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105. 私の慰謝料請求のやり方

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 そうして、私は自分の経験を元に辺境伯様に、慰謝料請求を上乗せする場合の考え方や相場について説明をしていく。

(この件は法廷に持ち込まれる可能性が高そうなのよね)

「侯爵家は今、財産状況がかなり苦しいので必ず渋って来ますわ」
「ふむ」
「そして、ニコレット様があまり王都に出て来なかったことを理由に浮気を正当化してくるかもしれません」
「なに!?」

 ガタッと音を立てて辺境伯様が椅子から立ち上がる。

 そんな話をしながら、私はかつての婚約者のベルトラン様が必死に私も不貞していたことにしようとしていたのを思い出す。

(そういえば、腰を痛めてからだいぶ時が流れたし……また復活してもいい頃合いかしら?)

 結構、力仕事も多かったから、腕力も鍛えられるかも!
 あとでニコレット様に確認よ!

「シャンボン伯爵令嬢?」

 私が黙り込み考えごとをしてしまっていたせいで、座り直した辺境伯様が怪訝そうな顔で私の名を呼ぶ。

「……はっ!  し、失礼しました」
「大丈夫か?  こちらの事情に巻き込んですまないな」
「いえ!  お気になさらず。私も決して無関係ではありませんから」

 義姉になる人の元家族のことだもの。
 無関係とは言えないわ。

 私の返答に辺境伯様が目をパチパチさせて驚いた顔をする。

「そ、そうか?  ……それで、向こうが浮気を正当化してくるというのは本当に有り得るのだろうか?」

 私は頷きながら答える。

「実際、私の元婚約者がほんの些細なことを私の不貞の証拠だと声を上げていましたの。セルペット侯爵令息からは同じ匂いを感じますわ」
「つまり、それがニコレットの場合は、王都に出てこないで領地にいたのでなかなか会う機会がなかった、蔑ろにされていた……などという言い分になる、ということか」
「そういうことです。無茶苦茶な話なのですけれど」

 でも、少しでも慰謝料の金額を減額させたいセルペット侯爵家側なら必ずそう主張するはず。

「ですから、ニコレット様が領地にいる際は辺境伯家の一員として、しっかりお仕事されていたことを証明出来るものは必ず用意しておくべき──」
「え!  ま、待って!」

 話の途中でニコレット様が驚きの声を上げた。

「どうしました?」
「あ、いえ……私、領地から出て来なかった理由をフルール様に話していたかな、と」

 ニコレット様がオロオロしながらそう口にする。
 その様子を見てなるほど……と思った。

「いえ、聞いていませんけど。それより、もしかして侯爵令息に“どうせいつも領地で遊んでいたんだろう!”などと言われたことがあるのですか?」
「っ!」

 軽く息を呑んだニコレット様は、目を泳がせたあと躊躇いがちに頷いた。
 私はふぅ、と息を吐く。

「少し考えれば分かりますのに。ドーファン辺境伯領が接している方の国は、オリアンヌ様たちが留学していた国とは違って、我が国とはそこまで友好ではありませんもの」
「!」

 ニコレット様の目が驚きで大きく見開かれる。
 ここ数年は小競り合いなどもなく静かだという話だけれど、いつ何が起きるかは分からないものね。

「でも、どうして私が仕事をしていると断言……?」

 戸惑うニコレット様に私は優しく微笑みかける。

「ニコレット様の手、ですわ」
「手?」

 ニコレット様が自分の両手を広げてじっと見つめている。

「ニコレット様の手には、これまで鍛錬を重ねて来た証と領地の人たちと国を守るために奮闘してきた証がしっかりありましたわ」
「……え」
「それでも忙しい合間を縫って時間をどうにか捻出して王都に来るようにしていたのでしょう?」

(少し考えれば分かることなのに……あのペラペラ男……)

「……フルール様、ありがとうございます」

 ニコレット様が手をキュッと握りしめると、嬉しそうに微笑んでくれた。
 なので、私もにっこり微笑み返した。

「ふむ……相手方はそういう揚げ足を取る方法を使ってくる可能性もあるのだな」

 辺境伯様が息を吐きながらそう呟く。

「そうですわ。ですから、ありとあらゆる可能性を考えて事前に備えておく。そして妥協はしない。やるなら徹底的に───これが私の慰謝料請求のやり方ですわ!!」

 私がそう言い切ると辺境伯様は大きく頷いた。

「……なるほどな。そうやってモリエール伯爵家と王家から慰謝料をむしり取ったのか……確かに敵に回してはいけない令嬢だ」
「ね、お父様。話した通りフルール様は強いでしょう?」

 ニコレット様の言葉に辺境伯様が、ああ……と頷く。

「そういえば……令嬢は確か最近、爵位を継いだばかりのモンタニエ公爵と婚約していると聞いたが?」
「はい!」

 私が元気よく頷くと辺境伯様はニヤリとどこか愉快そうに笑った。
 そしてお父様に顔を向ける。

「───シャンボン伯爵」
「はい?」
「これは貴殿の娘が公爵夫人となった時が楽しみだな!  はっはっは!」

 辺境伯様が再び豪快に笑った。

「ありがとうございます。ですが、実を申しますとそのことを思うと、胃が痛くもあり……」

 お父様が自分の胃を擦りながらそう言った。
 私はその言葉に驚く。
 だって、何も知らなかった。
 お父様がそんなに……そんなにも……

 ───私がリシャール様の元に嫁ぐことを“寂しい”と思ってくれていたなんて!!

(お父様……)

 私はそっとお父様に声をかける。

「───大丈夫ですわ、お父様。寂しくなんかありません……」
「う、うん……?  さ、寂しい……?」
「そうですわ!」

(私が嫁いでも素敵なお嫁さんがいますから寂しくなどありません!)

 そんな思いでお父様の顔をじっと見つめた。
 でも、お父様は何故かずっと戸惑っていた。


───


 私に出来る話は終えたので、辺境伯様とニコレット様は満足そうに帰って行く。

「ニコレット──徹底的にむしり取ってやるぞ!」
「はい!  お父様!」

 見送っていたらそんなやる気満々の頼もしい会話が聞こえた。
 大丈夫。
 確実にぺったんこ……いえ、それ以上にしてくれるわ───心からそう思えた。



「───フルール」
「お兄様、おかえりなさいませ!」

 ニコレット様たちと入れ替わるようにしてお兄様が帰宅された。

「辺境伯様たちは帰られたのか?」
「ええ、たった今」

 そう答えるとお兄様がじっと私を見る。

「お兄様?」
「慰謝料請求と言ったらフルール……社交界でそんな噂が広がっていそうだな、と思って」
「まあ!」

 私が笑顔になるとお兄様が何故か慄く。

「どうしてそこで嬉しそうに笑うんだ!?」
「だって、なんか強そうではありません?」
「絶対違う!」

 お兄様が少しムキになって否定した時、フワッと覚えのない香りがお兄様の方から漂って来た。

(……ん?)

 前に、お兄様が誤解されてげっそり王子に殴られた時とよく似ている。
 あの時はとても甘ったるい香りだった。
 今日はあれほど甘ったるくはないけれど、なぜか香りが一つじゃない。

「……お兄様、また知らない“女”の香りがしますわ」
「えっ!?」
「しかも、今度は複数……」

 お兄様がギョッとした顔で私を見る。

「フ、フルール……?  前も思ったがお前はいったいどんな鼻を……」
「名探偵フルールの鼻は誤魔化せませんわよ、お兄様!」
「め、めい……!?」
「名探偵です!」

 前は勝手にお兄様が道ならぬ恋に悩んでいると勘違いしてしまって迷探偵フルールだった。
 でも、再び名探偵の称号を取り戻した私を誤魔化すことは……出来ないわ!

(───私のお兄様に限って浮気なんて絶対に考えられない)

 あのペラペラ男とは違う!
 そうなると……答えは一つ!
 状況はよく分からないけれど───また誰かに……しかも今度は複数人に抱きつかれた!  

 ……これが正解よ!!

「……お兄様っ!」
「フルール?」

 私はお兄様に向かってグイッと勢いよく詰め寄る。

「お兄様に迫ったのはどこのなんて名前の令嬢たちですの!?」
「は?」
「今すぐ私がその令嬢たちに話をつけて来ますわ!  さあ、教えてくださいませ!!」

 少し前ならともかく、お兄様にはもう素敵なオリアンヌお姉様というお相手がいるのだから!
 私はグイグイとお兄様に迫る。

「フルー……お、落ち着け!  今、俺に迫っているのは…………お前だ!!」
「え?  あ……」

 それもそうね……と思って一旦、お兄様から離れようとしたその時だった。

「……アンベールに令嬢たちが迫った、ですって?  それは、なんの話……?」
「オリアンヌ!」
「お姉様!」

 どうやら、お兄様の帰宅した音が聞こえたからなのか、オリアンヌお姉様がちょうど出迎えのために玄関にやって来てしまった。

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