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123. 危機一髪
しおりを挟むリシャール様の動きがピタッと止まった。
「チョ、チョロール?」
「……そうですわ。私はチョ───はっ!」
その一瞬でトロンとしていた頭から一気に目が覚めた。
(い、今、私……何を口走った? チョロい私……チョロール!?)
チョロールはリシャール様に好きだと言われてその気になっていくチョロい私が改名しようとしていた名前……
改名はお兄様に止められて断念したから、リシャール様はこの話をきっと知らない。
リシャール様になんて説明しようかと思っていたら……
「……くっくくく……チョロ……って、何で……くっ」
リシャール様が思いっ切り笑いを堪え……いや、全身をを震わせながら笑っていた。
(えーー!)
「リシャー……」
「チョ、チョロール……チョ……チョロ」
(わ、笑いすぎじゃない!?)
リシャール様は笑い転げながらチョロールを連呼している。
苦しそうにお腹を抱えながら私に訊ねる。
「フルールの改、名候補……いくつある、んだ? く……くくくっ」
「実は、本気でチョロールへの改名を考えたのですけど、お兄様に止められましたの」
リシャール様はハハハと笑いながら頷く。
「さすが、アンベール殿……」
「お兄様には名前を呼ぶ度に笑い死にしそうだから、フルールのままでいてくれと言われましたわ」
「──ぐ!!」
私があの時のお兄様との会話を思い出して説明するとリシャール様が盛大に吹き出した。
「──リシャール様!」
「はは、いや……ごめん。チョロール……が、あんまりにも可愛くて、さ」
リシャール様が手を伸ばして私の頬に触れながらそんなことを言う。
「可愛いですか? リシャール様、分かっています? チョロールは、その名の通りチョロいのですよ!?」
「うん。でも“フルールのこと”なんだから可愛いなって思うよ?」
「!」
私のことだから───
その言葉に胸が大きくときめいた。
リシャール様は甘く微笑む。
「チョロールでもコロールでもメラールでも……フルールのことなら僕にとってはどんなことでも可愛いくて可愛くて仕方がないんだ」
「リシャール様……」
リシャール様が頬を撫でるの止めたと思ったら、顔を近づけてチュッと軽くキスをする。
そんな一瞬のキスでも私の頬はジワジワと熱をもつ。
リシャール様はそんな私の顔を見てにんまりと笑った。
「それに───こういうことをした時の顔もね」
「~~っっ!」
照れた私が言葉を失うとリシャール様は優しい目で私を見つめながら笑う。
この優しい目──この目で見つめられると自分がとても愛されているのだと感じる───
(リシャール様、大好きよ!)
私は自分からギュッとリシャール様に抱きつく。
抱きとめてくれたリシャール様はそっと私の背中を撫でながら言った。
「……フルール、そろそろベッドに……行く?」
「……」
私はますます顔を赤くして無言のままコクリと頷く。
そんな様子の私を見たリシャール様がこれまた幸せそうに笑う。
「───分かった。じゃあ……」
「ひゃっ!?」
そう言ってリシャール様また私を横抱きにした。
ベッドはすぐそこなのに!
「リシャール様!? 自分で、あ、歩けますわよ!?」
「もちろん分かっているよ。でも僕がこうしてフルールを運びたいだけだから」
「……っ!」
肉食獣のような目に見つめられて、また私の胸が大きくときめく。
(もう! ドキドキ……ドキドキが止まらないわ!!)
今でも不思議。
こんなに顔が良くて中身まで素敵な人と、もうすぐ自分が結婚するなんて。
そんなことを考えていたら、リシャール様が私をベッドの中央にそっと降ろした。
そしてそのまま私に覆い被さるような体勢になって、じっと私を見下ろす。
「フルール……」
そして、再び肉食獣の目で私を見つめたリシャール様が自分の指と私の指とを絡ませる。
(こ、これは逃がさないぞ! という合図!?)
そのまま美しい顔が静かに近付いてくる。
キス……されるのね? ──そう思った私はそっと目を瞑った。
この後は───甘い甘い……
「……」
「……」
(…………ん?)
リシャール様の身体は私の上にのしかかって来た感触はあったのに、甘い甘いキスが降って来ない。
不思議に思った私が目を開けると───
「……え!?」
思わず小さな悲鳴を上げてしまった。
「…………」
スースー……
穏やかな寝息が聞こえる。
どうやらリシャール様は私に被さったまま眠ってしまったみたい。
こんな体勢で眠れるなんて……
(リシャール様、よっぽど疲れていたのね?)
私は起こさないように気をつけながら、そっとリシャール様の頭を撫でる。
いつもは私の方が頭を撫でられてばかりだから新鮮な気持ちになった。
(……髪の毛、柔らかいわ)
眩しいくらいの金の髪をよしよしと撫でながらそんな感想を抱く。
「そういえば、今日のリシャール様ったらパワフルな可愛い幼女たちにモテモテだったものね? それは疲れるはずよ」
スースー……
気持ちよさそうに眠っていて起きる気配はない。
「ふふん! でもね、リシャール様? パワフルさなら私は幼女にも負けないわよ!」
「……」
大人げなく幼女と張り合いながらリシャール様の頭を撫で続けた。
「それにしても……気持ちよさそうに眠っているわ」
私は少しだけ残念に思う。
なぜなら──
(今日は、私がリシャール様を癒すつもりであの“子守唄”を解禁するつもりだったのに……)
「ふふ、仕方ないから今夜はお預けね?」
「……」
(いつなら披露出来るかしらね?)
そんないつかを楽しみにしながら、スースーと寝息を立てているリシャール様の頭を撫でながら、国宝級の美しい顔を満喫することにした。
─────
そして翌朝。
先に目を覚ましたのは私の方だった。
(……リシャール様、は?)
慌てて飛び起きて隣で気持ちよさそうに眠っている国宝の寝顔に今朝もうっとりする。
(本当に……どうしてこんなにかっこいいのかしら?)
「……んん」
なんて見惚れていたら、そろそろリシャール様も起きそうな気配がした。
そこで私の中に少しだけど悪戯心が生まれてしまう。
これ──新妻っぽく起こしたらどうなるかしら?
驚く? 喜ぶ?
私はリシャール様の耳元に顔を近付けるとそっと囁く。
「───愛しの旦那様、朝ですよ~……」
「はっ! フルールーーーー」
「!」
ガバッとリシャール様が飛び起きた。
そして左右に首を振ってキョロキョロと部屋中を見渡したあと、私と目が合った。
「え? あれ……いつものフルール?」
「いつもの? フルールは私ですけど?」
「フルール……」
リシャール様が嬉しそうに気が抜けたような、ふにゃっとした顔で笑ったと思ったら、そのまま私を抱きしめた。
そして、目を輝かせながら言う。
「……どうやら、フルールとの結婚生活の夢を見ていたみたいでさ」
「え?」
「それで、可愛い妻フルールに起こされる夢を見たんだ!」
最高に幸せな夢だったと微笑むリシャール様。
(……それって───)
「…………ふ、ふふ」
「どうした?」
「いえ、なんでも……ふ、ふふふ、ふっ」
「え? フルール??」
きょとんとした顔のリシャール様が可愛くて私は笑いが止まらなかった。
「……そういえばフルール。実は僕、昨夜自分がいつ寝たか記憶が無いんだけど」
リシャール様が戸惑いながらそう口にする。
やっぱり眠ってしまった時のことは覚えていないみたい。
私はクスクス笑いながら説明した。
「リシャール様、とても疲れていたみたいで、私をベッドに運んだらすぐ寝落ちしていましたわ」
「寝落ち!? そうだったんだ……すまない」
リシャール様は少し恥ずかしそう。
「いいえ。でも本当は子守唄を初披露するつもりでいたので残念でしたわ」
「…………えっ!?」
私がそう口にするとリシャール様の声がひっくり返った。
「こ、子守……唄? そ、それって前に言っていた……あれ?」
「そうですわ! リシャール様がお疲れの様子だったので安眠してもらおうと思いましたの!」
「…………ぅあっ!」
変な声を上げるリシャール様。
私は首を傾げる。
「けれど、昨夜はぐっすり眠れたみたいでよかったですわ! 途中で起きてしまったら……と心配していたので、目が覚めたらいつでも子守唄を歌う気満々でしたのよ?」
笑顔でそう言ったらなぜか、リシャール様の笑顔がピシッと固まった。
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