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104. 無自覚に突き進む
しおりを挟む「お姉様……アニエス様ってやっぱり凄いわ」
「フルール様?」
本日の午後、辺境伯様がやって来ると言うので、私はこれまでに聞き取ったペラペラ男の所業を紙にまとめている。
作業をしていると、内容はもちろんその情報量の多さに圧倒された。
「アニエス様の語っていた内容って、ご自分のことだけでなく、他の方々があのろくでもない人にどう口説かれていたなど詳しかったわね。すごいと思って聞いていたわ」
「そうなんです! これを見てください」
大親友が褒められると私も嬉しくなる。
私は少し興奮気味に先日のお茶会で聞き取ったメモをお姉様に見せた。
「直接、自分が目撃して耳にした話、それからパーティーやお茶会で令嬢たちから聞いた話……色々な噂が集まっているのね?」
「さすが、アニエス様ですわ!」
「ええ、本当に。そしてこの内容……」
オリアンヌお姉様がメモの内容を確認して顔をしかめた。
このメモによると、ペラペラ男は参加したパーティーや夜会で、ニコレット様がいない時は必ずと言っていいほど誰かしらの令嬢を口説いて回っている。
「こんなに酷かったなんて」
「……バレなきゃ平気、そんな精神が大きく現れていますわ」
「こんなのニコレット様に本当に申し訳ないわ……」
お姉様はご自分のことに手一杯だったり、留学もしていたから知らなかったのだと思う。
「ニコレット様も……どんな形でもいいので、新しい幸せが見つかるといいですわね」
私がそう口にするとお姉様が優しく微笑んだ。
そして、きっぱりと断言する。
「そうね───でもそれは絶対に大丈夫よ!」
「どうしてですか?」
「もちろん! 可愛くてとびっきり強い最高の味方がいるからよ!」
「?」
お姉様は私を見ながら、いつもの美しい顔でふふふと笑った。
「……そういえば、フルール様。鍛錬はどう?」
あのお茶会の後から本格的にニコレット様との修行が開始している。
「ええ! ニコレット様が厳しく指導してくれていますわ」
「今まで身体を鍛えたことは無かったのでしょう? 辛くはないの? フルール様、元気いっぱいに邸を出て行って、必ず元気いっぱいに戻ってくるけれど……」
どうやら心配かけていたみたい。
「今のところ、辛いとは思いませんわ」
「そうなの? 良かったわ」
「はい。何でも私、体力だけはすごーーくあるみたいなんです!」
「まあ!」
辺境伯様が連れて来た騎士と一緒に走り込みもしたけれど、一緒に最後まで走り切ったら騎士たちは感動で泣いてくれていたわ。
(なぜか顔は真っ青だったけれど)
「ですが、その代わり……力……とくに腕力はあんまりないようなんです」
私は拳を前に突き出してみたけれど、どこか弱々しい。
残念ながらお兄様みたいにかっこよく拳を決めるのは難しそう。
「腕力……そうね。それは鍛えるの大変そうね。私はカップ一つくらいなら余裕で粉々に出来るけれど、本格的に鍛えた方ならもっともっと凄いことが出来るのでしょうね」
お姉様が神妙な顔でそう語る。
「ええ、そう思いますわ、お姉様。私もせめてカップくらいは粉々にしてみたいところです」
「フルール様もそう思う? でも、粉々は掃除が大変だからメイドに申し訳ないのよね……」
「あー、それはそうですわね」
オリアンヌお姉様とそんな会話をしながらも、私は少し物足りなさを感じていた。
(粉々……粉々にするのは頼むから勘弁してくれ、フルール! と懇願してくるお兄様がいないからかも!)
そういえば朝食の後からお兄様の姿を見ていない。
「オリアンヌお姉様、お兄様は?」
「今日も出かけているわ。最近、何だか忙しいみたいで一緒にいられる時間があまり無いの……」
しゅんっと落ち込む寂しそうなオリアンヌお姉様。
お兄様はなんだか最近、忙しそうで不在のことが多い。
「あ、でもね? その分、一緒にいられる時のアンベールはとても──……」
寂しそうだったお姉様の顔が一瞬で惚気けた顔に変わる。
なんだかんだで二人がとっても仲良しだということが伝わって来て私も嬉しくなった。
(そういえば……)
未だに二人から恋人になりました!
という報告がないのよね。
私は毎日、ひっそり今か今かと待っているのだけど?
(早く皆に教えてあげたいのに!)
ウズウズはするけれど、二人を暖かく見守りながら待つことにした。
────
「──さっそく娘が世話になっているようだ。感謝する」
そうして、午後。
連絡を受けていた通り、ドーファン辺境伯様がニコレット様と共にやって来た。
「シャンボン伯爵家のフルールと申します」
私が挨拶をするとドーファン辺境伯様はじっと私の顔を見つめて来た。
「あの?」
「……ああ、不躾に済まない。ニコレットや我が家の騎士たちから話をたくさん聞かされておったのでな」
はっはっは! と豪快に辺境伯様は笑った。
「鍛えられた大の男たちを走り込みで置き去りに出来る程の体力! そなたのおかげでたるんでいた騎士たちがやる気を取り戻した! 感謝する!」
「は、はあ……こちらこそ、お世話になっております。ありがとうございます?」
(感謝……?)
いったい何の話かしらと思いながらも感謝されたのでお礼を告げる。
「関わると破滅を呼び、陛下も恐れる底なしの体力を持つ娘と聞いたから、これは絶対に会わねばならぬと思ったのだ! 会えて嬉しいぞ。はっはっは!」
「お父様ったら、もう!」
(……そ?)
豪快に笑う父親をニコレット様が肘で小突く。
気のせいでなければ、いつもの勘違いに何かが付け加えられた気がした。
私のお父様も笑いながら補足する。
「名前だけが一人歩きしていますが、見ての通りの我が家の元気な娘です」
「はっはっは! モリエール伯爵家を虫の息にし、王女と王子殿下に金を要求する娘……元気でなければやってられないだろう!」
令嬢は大人しく……なんて言わない豪快な方だという印象を受けた。
「さて、知っての通り、度重なる不貞の疑惑により我々はセルペット侯爵家に婚約破棄を申し付けることにした……のだが」
そして話は本題へと入る。
ニコレット様の婚約破棄の話───私は背筋を正した。
「婚約解消はともかく、婚約破棄というのはなかなか例がなくてな……慰謝料請求についても相場に関しては聞いたが、上乗せ分があるとニコレットが……」
私の目がキラリと輝く。
「お任せ下さい! 上乗せを計算するのは大得意ですわ!!」
ババーンと胸を大きく張ると、辺境伯様の目も輝いた。
「なんて頼もしい発言だ! さすが、我が家の騎士たちを泣かせただけある!」
「ただの令嬢じゃない……って泣いていましたからね、お父様!」
「ああ!」
親子がうんうんと頷きあっている。
「……フルール」
「どうしました、お父様?」
お父様がじとっとした目で私を見る。
「ドーファン辺境伯の元で身体を鍛えるという話は聞いた」
「はい! 許可をありがとうございます」
うん、とお父様は頷く。
「───では。お前が騎士を泣かせたというのはいったいなんの話だ?」
「感動の涙ですわ!」
「感動……本当か?」
お父様が眉をひそめ、ますますじとっとした目で私を見る。
「もちろんですわ! 騎士の皆様は最初こそ……こんな緊張感のないのほほんとした令嬢が自分たちに着いて来れるはずがないと笑っていましたけど……」
「けど?」
「走り込み後は、こんなの初めて……すごい……我々がたるんでいた……と口々に繰り返し、地面に這いつくばるほど感動して泣いていましたから!」
「………………そうか」
苦笑したお父様が優しく私の頭を撫でた。
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