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98. 幸せを運んで来てくれる愛しい人 (リシャール視点)
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「リシャール様ーー!」
「!?」
フルールがいつもの比ではないくらい大興奮しながら執務室を訪ねて来た。
(……可愛い)
「───と、いうことがありましたの」
「……」
「色々ありましたが、これでお姉様もセルペット侯爵家と無事に縁が切れましたわ!!」
(ころころ変わる表情が……可愛い)
──ではなく!
いや、目の前のフルール確かに可愛いが今、僕が考えるべきことはそこじゃない!
……情報量が多すぎる!
僕は頭を抱えた。
たった一日……いや、半日? で物事が一気に進みすぎだろう!?
昨日は、訪ねて来てくれたフルールとイチャイチャして、帰りにアニエス・パンスロン伯爵令嬢と会ったと思ったら、フルールがまたしても無邪気に壁を破壊していて……
そうして手を振って別れたはずなのに……
それで一夜明けたら、オリアンヌ嬢の生家、セルペット侯爵家が破滅寸前です!?
何が起きたらそんなことになる!?
「……」
(なるほど……とりあえず、一つ分かったぞ)
やはり、フルールと一緒に走るのは並大抵の鍛え方では全然足りないようだ。
これは明日の朝から走り込みの量を追加する必要があるな……
それから仕事の合間にも……
「リシャール様? どうかしました?」
今後、フルールに置いていかれない為にどうすべきかを考え、黙り込んでしまったからか、フルールが心配そうな目で見てくる。
僕は軽く咳払いすると素直な感想を述べた。
「……ケホッ……いや、大変なことになっていたんだなと思って──フルールは大丈夫?」
「見ての通り、元気いっぱいですわ! 今朝もご飯をももりもり食べてからここに来ましたわ!」
僕は目を瞬かせた。
うん。いつものフルールだ。
フルールの場合、これは強がりとか本音を隠しているということではなく、本当にそのまんまの言っている通りなんだ。
「見たところ、身体に怪我はないことは分かるけれど、セルペット侯爵のことだから何か不快なことを言われたりしたのでは?」
それでも心配になって聞かずにはいられない。
僕はフルールの頬にそっと手を伸ばして軽く撫でながら訊ねる。
すると、フルールが無邪気に笑う。
「ふふ、リシャール様、くすぐったい」
「っ!」
(ま、また、そんな可愛い顔を……!)
そして、この頬も触り心地が気持ちがいい。
許されるならずっと触っていたいくらいだ。
そんなことを考えていたらフルールはにこにこした顔で報告してくれた。
「───セルペット侯爵には色々な名前で呼ばれましたわ!」
「名前?」
「ぼんやり娘とか小娘……あとは勘違いされてましたが、破滅を呼ぶ娘と陛下も恐れる娘とも呼ばれました」
「……!?」
びっくりして思わず撫でている手を止めた。
(待ってくれ! 勘違い? 勘違いってなんだ?)
両方とも今、まさに王宮内で噂になっているフルールの呼び名だと思うのだが?
「……」
「リシャール様?」
(うーん? これは……)
僕はそのまま腕をフルールの身体に伸ばして抱きしめた。
(……フルールの中では別のフルールが存在しているんだろう、きっと)
フルールは無自覚だから自分はそんなすごいこと出来る人じゃないと思ってる節がある。
陛下が恐れるほどの令嬢って他にいないと思うんだけどなぁ、と思わず苦笑した。
「いや? フルールにはフルールという可愛い名前があるのにな、と思ってさ」
「!」
僕がそう口にしたらフルールの顔が真っ赤になっていく。
こうして照れるフルールも当然だけど可愛い。
「ふふ、ありがとうございます」
「……っ」
その少し照れたフルール笑顔のあまりの可愛さに僕の理性がプチッと切れる音がした。
「リシャール様?」
そのまま僕はフルールの顎に手をかけて上を向かせると、フルールにそっとキスをする。
(……大好きだ)
「……フルール」
「リシャール様……大好きですわ」
フルールがギュッと僕の背中に腕を回して来たので、僕も抱きしめ返す。
あたたかい──幸せ。
まるで、フルールの心の中みたいだ。
(───セルペット侯爵やフルールのことを破滅を呼ぶ娘などと呼んだ奴らは……愚かだな)
フルールは破滅を呼ぶ娘なんかじゃない。
“幸せを運んで来てくれる人”なんだ。
元気いっぱいの可愛い笑顔でとびっきりの幸せを運んで来てくれるんだ。
───きっと僕と同じ様にフルールに拾われたオリアンヌ嬢もそう思っていることだろう。
「ふふ、それでオリアンヌお姉様は、無事に貴族令嬢のままでいられることになりましたので、幸せな結婚も出来るようになりましたわ」
「結婚……」
ああ、アンベール殿との結婚か。
何だかあの二人、猛スピードで結婚しそうなんだが。
(そういえば、フルールは二人の仲を……)
「そして、なんと! もう素敵な相手と巡りあってはいるのです! けれど……その、まだ具体的には秘密でして」
「え?」
フルールがモジモジしながらそう言った。(可愛い!)
「どうやら、私を驚かせたくてまだ秘密にしているようなので……私は知らないふりをすることにしたのです」
「え……」
「……ですから、リシャール様もきっと驚かれると思いますわ!」
「!?」
満面の笑みでそう言い切るフルール。
今、僕は別の意味で驚いているんだが……
(いや…………やっぱり気付いていなかったのか!)
薄々そうかもしれないとは感じていた。
二人は大勢の前で互いの愛を告白していたのに、あの時のフルールはアンベール殿の拳しか見ていなかったから。
しかし、それなら“お義姉様”と呼んでいたのは?
まさか、野生の勘で感じ取っていたのか?
(まあ、フルールだからな)
深く考えることはやめよう。
僕はフルールに付き合う。それだけだ。
「──フルール、僕が言ったこと覚えている?」
「リシャール様が言ったこと?」
きょとんとしている様子のフルールに僕はもう一度あの時と同じ言葉を告げる。
「彼女は大丈夫だと思う。きっと、今回のことは乗り越えて“とびっきりの幸せ”を見つけられるんじゃないかな、って」
「あ! そうですね、言っていましたね! リシャール様、すごいです! 本当にその通りになりましたわ!」
僕の言葉にフルールは手を叩いてすごーいと嬉しそうにはしゃいでいる。
すごいのは僕じゃないのに。
(……きっと、分かっていないんだろうな)
その幸せを運んで来たのはフルールなのに。
オリアンヌ嬢もパーティーで言っていたじゃないか。
───私の可愛い可愛い義妹が、自分らしく生きるということを私に教えてくれたからです
その言葉を聞いた時、手に取るようにその気持ちが分かった。
僕も同じだった。自由に生きていいのだとフルールに教えられた。
───僕の愛しい人は、やっぱり最高で最強の令嬢だ。
なんて思っていたら、フルールがニンマリと笑う。
こういう時の顔もめちゃくちゃ可愛い……
「そうだわ。リシャール様! 昨日、オリアンヌお姉様がセルペット侯爵令息の婚約者に手紙を書きましたの」
「手紙?」
「はい、侯爵令息は婚約者が側にいないのをいいことに、浮気三昧だったのでこれは報告が必要だと判断されましたわ」
「……なるほど」
(そういえば、エリーズ嬢の取り巻きの一人になっていたな……)
浮気男を成敗しに来るのか。
確かにそれならセルペット侯爵家は破滅寸前だな。
それで、セルペット侯爵令息の婚約者は───確か、辺境の……
「それでですね、オリアンヌお姉様の話だと、とても武力に強そうな令嬢ということなので……」
「うん?」
「最強令嬢への更なる一歩として、弟子入りしてみようかと思いますの!」
「え……!」
(な、なんだって!?)
フルールが満面の笑顔で気合を入れて腕を捲っていた。
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