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99. 強そうな匂い
しおりを挟む「で、弟子入り!?」
リシャール様が私の肩を掴むと慌てた様子で聞き返して来た。
(あら? リシャール様も驚いているわね)
この宣言は昨日の夜にも皆の前で行ったのだけど、その場にいた家族全員に驚かれてしまったのよね。
「……リシャール様。最強令嬢というのは、やはり心身共に強くなくては達成出来ないと思うのです」
「……正論! う、うん。それはそうなんだけど……」
「でしょう?」
私は困った顔をしているリシャール様にグイグイ迫る。
「ですが、今までは弟子入り出来るほどの人材が私の周りにはいなかったのです!!」
「フ、フルール……」
「これは、私にもっともっと強くなれという運命の導きというやつですわ!」
「もっと、つ、強くなれ……これ以上……」
「もちろん、辺境伯令嬢に無理強いなんてしませんわ! でも、お願いはしてみようと思いますの!」
「……フルール」
目をキラキラさせてそう語る私の頭をリシャール様は苦笑しながらも優しく撫でてくれた。
───
それから数日後。
「───フルール様! ニコレット様から返信が届いたわ!」
リシャール様に会いに王宮に行っていた私が邸に戻ると、オリアンヌお姉様が手紙を持って私の部屋にやって来た。
ちなみに、お姉様はタンヴィエ侯爵家の令嬢にはなったけれど、我が家での滞在は変わらないまま。
そして、ニコレットというのがペラペラ男の婚約者である辺境伯令嬢の名前。
「お返事! 来たのですね」
「どうも手紙によると、ニコレット様はちょうど王都に来る用事があってこちらに来るつもりだったみたい」
「では……!」
お姉様がにっこり微笑んだ。
「───拳を交えてじっくり話し合いたいと思います。そう書いてあるわ」
「!」
まさに武闘派!
頼もしいわ。なんて力強い言葉なの!
私が目を輝かせているとお姉様は手紙に目を落としながら小さく呟いた。
「婚約解消……いえ、むしろ婚約破棄ね。しようと思えばきっともっと前にも出来たはずなのに……何年も我慢させてしまったのが本当に申し訳ないわ」
「お姉様……」
辺境伯の力を持ってしても、やはり王太子の婚約者が居たセルペット侯爵家の権力はそれだけ強く、どんなに婚約解消したいと望んでも逆らいにくいものがあったのだと思う。
つまり、力を失った今がチャンスということ!
「そういえば、お姉様を無理やり嫁がせようとしていた、どこぞの侯爵家との関係はどうなりましたの?」
私が訊ねるとお姉様は、ふふふ、と笑った。
「あの時、私を連れていくことを条件にすでにお金を貰っているような発言があったでしょう?」
「ええ」
「お金は、嫡男──あの浮気男が散財した分の補填にしようとしていたんですって」
「まあ!」
本当にお姉様のことをなんだと思っているのかしら!
怒りがメラメラと再熱しそうになる。
「当然だけど先方は大変、お怒りで……セルペット侯爵はとにかく頭を下げ続けているみたい」
そう口にするお姉様の表情はすっきりしていて、家から解放されたことを喜んでいるのが私にも分かる。
「支払った前金の返金要求はもちろん、その金額と同等のお金を払うように要求しているそうよ」
「……自業自得ですわね」
「そこに辺境伯も加わるでしょうから……」
「……」
「……」
(やっぱり破滅ですわ───)
私達は目を合わせると無言で頷いた
それから、更に数日後。
ついにセルペット侯爵令息の婚約者──ニコレット・ドーファン辺境伯令嬢が王都へ到着。
そして、ニコレット様は連絡をくれたオリアンヌお姉様と会うために我が家へとやって来た。
「──ニコレット様!」
「オリアンヌ様、ご無沙汰しております」
丁寧にお辞儀をして挨拶をするニコレット様を見て私は息を呑んだ。
(分かる……私には分かるわ……!)
一見、身体は華奢に見える。
でも中身はしっかり鍛えられているのがよく分かる。
───浮気するつもりなら婚約解消するわ!
そして数年前にペラペラ男がヘコヘコしている時に少し姿は見かけていたけれど、あの時よりも数倍強そうなオーラを放っている!
(理想のお姉様がもう一人……!)
「ニコレット様、手紙にも書きましたが、こちらが私の可愛い義妹となるフルール様よ」
私が内心で感激しているとお姉様が私を紹介してくれる。
私たちそのまま挨拶を交わす。
「はじめまして、ニコレット・ドーファンと申します」
「こちらこそ、フルール・シャンポンです」
顔を上げたニコレット様がじっと私の顔を見つめる。
目が合った。
(……?)
「あの、私の顔に何か付いていますか?」
私が聞き返すとニコレット様は、ハッとして慌てて首を横に振った。
「す、すみません! ───いえ、その……事前に聞いていた話とは違ってあまりにも可愛らしい方だったので……お、驚いてしまって……すみません」
「!」
その言葉に私はピンッと来た。
ここでもフルール違いがまた発生しているわ。
ニコレット様もどうやら私をどこかのフルールさんと勘違いしているみたい。
「ニコレット様、私は何処にでもいるような、よく食べてよく寝ることが大好きなだけのただの伯爵家の令嬢にすぎませんわ」
「え?」
ニコレット様が目を大きく見開いて私を見る。
「ニコレット様も耳に入れていると思われますとても強そうな令嬢…………実は私のことではありませんの」
「ええ!?」
やっぱり誤解していたからなのかすごく驚かれた。
「ですが、破滅を呼ぶ娘、陛下も恐れる娘───そのように呼ばれるに相応しい最強令嬢を私は目指しておりますわ!」
「は、はい…………え? さ、最強令嬢?」
戸惑うニコレット様に私はにっこり笑って説明する。
「最強令嬢です! どんなことにも動じず、凛としていて前を向いては立ち向かっていく……強くて逞しい、そんな令嬢ですわ!」
「な、なるほど!」
ニコレット様がうんうんと大きく頷く。
気のせいでなければ、その目の奥がキラリと輝いた気がする。
「───フルール様! それ、いいですね!! その心意気、素敵です」
(ニコレット様の雰囲気が変わった──?)
そう思ったと同時にニコレット様がガシッと私の手を取ってギュッと握る。
「フルール様!」
「ニコレット様?」
びっくりした私が聞き返すと、ニコレット様の目が輝いていた。
「失礼ながら、最近の王都にいる令嬢にはそんな逞しい考えを持っていて鍛えがいのある令嬢がおらず……」
「まあ!」
「それで、正直ガッカリして領地に引っ込んでいたのですが……まさかこんな可愛らしい令嬢がそんなにも熱い心を持っていたなんて──知らなかった…………嬉しい!」
ニコレット様が涙ぐみながら感激してくれている。
握られている手がとっても熱い……そして、さすがね。すごい力だわ。
「ふふふ、ニコレット様。私の義妹、とっても可愛いでしょう?」
「オリアンヌ様……はい! 私も妹にしたいくらい。羨ましい!」
ニコレット様がとても嬉しいことを言ってくれた。
そんなニコレット様は突然フフフと笑い出す。
「もう、婚約者の浮気なんてどうでもよくなって来たわ……!」
「どうでもいい、ですか?」
「どうせ、あの人は私がいないのをいいことに手紙で書かれていた隣国の泣き落とし令嬢……でしたっけ? 以外にも声をかけまくっていたのでしょう?」
私はコクコクと頷く。
「やっぱりね! 何が君が嫉妬している姿を見るのが好きなんだ──よ!」
ペラペラ男に対して憤慨し始めたニコレット様を見て私は思った。
(予想通り……とても強そうな匂いがする)
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