王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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102. 無駄なんてない

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「そんなに喜んで貰えて嬉しいですわ」
「なっ!」

 私が元気いっぱいのアニエス様に向かってそう言うと、照れ屋さんなので更に顔を真っ赤にして叫んだ。
  
「──どこをどう見たら!  このわたしが喜んでいるように見えると言うの!!」
「アニエス様……」

 アニエス様ったら…………そんなに恥ずかしいのね?
 ──大丈夫!  私は分かっているわ。
 そんな全てを包み込むような気持ちでアニエス様を見つめ返す。
 すると、目が合ったアニエス様は、うっ……と小さく唸るともう一度声を張り上げた。

「その目!  その目は何なのよぉぉーー!」
「もちろん、私の大親友を見る目ですわ!!」
「───っっ!」

 私が間髪入れずにそう答えたらアニエス様は、そのままぐったりとテーブルに突っ伏した。

「すごく二人は息がピッタリなのね」
「!?」

 オリアンヌお姉様がクスクス笑いながらアニエス様にそう言った。
 突っ伏していたアニエス様がすごい勢いで頭を上げてお姉様の顔を見た。
 二人の目が合う。

「アンベールがとても心配していたからハラハラしていたのだけど、ただの仲良しだったわ」
「え……オ、オリアンヌ……様?」
「パンスロン伯爵令嬢──いえ、アニエス様。私の可愛い可愛い義妹をこれからもよろしくね?」
「え、いも──あ、は……い」

 アニエス様は、お姉様にそれはそれは美しい微笑みを向けられてコクリと頷いていた。

「───大親友。なんていい響きなの。令嬢同士の熱い友情……いいわね」

 続けてニコレット様も大親友という言葉に感激している。

「私の偏見と言ってしまえばそれまでだけど、どうも令嬢たちと言うのは、笑顔で接しながらも、影でプークスクスと嘲笑って足の取り合いをしていることが多いというのに……大親友!」

 感動に震えているニコレット様に私は言う。

「ニコレット様。確かにそういう方も中にはいらっしゃいますけれど、アニエス様はそんなことありませんわ。私の至らない面を的確に指摘してアドバイスをくれる優しい方ですから」
「そのようね。パンスロン伯爵令嬢……その心意気、とても気に入ったわ」

 ニコレット様も嬉しそうに頷いた。

「───ぅえっ!?  ……ま、幻の令嬢が、わ、わたしを気に入っ…………!?」

 アニエス様は目をまん丸にして驚いていた。

(ふふ、アニエス様、嬉しそうでよかった!  あ、これ、美味しい~!)

 そんなことを思いながら、私はどんどん目の前のお菓子に手を伸ばした。



「───フ、フルール様!  あ、あなた!  また、そんなにっ!  お皿、お皿をご覧なさい!!」
「?」

 お茶会は和やか進み、もはや、何個目になるかも分からないお菓子に手を伸ばした時、アニエス様が小さな悲鳴を上げた。
 私の横には山のように積み上がったお皿。

「また、そんなに……本当にコロコロになってしまうわよ!?」
「コロコロ…………ふっ」

 頭の中でコロールへの改名を考えた時のことを思い出してつい笑ってしまう。

「何がおかしいんですか!  そんなことになって婚約者に愛想を尽かされてから後悔しても知らないわよ!?」
「……いえ、ふふ」

(それに、アニエス様との最初の会話もコロコロだったわね)

「……くっ!  何故、そこでニヤニヤするの…………」

 こんな風に心配してくれるアニエス様って本当に優しいわ。
 改めてそう思った。

「───そういえば、フルール様の婚約者はあのモンタニエ公爵令息……あ、今は公爵なんでしたっけ」
「はい、そうですわ」

 アニエス様との会話を聞いていたニコレット様が思い出したかのように訊ねてくる。
 ニコレット様は、持っていたカップのお茶をグビッと飲み干すと、何だか意味深な目で私を見た。

「フルール様。単刀直入に聞くわ。不安はないのですか?」
「不安……?」
「そう!」

 ニコレット様は力強く頷いた。

「だって、あの端正な顔立ちに加えて優秀と謳われる頭脳、そして身分……王女殿下の婚約者だったから、これまでおとなしくしていたという令嬢も多いのでは?」
「!」

 なるほどリシャール様がどこぞの令嬢に奪われたりしないかを心配してくれているのね!
 ニコレット様もお優しい方だわ。

「───大丈夫ですわ」

 私はにっこり笑顔を浮かべてはっきり答える。

「ふっ……それは“私は愛されているから平気”という謎の根拠で大丈夫とか言っているのかしら?  本当に相変わらず──」

 アニエス様がふふっと笑いながら訊ねてくる。
 私は首を横に振った。

「いいえ、違いますわ」
「──違う?」
「もちろん、これまでリシャール様の愛を疑ったことはありませんわ。ですが、リシャール様のことを狙う令嬢が未だに多いのもまた事実」 

 国宝級のかっこよさなのだから当然よ!
 中身だってあんなに素敵なんだもの。

「とても魅力のある令嬢がリシャール様を狙うというのなら、私のすべきことはただ一つ!」

 三人の視線がじっと私に注がれる。

「努力して私がその令嬢以上に魅力的な女性となる!  それだけですわ」
「え……?」

 ポカンとした顔で驚きの声をあげたのは意外にもニコレット様だった。

「例えば、その方が語学力に優れていて堪能だと言うなら私も負けずに勉強しますし、ダンスが得意だというなら、もっともっともっとレッスンを頑張りますわ」
「……どうしてですか?」
「嫌なのです」
「え?」

 私はしっかりニコレット様の目を見つめる。

「何の努力もしないで、ただ愛されているだけなのは私が嫌なのです」
「……!」

 ニコレット様が息を大きく呑み込んだ。

「私は、ポツンとリシャール様のそばにいるだけではなく……彼の隣に並びたいのです。そのために必要な努力は惜しみませんわ」
「…………その努力が結果として身を結ばなかったとしても、ですか?」
「ええ」

 私は微笑みながらニコレット様に向かって頷く。
 これは、前に私が嫉妬という特別な感情を抱いた時──華麗な復活を遂げたリシャール様に群がっている令嬢たちの中で誰よりも凄い……つまり、一番の令嬢になればいい!  というあの決意から繋がっている。

(すなわち、最強令嬢よ!)

 最強令嬢を目指すことが険しい道だということは重々承知!
 それでも最強令嬢を目指すことに無駄なんてない!
 私はそう思っているわ。

「たとえ、望まぬ結果を迎えたとしても、そこまで努力したことは決して無駄にはなりませんから」
「……フルール様。でも……私、全然色々足りていなくて。浮気もされたし……」
「浮気はニコレット様のせいではありませんわ!  圧倒的にあちらが悪いのですから!」
「……っ!」

 私は静かに微笑む。

「私は、それまで努力したことは、今度はまた別の方向で私の力になってくれる……そう思っていますわ」
「別の方向で……?」
「はい。それにニコレット様のその身体もこれまで鍛え続けた努力の証でしょう?  素敵だと思いますわ」

 私がそう言うとニコレット様は、ありがとうございます……と口にした後、少し寂しそうな表情になった。

「でも───あの人、影でずっと私のこと女のくせに鍛えてどうするんだ?  とバカにしていたらしいの……」
「……それ!  わたしの前でも言っていました。自分の婚約者は鍛えることばかり考えていて自分のことはいつも二の次なんだって」

 覚えがあったのかハッとした様子のアニエス様がそう言うと、ニコレット様がふふっと笑った。
 それは色んな意味でゾクッとする微笑みだった。

(今にも拳が飛んで来そうなオーラだわ……!)

「……やっぱりそうなのね…………アニエス様!  それで?  他にあの浮気男はなんて?  もっと具体的に教えてくださる?」
「え?  は、はい。えっと、そうですね───」

 アニエス様の口から語られるペラペラ男の発言は、やっぱり思った通りペラペラの薄っぺらさ。
 私は大親友がそんなペラペラに捕まらなくて良かったと心から安堵した。

 ひと通り話を聞いたニコレット様が、ご自分の拳を見ながらポソッと呟く。

「女のくせに……とバカにしていたこの拳で一発くらいお礼を差し上げても許されるかしら?」

(これは手紙の通り本気で拳を交えて話すおつもり───!)

 ペラペラ男はぺったんこ……どころか原型を留めていられるのかしら?
 私はそう思った。

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