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122. 変わっていく二人
しおりを挟む「あ……ちょっと! こら!」
殿下が目を向けたその時、ちょうどイヴェット様は集まった子供たちに髪の毛をぐしゃぐしゃにされてしまっていた。
その様子に殿下はハッと息を呑む。
「……っ!」
イヴェット様に対して険しい表情になり、子供たちに何かしたら許さない!
そんな気迫が私にも伝わって来た。
でも───
「え? イヴェット……?」
イヴェット様は子供たちに怒るどころか一緒になって笑い出した。
殿下はその光景を唖然とした顔で見つめていた。
「───知らなかった」
「え?」
殿下はイヴェット様に視線を向けたままポツリと呟く。
「…………イヴェットはあんな楽しそうな顔をして声を立てて笑う人、だったのだな」
「……」
「それに子どものことも……私はてっきり……」
イヴェットは嫌いなんだろうと決めつけていた……
殿下は肩を落としながらそう呟いた。
「いつも冷たくバカにしたように笑うか、人の顔もろくに見ずにそっぽ向く……出てくる言葉も素っ気ない……そんな彼女しか私は知らなかった」
そして、そう口にするその背中が何だか寂しそうに見えた。
「知らないことなんて多くて当たり前ですわ」
「え?」
「ずっと一緒に過ごして来た家族やきょうだいの間でだって知らないことは沢山あるのですから」
「そうだ……な」
殿下は寂しそうな顔で頷いた。
「当たり前の話ですが、知らなかったなら、これから二人で話をたくさんしてお互いを知っていけばいいのではありませんか?」
「これから……?」
「そうすれば知らなかった面もだんだんと分かるのではありませんか?」
殿下は無言のままイヴェット様の方をじっと見つめた。
イヴェット様はそんな視線には気付かずにまた子供たちに揉みくちゃにされている。
かなり楽しそう。
「もちろん、話す時はお互い喧嘩腰ではなく、きちんと向き合って話すことをおすすめしますわ」
「だ、だが今更……」
殿下は躊躇いを見せる。
(うーん……)
これまで見たことのないイヴェット様の姿を見て動揺して困惑しているのもあるとはいえ、思っていたよりウジウジタイプの王子様だったのね。
(私の中での呼び名……気の毒王子からウジウジ王子にしてしまおうかしら……?)
ついついそんな無礼なことを考えてしまうくらい今の殿下は後ろ向きだった。
「イヴェット様は今、過去の自分と向き合って反省している最中ですわ」
「過去の……?」
「そうです。ご自分の悪いところとも向き合って変わろうとしています!」
「変わる……? ほ、んとうに?」
殿下が驚いた目で私を見る。
目が合った私はニコッと笑った。
「ちなみに、その理由分かりますか?」
「…………え? あっ」
私のその言葉で殿下は何かに気づいたように息を呑んだ。
「ま、まさか、私がイヴェットとの婚約破棄について考えてしまったことに気付いて……?」
「……」
「そ、それで、イヴェットは自分を変えようと? え、だが、何故そこまで? まさか……イヴェットは」
殿下の独り言が続く。
目を大きく見開き口元を手で押さえながら、ほんのり頬を赤く染めて肩を震わせる殿下。
(ああ……ショックよね)
婚約破棄について考えていたことが実は筒抜けで、相手は受ける気満々で少しでも慰謝料請求を上乗せしようと思っていた、なんて。
でも、きちんと話し合えばきっと大丈夫だと思うわ!
だって、この二人絶対コミニュケーション不足だったと思うもの。
イヴェット様だけが変わっても殿下の方も、受け入れる気持ちを持ってもらわなくちゃ……
「……イヴェット」
小さな声でそう呟いた殿下は、子供たちと楽しそうにしているイヴェット様のことをじっと見つめていた。
こうして、私たちは二箇所目の訪問を終えた。
「すごく元気な子たちだったわ」
そう言って馬車に乗り込もうとするイヴェット様に後ろから殿下が声をかけた。
「───イ、イヴェット!!」
「で、殿下?」
殿下からは並々ならぬ気配を感じる。
それはイヴェット様も同じだったようで、困惑しながら振り返った。
「あ、あの……? やっぱりわたくしの態度は駄目でしたか?」
「……っ! い、や……」
「こ、子供たちとは楽しく遊べたと思うのですが……というか想像よりパワフルでこんな姿に。見苦しくて申し訳ございません」
「……そ、れは…………」
「い、院長たち皆様からの話もきちんと耳を傾けたつもりだったのですけど、何か失礼を働いていましたか?」
「……」
殿下は言いたいことがあるけれど、どう言葉にしたらいいのか分からず躊躇っている様子。
そんな殿下の態度にイヴェット様はますます困惑する。
(───殿下! 言いたいことはきちんと口にして! ウジウジ王子になってしまうわ!)
私が心の中でウジウジ王子に応援を送った時だった。
「───す、すまなかった!!」
「殿下!?」
殿下がイヴェット様に頭を下げる。
「私は……勝手に誤解をして、いた…………君は子供が嫌いで私に嫌がらせをするために着いてきていたのだと……」
「!」
「すまない。勝手に決めつけていた!」
「殿下……と、とりあえず頭を上げて下さい!」
「……っ」
そして、頭を上げた殿下はイヴェット様の目を見つめて言う。
イヴェット様も逸らさずに殿下の目を見つめる。
「イヴェット、つ、次の視察先は私からも君が一緒に中まで同行出来ないかどうかを頼んでみようと思う」
「え!? で、殿下……が!?」
「ああ」
イヴェット様の顔がみるみるうちに赤く染っていく。
目に涙を浮かべてプルプル身体を震わせているのは嬉しいからね、きっと!
二人の間に流れる空気が少し変わった気がしてにこにこ微笑んでいたらリシャール様に肩を叩かれた。
「───フルール、今度は殿下に何をしたの?」
「え? 少しお話していただけですわ?」
私がにこにこした顔のままそう言うと、リシャール様は苦笑する。
「無自覚…………本当に君って人は」
「……?」
「なんでもないよ」
苦笑していたリシャール様は、甘く蕩けそうな顔で微笑むと私の頬を軽く突っついた。
─────
そうして、バタバタの視察を終えたその日の夜───……
「さすがに疲れたわ~」
でも、三箇所目の院は殿下のお願いもあってかイヴェット様を快く受け入れてくれていた。
「イヴェット様、嬉しそうだったわ」
良かった。二人の雰囲気も良くなったし……
これで円満な婚約破棄も夢じゃない!
「ところで……」
私は時計を見上げる。
(リシャール様、こ、今夜も来てくれる……かしら?)
落ち着かなくなった私はウロウロと部屋の中を歩き始める。
いえ、待つばかりではなく、むしろ私の方から突撃した方がいい?
そして、また押し倒して───……
そう悩んでいると……
コンコンと部屋の扉がノックされた。
私はパッと顔を上げる。
(───リシャール様だわ!!)
昨夜、知らないうちに眠りこけていた私に呆れることなく今夜も来てくれた。
(嬉しい!!)
「──フルール!」
「リシャール様!」
私は急いで扉を開けて笑顔で出迎えた。
「フルール、起きていた?」
「ええ、もちろん!」
リシャール様も嬉しそうに笑うとギュッと私を抱きしめる。
(あったかい……!)
その温もりの心地良さと嬉しさでもう私の胸はいっぱいだった。
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───今夜は!
今夜こそは気付いたら眠っていました!
なんてことにはしない。
むしろ、今夜は……今夜はお疲れのリシャール様を私が癒し……
「…………んっ」
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