王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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120. 恋する我儘令嬢

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❇❇❇

(……あ、これは絶対に分かってない顔だ!)

 きょとんとしたフルールの顔を見て僕は直ぐにそう理解した。

 今、殿下と会話をしているイヴェット嬢のあの様子……
 僕にはどこからどう見ても、殿下に恋する令嬢にしか見えないんだが。
 頬が赤いのも緊張……もあるとは思うが、落ち着くどころかどんどん悪化していく様子を思うと、単なる照れのせいなんじゃないのか?

(恋、だったのか……)

 これまでの殿下へのつっけんどんな態度は照れていたせい……だとすれば、気持ちは伝わらない。二人の仲が拗れるのも分かる。
 実際、殿下には全くその気持ちが届いていない。
 フルールはそれを“悪いところ”の一つとして伝えてそれを矯正したのだろう。

「……!」

 だが、そうなると───……

(イヴェット嬢が殿下に恋をしているなら婚約破棄の覚悟なんて出来てないのでは?)

 僕もうーんと首を捻る。
 目の前のフルールもきょとんとしている。

「……?」

 いったいフルールはどんな会話を彼女と繰り広げて、婚約破棄上等!  みたいな解釈に至ったのだろう?
 それよりも、その会話は本当に成り立っていたのだろうか?
 途端に心配になる。

「リシャール様?」
「う!」

 僕が黙り込んでしまったせいで、更に首を傾げるフルール。

(くっ……可愛い!  今、その特に可愛い顔で僕を見つめるのは反則だ!)

 フルールはいつだって可愛いけれど、無防備な状態の時が一番危険度が上がる。
 まだ、次に向かう視察先があるというのに今すぐこの腕にフルールを閉じ込めて抱きしめたくなるじゃないか!

(フルール、可愛い……可愛いが鈍い。その鈍感さすらも可愛いの一つだが……)

 アンベール殿とオリアンヌ嬢の関係も、拳に気を取られて全く気付いていなかったフルール。
 その後も気付けそうな雰囲気はあったはずなのに……
 あの時から薄々思っていたが───
 フルールってとことん恋心には疎くないか?

(僕がさっさとフルールに気持ちを伝えておいたことは正解だったのかもしれない)

 フルールの婚約破棄が成立してもっと仲を深めてから、堂々と身分を手に入れてからこの想いを告白しよう……
 なんて、のんびり悠長なことをしていたら、フルールは僕の気持ちに欠片も気付かず、また得意の妄想劇を繰り広げて僕の手の届かない所に走り去っていたのでは?
 それは想像するだけで恐ろしい。

 僕はブルッと身体を震わせた。
 今、こうしてフルールが当たり前のように僕の隣にいてくれることが、どれだけ幸せなのかを実感する。

「───いや、それよりフルール。そのイヴェット嬢の悪いところ?  を彼女に話して殿態度を改めるように言ったの?」
「え?  そうですね、殿下に……と言うよりは皆への、ですわね!  侍女も色々と誤解して怖がっていましたし」
「……うん」
「ですから、まず殿下に反省版・イヴェット様を見せたらどうですかと言いましたわ!」

 いつもの笑顔でそう答えるフルール。
 殿下だけではなく皆に……もちろん、それでいいのだけど──……

(とりあえず殿下に……)

 うん!  
 これはやっぱりフルールは恋心については全く分かっていないぞ?
 僕はそう確信する。

「まずは直ぐに目や顔を逸らすのを直したら?  という話から始めましたので即実践を!」
「あー……」

 確かに、真っ先に直した方がいい所だと僕も思う。
 殿下も直ぐに顔を逸らされるのは嫌われているからなんだろう、と言っていたから。

「……意外なんだけど、彼女はすぐにフルールのアドバイスを聞いた……んだね?」
「ふふふ、だから私はずっと言っていたじゃないですか。イヴェット様は恥ずかしがり屋さんなんですよって!」

 根は素直なんですよ~
 そう言って笑うフルールを見て、やっぱり“最強”だと思った。

 フルールは最強令嬢を目指すにあたり腕力の足りなさを気にしていたけれど、大事なのはそこじゃない。
 いつも笑顔で元気で前向きで……
 大きく何かを誤解し勘違いしていても、野生の勘を働かせて思うがままに行動した結果、無意識にマルッと皆を幸せに導く───
 それこそが、最強令嬢なんじゃないのかなぁ?

 でも、言わない。
 僕はフルールが、のびのびと思うがままに元気いっぱいに走っている姿が好きだから。
 だから、イヴェット嬢の殿下への恋心の件も僕からは黙っておく。

「───そうだね」
「でしょう!?」

 フルールの頭に手を伸ばしてそっと撫でたら、とびっきり可愛い微笑みが返ってきた。
 ドキンと胸が大きく跳ねる。

(くっ……落ち着け……こ、今夜も我慢の夜なんだぞ!)

 今夜も夜這いに行くのは決定事項なので、夜の可愛いフルールをついつい想像してしまい、更に胸がドキドキした。



❇❇❇



 次の視察先に向かう為に再び馬車に乗り込んだ私たち。

「───ということで、殿下が怒らずに笑って返事を返してくれた、わ……!」

 私の目の前でイヴェット様が真っ赤になった両頬に手を当てながら大興奮していた。
 そのはしゃぐ姿も可愛らしい。

(良かったわ!)

 イヴェット様は特訓の成果を発揮して目と顔を逸らさずに“お疲れ様です”と“おかえりなさい”を言えたことが、かなり嬉しかったみたい。

「もう、あ、あああんなに会話が弾んだのは……は、初めてよ……!」
「良かったですわね!」

 コクッと無言で頷くイヴェット様はとても可愛らしい。

 殿下と自然な会話を出来るようになった───
 これならきっと穏便に婚約破棄についての話し合いも出来るようになるわ!
 だから、これで闇討ちとか寝首を搔くような真似はしないでくださるといいのだけど。

「……と、ところで」
「はい?」

 少し気も落ち着いたのか、イヴェット様が話題を変えて来た。

「……コホンッ……あ、あなたと殿下付きになっているあの公爵とは婚約しているのでしょう?」
「はい!」
「……ず、随分と顔の整った眩しい方で令嬢の人気の高そうな方ですけど──」
「そうなのです!  私にはもったいないくらいの素敵な人ですわ!」

 だってリシャール様は国宝だもの!
 だから……

 ───そんな素敵な方とだなんて全然釣り合っていないわね?

 リシャール様と婚約発表してから何度か耳にしたその言葉をイヴェット様も口にされるのかと思った。
 けれど……

「ど、どうやって……あれほどの殿下にも負けずとも劣らずの美男子をお、落としたの!」
「え?  落とした?」

 思っていたのと違う言葉に少し驚き、目を瞬かせる。

「そうよ!  わ、わたくしには分かっているわ!  きっと、あ、あなたのその謎の有無を言わさない強い圧……えぇと、元気なパワー?  で押して押して押しまくって彼を落としたのでしょう!?」
「元気なパワー?」
「具体的には……ど、どんな手を使ったの!?」

 リシャール様と私の……?
 それはもちろん───

「彼への恋心を自覚したあと、この足で彼の元に向かって押し倒しに行きましたわ!!」
「お、お、押し倒したですってーー!?」

 大きく叫んだイヴェット様がショックを受けて固まった。

「……イヴェット、様?  大丈夫ですか?」
「お、押し倒す……?  れ、令嬢の方から?  嘘っ!  そ、そんなことが可能……なの!?」

 イヴェット様は信じられない、というような顔で私を見る。

(うーん?  闇討ちとか寝首を搔こうとしていた割には動揺がすごいわ)

 不思議に思いつつも私はいつものようににっこり微笑む。

「私はただ、この胸の奥に湧き上がる自分の気持ちに従って素直な想いをはっきり伝えただけですわ」
「素直……な想いをはっきり……?」
「ええ」

 結果、それが押し倒す!  という結論に至ったわけだけど……
 私はまだポカン顔のイヴェット様に向かって頷く。

「だってどんなに心の中で強く強く思っていても大事なことは、はっきり言葉にしなくては相手に何も伝わらないでしょう?」

 イヴェット様がハッとした顔で息を呑んだ。
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