102 / 354
102. 無駄なんてない
しおりを挟む「そんなに喜んで貰えて嬉しいですわ」
「なっ!」
私が元気いっぱいのアニエス様に向かってそう言うと、照れ屋さんなので更に顔を真っ赤にして叫んだ。
「──どこをどう見たら! このわたしが喜んでいるように見えると言うの!!」
「アニエス様……」
アニエス様ったら…………そんなに恥ずかしいのね?
──大丈夫! 私は分かっているわ。
そんな全てを包み込むような気持ちでアニエス様を見つめ返す。
すると、目が合ったアニエス様は、うっ……と小さく唸るともう一度声を張り上げた。
「その目! その目は何なのよぉぉーー!」
「もちろん、私の大親友を見る目ですわ!!」
「───っっ!」
私が間髪入れずにそう答えたらアニエス様は、そのままぐったりとテーブルに突っ伏した。
「すごく二人は息がピッタリなのね」
「!?」
オリアンヌお姉様がクスクス笑いながらアニエス様にそう言った。
突っ伏していたアニエス様がすごい勢いで頭を上げてお姉様の顔を見た。
二人の目が合う。
「アンベールがとても心配していたからハラハラしていたのだけど、ただの仲良しだったわ」
「え……オ、オリアンヌ……様?」
「パンスロン伯爵令嬢──いえ、アニエス様。私の可愛い可愛い義妹をこれからもよろしくね?」
「え、いも──あ、は……い」
アニエス様は、お姉様にそれはそれは美しい微笑みを向けられてコクリと頷いていた。
「───大親友。なんていい響きなの。令嬢同士の熱い友情……いいわね」
続けてニコレット様も大親友という言葉に感激している。
「私の偏見と言ってしまえばそれまでだけど、どうも令嬢たちと言うのは、笑顔で接しながらも、影でプークスクスと嘲笑って足の取り合いをしていることが多いというのに……大親友!」
感動に震えているニコレット様に私は言う。
「ニコレット様。確かにそういう方も中にはいらっしゃいますけれど、アニエス様はそんなことありませんわ。私の至らない面を的確に指摘してアドバイスをくれる優しい方ですから」
「そのようね。パンスロン伯爵令嬢……その心意気、とても気に入ったわ」
ニコレット様も嬉しそうに頷いた。
「───ぅえっ!? ……ま、幻の令嬢が、わ、わたしを気に入っ…………!?」
アニエス様は目をまん丸にして驚いていた。
(ふふ、アニエス様、嬉しそうでよかった! あ、これ、美味しい~!)
そんなことを思いながら、私はどんどん目の前のお菓子に手を伸ばした。
「───フ、フルール様! あ、あなた! また、そんなにっ! お皿、お皿をご覧なさい!!」
「?」
お茶会は和やか進み、もはや、何個目になるかも分からないお菓子に手を伸ばした時、アニエス様が小さな悲鳴を上げた。
私の横には山のように積み上がったお皿。
「また、そんなに……本当にコロコロになってしまうわよ!?」
「コロコロ…………ふっ」
頭の中でコロールへの改名を考えた時のことを思い出してつい笑ってしまう。
「何がおかしいんですか! そんなことになって婚約者に愛想を尽かされてから後悔しても知らないわよ!?」
「……いえ、ふふ」
(それに、アニエス様との最初の会話もコロコロだったわね)
「……くっ! 何故、そこでニヤニヤするの…………」
こんな風に心配してくれるアニエス様って本当に優しいわ。
改めてそう思った。
「───そういえば、フルール様の婚約者はあのモンタニエ公爵令息……あ、今は公爵なんでしたっけ」
「はい、そうですわ」
アニエス様との会話を聞いていたニコレット様が思い出したかのように訊ねてくる。
ニコレット様は、持っていたカップのお茶をグビッと飲み干すと、何だか意味深な目で私を見た。
「フルール様。単刀直入に聞くわ。不安はないのですか?」
「不安……?」
「そう!」
ニコレット様は力強く頷いた。
「だって、あの端正な顔立ちに加えて優秀と謳われる頭脳、そして身分……王女殿下の婚約者だったから、これまでおとなしくしていたという令嬢も多いのでは?」
「!」
なるほどリシャール様がどこぞの令嬢に奪われたりしないかを心配してくれているのね!
ニコレット様もお優しい方だわ。
「───大丈夫ですわ」
私はにっこり笑顔を浮かべてはっきり答える。
「ふっ……それは“私は愛されているから平気”という謎の根拠で大丈夫とか言っているのかしら? 本当に相変わらず──」
アニエス様がふふっと笑いながら訊ねてくる。
私は首を横に振った。
「いいえ、違いますわ」
「──違う?」
「もちろん、これまでリシャール様の愛を疑ったことはありませんわ。ですが、リシャール様のことを狙う令嬢が未だに多いのもまた事実」
国宝級のかっこよさなのだから当然よ!
中身だってあんなに素敵なんだもの。
「とても魅力のある令嬢がリシャール様を狙うというのなら、私のすべきことはただ一つ!」
三人の視線がじっと私に注がれる。
「努力して私がその令嬢以上に魅力的な女性となる! それだけですわ」
「え……?」
ポカンとした顔で驚きの声をあげたのは意外にもニコレット様だった。
「例えば、その方が語学力に優れていて堪能だと言うなら私も負けずに勉強しますし、ダンスが得意だというなら、もっともっともっとレッスンを頑張りますわ」
「……どうしてですか?」
「嫌なのです」
「え?」
私はしっかりニコレット様の目を見つめる。
「何の努力もしないで、ただ愛されているだけなのは私が嫌なのです」
「……!」
ニコレット様が息を大きく呑み込んだ。
「私は、ポツンとリシャール様のそばにいるだけではなく……彼の隣に並びたいのです。そのために必要な努力は惜しみませんわ」
「…………その努力が結果として身を結ばなかったとしても、ですか?」
「ええ」
私は微笑みながらニコレット様に向かって頷く。
これは、前に私が嫉妬という特別な感情を抱いた時──華麗な復活を遂げたリシャール様に群がっている令嬢たちの中で誰よりも凄い……つまり、一番の令嬢になればいい! というあの決意から繋がっている。
(すなわち、最強令嬢よ!)
最強令嬢を目指すことが険しい道だということは重々承知!
それでも最強令嬢を目指すことに無駄なんてない!
私はそう思っているわ。
「たとえ、望まぬ結果を迎えたとしても、そこまで努力したことは決して無駄にはなりませんから」
「……フルール様。でも……私、全然色々足りていなくて。浮気もされたし……」
「浮気はニコレット様のせいではありませんわ! 圧倒的にあちらが悪いのですから!」
「……っ!」
私は静かに微笑む。
「私は、それまで努力したことは、今度はまた別の方向で私の力になってくれる……そう思っていますわ」
「別の方向で……?」
「はい。それにニコレット様のその身体もこれまで鍛え続けた努力の証でしょう? 素敵だと思いますわ」
私がそう言うとニコレット様は、ありがとうございます……と口にした後、少し寂しそうな表情になった。
「でも───あの人、影でずっと私のこと女のくせに鍛えてどうするんだ? とバカにしていたらしいの……」
「……それ! わたしの前でも言っていました。自分の婚約者は鍛えることばかり考えていて自分のことはいつも二の次なんだって」
覚えがあったのかハッとした様子のアニエス様がそう言うと、ニコレット様がふふっと笑った。
それは色んな意味でゾクッとする微笑みだった。
(今にも拳が飛んで来そうなオーラだわ……!)
「……やっぱりそうなのね…………アニエス様! それで? 他にあの浮気男はなんて? もっと具体的に教えてくださる?」
「え? は、はい。えっと、そうですね───」
アニエス様の口から語られるペラペラ男の発言は、やっぱり思った通りペラペラの薄っぺらさ。
私は大親友がそんなペラペラに捕まらなくて良かったと心から安堵した。
ひと通り話を聞いたニコレット様が、ご自分の拳を見ながらポソッと呟く。
「女のくせに……とバカにしていたこの拳で一発くらいお礼を差し上げても許されるかしら?」
(これは手紙の通り本気で拳を交えて話すおつもり───!)
ペラペラ男はぺったんこ……どころか原型を留めていられるのかしら?
私はそう思った。
320
お気に入りに追加
7,204
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
三年待ったのに愛は帰らず、出奔したら何故か追いかけられています
ネコ
恋愛
リーゼルは三年間、婚約者セドリックの冷淡な態度に耐え続けてきたが、ついに愛を感じられなくなり、婚約解消を告げて領地を後にする。ところが、なぜかセドリックは彼女を追って執拗に行方を探り始める。
悪役令嬢に仕立て上げたいのならば、悪役令嬢になってあげましょう。ただし。
三谷朱花
恋愛
私、クリスティアーヌは、ゼビア王国の皇太子の婚約者だ。だけど、学院の卒業を祝うべきパーティーで、婚約者であるファビアンに悪事を突き付けられることになった。その横にはおびえた様子でファビアンに縋り付き私を見る男爵令嬢ノエリアがいる。うつむきわなわな震える私は、顔を二人に向けた。悪役令嬢になるために。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に大暴言を吐かれた伯爵夫人は、微笑みと共に我が道を行く ―旦那様、今更擦り寄られても困ります―
望月 或
恋愛
「お前の噂を聞いたぞ。毎夜町に出て男を求め、毎回違う男と朝までふしだらな行為に明け暮れているそうだな? その上糸目を付けず服や装飾品を買い漁り、多大な借金を背負っているとか……。そんな醜悪な女が俺の妻だとは非常に不愉快極まりない! 今後俺に話し掛けるな! 俺に一切関与するな! 同じ空気を吸ってるだけでとんでもなく不快だ……!!」
【王命】で決められた婚姻をし、ハイド・ランジニカ伯爵とオリービア・フレイグラント子爵令嬢の初夜は、彼のその暴言で始まった。
そして、それに返したオリービアの一言は、
「あらあら、まぁ」
の六文字だった。
屋敷に住まわせている、ハイドの愛人と噂されるユーカリや、その取巻きの使用人達の嫌がらせも何のその、オリービアは微笑みを絶やさず自分の道を突き進んでいく。
ユーカリだけを信じ心酔していたハイドだったが、オリービアが屋敷に来てから徐々に変化が表れ始めて……
※作者独自の世界観満載です。違和感を感じたら、「あぁ、こういう世界なんだな」と思って頂けたら有難いです……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
新婚早々、愛人紹介って何事ですか?
ネコ
恋愛
貴方の妻は私なのに、初夜の場で見知らぬ美女を伴い「彼女も大事な人だ」と堂々宣言する夫。
家名のため黙って耐えてきたけれど、嘲笑う彼らを見て気がついた。
「結婚を続ける価値、どこにもないわ」
一瞬にしてすべてがどうでもよくなる。
はいはい、どうぞご自由に。私は出て行きますから。
けれど捨てられたはずの私が、誰よりも高い地位の殿方たちから注目を集めることになるなんて。
笑顔で見返してあげますわ、卑劣な夫も愛人も、私を踏みつけたすべての者たちを。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。
豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」
「はあ?」
初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた?
脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ?
なろう様でも公開中です。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる