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110. 未来の公爵夫人として

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「……こんなことなら、王家への慰謝料請求の金額はもう少し残しておくべきでしたわ」
「自業自得とはいえ、王子王女ともに潰れた……いや、潰したのはこっちなのだから、僕にそういう話が来るのも仕方がないかなと最初は思ったけど」
「……」
「厄介なことを厄介な時に……」

 謁見を終え、私たちは先ほどの陛下の頼みごとの件を手を繋いで話しながら部屋に戻っている。

「それにしても真実の愛による婚約破棄ブーム……そんな話、知りませんでしたわ」
「僕もだよ……」

 リシャール様もやれやれと肩を竦める。
 真実の愛は浮気としか思えない私たちにとっては呆れるしかない話。

「エリーズ嬢について情報収集した時には、そのような話は浮上しませんでした」
「水面下では広がりつつあったのかもしれないね」
「あとは、外に漏れないよう国が抑えていたとか……でしょうか?」
「それもあるかな」

 婚約破棄が流行ってます!  なんて外聞が悪すぎる。
 隠していたとしても不思議はない。

 リシャール様もうーんと首を捻っていた。

 よくよく聞くと、やっぱりオリアンヌお姉様が貧弱しなしな王太子に婚約破棄されたというパーティーが始まりだったらしい。
 その時のパーティーで親に決められた政略結婚ではなく、自由に相手を決めてもいいのだ、と気付いてしまったのだとか……

(あの、元王太子……ろくなことしないわね)

「我が国でも王女殿下が同じことをやらかしたけど、フルールがすぐに動いて真実の愛の薄っぺらさをこれでもかと広めてくれたから、全くブームにはならなかったけど」
「あちらの国は、やらかした王子が令嬢を連れてそのまま帰国してしまったから……真実の愛の薄っぺらさが伝わらなかったということですわね?」

 だからこそ余計にロマンチックな想像を掻き立ててしまったのかも。
 響きだけは無駄にかっこいいものね、真実の愛。

 リシャール様もふぅ、と息を吐く。

「それに、婚約破棄は令嬢側から言い出しているのが圧倒的に多いというのも……また怖いというかなんと言うか……」

 こんなブームが我が国には来ないことを願うばかりよ。

「隣国は我が国よりも自由恋愛が少ないと聞きますから、余計に火がついてしまったのかもしれませんわ」
「ああ……」

 私たちは互いの顔を見つめるとまた深いため息を吐く。

「───私たちはいったいいつまで“真実の愛”に振り回されるのかしら……」 
「……」

 私の言葉を聞いて、黙り込んだリシャール様がピタッと足を止める。

「リシャール様?」
「フルール」

 私の名前を甘く囁くように呼んだと思ったら、そのまま抱き寄せられた。

「どうしましたの?」
「いや、好きな人フルールと今こうしていられる僕は幸せなんだな、と思って」
「その前に、“真実の愛”と“婚約破棄”に巻き込まれてしまっていましたけどね?」

 私はともかく、リシャール様やオリアンヌお姉様は政略結婚からの真実の愛による婚約破棄だもの。

「はは……確かに」

 私が苦笑しながらそう言うと、リシャール様も苦笑いした。

「とりあえず、私たちが隣国の王子様……えっと、王太子殿下?  のお世話をすることはもう免れないようですし……」
「うん……」
「せっかくですし……向こうの殿下が昨今のブームをどう捉えているのかくらいは聞いてみたいところですわね!」
「え?」

 私がそう口にすると、リシャール様が驚く。

「どう捉えている……?」
「もちろん、慰謝料請求をきっちり出来る体制を整える気があるのか無いのか……ですわ!」
「しかも、そっち!?」

 リシャール様が驚きの声を上げた。

「当然ですわ。だって、お金はの請求はとってもとっても大事なことですもの!」

 私はリシャール様の腕の中で胸を張ってそう答えた。




「───ええっ!?  真実の愛が流行って婚約破棄がブームになっているの!?」
「そうらしいのです」

 邸に戻った私は早速オリアンヌお姉様にその話をした。
 隣国といえばお姉様の方が絶対に詳しい。

「なんだそれ、とんでもないブームが起きてるじゃないか……!」

 隣でお兄様も頭を抱える。

「皆様、何やら新しい世界に目覚めちゃったそうなのです」
「いやいやいや……そういう問題か!?  軽々しく婚約破棄しちゃダメだろう!?」
「フルール様、そんな大変な時に王太子殿下は我が国にやって来ると言うの?」

 オリアンヌお姉様は不思議そうに訊ねてくる。

「確かに。前から決まっていた話だとしても国内がそんなことになっている時に……とは思うな」
「我が国も後継者問題で揺れているわけですし」

(言われてみれば……)

 確かに二人の言う通りだと思った。
 しかも、今回の話は向こうが強く望んでいると陛下は言っていたわ。
 そんなゴタゴタの最中にわざわざやって来るのは───

「ま、まさか──げっそり王子に慰謝料を求めに!?」
「フルール!?」
「だって婚約破棄ブームを巻き起こすことになったきっかけは、げっそり王子ですもの!  恨んでいてもおかしくないですわ!」

 二人の真実の愛がボロボロに崩れたことはもう耳に入っているはずよ。
 それでも訪問を決めたなら何かしらの目的があるはず。

「ねえ、お兄様!  げっそり王子を人質に差し出せば……向こうの殿下は許してくれるかしら?」
「フルール!?」
「煮るなり焼くなり好きにしてくださいって。ふてぶてしいから美味しくないとは思うけれど……」
「フルール!  お、お前はあどけない顔でなんという提案をするんだっ!」

 名案だと思ったのに……
 さすがに元王太子は売れないらしい。

「あ!  そういえば、お姉様。あちらの王太子殿下に婚約者はいらっしゃるのですか?」
「ええ。典型的だけど公爵家のご令嬢の婚約者がね。彼女の家の後ろ盾があるから王太子として立太子出来た……なんて話も」

 これはまた政略結婚で多そうな組み合わせ──……
 そこで私はハッとした。

「では!  ま、まさか、殿下の方が浮気されて婚約破棄を突きつけられていて、それで我が国に助けを求めに……」
「フルーーーール!」

 ガシッと肩を掴まれいつものようにお兄様に止められる。

「お兄様……?」
「よくも次から次へと……放っておくとお前の妄想はとんでもない方向に走り続けるからな……」
「そんなことありませんわ!  あと、想像です」

 お兄様は苦笑した後、やれやれと呆れた顔すると、軽く私の頭を小突く。

「とにかくフルールは、リシャール様としっかり殿下をもてなすことを考えるんだ」
「お兄様……」
「これも、未来の公爵夫人の仕事だ」
「……公爵夫人の、仕事、ですか?」

 この先の私が生きていく道……
 リシャール様の妻となる私の仕事……

「そうだ!(多分!)」
「!」

 そうよね。
 真実の愛と婚約破棄ブームの話のインパクトが強すぎてすっかり踊らされてしまったけれど、そもそも陛下に頼まれたことは王太子殿下のおもてなし!
 我が国の人たちは王女と王子の壊れた真実の愛を連続で目の当たりにしているから、ブームが起こることは考えにくいし……気にしすぎていたかも!

「分かりましたわ、お兄様!  未来の公爵夫人としてのお勤めを頑張ります!」
「よかった。分かってくれたか」

 お兄様は満足そうに頷いた。


 そうして、隣国で巻き起こっている真実の愛の流行りとやらと婚約破棄ブーム。
 色々と気にはなるものの王太子殿下の訪問と直接は関係がないと思おうとした。

 けれど───……

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