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112. 無自覚に迫る
しおりを挟む「フルール、 大丈夫?」
殿下たちが陛下に挨拶をしている間、部屋の前で待機しているとリシャール様が私のことを気にかけてくれる。
「大丈夫ですわ!」
この後はお部屋にご案内よ。
移動の疲れを取っていただかなくては!
「……リシャール様」
「うん?」
まだ少し時間があるようなので私は王太子殿下とその婚約者の二人を見て感じたことをリシャール様に伝えることにした。
「急遽、ついて来ることにしたと聞いたので、てっきりとても仲良しのお二人なのかと思ったのですが」
「あー……」
リシャール様が苦笑したあと、遠い目をする。
「自分にもすごく覚えのある距離感だと思ったよ」
「覚えのある……?」
「うん、僕がシルヴェーヌ殿下の婚約者だった頃の距離感。似ているなって思った」
それを聞いてなるほど、と思った。
「では、珍しい距離感というほどではなかったのですね?」
「まあ、自分たちの関係が政略結婚だと割り切った二人の距離感ならあんな感じじゃないかな?」
そう言われて、到着時の二人の様子を思い出す。
到着した時の二人は、先に馬車から降りた殿下が手を差し出して、婚約者の令嬢はその手を取って降りて来た。
しかし、それだけの行動なのに……
一見、二人とも普通に振舞っているけれど、よくよく見ていれば目も合わせていないし、口も聞かず、互いを気遣う様子も一切ない。
とにかく、無い無い尽くしだったわ。
殿下と特別仲良し! という理由で婚約者令嬢が同行したわけではないのなら──……
「──きっと、息抜きの観光目当てですわね!」
「ん?」
「リシャール様もオリアンヌお姉様も王族の婚約者だった頃はお疲れだったでしょう? ですから公爵令嬢もきっとお疲れなのですわ! 癒しを求めて我が国にやって来たのかもしれません」
「フルール?」
「癒し……そうね、そういうことなら……」
私はどうお疲れの体を癒してもらおうかを考える。
(──そうだわ! おやすみになるベッドをふかふかの癒し仕様にするといいかも!)
そんなことを思い付いた私は控えていたメイドに言付ける。
メイドは驚いていたけれど、今ならまだ間に合うのでそのまま強引に押し通す。
「……しょ、承知しました」
「最高級のふっかふかでお願いね!」
バタバタと動きだしたメイドを見てリシャール様が、ふっかふか? という不思議そうな顔で私を見ていた。
────
「……改めて、私はアンセルム。こちらは私の婚約者のイヴェット」
陛下との挨拶を終えた殿下たちと私たちは部屋を移動し、私とリシャール様も挨拶をする。
「短い間だがよろしく頼む」
「こちらこそよろしくお願いします」
殿下とリシャール様の挨拶を交わす様子を横目に私は改めて二人をじっと見る。
(間近で見ても美男美女!)
リシャール様やオリアンヌお姉様を見ていても思ったけれど、輝きと言うべき?
とにかく二人ともオーラが違うわ。
(今から美女になるのは大変だけど、未来の公爵夫人としてのオーラはぜひ欲しいのよね……)
せっかくなのでイヴェット様からたくさん学べたらいいな、と思った。
「フルール・シャンボンと申します。よろしくお願いします」
「……」
しかし……
(無反応だわ)
私が挨拶を口にしたあとのイヴェット様はチラッとこちらを一瞥しただけでほぼ無反応。
実はイヴェット様、部屋に入ってから一言も喋っていない。
挨拶も殿下に紹介されて頭を下げただけだった。
(喋れない……という話は聞いていないから性格? それとも、イヴェット様はかなりの──)
私が考えを巡らせていると、王太子殿下がイヴェット様に声をかけた。
「───イヴェット。挨拶くらい返したらどうだなんだ。さすがに失礼だろう」
どうやら私たちの様子を気にしていたらしい殿下がイヴェット様を咎めた。
でも、イヴェット様は無言のまま殿下に視線を向けるだけ。
「……」
「イヴェット!」
もう一度、殿下に怒鳴られてイヴェット様はようやく口を開いた。
私の顔を見てクスッと笑う。
「───だってこちらの方、伯爵家の令嬢なんでしょう?」
「それがなんだと言うんだ?」
殿下が怪訝そうな顔でイヴェット様を見る。
イヴェット様はツンっと顔を逸らしながら言った。
「わたくしは公爵家の令嬢なのよ? 自分より身分の低い者とは会話しないと決めているの」
「──は? イヴェット!! 君は何を言い出したんだ!」
イヴェット様の発言を殿下が厳しい声で咎めた。
けれど、イヴェット様は顔を逸らしたままで聞く耳を持たない。
「でも、そちらの男性は公爵なのでしょう? なので貴方とならわたくしは会話をしてさしあげてもいいわよ?」
イヴェット様はリシャール様に視線を向けるとそう言った。
「──イヴェット!! 君は無理やり着いて来たくせにその態度はないだろう!」
殿下が声を張り上げたけれどイヴェット様は態度を改める様子がない。
そんな二人の様子に私もリシャール様も唖然とする。
想像以上に険悪なムードの二人。
それより……も。
(自分より身分低い者とは会話しないですって……?)
でも、それって……
「───ギェルマン公爵家の方々とは強い信頼関係で結ばれているのですね……!?」
「は?」
思わず私の口からそんな言葉が漏れる。
イヴェット様が怪訝そうな顔で振り返った。
「あ、し、失礼しました」
「……」
じろりと睨まれた。
「ご自分より身分の低い方と口をきかないということでしたので、公爵家にお勤めの侍女やメイドには言葉にしなくても意思が伝わる……ということでしょう?」
「え」
「それって、とってもとっても、すごいですわ!」
「!?」
私は目を輝かせながらイヴェット様を見つめる。
「実は私……昔からそういう主従関係に憧れているのです!!」
「あ?」
なぜなら私の愛読書に出てくる高貴な令嬢というのは、いつも「あれ」と一言発するだけで、周囲が空気を読んでお嬢様の望むとおりに事が運ぶのよ。
「ですが、実際はすごくすごく難しいのです!」
「……!?」
戸惑い気味のイヴェット様に私はグイッと迫る。
「実は昔、私にも出来るかしらと思いまして! 試したことがあります」
「え」
「使用人に“アレ”を持って来て? 今はそういう気分なの! とだけ言って本を持って来てもらおうとしましたら、何故か大量のお菓子が運ばれて来ましたの!」
「──!?」
イヴェット様と王太子殿下が目を丸くしていると、私の横ではリシャール様が小さく吹き出した。
「もちろん、お菓子は全て美味しく頂きましたけれど、やはり会話なくして意思の疎通というものは難しいのだと実感させられましたわ」
「……え、あ……?」
「フルー……くくっ……た、食べ……たんだ、しかも……ぜん、ぶ……」
リシャール様が私の横で口を押さえて震えている。
笑いすぎよ?
そして私は、過去を思い出しながらうんうんと頷く。
「おかげで会話の重要性というものを学ばせてもらいましたわ! ですから私、イヴェット様とギェルマン公爵家の方々を心から尊敬します!」
「~~っっ!」
「えっと、それで……何か、コツとかあるのでしょうか!? あったらぜひ! 教えて下さいませ!」
「~~っっっ!」
「実は、また挑戦したいわ~と密かに思っているのです!!!!」
「~~っっっっ!」
私はすっかり興奮してしまって目を輝かせながら、すごい勢いで迫った。
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