王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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107. お前か!

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 そうして迎えたニコレット様の対決の日───……
 私とリシャール様、そしてお兄様とオリアンヌお姉様は裁判の行方を見守るため、法廷に向かった。


 チラッ

「……」

 チラチラ……

「……」 

(うーん、すごい見られているわ)

「……リシャール様」
「フルール?  どうしたの?」

 裁判開始前。
 傍聴席に座った私は隣にいるリシャール様に声をかける。

「リシャール様、今回も変装された方が良かったのではありませんか?」
「え、変装?  何で?」

 国宝級の美しい顔を持つリシャール様は、きょとんとした顔で首を傾げる。

(無自覚!  やっぱり無自覚なのね!?)

 前にリシャール様のお顔がどれだけ美しいのかは語ったはずなのに。
 私は軽く咳払いをしながら説明する。

「お気付きですか?  皆、リシャール様の美しい顔に惹かれて先程からチラチラとこっちを見ていますわ」
「え?」

 顔を上げたリシャール様がキョロキョロと周囲を見渡す。
 そして、そのまま少し黙り込むと首を横に振った。

「──フルール、違うよ」
「違う?」
「僕じゃない。皆が見ているのはフルールだ」
「私?」

 思ってもみなかった指摘に私が目を瞬かせるとリシャール様が笑う。

「だって今は僕よりフルールの方が有名だからね」
「え……?」

 私が国宝のリシャール様より有名……?
 にわかには信じ難い事実に驚愕する。

「特に最近は、フルール・シャンボン伯爵令嬢がドーファン辺境伯家で鍛錬しているという話も広まっているし」
「あら?  意外と噂って広がるものなのですね」

 私が感心していると、お兄様が横から口を挟む。

「これ以上フルールが何をする気なのかと皆、戦々恐々しているんだ」
「何をする気かって……」

(最強令嬢を目指しているだけよ……?)

 なるほど。
 やはり、令嬢の身で身体を鍛えようというのは珍しく、目立ってしまうようね!
 私がうんうんと頷いているとリシャール様は言う。

「僕も僕でフルールのことで声をかけられる度に“可愛い婚約者です”って返しているから余計に皆の興味を引いているのかもしれない」
「可愛い婚約者……」

 その言葉に私の頬がポッと熱を持つ。

「あ、フルール、顔が赤くなったよ?  照れた?」
「……い、いいえ!」

 私がプイッと顔を背けるとリシャール様は嬉しそうに笑って私の頬を突っついて来る。

「もう!  リシャール様ったら!  今日はそれどころではありませんのよ!」
「はは、すまない」

 そうよ!  
 ───今日はニコレット様にとって大事な日なのだから。


「……しかし、こうなるとは思っていたけど、本当に法廷に持ち込むなんて、よっぽど払いたくなかったんだろうな」
「ええ……」

 お兄様とオリアンヌお姉様がそんな会話をしながら頷き合っている。
 今日を迎えるまでの間、皆それぞれ、色々な人に話を聞いてみてくれていたけど、セルペット侯爵家はもう終わり。
 そんな声ばかりだったという。
 侯爵の下についていた貴族たちからも見限られているとか。

「でも、お兄様?  こういうことは公の場ではっきりさせた方が今後のためにもいいと思いますわ」
「そうなんだけどさ」
「あ、ニコレット様たちが入って来ましたわ!」

 いよいよ、裁判が始まる───


 そうして始まった裁判は、思った通りセルペット侯爵家の方が圧倒的に不利だった。
 どこかの伯爵令息ベルトラン様と同じように、ペラペラ男は慰謝料金額が高すぎると訴えた。

「それは私という婚約者がいながら、不貞を働いたからでしょう?」
「───う、浮気は誤解だ!  確かに女性に声をかけたことはある!  だが浮気とは違う!」

 ニコレット様に責められたペラペラ男はムキになって否定する。
 セルペット侯爵家はあくまでも浮気はしていないという主張で慰謝料の減額を求めていく心づもりらしい。

「───法廷でも認めようともしないのね?  最低だわ……」

 私の横で、オリアンヌお姉様がそう言った。
 決別した関係とはいえ、複雑な気持ちなのだと思う。

「お姉様……大丈夫ですわ!  アニエス様のおかげで浮気の証拠はたっぷり用意しましたから」
「そうよね」

 そんな話をしていると、ニコレット様が浮気の証拠をどんどん積み上げていく。 
 その多さに傍聴席からもどよめきが起きる。
 証拠を突きつけられたペラペラ男は、どんどん顔が真っ青になっていった。

「…………ね」
「フルール?  どうかした?」

 リシャール様が私の顔を覗き込む。

「……いえ、私もあんな感じだったのかしらと思ったら、不思議な感じがしまして」
「ああ、そうだね。あの時も僕はここから見ていたけれどフルールはとにかく強かったよ」
「……強かった?」

 そうだよ、と笑うリシャール様。

「目的は何なんだと聞かれて、お金です!  と言い切った時はもう…………くくっ」
「リシャール様ったら笑いすぎですわ」
「だって、あの時の法廷内にいた人たちは完全にフルールに釘付けだったよ?」
「さすがにそんなことは……」  

 私たちがそんな話をコソコソしている間も、両者の言い分は続いていた。

「───だいたい、ニコレットは領地から出てくるのも年に一度がせいぜい!  むしろ蔑ろにされていたのはこっちの方じゃないか!」

(……あ!)

 この発言は私が予想した通りの発言だわ!
 私が興奮したのと同時に待ってましたと言わんばかりにニコレット様の口元が緩む。

「──そう、仰ると思って領地での私の過ごし方をまとめて来ました」
「な、に……?」

 ペラペラ男はこの返しは予想していなかったのか、目が泳ぐ。

「ずっと私のことを領地で遊んでいるだけだ、と口にしていたあなたにぜひ!  知ってもらいたくて!」
「な……うっ……」

 中身を読み上げられるとペラペラ男の顔色はますます悪くなっていった。

「どうですか?  これを聞いても私が領地で遊んでいたのだとあなたは言いますか?」
「……ぐっ」

 ニコレット様は笑顔だったけれど、その目の奥は全く笑っていなかった。



 その後も終始、ドーファン辺境伯家のペースで裁判は進んでいく。
 そして、終盤になると、これまでの主張が何一つ通らないセルペット侯爵が焦り出す。

「……くっ!  なぜだ……何もかも隙が無さすぎる。ありえん。辺境伯家は知力より武力の家……こんなはずではなかったのに!」
「ち、父上……どうしますか?  このままでは我々が慰謝料全額支払うことに……」
「うるさい、黙れ!  少しは自分の頭でどうするか考えろ!」

 侯爵は息子の手を払い除けた。

「父上、慰謝料全額は無理です、も、もうお金が……」
「……チッ!  いいから黙ってろ!!」

 遂には仲間割れを始める侯爵親子。
 息子であるペラペラ男の発言からも相当お金が無いことが窺える。

(どうやら、侯爵はかなり辺境伯家のことを侮っていたようね……)

「くっ!  ───これは誰か辺境伯家に入れ知恵した者がいるに違いない!  ───畜生、いったいどこの誰がそんなことを──」
「父上、そんな慰謝料請求に関して精通した人なんてそうそういるわけが……」
「慰謝料に?  …………はっ!」

 ブツブツと嘆いていた侯爵が何かに気付いた顔で慌てて私たちがいる傍聴席を見る。
 侯爵と私の目がバチッと合う。

「───っ!  あ、ぅあっ……シャンボン伯爵……令嬢!」

 すると侯爵は怯えた声を出した。
 その顔は真っ青。

(すごい!  一瞬で顔が真っ青になったわ)

 その様子があまりにも面白くて私はついクスッと笑ってしまう。
 そんな私の顔を見た侯爵がハッとして叫んだ。

「その怪しい、ほ、微笑み……っ!  お、お前かーーーー!」

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