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100. 幻の令嬢

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「──え!?  弟子入り出来たの?」
「心身共に鍛え抜かれた最強令嬢を目指す───こんな志を持った令嬢はなかなかいない!  そう感激してくれましたわ!」

 翌日、私はリシャール様の元を訪ねてニコレット様とお会いしたことについての報告をした。

「……確かに、なかなかいない……いや、他にいないだろう」

 リシャール様がそうボソッと口にすると、優しく私を抱き寄せた。
 私はそんなリシャール様にお礼を告げる。

「リシャール様、ありがとうございます」
「うん?  なんのお礼?」

 ギュッ
 リシャール様は力強く抱きしめながら聞き直して来た。
 私は、腕の中でふふっと微笑む。

「昨日、お兄様が言っていましたの」
「アンベール殿が?」
「婚約者が弟子入りしてまで身体を鍛えたいなんて言いだしたのに、反対もせずに送り出してくれる婚約者なんてなかなかいないぞ、ですって」
「!」

 私がお兄様に言われた通りのことを告げたら、リシャール様は目を丸くして驚いた顔をする。
 そして手を伸ばして私の頬に触れて軽く撫でたあとは、チュッと私の額にキスを落とした。

「ん……リシャール様?」

 リシャール様は、どこか嬉しそうに声を出して笑う。

「ははは!  アンベール殿も分かっているとは思うけど、やっぱり、こうしてのびのびしている所がフルールの一番の魅力だからね」
「リシャール様……」
「無茶をしないかって心配はするし、気にもなるけど取り上げることなんてしない。僕はそんなフルールを好きになったから」
「!」

 そう口にするリシャール様の笑顔に胸がキュンとした。
 国宝の笑顔と優しさはやっぱり素敵!


「───それはそれで、フルール」
「どうしました?」
「いや、辺境伯令嬢は今後、セルペット侯爵家をどうするつもりでいるのかは聞けたの?」 
「あ、はい。それは───」
「それは?」

 私はにっこり笑って答える。

「今回の件、話を聞いたニコレット様の父親……辺境伯様は大激怒しているそうなのです」
「だい……げきど」

 ピクッとリシャール様の顔が引き攣った。

「これまで何度か婚約について話し合いたいと言っても、のらりくらり躱してきては権力をチラチラさせていたのに、ここに来て言い逃れできない浮気をしていたことにも当然ご立腹……」
「あー……」
「ついでに息子の浮気のせいで財産状況が悪くなっていったことも怒っていたそうですわ」

 これには、リシャール様も肩を竦めて苦笑いするしかない。

「と、いうわけで予想した通り、私兵も引き連れて領地を奪い取るくらいの勢いでこちらにやって来たそうですわ」
「そ、それはまた……」

 辺境伯の本気───これはもう私にはペラペラ男がぺったんこになる未来しか見えない。

「そういうわけで、昨日はセルペット侯爵家に請求する場合の慰謝料の相場などもお話して、ペラ……息子の浮気についての確実な証拠を揃えることになりましたわ」

 ペラペラ男がエリーズ嬢の取り巻き化していた事実は旬の話題なので、誰もが知る所となっている。
 けれど、どうせなら過去の浮気分まで請求しなくちゃ勿体ない!
 ちなみにそれらを足すと全財産奪うくらいになるのでは?  そんな金額になりそうだった。

「……と、いうわけでお茶会ですわ!」
「うん?」
「約束していたお茶会を開くことにしましたの!」
「約束って……」

 私はニンマリ笑った。
 そう。持つべきものは大親友ですわ!


────


「……フ、フルール様!  こ、ここここここれはいったいどういうことですか!」
「アニエス様!  ようこそいらっしゃいました」

 そうしてお茶会の日。
 一番最後にやって来たアニエス様を出迎えるといきなりの質問攻めに合った。

「えっと、どういうこと、とは?」

 私が首を傾げるとアニエス様は更に興奮していた。

「っっ!  な、何をそんな気の抜けた顔で呑気なことを言っているんですかっっ!!」
「気の抜けた?  呑気?  私はいつも通りですけれど?」
「……くっ!  …………っ」

 ますます意味がよく分からない。
 目をパチパチさせていると、アニエス様は一瞬黙り込んで急に笑い出した。

「───そうよ、相手はフルール様……ふふ、わたしったら何を忘れていたのかしら……ふふ、ふふふ。分かっていたことじゃないの……」
「アニエス様!  とても喜んでもらえて嬉しいですわ」
  
 理由は不明だけど、笑っているし、とっても楽しそうなのでよかったわ。

「───よっ!?  少しお黙りなさい!  コホッ……た、確かにわたしはあなたとお茶会の約束は……しました」
「はい!」

 アニエス様と私の付き合いは長いけれど、家まで来てくれたことは初めてよ!!
 だから、嬉しくて今日は朝から笑顔が止まらないの。

(より、大親友の絆が深まった気がするわね!)

「参加者……オリアンヌ様だけでなく、ひ、一人増えることも聞いた、わ」
「はい!」

 今日はニコレット様も参加する。
 ペラペラ男が口説いていたことのある令嬢とお茶会を約束しているという話をしたら、私が何か言う前に「参加したい!」と前のめりで強く表明してくれたわ。
 と、いうことでアニエス様にも一人増えますと連絡はしたのだけど……

(それがどうしたのかしら?)

 アニエス様は私の両肩を掴むとすごい勢いで前後に揺さぶる。

「あーなーたーねー!?  何をどうやったら“幻の令嬢”とのお茶会のセッティングが出来るのよぉぉぉ」
「幻の令嬢?  どなたのことです?」

 聞いたことのないフレーズに首を捻っていたらアニエス様はますます興奮していく。

「は!?  そんなのニコレット・ドーファン辺境伯令嬢のことに決まっているでしょう!?  どうやって呼び出したのーー!」
「ひぇ!?!?」

 アニエス様の揺さぶりが更に強くなる。

「ほとんど領地から出ることなく、王都に姿を現すのだって年に一度あるかどうか……」
「まあ!  年に一度?」

 滅多に出て来ないとは聞いてはいたけれど、そんなに少なかったなんて!
 さすがアニエス様!  お詳しいわ。
 そう思ってニコニコしていたら、そこから更にアニエス様の興奮が高まっていく。

「もう、何を笑っているのですか!  これは笑いごとではありませんーー」
「?」
「オリアンヌ様にニコレット様……社交界でも色々な意味でも有名な二人を……二人を……そんな呑気な顔をして集めるとか!  本当に何者なのよぉぉぉーー」

 なんと!  ここでまさかの自己紹介の要求!

「え?  私の自己紹介ですか?  名前はフルー……」
「ちーがーうーわーよーーーー!  何でそうなるのよ!  そうじゃないーー」

 アニエス様ったら今日も元気いっぱいね!
 そう思ったらまた、嬉しくなった。

「くっ!  だから!  その笑顔はなんなのよーー……!」

 こうして、絶対に楽しいお茶会は始まりを迎えた。

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