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96. 陛下も恐れる娘
しおりを挟む「───いちいちうるさい娘だな! 何を言われても私の気持ちは変わらん!」
(……はっ!)
いけない。
ついつい勢いに乗りすぎて侯爵を質問攻めにしてしまったわ。
お兄様がオリアンヌお姉様とイチャイチャしたいという顔をしているから、さっさと侯爵にはお帰り頂こうと思っていたのに!
これでは無駄に引き止めたことになってしまう。
私は侯爵と対峙しながらチラッと横目でお兄様とオリアンヌお姉様を見た。
二人は抱きしめ合ったまま、深刻な顔で何やら話し込んでいる。
(お兄様……お姉様)
お兄様が何かを話していて、それを聞いたお姉様が驚いて身体を震わせている。
(そんな深刻そうにいったい何の話を……?)
私はハッとする。
あの雰囲気は……
まさか、全てを捨てて二人だけで生きていこうなんて話しているのでは!?
(だめよ、お兄様! 早まってはいけないわ! もう少しだけ我慢して!)
「これ以上話しても無駄だぞ、娘──今日はこのままオリアンヌを縁談相手の元に連れていく約束になっているのだからな」
「え?」
どうやら随分と勝手に話が進んでいるらしい。
「我が家に連れ戻しても、また、逃げ出されたら大変だ。それならもうさっさと相手に渡してしまえばいい」
侯爵は、はっはっは、と笑いながら名案だろう? と誇らしげ。
「どうせ、オリアンヌも今は意固地になっているだけだろう? なに、豪華なドレスや高い宝石をたくさん買い与えて貰えればそのうち不満も消えるはずだ。金だけは沢山あるようだからな!」
と、侯爵は笑う。
やっぱりお金なのね、と思った。
「なるほど……侯爵様って金に目が眩んだ女性しか知らない寂しい方なのですね」
「は? なんだと娘……」
眉をつりあげた侯爵が私を睨む。
「侯爵様が、そうやって高価なプレゼントを贈らないと女性に全く相手にされなかったことは大変、気の毒なことだとは思いますが……」
「んなっ!? なんだと!?」
「多いのですよね……そういう勘違いをしている方」
「くっ……」
私はふぅ、とため息を吐く。
「か、勝手なことを言うな! 何を根拠に──」
「そこの軟弱浮気者男な息子さんがとてもいい例ですわ」
ペラペラ男はとにかく地位と金のアピールが凄かったもの。
きっと父親のこの人に似たのだわ。
そういえば昔、デビュー前のパーティーで私に告白の練習とやらをして来た男性たちもそうだったわ。
アピールするところが違うのよ!!
「女性が皆、それで喜ぶなどと思ったら大間違いですわ!!」
「ぐっ!?」
「だから、ペラペラなのですわ! 息子が息子なら親も親ですわね」
侯爵が顔を赤くしてプルプル震えている。
「~~っっ!」
「だって、そうでしょう? 侯爵様はオリアンヌお姉様を自分の娘だと主張していますが、親のくせにお姉様のこと何一つ分かっていないではありませんか!」
「なに?」
「お姉様が幸せを感じるのは豪華なドレスを贈られた時でも高い宝石を買ってもらった時でもありませんから!」
「な……んだと?」
お姉様はあんなにもお肉の前ではキラキラした顔になるというのに……
この侯爵、本当に何一つ自分の目で見ようとして来なかったんだわ。
そのことに心底呆れる。
「知ったような口をききおって! だが、残念だな。いくら小娘が減らず口を叩いたところでオリアンヌに自由はない!」
「……」
「何がなんでも本日、先方にオリアンヌは連れていくと約束したのだ!」
「……」
(この必死な様子……その縁談相手から先に前金としてお金を貰っているのでは?)
何となく私の中のお金に敏感な部分が働いた。
だとしたら、最低よ!
「だから、私は親としてオリアンヌは引き摺ってでも連れ帰っ───」
侯爵が再び、自分がオリアンヌお姉様の親だと主張しようとした時だった。
「──いいえ、セルペット侯爵。残念ながらオリアンヌ嬢はもう貴殿の娘ではありません」
「な……に?」
そこに勢いよく扉を開けてバーンと飛び込んで来たのは、出かけていたはずのお父様だった。
「お父様?」
「娘ではない? ……シャンボン伯爵! それはど、どういう意味だ!」
さすがの侯爵もお父様の突然の登場には驚いたのか、少し声が動揺している。
「その前に突然の訪問の詫びが欲しい所ですが……まあ、それは置いといて……えっと、そのままの意味ですが?」
「そのままの意味だと!?」
「はい。こちらをどうぞ」
憤慨する侯爵に対してお父様はにっこり顔で頷く。
そして一枚の紙を侯爵の前に差し出した。
侯爵は勢いよくその紙をひったくる。
そして、目を通すとみるみるうちに顔が真っ青になり、大きな声で叫んだ。
「な、な、なんだこれは! いったいどういうことだ!」
「どうって……そこに書かれている通りですが?」
お父様は全く動じずににこにこ顔のまま淡々と告げる。
「───本日付けで、オリアンヌ・セルペット侯爵令嬢はもうセルペット侯爵家の娘ではなく、タンヴィエ侯爵家の娘となりました」
「~~っ!?」
侯爵が声にならない声をあげる。
ちなみにタンヴィエ侯爵家はお母様の実家。
「ど、ど、どういうことだ!!」
「どうもこうも……今日からオリアンヌ嬢は養女としてタンヴィエ侯爵家の娘に───」
「二度も言わなくても分かる! そそそそうではない!」
侯爵が掴みかかる勢いでお父様に迫る。
「ああ、理由ですか? フルールがオリアンヌ嬢を保護した時からかなり慕っている様子で、しかも家族にしたそうな顔をしていたので……」
「!」
「可愛い娘の願いごと……これは! と思いまして至急、家族・親族会議を開きました」
「!!」
侯爵が勢いよく振り返ってお前か! という顔で私を睨む。
そんな顔をされても困るわ。
「いや! だ、だが! こういうことはさすがに当主で父親である私の許可が───」
「ああ、普通はそうですね? ですが、それもフルールが……」
「!」
お父様がまだ最後まで言っていないのに、侯爵は勢いよく振り返ってまたお前かーー! という顔で私を睨む。
だから、そんな顔をされても困るわ。
「フルールがヴァンサン殿下へ慰謝料の請求する時にですね、陛下についでに一つ“お願い”していたんですよ」
「へ、陛下にお……願いだと?」
侯爵の顔が引き攣る。
お父様はにっこり笑顔のまま説明する。
「───今回のゴタゴタに巻き込まれて、大きく心が傷付いたオリアンヌ・セルペット侯爵令嬢を、セルペット侯爵家当主の許可が無くても他家の養女に出来るように計らってくれ……と」
「ば、馬鹿な! そんな話が通るはず……」
「ですから、ヴァンサン殿下への慰謝料の金額を少しだけ減らすことを条件に交渉してみたのですわ!」
「なっ!?」
私はどーんと胸を張る。
それを聞いた侯爵は、真っ青な顔のまま、交渉してもありえないだろう? ……と首を振る。
だけど、突然何かを思い出したかのように私の顔を見ながら脅えたような震える声で呟いた。
「そう、だ…………へ、陛下も恐れる……娘」
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