王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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116. 最強令嬢の提案

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「殿下……の?」

 それには私もびっくりした。

「間違いないよ。でも護衛がいるから許可なく近付けないけどね」
「……」
「だから躊躇っているのかな?」

 未だに挙動不審な動きをするイヴェット様を見ながらリシャール様はそう言った。

「こんな朝早くから殿下に何か用事があるのだろうか……」
「……はっ!  リシャール様!  もしかしてこれは……闇討ち、でしょうか?」
「や……?」

 リシャール様が、え?  という顔で私を見た。
 私はキラリと目を輝かせる。

「闇に紛れて部屋へと侵入し、寝首を搔くのですわ!」

 前に読んだ本で、令嬢が自分を虐げて冷遇してくる不仲な婚約者に対して“闇討ち”を決行するという話があったのよ。
 あのヒロインはとても強かったわ……!
 殿下が冷遇?  と疑問は浮かぶものの、イヴェット様の不審な様子はそれを彷彿とさせるものがある。

「や、闇……?  寝首を……搔く?」
「だって、すごく切羽詰まった表情をしておりますわ」
「……確かにしているけど」
「お付きの侍女も付けずに一人でウロウロなんて怪しいですわ!」
「……まぁ、それもそうだね」
「何より、とってもあの二人、仲が悪そうでしたわ!!」
「……その通りなんだけどね……」

 リシャール様の返答を聞いて、そうでしょう、そうでしょう?  と私は得意気に胸を張る。

「でもね?  フルール。残念ながらその推理には致命的な欠落があるよ?」
「え……」

 致命的な欠落?
 名探偵フルール再び!  のはずが再び迷探偵の危機に陥った?

「な、なんでしょう?」

 私が恐る恐る訊ねると、リシャール様は窓の外を指さした。

「もう、朝だから外が明るいんだ。さすがに今から闇討ちというのは無理だと思う」
「……はっ!」

 そうだったわ。
 もう朝だった……
 私は一番、大事なことを失念していたわ。

「それに、そもそも護衛が交代で控えているからこっそり忍び込むなんて暗くても明るくても難しいんじゃないかな?」
「……」
「あのイヴェット嬢が訓練された凄腕の殺し屋だとでも言うのなら話は別だけどね」
「それはありませんわ。ただの可愛いらしい恥ずかしがり屋さん令嬢でしたから」

 えっ!  と驚くリシャール様を横目にそれもそうね、と納得する。
 やはり現実で色々と実行するのは難しいらしい。

「では、イヴェット様はいったい何をそんなに殿下のことを気にしているのでしょう……?」 
「うーん?」

 二人で首を捻ったけれど、結局よく分からなかった。
 そのうち、しょんぼりした様子のイヴェット様は諦めたのか自分の部屋へと戻って行く。

(気にはなるけれど──私も朝の支度をしないと!)

 部屋へと戻るリシャール様を見送ったあとは私も自分のやるべきことを優先した。



────


「──は?  君も今日の視察に加わりたい?  何を言っているんだイヴェット!」
「着いて来たからには、君も婚約者としての役割を果たせとわたくしに言ったのは殿下、あなたですよ?」
「……うっ!」

 ツンっとした反応を返され王太子殿下は言葉を詰まらせる。

「だが!  予定にない君が加わることで先方に迷惑だってかかる!  我々だって……」
「それをどうにかするのがあの方たちの仕事でしょう!?」

 イヴェット様が控えている私たちに向かって指をさす。

「き、君はまた、そんな無茶を……!」

 その日の朝食後。
 本日の予定を確認していたところ、王太子殿下の午後の予定に入っている視察にイヴェット様も同行したいと言い出した。
 そして、そのまま口論が始まった。

(朝からお二方とも元気いっぱいですわね!)

 二人の様子が微笑ましくてニコニコしていたら、隣にいて同じように二人の様子を見守っていたリシャール様が小声で訊ねてきた。

「……フルール、その笑顔は?」
「え?  二人とも朝から元気いっぱいで、やる気と活気に満ち溢れていて素晴らしいな、と」
「…………そ、そうか」

 リシャール様は、頑張ればそう見えなくもない、のか……?  とブツブツ言いながら考え込んでいる。

「視察は遊びじゃないんだぞ!」
「そんなことは、今更言われなくても知っています」

 またしても、イヴェット様はツンっとした様子で殿下から顔を背けていた。

「……リシャール様、午後の視察はどこへ行かれるのでしたっけ?」
「孤児院を数箇所回る予定だけど」
「事前にお邪魔する人数は伝えてあるんですの?」
「そうだね」

 そうなると確かにここに来て人数が増えることは迷惑極まりない……
 本日の午後からの予定といっても今から人数増えますよ、という連絡を送っても返信は間に合わないですし。
 チラッと殿下とイヴェット様の様子を窺うと、未だに口論を続けている。

(すごいわ……恥ずかしがり屋さんのはずなのに、イヴェット様は次から次へとよく言葉が出て来ている)

 とはいえ、このままでは埒が明かない。

「リシャール様、視察に同行する護衛の人数を増やすことなら今からでも可能かしら?」
「え?  それなら可能だけど……もしかしてフルール、イヴェット嬢を連れて行けと?」
「さすがに先方の断りなく勝手に人数は増やせませんけど……」
「けど?」

 首を傾げるリシャール様に向かってにこっと笑う。

「護衛の数を増やせるのであれば、近くまで一緒に行くことまでなら出来ますわよね?」
「え?」
「そこまでは連れて行って、あとは先方に事情を話して許可が出ればイヴェット様にも視察に加わってもらいましょう。許可が出なければ、そのまま馬車の中で待ちぼうけですわ!」
「ま、待ちぼうけ……」

 リシャール様が唖然とした顔で私を見つめる。

「先方の都合によっては待ちぼうけになるかもしれない、というのが嫌だと言うなら大人しく王宮で過ごせばいいだけですからね!」
「フルール……」
「無茶を通そうとしているのですから、それくらいは覚悟して妥協もして頂かないと。そういうわけでお二人に提案してまいりますね!」

 私は笑顔で二人の元に向かった。



「だから、君はいつもいつもそうやって、我儘ばかり……どうせ君はそうやって私を困らせて楽し……」
「───仲良くお話のところ、失礼致しますわ!」
「わっ!?」
「ひぃ!」

 突然の私の登場に二人がびっくりした顔を向けて小さな悲鳴をあげる。

「もっと仲良く二人でお話を続けたいのは分かりますが、少し提案させていただいてもよろしいでしょうか?」
「な、仲良く……だと?  私がイヴェット、と……?」
「……提案?  どういうこと?」

 戸惑う二人ににっこり微笑むと私は先ほど、リシャール様に話した案を説明する。
 視察に着いていくことは出来ても待ちぼうけになる可能性がある──
 そう言った所で、イヴェット様の顔色が変わった。

「ま、待ちぼうけですって!?  待ちなさい!  あなた!  わたくしを誰だと思っているの!」
「ギェルマン公爵家のイヴェット様ですわ」

 私は即答する。
 イヴェット様の顔がカッと赤くなった。

「……そ、そういうことではなくて!!」
「えっと?  嫌なら視察同行は無しですわ」
「……っ! どうしてよっ!」

 声を荒らげるイヴェット様の目を見て私はにっこり笑顔で答える。

「イヴェット様。それが“無理を通す”ということなのです」
「……なっ!」 
「我が国に来たものの、ただただ遊び呆ける……ではなく、きちんと仕事をしたいというイヴェット様のその姿勢には大変感服いたしましたわ!!」
「え?  え?」

 私はグイッとイヴェット様に迫る。

「ですが殿下も仰っていたように、これは事前に通っていない話なのでイヴェット様は無茶を通そうとしていることも事実なのです」
「……そ、れは……」

 イヴェット様は身体を震わせながら唇を噛み締めている。
 どちらを選択するか悩んでいるみたい。
 それならば……と私は決断のための後押しの一言を告げる。

「ご安心ください!」
「……え?」
「万が一、待ちぼうけになった場合でも、私と二人で馬車内で過ごすことになりますから、お一人ではありません!」
「は?  えっと、わたくしはあなた……と過ごす、の?」

 目を丸くしたイヴェット様がおそるおそる聞き返してきた。
 少し頬が引き攣っている?
 恥ずかしがり屋さんだから仕方ないわよね、と微笑ましい気持ちになる。

「そうです!!  ですから、決して寂しくはありませんわ!」

 私が堂々と答えると、イヴェット様はポカンとした顔。
 王太子殿下は唖然とした顔で私を見た。
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