でも……」

 イヴェット様はブツブツと呟きながら、あーでもないこーでもないと悩んでいる。

「殿下……アンセルム殿下、アンセルム様……」

 どうやら、殿下の呼び名で悩まれているよう。

(さすがだわ!  名前を呼んで殿下との距離を更に縮めて話し合いの場をもっと和やかにするという目的!)

「…………よし!  頑張るわ!」

 覚悟を決めたような顔になったイヴェット様を見て微笑んでいたら、イヴェット様が真剣な顔をして私のことを見つめて来た。

「───フルールさん。いえ、フルール様」
「?」

 急に改まってどうしたのかしら?
 そう思ったいたら、イヴェット様が私に頭を下げる。

「───ごめんなさい!」

(──ええ!?)

 なんの謝罪なのか分からず私の方が動揺する。

「な、なんの謝罪ですか!?」
「最初に吐いた暴言……いえ、そもそもわたくしが同行するという連絡が遅くなったのだって……」
「イヴェット様……」

 イヴェット様はさらに深く頭を下げる。

「いつものほんの軽い我儘。わたくしはそんなつもりでいたの。けれど……わたくしがこの国にやらかしたことは殿下の婚約者として相応しくないというだけでなく、外交問題にも繋がることだったとようやく……ようやく……」

 俯いて唇を噛むイヴェット様。
 悔しそうなのは過去の自分に向けられているのね?

「──イヴェット様」
「……関係者の方々には謝罪して回ろうと思っているわ。そ、それで……」
「それで?」

 イヴェット様はまた、ほんのり頬を赤く染めて言った。

「そ、その時にフルールさんには、わたくしのそ、そばにいて欲しいの!」
「え?  私に?」
「あ!  た、助けて欲しいとかではなくて!  ……え、えっと近くにフルールさんがいてくれるだけでその、安心……するの。こ、心強いというか……だ、だから!」

(イヴェット様───)

 一生懸命、気持ちを伝えようとしてくれるイヴェット様にチョロールな私は胸をうたれた。

「だ、だめ……かしら?」
「私は、口は挟みませんよ?」
「もちろん、それで構わないわ」

 大きく頷いたイヴェット様は初めて顔を合わせた時とはかなり違って見えた。

「───そ、それから、実はこの国でもう一人、あ、会いたい人がいて」
「え?  どなたに?」
「……」

 私が聞き返すとイヴェット様は目を伏せて躊躇いがちに口を開いた。

「オリアンヌ・セルペット侯爵令嬢……あ、違うわね。今はタンヴィエ侯爵令嬢となられた彼女に……」

(───お姉様に?)

 私は内心で首を傾げた。
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