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121. さらに勘違い
しおりを挟むそんなイヴェット様の顔を見て私もハッとする。
イヴェット様のこの様子……
(ま、まさか……!)
イヴェット様……実は好きな男性がいるのでは?
私は、ここでようやくイヴェット様に婚約破棄される覚悟が出来ていた理由を悟る。
けれど、意中の人を振り向かせるための方法を私に聞いてくるということは、きっと誰にも明かせずに秘めた想いを抱いているに違いない。
(それは……仕方ないわよね)
王太子殿下の婚約者という立場では本来、別の人に恋をするなんて許されないもの。
なんてこと……これはますます、茨の道……
そんな想像を頭の中で繰り広げていたら、イヴェット様が私を見ながら愕然とした様子で言った。
「心の中で思っていても大事なことは、はっきり言葉にしなくては相手に伝わらないって……それなら全然、素直になれなかったわたくしの抱いているこの想いは……」
「そうですわね。意中の方には伝わっていないと思われますわ」
「!」
ショックを受けたイヴェット様が顔を俯ける。
残酷だけどはっきり伝えないといけない。
イヴェット様のことだから意中の相手にもつっけんどんな態度を……と思ったけれどやっぱりそうだったみたい。
「ですが、イヴェット様はとてもはっきり自己主張が出来る方ではありませんか」
「え? 自己主張……?」
ショックのあまり顔を俯けていたイヴェット様が不思議そうに顔を上げる。
私と目が合った。
「ですから、然るべき時が来たら、その胸に抱いている想いは隠さずにばーんと伝えればいいと思いますわ!」
「ば、ばーん?」
「ばーん、ですわ」
目を丸くしているイヴェット様に向かって私はにっこり笑顔で押し切った。
───目指せ、円満な婚約破棄! そして恋の成就よ!!
「でも、諦めずにアタック……想いは隠さずにばーんと伝えるだなんて……わたくしに出来るかしら?」
そう聞いてくるイヴェット様はどこか不安そう。
「大丈夫ですわ、イヴェット様なら絶対出来ます」
円満な婚約破棄が出来るように殿下にアタックしながら働きかけ、晴れて自由の身になった後は秘めた想いを素直にばーんと意中の相手に伝える……
どれもこれもイヴェット様の頑張り次第で未来は変わるはず!
そんな未来が来るように応援していますわ、と私が口にしたらイヴェット様は照れ臭そうに頬を赤らめた。
「それから、イヴェット様!」
「……!?」
「然るべき時のためにも、先に忠告しておきますわね!」
「え……?」
私はグイッとイヴェット様に迫る。
「イヴェット様は、自分の気持ちを伝えようとすると恥ずかしさのあまり、それを隠そうとしてしまって思ってもみない言葉が口から飛び出てしまうようです」
「……うっ」
身に覚えがあるのか痛そうな顔をするイヴェット様。
「ですからまずは笑顔ですわ!」
「え、がお?」
「そうです」
私がにっこりお手本の笑顔を浮かべる。
「高笑いではなく、優しくにっこり微笑む! これだけでもだいぶ相手がイヴェット様に抱く印象は変わるはずです!」
「……え?」
「相手がイヴェット様に対して向けてくる雰囲気も変わればきっと素直な気持ちも口にしやくすなりますわ」
「……」
「ですから、まずは笑顔! 覚えておいて下さいませ!」
が、頑張る……と一言だけ口にしながら頷いたイヴェット様はやっぱり可愛かった。
(よし! これで意中の相手対策は大丈夫そうね!)
あと話しておくべきことは……
そこで前に話が一つ途中になっていたことを思い出した。
「あと、イヴェット様。実はさっき途中で言いかけて言えなかったことなのですが───」
「……?」
─────
「────え? わたくしも……加わっていい、のですか?」
「ああ。ここの院は別に人数が増えても構わないそうだ。イヴェット、どうする?」
二つ目の視察先の孤児院。
到着後、人数が増えても大丈夫かと確認したところ、構わないという返答があった。
むしろ、それなら子供たちの遊び相手になって欲しいと逆にお願いされた。
よってここではイヴェット様の同行が可能になったわけだけど、殿下は厳しい表情でイヴェット様の意思確認を始めた。
「どうする? とは?」
「ここでは子供たちと遊ぶことになる───君は子供が苦手だろう?」
「え!?」
イヴェット様が明らかに怪訝そうな表情になった。
「……わたくしが、子供を…………嫌い?」
「ああ、そうだ。国でもいつも子どもを前にすると冷たくそっぽ向いていただろう?」
「──!!」
「危害を加えるといったことはしなかったが、ずっと何かしでかすのでは……と気がかりだった」
殿下のその言葉にイヴェット様は明らかにショックを受けていた。
「だ、だから殿下はわたくしが孤児院の視察に同行することにあれほど反対を……?」
「ああ。人数変更の迷惑以上に君が子供たちに何をするか分からなかったからな」
「───っ!」
イヴェット様が手で自分の口元を押さえる。
(……これは)
いったい過去にどんなことがあったかは分からない。
けれど、この反応からしてイヴェット様は子供のことは嫌いではないと思う。
おそらく子どもの前でも素直になれなかったイヴェット様とその様子を見ていた殿下の中で確実に誤解が生まれてしまっている。
イヴェット様自身もそのことを感じ取ったのか、目に薄ら涙を浮かべると悔しそうに唇を噛んだ。
「───決してご迷惑はおかけしません」
「え?」
「ですが、殿下がわたくしの態度や振る舞いが子供たちに良くない影響を与える可能性がある……そう判断された時は即刻つまみ出してくださいませ!」
「イ、イヴェット……?」
イヴェット様のその言葉はとても力強く、また目を逸らさずに真っ直ぐ殿下の目を見つめて口にしていたので殿下は完全に圧倒されていた。
「……フルール」
「あら、リシャール様?」
そっと私の隣にやって来て並んだリシャール様。
私の顔を見るとコソッと訊ねて来た。
「フルール、また彼女に何か言った?」
「え? 特別なことは何も…………あ、ですが!」
「ですが?」
「えっと……これまで取ってきた態度や行動で既に誰かに与えてしまった不快感は、どう足掻いても簡単には消せませんよ、と言いました」
これが途中になっていて言いそびれてしまっていたこと。
これも大事なことなのではっきり言わせてもらったわ。
リシャール様はうんうんと頷く。
「ですから、そこは反省してこれからは新たな自分を見せていくしかないですよ、とも」
「……なるほど。それか!」
頷いていたリシャール様がポンッと手を叩く。
「どうしてもイヴェット様のこれまでの振る舞いや言動は慰謝料請求の際には不利になってしまいますからね。やはりそこはご自分で受け入れてもらわないと! そう思いましたので」
「…………」
「リシャール様?」
リシャール様はそれまではうんうんと笑顔だったのに急に黙り込んで何故か渋い顔をしていた。
「おねーちゃん、遊んでーー?」
「あそぼーー?」
「ちょっと……待って! わたくしの手は二本しか……ない、わ、よ!?」
なんと!
イヴェット様が子供たちによじ登られている。
「キラキラおひめさまー」
「姫!? わたくしが? なんでなの!?」
いざ、孤児院に入ってみると、何故か子供たちはイヴェット様の元に集まって遊ぼうよ! と言い出した。
どうしてそんなに人気なのかしらと不思議に思っていたら、次に子供たちはリシャール様の周りにもわいわい集まり出す。
可愛らしい幼女たちがリシャール様の元には集結していた。
「おにーちゃん、キラキラおうじさまー」
「かっこいい!」
「とってもすてき!」
「───あ、ありがとう?」
さすが国宝リシャール様の美貌は幼女さえも魅了するらしい。
そんな光景を微笑ましく見守っていたら、私の隣に殿下がやって来た。
「先の孤児院でもリシャール殿は人気だった」
「まあ! そうなのですか?」
私の愛しい恋人はさすがね!
そう思っていたら殿下は言う。
「イヴェットもそうだが、最近子供たちの中で流行っている絵本に出てくる王子と姫が金髪らしいのだ」
「え? あ……!」
リシャール様とイヴェット様の髪色は明るめの金色。
なるほど……!
それで、王子様やお姫様と呼ばれているのね。
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「では、金色の髪ではない私たちは王子と姫のお付きの者として生きる道しかありませんわね」
「そうだな……」
殿下は小さく笑った後、すぐにイヴェット様へと視線を向けた。
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