王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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97. 悪役令嬢は幸せです

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 ───陛下も恐れる娘……
 私の顔を見ながら侯爵は今、そう呟いた。

(……残念!  フルール違いですわよ?)

 侯爵は勝手に、どこかのお強いフルールさんと、のびのび生活を満喫しているただのフルールわたしを勘違いしてくれているので、かなり脅えている様子。
 それでも、ここまで来たのだから最後まで便乗させてもらうわ!
 そして私はまた妖しい微笑みを浮かべた。

「……ふふ」
「────く、うっっ!  そ、そんな目で見る、な」
「……」
「ひいぃぃぃーーーー見るなぁぁぁーー」

 私のどこか意味深で妖しい微笑みを見た侯爵が、息子とそっくりな情けない悲鳴を上げた。
 そんな侯爵を見ながら私は思う。

(養子の件……陛下が了承してくれて良かったわ)

 まさか本日のお父様とお母様が不在だった理由が養子の許可証を貰いに行っていただなんて!
 これはすごいタイミングだったと思う。

 慰謝料請求に加えてなんてことを要求するんだと突っぱねられることも考えていたけれど、慰謝料の支払いが少しでも安くなるなら飛びつくわよね!

(本当に良かった……)

 私は、オリアンヌ様を偶然拾って、その境遇を聞いた時からずっと思っていた。
 生家から完全に離すことは出来ないのかしら、と。

 力技で仕事を探すしかないと最初に言っていたのも、侯爵家から逃げるためだとすぐに分かった。
 けれど、生粋の貴族令嬢と育って来たオリアンヌ様が平民となって生きていくのはかなり厳しく難しいはず。
 それなら、養子になればいいのでは……?
 そんな私の気持ちをお父様とお母様がすぐに気付いてくれたて動いてくれた。

 そうして話し合いの結果、セルペット侯爵家側が何を言い出すか分からなかったので、お母様の実家でありセルペット侯爵家と同家格の伯父、タンヴィエ侯爵家に決定した。
 その報告をした時、お姉様は泣いていた。
 泣きながら何度もお礼を言われてしまったわ。

(とにかく、これで、お兄様とオリアンヌお姉様も結婚が出来るわ!)

「お兄様、オリアンヌお姉様!」

 私は二人の元に駆け寄る。

「……フルール!  大丈夫だったか?」

 お兄様がとても心配そうな目で私を見てくる。
 オリアンヌお姉様を守るお役目があったのだから、気にしなくていいのに。
 それに……

「大丈夫?  何がですか?」
「セルペット侯爵に色々言われていただろう?」
「色々──?」

 私は首を傾げる。
 そしてすぐに思い至りポンッと手を叩いた。

「ぼんやり娘とか小娘とかですわね?」
「え?  いや、確かにそれもだけど……もっと、こう……」

 なぜか心配顔から一転して焦り出すお兄様。

「そうですね……最近は色々な呼ばれ方をしてむしろ面白いと思っていますわ!」
「……え、 面白い……?  フルール……」
「ですが、破滅を呼ぶ娘と陛下が恐れる娘という呼び名はどうにかしなくてはいけません」

 部屋の床に這いつくばって泣き崩れている候爵親子に聞こえてしまうといけないので、私は声を潜めながらそう言った。

「どうして?  すごい最強の呼び名だと思うわ?」

 オリアンヌお姉様が不思議そうな顔で聞き返してくる。
 確かに最強令嬢を目指す私にとっては羨ましくなる呼び名だけれど……

「そうなのですけど……やっぱり“本物のフルールさん”に申し訳ないですもの」
「は?」
「え!?」

 二人が変な声を上げて固まった。

「フ、フルール、何を言って……いる?  ほ、本物のフルール……!?」
「そうですわ。候爵が酷い勘違いしていることはお兄様も気付いていたでしょう?  お兄様の心の声に従って全力で乗っかることにはしましたが」
「……俺の……心の声、だと?」

 お兄様の頬がピクピクしている。
 どうしたのかしら?
 ───フルール!  いいから、そのままいけ、乗っかれ!
 そう言ってくれたのはお兄様なのに?

「フルール……念の為に聞く。俺はフルールの心になんて語りかけていたんだ?」
「え?  そこの侯爵が私のことを破滅を呼ぶとか陛下が恐れている娘だと勘違いしているが、いいからそのままいけ!  乗っかれ!  ですわ!」
「……」

 私が自信満々に答えると、一瞬、黙り込んだお兄様がうわぁぁ……と唸って頭を抱え始めた。
 どうやら、ちょっと照れているみたいだけれど、ばっちり私に伝わったことを喜んでくれているみたい!

「ア、アンベール!  しっかり、しっかりして!」
「オ、オリアンヌ……分かっただろう?  これが……これがフルールなんだ……」

 お兄様が駆け寄って来たオリアンヌお姉様に向かって手を伸ばすと、お姉様はその手を取ってしっかりと握る。

「ええ、そうね。聞いていた以上だった!  でもね、そこが可愛いわ!」
「……だろう?  くっ……可愛いんだよ……」

 お兄様たちが二人の世界に入ってしまう。

(可愛いって何の話?  でも二人がとっても仲良しみたいで良かったわ)

 二人が幸せなら私も嬉しいもの!
 その後も可愛いという言葉を繰り返す二人を微笑ましい気持ちで見守った。



 一方、そんなほのぼのした空気の中で、セルペット侯爵親子の喧嘩が始まった。

「──ち、父上!  どうするんだよ!  こんなことになるなんて聞いていない!」
「う、うるさい……! 黙れ!」

 ペラペラ男が父親に食ってかかるけれど、侯爵は話を聞こうとせずに突き放す。

「縁談の話はどうするんだ!  金が……」
「──っ!  だ、だから黙れと言っているだろう!  そんなことよりお前は辺境伯令嬢に頭を下げる練習でもしておけ!」
「……うぅ」

(縁談の話……やっぱり、金が動いていたようね……)

 オリアンヌお姉様を連れて帰ることが出来なくなったことで、セルペット侯爵家は、辺境伯家への対応と、勝手に話を進めていた縁談相手への対応に追われることになる。

(大変そうですけど……自業自得ですわ)

 そんな情けない姿を披露する二人の元にオリアンヌお姉様がそっと近付く。
 その姿に気付いた二人が顔を上げる。

「──オリアンヌ!  お前……よくも……」
「なあ、オリアンヌ、手紙を書くのはやめてくれ、頼む……」
「……」

 睨みつけてくる侯爵と、調子よく手のひら返しをしてくるペラペラ男。
 そんな二人に向かってオリアンヌお姉様はゾッとするくらい美しい微笑みを浮かべて扉の方向に手を向ける。

「───セルペット侯爵家ご当主様、並びにご子息様、お帰りはあちらです」
「……なっ!  オリアンヌ!  お前……!」
「オ、オリアンヌ!!  おい!」 
「……」

 すぐに言うことを聞こうとしない二人に向かって、さらに冷たい声で言う。

「お二人とも、私のことを気安く“オリアンヌ”と呼ばないでいただけますか?  私はもうタンヴィエ侯爵家の令嬢ですので。そして、タンヴィエ侯爵家はあなた方と親しくするつもりはありません」
「っ!」
「……!」

 二人は悔しそうに唇を噛む。
 そんな二人にオリアンヌお姉様は冷たい微笑みを浮かべたまま綺麗に一礼をする。

「───オリアンヌ・セルペットを捨てて下さりありがとうございました。おかげで私はとても幸せです」
「くっ!」
「っっ!」
「この先のセルペット侯爵家の行く末……楽しみにしていますね?」

 美しく微笑むオリアンヌお姉様とは対称に、セルペット侯爵親子はこの世の終わりみたいな顔をしてすごすごと帰って行った。

(ああ、やっぱりかっこいい!  素敵!)

「フルール?  どうした?  身体が震えているぞ?」
「お兄様……オリアンヌお姉様、美しくて……かっこいいです」
「だろう?」

 お兄様がとても嬉しそうに笑う。
 そして、私の興奮もなかなか止まらなかった。


 ───そしてそのすぐ後、お姉様は辺境伯家の令嬢に至急で手紙を送っていた。

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