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114. 悪役令息の交渉
しおりを挟む(夜這いが出来るのも、こうして近くにいるからこそ!)
我が家にいる時は、家族の目──特にお兄様が目を光らせていたものね。
お兄様の顔を思い出してはクスリと笑ってしまう。
「リシャール様……!」
「……フルール!」
リシャール様を部屋の中に出迎えた私は、自らギューッと彼に抱きつく。
「来てくれてありがとうございます。実は私からもこっそり会いに行こうかと思っていた所なのです」
「え? フルールが!?」
驚くリシャール様に私は満面の笑みで答える。
「はい! 会いたかったので」
「……っ」
私がえへへ、と照れながらそう口にすると、リシャール様の顔がポッと赤くなった。
「そ、そ、そそそれは、い、今の、そ、その格好……で?」
「もちろんですわ?」
「~~~っっ」
「?」
リシャール様はますます真っ赤になった。
「フ、フルール……さ、寒くないか?」
「寒い?」
「か、かかか身体が……露出が、その……」
「身体?」
そう言われて自分の今の格好が眠る時のための薄着だと気付いた。
ガウンを脱いでベッドの上でコロコロしていたので、肩とか腕とか普段隠れている部分が大胆に露出している。
「……あっ! し、失礼しましたわ!」
「い、いや……」
私は一旦、リシャール様から離れると慌てて脱いであったガウンを着込んだ。
(あ、危な……! お兄様の「淑女~」という声が聞こえるわ!)
立ったまま話し続けるというのもよくないので、そのままソファに並んで腰掛ける。
そしてまずは今日一日のお互いを労った。
「リシャール様、今日はお疲れ様でした」
「ああ、フルールも」
リシャール様が優しく笑うと肩に腕を回して私を抱き寄せる。
「……さすがに疲れたよ。こうしてフルールで元気を補充しないと明日は無理だ」
「まあ!」
私がクスクス笑うと、リシャール様はじっと私を見つめて軽く顎を持ち上げる。
そして、チュッと軽いキスをした。
「……っん、補充……出来ました?」
「うーん、少し? …………でも、全然足りない。だからもっと───」
「あっ……」
そう言ってリシャール様は再び国宝級の美しい顔を近付けてくる。
──チュッ
もう一度お互いの唇が重なる。
甘くて優しい幸せの味。
「……甘い、です──幸せ」
「うん、僕も……幸せだ」
「……」
「……」
そこからは、頭の中がデロデロに蕩けそうなくらいの甘い幸せが何度も何度も降ってきた。
「───今夜の晩餐」
「え……?」
キスの合間にリシャール様が囁くように言葉をこぼす。
「王太子殿下が驚いていた」
「ん……で、殿下、が? …………んっ」
リシャール様はキスを止めないで話すものだから上手く受け答えが出来ない。
殿下が驚いていたとは?
「なんでも──婚約者のイヴェット嬢と食事をしていて文句の言葉を聞かなかったのは初めてなんだって」
「あら……」
「なにか言いたそうな表情はしていたけど、あんなに素直に食事が出来る人だったのか、と驚いていた」
これは厨房に駆け込んだ甲斐があったわ、と私は微笑む。
───チュッ
微笑んだところをまたキスで口が塞がれる。
「それと……殿下はフルールに圧倒されていたよ」
「……んっ?」
「だから、とっても可愛い可愛い愛しい妻なんです、と惚気けておいたよ」
(のろけ……惚気、つま…………妻!?)
頭の中がホワホワになりかけていたけれど、妻という言葉でハッと覚醒する。
「妻! ……えっと、私はまだ婚約者ですわよ?」
「……」
「リシャール様?」
自分たちの結婚が揺らぐことは絶対にない。
けれど、さすがに今の私を妻だと紹介するのは気が早すぎるのでは?
そう思ったのだけど。
チュッ……と、もはや何度目になるかも分からないキスを終えたリシャール様が今度はギュッと私を抱きしめる。
そして耳元で囁いた。
「フルール───実はね」
「……?」
何かしらとリシャール様の胸の中から顔を上げると目が合った。
リシャール様は国宝級の美しい顔で甘く微笑んだ。
(ま、眩しい!!)
「今回の王太子殿下たちの訪問で、廃嫡王子の代わりに僕らに彼らをもてなせ、という話はなかなかの無茶ぶりだっただろう?」
「ええ……」
私が頷くとリシャール様も大きく頷き返してくれた。
「いくら事情があったとはいえ、そのまますんなり話を受けるのはどうしても納得がいかないし、癪だったので」
「で……?」
そこで言葉を切ったリシャール様はニンマリと笑う。
「僕もさ、フルールを見習って陛下に“交換条件”という交渉を試みたんだ」
「──え!?」
驚きの言葉を上げた私を見て、リシャール様は笑みを深める。
「こ、交換条件……? 交渉? いったい何を条件にしたのです?」
「……」
「……あ」
チュッ!
リシャール様は無言のまま甘く微笑むと、私の額にキスを落とす。
「僕が出した条件は────フルールとの今すぐの結婚、だよ」
「なるほど、私とのけっこ………………んん!?」
私が目を瞬かせると、リシャール様は嬉しそうに笑った。
「そう。もう延期させられるのは御免だからね。殿下たちの案内を無事に乗り切ったら、すぐにフルールと結婚させろと脅し……ケホッ……交渉したんだ」
「リ、リシャール様……」
「どうかな? 僕も“悪役令息”って感じがしないかな?」
そう言って、ふっと笑ったリシャール様が額をコツンと合わせてくる。
「シャンボン伯爵家の方は結婚? いつでもどうぞ! というスタンスだからね」
「……」
「フルール? 早まった? もしかして嫌だった? 悪役令息は嫌い?」
私が黙り込んだからか、リシャール様が少し不安そうな表情になる。
「嫌? まさか……リシャール様、素敵です……わ!」
「!」
「悪役令息も大好きですわ!」
私は嬉しくて嬉しくて思いっきりリシャール様を抱きしめ返した。
まさか……まさか、リシャール様がそんな交渉していてくれたなんて!
夢みたい!!
「───嬉しいです! ありがとうございます」
「だからさ、もうフルールを僕の“妻”と呼んでもいいんじゃないかなって思ったんだ」
「!」
……そ、それならば!
私は息を吸い込む。
「…………だ、旦那様?」
私が照れながらそう口にすると、リシャール様の目が大きく見開き、顔が真っ赤に染まる。
そして声を震わせながら私の名を呼んだ。
「……フ、フルールさん……」
「え! は、はい?」
(フルールさん?)
内心で首を傾げているとリシャール様は言った。
「も、もう一度……お願いします。おかわりを所望します」
「え! お、おかわり!」
つまり、もう一度“旦那様”と呼んで欲しいと?
私はもう一度息を大きく吸い込む。
「…………コホッ、だ、旦那様」
「…………っっ! も、もう一度!」
「旦那様」
「~~っ」
リシャール様がこれ以上の幸せはない! そんな顔で微笑む。
私も私で照れながら微笑み返した。
そしてどちらからともなく……そっと顔を近づけて唇を重ねた。
しばらくの間、私たちは互いの温もりと熱を感じ合っていた。
そして、チュッと最後に私の頬にキスをしたリシャール様は言った。
「……フルール。実は交換条件の交渉ごとは一つじゃないんだ」
「え?」
一つではない?
結婚以外にも何か条件を出したの?
「……それは?」
私が聞き返すとリシャール様はまたニンマリと笑う。
「───この、今僕らが世話係を務める一週間の王宮滞在時……」
「……?」
「夜に僕がこうして今日のようにフルールの部屋を訪ねることを黙認すること」
(────うん?)
黙認?
これって夜這いよね??
その夜這いを黙認……?
「えっと?」
すぐに意味が理解出来ずに首を傾げた私に向かってリシャールはとびっきりの笑顔を見せた。
「つまり、僕がこのまま“ここ”で朝までフルールと過ごしても何のお咎めも無いってことだよ」
「!!!!」
ボンッと音が聞こえるくらい、私の顔がみるみるうちに真っ赤になっていった。
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