王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

文字の大きさ
上 下
123 / 354

123. 危機一髪

しおりを挟む


 リシャール様の動きがピタッと止まった。

「チョ、チョロール?」
「……そうですわ。私はチョ───はっ!」

 その一瞬でトロンとしていた頭から一気に目が覚めた。

(い、今、私……何を口走った?  チョロい私……チョロール!?)

 チョロールはリシャール様に好きだと言われてその気になっていくチョロい私が改名しようとしていた名前……
 改名はお兄様に止められて断念したから、リシャール様はこの話をきっと知らない。
 リシャール様になんて説明しようかと思っていたら……

「……くっくくく……チョロ……って、何で……くっ」

 リシャール様が思いっ切り笑いを堪え……いや、全身をを震わせながら笑っていた。

(えーー!)

「リシャー……」
「チョ、チョロール……チョ……チョロ」

(わ、笑いすぎじゃない!?)

 リシャール様は笑い転げながらチョロールを連呼している。
 苦しそうにお腹を抱えながら私に訊ねる。

「フルールの改、名候補……いくつある、んだ?  く……くくくっ」
「実は、本気でチョロールへの改名を考えたのですけど、お兄様に止められましたの」

 リシャール様はハハハと笑いながら頷く。

「さすが、アンベール殿……」
「お兄様には名前を呼ぶ度に笑い死にしそうだから、フルールのままでいてくれと言われましたわ」
「──ぐ!!」

 私があの時のお兄様との会話を思い出して説明するとリシャール様が盛大に吹き出した。

「──リシャール様!」
「はは、いや……ごめん。チョロール……が、あんまりにも可愛くて、さ」

 リシャール様が手を伸ばして私の頬に触れながらそんなことを言う。

「可愛いですか?  リシャール様、分かっています?  チョロールは、その名の通りチョロいのですよ!?」
「うん。でも“フルールのこと”なんだから可愛いなって思うよ?」
「!」

 私のことだから───
 その言葉に胸が大きくときめいた。
 リシャール様は甘く微笑む。

「チョロールでもコロールでもメラールでも……フルールのことなら僕にとってはどんなことでも可愛いくて可愛くて仕方がないんだ」
「リシャール様……」

 リシャール様が頬を撫でるの止めたと思ったら、顔を近づけてチュッと軽くキスをする。
 そんな一瞬のキスでも私の頬はジワジワと熱をもつ。
 リシャール様はそんな私の顔を見てにんまりと笑った。

「それに───こういうことをした時の顔もね」
「~~っっ!」

 照れた私が言葉を失うとリシャール様は優しい目で私を見つめながら笑う。
 この優しい目──この目で見つめられると自分がとても愛されているのだと感じる───

(リシャール様、大好きよ!)

 私は自分からギュッとリシャール様に抱きつく。
 抱きとめてくれたリシャール様はそっと私の背中を撫でながら言った。

「……フルール、そろそろベッドに……行く?」
「……」

 私はますます顔を赤くして無言のままコクリと頷く。
 そんな様子の私を見たリシャール様がこれまた幸せそうに笑う。

「───分かった。じゃあ……」
「ひゃっ!?」

 そう言ってリシャール様また私を横抱きにした。
 ベッドはすぐそこなのに!

「リシャール様!?  自分で、あ、歩けますわよ!?」
「もちろん分かっているよ。でも僕がこうしてフルールを運びたいだけだから」
「……っ!」

 肉食獣のような目に見つめられて、また私の胸が大きくときめく。

(もう!  ドキドキ……ドキドキが止まらないわ!!)

 今でも不思議。
 こんなに顔が良くて中身まで素敵な人と、もうすぐ自分が結婚するなんて。

 そんなことを考えていたら、リシャール様が私をベッドの中央にそっと降ろした。
 そしてそのまま私に覆い被さるような体勢になって、じっと私を見下ろす。

「フルール……」

 そして、再び肉食獣の目で私を見つめたリシャール様が自分の指と私の指とを絡ませる。

(こ、これは逃がさないぞ!  という合図!?)

 そのまま美しい顔が静かに近付いてくる。
 キス……されるのね?  ──そう思った私はそっと目を瞑った。
 この後は───甘い甘い……

「……」
「……」

(…………ん?)

 リシャール様の身体は私の上にのしかかって来た感触はあったのに、甘い甘いキスが降って来ない。
 不思議に思った私が目を開けると───

「……え!?」

 思わず小さな悲鳴を上げてしまった。

「…………」

 スースー……
 穏やかな寝息が聞こえる。
 どうやらリシャール様は私に被さったまま眠ってしまったみたい。
 こんな体勢で眠れるなんて……

(リシャール様、よっぽど疲れていたのね?)

 私は起こさないように気をつけながら、そっとリシャール様の頭を撫でる。
 いつもは私の方が頭を撫でられてばかりだから新鮮な気持ちになった。

(……髪の毛、柔らかいわ)

 眩しいくらいの金の髪をよしよしと撫でながらそんな感想を抱く。

「そういえば、今日のリシャール様ったらパワフルな可愛い幼女たちにモテモテだったものね?  それは疲れるはずよ」

 スースー……
 気持ちよさそうに眠っていて起きる気配はない。

「ふふん!  でもね、リシャール様?  パワフルさなら私は幼女にも負けないわよ!」 
「……」

 大人げなく幼女と張り合いながらリシャール様の頭を撫で続けた。

「それにしても……気持ちよさそうに眠っているわ」

 私は少しだけ残念に思う。
 なぜなら──

(今日は、私がリシャール様を癒すつもりで“子守唄”を解禁するつもりだったのに……)

「ふふ、仕方ないから今夜はお預けね?」
「……」

(いつなら披露出来るかしらね?)

 そんないつかを楽しみにしながら、スースーと寝息を立てているリシャール様の頭を撫でながら、国宝級の美しい顔を満喫することにした。


─────


 そして翌朝。
 先に目を覚ましたのは私の方だった。

(……リシャール様、は?)

 慌てて飛び起きて隣で気持ちよさそうに眠っている国宝の寝顔に今朝もうっとりする。

(本当に……どうしてこんなにかっこいいのかしら?)

「……んん」

 なんて見惚れていたら、そろそろリシャール様も起きそうな気配がした。
 そこで私の中に少しだけど悪戯心が生まれてしまう。
 これ──新妻っぽく起こしたらどうなるかしら?
 驚く?  喜ぶ?

 私はリシャール様の耳元に顔を近付けるとそっと囁く。

「───愛しの旦那様、朝ですよ~……」
「はっ! フルールーーーー」
「!」

 ガバッとリシャール様が飛び起きた。
 そして左右に首を振ってキョロキョロと部屋中を見渡したあと、私と目が合った。

「え?  あれ……いつものフルール?」
「いつもの?  フルールは私ですけど?」
「フルール……」

 リシャール様が嬉しそうに気が抜けたような、ふにゃっとした顔で笑ったと思ったら、そのまま私を抱きしめた。
 そして、目を輝かせながら言う。

「……どうやら、フルールとの結婚生活の夢を見ていたみたいでさ」
「え?」
「それで、可愛い妻フルールに起こされる夢を見たんだ!」

 最高に幸せな夢だったと微笑むリシャール様。

(……それって───)

「…………ふ、ふふ」
「どうした?」
「いえ、なんでも……ふ、ふふふ、ふっ」
「え?  フルール??」

 きょとんとした顔のリシャール様が可愛くて私は笑いが止まらなかった。



「……そういえばフルール。実は僕、昨夜自分がいつ寝たか記憶が無いんだけど」

 リシャール様が戸惑いながらそう口にする。
 やっぱり眠ってしまった時のことは覚えていないみたい。
 私はクスクス笑いながら説明した。

「リシャール様、とても疲れていたみたいで、私をベッドに運んだらすぐ寝落ちしていましたわ」
「寝落ち!?  そうだったんだ……すまない」

 リシャール様は少し恥ずかしそう。

「いいえ。でも本当は子守唄を初披露するつもりでいたので残念でしたわ」
「…………えっ!?」

 私がそう口にするとリシャール様の声がひっくり返った。

「こ、子守……唄?  そ、それって前に言っていた……あれ?」
「そうですわ!  リシャール様がお疲れの様子だったので安眠してもらおうと思いましたの!」
「…………ぅあっ!」

 変な声を上げるリシャール様。
 私は首を傾げる。

「けれど、昨夜はぐっすり眠れたみたいでよかったですわ!  途中で起きてしまったら……と心配していたので、目が覚めたらいつでも子守唄を歌う気満々でしたのよ?」

 笑顔でそう言ったらなぜか、リシャール様の笑顔がピシッと固まった。

しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています

ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。

悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。

三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。

初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―

望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」 【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。 そして、それに返したオリービアの一言は、 「あらあら、まぁ」 の六文字だった。  屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。 ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて…… ※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。

新婚早々、愛人紹介って何事ですか?

ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。 家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。 「結婚を続ける価値、どこにもないわ」 一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。 はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。 けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。 笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる

葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。 アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。 アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。 市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

処理中です...