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106. お兄様の想い
しおりを挟む(しゅ、修羅場!!)
私の頭の中に少し前に読んだばかりのハニートラップを仕掛けられて泥沼化していく恋愛小説の話が思い浮かぶ。
お姉様の登場にお兄様も焦りだした。
お兄様はグイグイ迫っていた私を引き剥がすとオリアンヌお姉様に声をかける。
「オ、オリアンヌ! 待っ……」
「二人の話が聞こえてしまったわ。どういうこと……? いったいどこの誰があなたに迫ったの?」
今、お姉様からは尋常ではない冷気が放たれている。
お茶を飲むカップを持っていたなら確実に粉々になっているわね、と思われるほど。
でも、その気持ちはとってもよく分かる!
お兄様に手を出すなんて、許せないから私も(出来ないけれど)粉砕したい気分だもの!!
「オ、オリアンヌ、それにフルールも……お、落ち着こう、落ち着いてくれ!」
「いいえ、アンベール。私はとても冷静よ! けれど、アンベールに無理やり迫るだなんて許せない! そうよね? フルール様!」
「ええ!」
私たちが結託すると、うわぁぁぁとお兄様が頭を抱えて天を仰ぐ。
「大丈夫よ、お兄様。悪いようにはしないから!」
「いや、フルール。もうその言葉が怖すぎる……」
お兄様は顔を引き攣らせながらそう言った。
「全く浮気を疑われないのは嬉しいが……本当にフルールのその嗅覚はなんなんだ。我が妹ながら…………恐ろしい」
「お兄様?」
そう言って息を吐いたお兄様がポンッと私の頭に手を置いた。
そして、そのまますぐにオリアンヌお姉様の方に視線を向ける。
「オリアンヌも……」
「アンベール?」
そう言って苦笑したあと、お兄様は自分の持っていたバッグに手を入れると中から一つの箱を取りだした。
そして、小さな声で呟く。
「……もっとロマンチックな場所で、と思っていたのにな」
(ロマンチック……?)
どういう意味かしら、と思って見守っているとお兄様がその箱を手に持ったままお姉様の前で跪いた。
そしてお姉様の手を取るとキュッと握りしめる。
「……オリアンヌ」
「え? アンベール!? どうしちゃった……の?」
「……」
お兄様の突然の行動にお姉様が慌て始める。
先ほどまでの冷気が消え、目を丸くしてオロオロするオリアンヌお姉様を見てお兄様が小さく吹き出す。
「いつもは凛としているオリアンヌのそういう所……可愛いくて好きだよ」
「……え」
お兄様の言葉にお姉様の顔がみるみるうちに赤くなっていく。
「生家から解放されて新たにタンヴィエ侯爵令嬢となった君にどうしても改めて言わなくてはと思っていたんだ」
「アンベール……?」
戸惑うオリアンヌお姉様を見ながら柔らかく笑ったお兄様は、手の甲にそっとキスを落とす。
「え!? アンベール……な、何をして!?」
「───オリアンヌ・タンヴィエ侯爵令嬢。俺と結婚してください」
「!!」
ますます目を丸くするお姉様に向かってお兄様は微笑んだ。
「あなたを愛しています」
「~~っっ!」
ボンッと音がしそうなくらいお姉様の顔が真っ赤になった。
私も私で今、目の前で行われているまさかのプロポーズに固まってしまう。
「……コホッ……それで今、フルールが謎の嗅覚で嗅ぎ取った匂いなんだけど」
(謎の嗅覚ではなく名探偵フルールよ! お兄様!)
「実はオリアンヌへのプレゼントを用意していて」
「プ、プレゼント?」
お兄様はオリアンヌお姉様に向かって手に持っていた箱を差し出す。
お姉様は震える手でそっとそれを受け取った。
そして、中を開けてハッと息を呑んだ。
「───香水!」
お兄様が照れくさそうに笑う。
「実は……オリアンヌをイメージして調合してもらっていたんだ」
「私……を?」
「うん、過去と決別して新たな道を生きるオリアンヌへのプレゼント」
「───アンベール!!」
感極まった様子のオリアンヌお姉様がお兄様に抱きついた。
そしてお兄様も優しく抱きしめ返す。
(そ、そういうことだったの!?)
お兄様からたくさんの香りが漂って来ていたのは、オリアンヌお姉様へのプレゼントのためにお店にいたから……
お兄様は令嬢たちに迫られていたわけじゃなかったんだわ!
(は、早とちりしてしまった……)
名探偵フルールになったはずが、再び迷探偵に逆戻りしてしまったようだわ。
私はチラッと二人を見る。
「ありがとう、とっても嬉しいわ」
「喜んでくれて俺も嬉しい」
「変な誤解してごめんなさい……」
お姉様がしゅんと落ち込むとお兄様がははは、と笑った。
「いや、俺も行動が紛らわしかったし、それにヤキモチだと思うと……嬉しかったよ」
「アンベール……」
「……オリアンヌ」
互いの名前を呼びながら微笑み合う二人。
完全に二人の世界に入り込んだ二人にとってはこの場所が玄関であることも気にならないみたい。
それに私をビックリさせようとして二人の関係は黙っていたはずなのにこんなに堂々と……
(───でも、幸せそうだからいいわよね!)
これ以上、邪魔してはいけないと悟った私はそっとその場から離れてコソッと部屋へと戻る。
玄関であれだけ騒いでいたのに使用人が誰一人として現れないのは、皆、この状況をあたたかく見守っているからだと思うと気持ちがほっこりした。
だけど……
「名探偵への道というのはなかなか険しいわ……」
────
「───と、いうわけで、やっと言えますわ! リシャール様、オリアンヌお姉様は私のお義姉様になりますの!」
翌日、リシャール様の元を訪ねた私は満面の笑みで、お兄様による“玄関でのプロポーズ”の報告をした。
ゴフッと飲んでたコーヒーを軽く吹き出すリシャール様。
「きゃっ! 大丈夫ですか!?」
「う、うわっ……ごめん!」
「いえ……」
吹き出してしまうくらいビックリな話よね、分かるわ。
リシャール様は口元を拭きながら私に訊ねる。
「アンベール殿が香水の匂いをプンプンさせていたから問い詰めたら玄関でのプロポーズになった……?」
「浮気ではないことは確信していたので、てっきり令嬢たちに言い寄られたのだとばかり思ったのですが……違いましたわ」
リシャール様は少し驚いた顔をする。
「どうしました?」
「いや、僕もよく分からないけど、そういう時ってさ、たいてい最初は浮気を疑うものではないの?」
「え? あ、言われてみればそうですねー……」
確かにあのドロドロ恋愛小説の中では、これは浮気よーーっと主人公が騒いでいたけれど……
「───全く思いませんでしたわ」
「フルール……」
「お兄様に言い寄った令嬢たちを排除することしか思い浮かびませんでした」
リシャール様が優しく笑う。
「……本当にフルールは」
「?」
そう言われて、くくくっと笑いながら抱きしめられた。
「フルール……」
「リシャール様?」
「フルールに出会ってから、すごい勢いで毎日が過ぎていくんだ」
「え?」
ギュッ……
リシャール様の抱きしめる力が強くなる。
「寝て起きると、事態が急展開を迎えているんだよ……」
「まあ! それは不思議ですわね?」
「くくっ……」
チュッ……
再び笑ったリシャール様に今度は額にキスをされる。
「フルールはこの先、どこまで突き進むのかな?」
「辺境伯様には公爵夫人になってからが楽しみだと言われましたわ!」
「え!」
リシャール様が目をパチパチさせたけど、すぐに優しく笑った。
国宝級のその微笑みに今日も胸がキュンとなる。
「……フルールはそうやって、無邪気に悪人をバッタバタとなぎ倒してこれからもどんどん味方を増やしていくんだろうな……頼もしいよ」
「悪人? バッタバタ?」
聞き返した私にリシャール様はクスッと笑うと「そうだよ」と言ってそのまま顔を近付けて来たので、胸をキュンキュンさせながらそっと目を閉じた。
───それから、数日後。
今日もニコレット様の元で元気いっぱいに鍛錬していたら、ニコレット様が少し強ばった表情で私に言った。
「……セルペット侯爵家との法廷での戦いの日が決まったわ」
「!」
(───いよいよね!)
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