116 / 354
116. 最強令嬢の提案
しおりを挟む「殿下……の?」
それには私もびっくりした。
「間違いないよ。でも護衛がいるから許可なく近付けないけどね」
「……」
「だから躊躇っているのかな?」
未だに挙動不審な動きをするイヴェット様を見ながらリシャール様はそう言った。
「こんな朝早くから殿下に何か用事があるのだろうか……」
「……はっ! リシャール様! もしかしてこれは……闇討ち、でしょうか?」
「や……?」
リシャール様が、え? という顔で私を見た。
私はキラリと目を輝かせる。
「闇に紛れて部屋へと侵入し、寝首を搔くのですわ!」
前に読んだ本で、令嬢が自分を虐げて冷遇してくる不仲な婚約者に対して“闇討ち”を決行するという話があったのよ。
あのヒロインはとても強かったわ……!
殿下が冷遇? と疑問は浮かぶものの、イヴェット様の不審な様子はそれを彷彿とさせるものがある。
「や、闇……? 寝首を……搔く?」
「だって、すごく切羽詰まった表情をしておりますわ」
「……確かにしているけど」
「お付きの侍女も付けずに一人でウロウロなんて怪しいですわ!」
「……まぁ、それもそうだね」
「何より、とってもあの二人、仲が悪そうでしたわ!!」
「……その通りなんだけどね……」
リシャール様の返答を聞いて、そうでしょう、そうでしょう? と私は得意気に胸を張る。
「でもね? フルール。残念ながらその推理には致命的な欠落があるよ?」
「え……」
致命的な欠落?
名探偵フルール再び! のはずが再び迷探偵の危機に陥った?
「な、なんでしょう?」
私が恐る恐る訊ねると、リシャール様は窓の外を指さした。
「もう、朝だから外が明るいんだ。さすがに今から闇討ちというのは無理だと思う」
「……はっ!」
そうだったわ。
もう朝だった……
私は一番、大事なことを失念していたわ。
「それに、そもそも護衛が交代で控えているからこっそり忍び込むなんて暗くても明るくても難しいんじゃないかな?」
「……」
「あのイヴェット嬢が訓練された凄腕の殺し屋だとでも言うのなら話は別だけどね」
「それはありませんわ。ただの可愛いらしい恥ずかしがり屋さん令嬢でしたから」
えっ! と驚くリシャール様を横目にそれもそうね、と納得する。
やはり現実で色々と実行するのは難しいらしい。
「では、イヴェット様はいったい何をそんなに殿下のことを気にしているのでしょう……?」
「うーん?」
二人で首を捻ったけれど、結局よく分からなかった。
そのうち、しょんぼりした様子のイヴェット様は諦めたのか自分の部屋へと戻って行く。
(気にはなるけれど──私も朝の支度をしないと!)
部屋へと戻るリシャール様を見送ったあとは私も自分のやるべきことを優先した。
────
「──は? 君も今日の視察に加わりたい? 何を言っているんだイヴェット!」
「着いて来たからには、君も婚約者としての役割を果たせとわたくしに言ったのは殿下、あなたですよ?」
「……うっ!」
ツンっとした反応を返され王太子殿下は言葉を詰まらせる。
「だが! 予定にない君が加わることで先方に迷惑だってかかる! 我々だって……」
「それをどうにかするのがあの方たちの仕事でしょう!?」
イヴェット様が控えている私たちに向かって指をさす。
「き、君はまた、そんな無茶を……!」
その日の朝食後。
本日の予定を確認していたところ、王太子殿下の午後の予定に入っている視察にイヴェット様も同行したいと言い出した。
そして、そのまま口論が始まった。
(朝からお二方とも元気いっぱいですわね!)
二人の様子が微笑ましくてニコニコしていたら、隣にいて同じように二人の様子を見守っていたリシャール様が小声で訊ねてきた。
「……フルール、その笑顔は?」
「え? 二人とも朝から元気いっぱいで、やる気と活気に満ち溢れていて素晴らしいな、と」
「…………そ、そうか」
リシャール様は、頑張ればそう見えなくもない、のか……? とブツブツ言いながら考え込んでいる。
「視察は遊びじゃないんだぞ!」
「そんなことは、今更言われなくても知っています」
またしても、イヴェット様はツンっとした様子で殿下から顔を背けていた。
「……リシャール様、午後の視察はどこへ行かれるのでしたっけ?」
「孤児院を数箇所回る予定だけど」
「事前にお邪魔する人数は伝えてあるんですの?」
「そうだね」
そうなると確かにここに来て人数が増えることは迷惑極まりない……
本日の午後からの予定といっても今から人数増えますよ、という連絡を送っても返信は間に合わないですし。
チラッと殿下とイヴェット様の様子を窺うと、未だに口論を続けている。
(すごいわ……恥ずかしがり屋さんのはずなのに、イヴェット様は次から次へとよく言葉が出て来ている)
とはいえ、このままでは埒が明かない。
「リシャール様、視察に同行する護衛の人数を増やすことなら今からでも可能かしら?」
「え? それなら可能だけど……もしかしてフルール、イヴェット嬢を連れて行けと?」
「さすがに先方の断りなく勝手に人数は増やせませんけど……」
「けど?」
首を傾げるリシャール様に向かってにこっと笑う。
「護衛の数を増やせるのであれば、近くまで一緒に行くことまでなら出来ますわよね?」
「え?」
「そこまでは連れて行って、あとは先方に事情を話して許可が出ればイヴェット様にも視察に加わってもらいましょう。許可が出なければ、そのまま馬車の中で待ちぼうけですわ!」
「ま、待ちぼうけ……」
リシャール様が唖然とした顔で私を見つめる。
「先方の都合によっては待ちぼうけになるかもしれない、というのが嫌だと言うなら大人しく王宮で過ごせばいいだけですからね!」
「フルール……」
「無茶を通そうとしているのですから、それくらいは覚悟して妥協もして頂かないと。そういうわけでお二人に提案してまいりますね!」
私は笑顔で二人の元に向かった。
「だから、君はいつもいつもそうやって、我儘ばかり……どうせ君はそうやって私を困らせて楽し……」
「───仲良くお話のところ、失礼致しますわ!」
「わっ!?」
「ひぃ!」
突然の私の登場に二人がびっくりした顔を向けて小さな悲鳴をあげる。
「もっと仲良く二人でお話を続けたいのは分かりますが、少し提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「な、仲良く……だと? 私がイヴェット、と……?」
「……提案? どういうこと?」
戸惑う二人ににっこり微笑むと私は先ほど、リシャール様に話した案を説明する。
視察に着いていくことは出来ても待ちぼうけになる可能性がある──
そう言った所で、イヴェット様の顔色が変わった。
「ま、待ちぼうけですって!? 待ちなさい! あなた! わたくしを誰だと思っているの!」
「ギェルマン公爵家のイヴェット様ですわ」
私は即答する。
イヴェット様の顔がカッと赤くなった。
「……そ、そういうことではなくて!!」
「えっと? 嫌なら視察同行は無しですわ」
「……っ! どうしてよっ!」
声を荒らげるイヴェット様の目を見て私はにっこり笑顔で答える。
「イヴェット様。それが“無理を通す”ということなのです」
「……なっ!」
「我が国に来たものの、ただただ遊び呆ける……ではなく、きちんと仕事をしたいというイヴェット様のその姿勢には大変感服いたしましたわ!!」
「え? え?」
私はグイッとイヴェット様に迫る。
「ですが殿下も仰っていたように、これは事前に通っていない話なのでイヴェット様は無茶を通そうとしていることも事実なのです」
「……そ、れは……」
イヴェット様は身体を震わせながら唇を噛み締めている。
どちらを選択するか悩んでいるみたい。
それならば……と私は決断のための後押しの一言を告げる。
「ご安心ください!」
「……え?」
「万が一、待ちぼうけになった場合でも、私と二人で馬車内で過ごすことになりますから、お一人ではありません!」
「は? えっと、わたくしはあなた……と過ごす、の?」
目を丸くしたイヴェット様がおそるおそる聞き返してきた。
少し頬が引き攣っている?
恥ずかしがり屋さんだから仕方ないわよね、と微笑ましい気持ちになる。
「そうです!! ですから、決して寂しくはありませんわ!」
私が堂々と答えると、イヴェット様はポカンとした顔。
王太子殿下は唖然とした顔で私を見た。
357
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
「あなたは公爵夫人にふさわしくない」と言われましたが、こちらから願い下げです
ネコ
恋愛
公爵家の跡取りレオナルドとの縁談を結ばれたリリーは、必要な教育を受け、完璧に淑女を演じてきた。それなのに彼は「才気走っていて可愛くない」と理不尽な理由で婚約を投げ捨てる。ならばどうぞ、新しいお人形をお探しください。私にはもっと生きがいのある場所があるのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる