上 下
98 / 354

98. 幸せを運んで来てくれる愛しい人 (リシャール視点)

しおりを挟む


❈❈❈❈❈


「リシャール様ーー!」
「!?」

 フルールがいつもの比ではないくらい大興奮しながら執務室を訪ねて来た。


(……可愛い)

「───と、いうことがありましたの」
「……」
「色々ありましたが、これでお姉様もセルペット侯爵家と無事に縁が切れましたわ!!」

(ころころ変わる表情が……可愛い)

 ──ではなく!
 いや、目の前のフルール確かに可愛いが今、僕が考えるべきことはそこじゃない!
 ……情報量が多すぎる!

 僕は頭を抱えた。
 たった一日……いや、半日?  で物事が一気に進みすぎだろう!?
 昨日は、訪ねて来てくれたフルールとイチャイチャして、帰りにアニエス・パンスロン伯爵令嬢と会ったと思ったら、フルールがまたしても無邪気に壁を破壊していて……
 そうして手を振って別れたはずなのに……
 それで一夜明けたら、オリアンヌ嬢の生家、セルペット侯爵家が破滅寸前です!?
 何が起きたらそんなことになる!?

「……」

(なるほど……とりあえず、一つ分かったぞ)

 やはり、フルールと一緒に走るのは並大抵の鍛え方では全然足りないようだ。
 これは明日の朝から走り込みの量を追加する必要があるな……
 それから仕事の合間にも……

「リシャール様?  どうかしました?」

 今後、フルールに置いていかれない為にどうすべきかを考え、黙り込んでしまったからか、フルールが心配そうな目で見てくる。
 僕は軽く咳払いすると素直な感想を述べた。

「……ケホッ……いや、大変なことになっていたんだなと思って──フルールは大丈夫?」
「見ての通り、元気いっぱいですわ!  今朝もご飯をももりもり食べてからここに来ましたわ!」

 僕は目を瞬かせた。
 うん。いつものフルールだ。
 フルールの場合、これは強がりとか本音を隠しているということではなく、本当にそのまんまの言っている通りなんだ。

「見たところ、身体に怪我はないことは分かるけれど、セルペット侯爵のことだから何か不快なことを言われたりしたのでは?」

 それでも心配になって聞かずにはいられない。
 僕はフルールの頬にそっと手を伸ばして軽く撫でながら訊ねる。
 すると、フルールが無邪気に笑う。

「ふふ、リシャール様、くすぐったい」
「っ!」

(ま、また、そんな可愛い顔を……!)

 そして、この頬も触り心地が気持ちがいい。
 許されるならずっと触っていたいくらいだ。
 そんなことを考えていたらフルールはにこにこした顔で報告してくれた。

「───セルペット侯爵には色々な名前で呼ばれましたわ!」
「名前?」
「ぼんやり娘とか小娘……あとは勘違いされてましたが、破滅を呼ぶ娘と陛下も恐れる娘とも呼ばれました」
「……!?」

 びっくりして思わず撫でている手を止めた。

(待ってくれ!  勘違い?  勘違いってなんだ?)

 両方とも今、まさに王宮内で噂になっているフルールの呼び名だと思うのだが?

「……」
「リシャール様?」

(うーん?  これは……)

 僕はそのまま腕をフルールの身体に伸ばして抱きしめた。

(……フルールの中では別のフルールが存在しているんだろう、きっと)

 フルールは無自覚だから自分はそんなすごいこと出来る人じゃないと思ってる節がある。
 陛下が恐れるほどの令嬢って他にいないと思うんだけどなぁ、と思わず苦笑した。

「いや?  フルールにはフルールという可愛い名前があるのにな、と思ってさ」
「!」

 僕がそう口にしたらフルールの顔が真っ赤になっていく。
 こうして照れるフルールも当然だけど可愛い。

「ふふ、ありがとうございます」
「……っ」

 その少し照れたフルール笑顔のあまりの可愛さに僕の理性がプチッと切れる音がした。

「リシャール様?」

 そのまま僕はフルールの顎に手をかけて上を向かせると、フルールにそっとキスをする。

(……大好きだ)

「……フルール」
「リシャール様……大好きですわ」

 フルールがギュッと僕の背中に腕を回して来たので、僕も抱きしめ返す。
 あたたかい──幸せ。
 まるで、フルールの心の中みたいだ。

(───セルペット侯爵やフルールのことを破滅を呼ぶ娘などと呼んだ奴らは……愚かだな)

 フルールは破滅を呼ぶ娘なんかじゃない。
 “幸せを運んで来てくれる人”なんだ。
 元気いっぱいの可愛い笑顔でとびっきりの幸せを運んで来てくれるんだ。
 ───きっと僕と同じ様にフルールに拾われたオリアンヌ嬢もそう思っていることだろう。


「ふふ、それでオリアンヌお姉様は、無事に貴族令嬢のままでいられることになりましたので、幸せな結婚も出来るようになりましたわ」
「結婚……」

 ああ、アンベール殿との結婚か。
 何だかあの二人、猛スピードで結婚しそうなんだが。

(そういえば、フルールは二人の仲を……)

「そして、なんと!  もう素敵な相手と巡りあってはいるのです!  けれど……その、まだ具体的には秘密でして」
「え?」

 フルールがモジモジしながらそう言った。(可愛い!)

「どうやら、私を驚かせたくてまだ秘密にしているようなので……私は知らないふりをすることにしたのです」
「え……」
「……ですから、リシャール様もきっと驚かれると思いますわ!」
「!?」

 満面の笑みでそう言い切るフルール。
 今、僕は別の意味で驚いているんだが……

(いや…………やっぱり気付いていなかったのか!)

 薄々そうかもしれないとは感じていた。
 二人は大勢の前で互いの愛を告白していたのに、あの時のフルールはアンベール殿の拳しか見ていなかったから。
 しかし、それなら“お義姉様”と呼んでいたのは?
 まさか、野生の勘で感じ取っていたのか?
  
(まあ、フルールだからな)

 深く考えることはやめよう。
 僕はフルールに付き合う。それだけだ。

「──フルール、僕が言ったこと覚えている?」
「リシャール様が言ったこと?」

 きょとんとしている様子のフルールに僕はもう一度あの時と同じ言葉を告げる。

「彼女は大丈夫だと思う。きっと、今回のことは乗り越えて“とびっきりの幸せ”を見つけられるんじゃないかな、って」
「あ!  そうですね、言っていましたね!  リシャール様、すごいです!  本当にその通りになりましたわ!」

 僕の言葉にフルールは手を叩いてすごーいと嬉しそうにはしゃいでいる。
 すごいのは僕じゃないのに。

(……きっと、分かっていないんだろうな)

 その幸せを運んで来たのはフルールなのに。
 オリアンヌ嬢もパーティーで言っていたじゃないか。
 ───私の可愛い可愛い義妹が、自分らしく生きるということを私に教えてくれたからです
 その言葉を聞いた時、手に取るようにその気持ちが分かった。
 僕も同じだった。自由に生きていいのだとフルールに教えられた。

 ───僕の愛しい人は、やっぱり最高で最強の令嬢だ。

 なんて思っていたら、フルールがニンマリと笑う。
 こういう時の顔もめちゃくちゃ可愛い……

「そうだわ。リシャール様!  昨日、オリアンヌお姉様がセルペット侯爵令息の婚約者に手紙を書きましたの」 
「手紙?」
「はい、侯爵令息は婚約者が側にいないのをいいことに、浮気三昧だったのでこれは報告が必要だと判断されましたわ」
「……なるほど」

(そういえば、エリーズ嬢の取り巻きの一人になっていたな……)

 浮気男を成敗しに来るのか。
 確かにそれならセルペット侯爵家は破滅寸前だな。
 それで、セルペット侯爵令息の婚約者は───確か、辺境の……

「それでですね、オリアンヌお姉様の話だと、とても武力に強そうな令嬢ということなので……」
「うん?」
「最強令嬢への更なる一歩として、弟子入りしてみようかと思いますの!」
「え……!」

(な、なんだって!?)

 フルールが満面の笑顔で気合を入れて腕を捲っていた。
しおりを挟む
感想 1,470

あなたにおすすめの小説

【完結】ブスと呼ばれるひっつめ髪の眼鏡令嬢は婚約破棄を望みます。

はゆりか
恋愛
幼き頃から決まった婚約者に言われた事を素直に従い、ひっつめ髪に顔が半分隠れた瓶底丸眼鏡を常に着けたアリーネ。 周りからは「ブス」と言われ、外見を笑われ、美しい婚約者とは並んで歩くのも忌わしいと言われていた。 婚約者のバロックはそれはもう見目の美しい青年。 ただ、美しいのはその見た目だけ。 心の汚い婚約者様にこの世の厳しさを教えてあげましょう。 本来の私の姿で…… 前編、中編、後編の短編です。

王子は婚約破棄を泣いて詫びる

tartan321
恋愛
最愛の妹を失った王子は婚約者のキャシーに復讐を企てた。非力な王子ではあったが、仲間の協力を取り付けて、キャシーを王宮から追い出すことに成功する。 目的を達成し安堵した王子の前に突然死んだ妹の霊が現れた。 「お兄さま。キャシー様を3日以内に連れ戻して!」 存亡をかけた戦いの前に王子はただただ無力だった。  王子は妹の言葉を信じ、遥か遠くの村にいるキャシーを訪ねることにした……。

強い祝福が原因だった

恋愛
大魔法使いと呼ばれる父と前公爵夫人である母の不貞により生まれた令嬢エイレーネー。 父を憎む義父や義父に同調する使用人達から冷遇されながらも、エイレーネーにしか姿が見えないうさぎのイヴのお陰で孤独にはならずに済んでいた。 大魔法使いを王国に留めておきたい王家の思惑により、王弟を父に持つソレイユ公爵家の公子ラウルと婚約関係にある。しかし、彼が愛情に満ち、優しく笑い合うのは義父の娘ガブリエルで。 愛される未来がないのなら、全てを捨てて実父の許へ行くと決意した。 ※「殿下が好きなのは私だった」と同じ世界観となりますが此方の話を読まなくても大丈夫です。 ※なろうさんにも公開しています。

訳ありヒロインは、前世が悪役令嬢だった。王妃教育を終了していた私は皆に認められる存在に。でも復讐はするわよ?

naturalsoft
恋愛
私の前世は公爵令嬢であり、王太子殿下の婚約者だった。しかし、光魔法の使える男爵令嬢に汚名を着せられて、婚約破棄された挙げ句、処刑された。 私は最後の瞬間に一族の秘術を使い過去に戻る事に成功した。 しかし、イレギュラーが起きた。 何故か宿敵である男爵令嬢として過去に戻ってしまっていたのだ。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

【完結】婚約者取り替えっこしてあげる。子爵令息より王太子の方がいいでしょ?

との
恋愛
「取り替えっこしようね」 またいつもの妹の我儘がはじまりました。 自分勝手な妹にも家族の横暴にも、もう我慢の限界! 逃げ出した先で素敵な出会いを経験しました。 幸せ掴みます。 筋肉ムキムキのオネエ様から一言・・。 「可愛いは正義なの!」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結迄予約投稿済み R15は念の為・・

私が我慢する必要ありますか?【2024年12月25日電子書籍配信決定しました】

青太郎
恋愛
ある日前世の記憶が戻りました。 そして気付いてしまったのです。 私が我慢する必要ありますか? ※ 株式会社MARCOT様より電子書籍化決定! コミックシーモア様にて12/25より配信されます。 コミックシーモア様限定の短編もありますので興味のある方はぜひお手に取って頂けると嬉しいです。 リンク先 https://www.cmoa.jp/title/1101438094/vol/1/

処理中です...