王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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92. 全力で乗っかることにした

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 ───破滅を呼ぶ娘。
 毎日をつつましく、のびのびと自由に楽しく過ごしているだけの私……
 そんな私がなぜ、そんな新しい呼ばれ方をしたのかは、さっぱり分からなかった。
 でも……

(何だか、響きが怪しくてかっこいいから…………否定しなくてもいいわよね?)

 そう思った私は一切の否定をせずにその呼ばれ方に全力で乗っかることにする。

「ふふっ──ええ、そうですわ。それは私のことですわ(多分)」

 なので、私はなるべく怪しく見えるような笑顔で微笑んだ。  
 ……どうかしら?  私的にはばっちり決まったわ!

「はは!  殿下を脅し陛下も恐れているという娘だと聞いていたから、どんな娘かと思えば……間近で見ても全然大したことのないどこにでもいる娘じゃないか!」
「……?」

(陛下も恐れている?)

 破滅を呼ぶ娘なのは納得してくれたみたいだけど、ここで更なる疑問が生まれる。
 ……本当に本当に私のことかしら?
 まさかと思うけれど、他のフルールさんの話ってことはない?
 だって、破滅もなかなかだけど陛下が恐れるとか……
 物騒すぎてフルール違いを起こしているような気がしてならない。

 フルールという名の令嬢=シャンボン伯爵家の娘だって!
 最近の私は目立ってしまったから、この侯爵が勝手に早とちりしているのでは?

(ありえるわ……パーティーであれほどお姉様に睨まれたのにも関わらず、のこのこやって来るくらいだし!)

 そう結論づけた私はチラッとお兄様の顔を窺った。
 目が合ったお兄様は神妙な顔をして無言でコクリと頷く。
 一方、お姉様は心配そうにハラハラした目で私を見ている。

 ───フルール!  いいから、そのままいけ、乗っかれ!

 そんなお兄様の言葉が聞こえた気がする……
 そしてあの顔……やっぱりフルール違いの可能性が高いようね!

「……」

 お兄様の視線と思考をしっかり受け止めた私は無言で頷き返すと再び侯爵と向き合う。
 どこのフルールさんか知らないけれど、今はあなたの呼び名……全力で利用させてもらうわよ!!

「はははっ!  こんな、ぼんやり娘のどこに破滅とか怯える要素があるというんだ?」  

 侯爵はそう言って私を上から下まで見ると鼻で笑った。

「……ふふ」

(──いえ、私の方が知りたいわ。どんな令嬢なのか、ぜひ教えて欲しいわ!)

 そんな気持ちで破滅を呼ぶ娘っぽくなるよう頑張って妖艶に微笑んでみせる。

「やはり、陛下はもうダメだな。力を失った腑抜けた王族の言うことなど信じるには値せんな!」
「そうですね、父上!」

 隣の息子……オリアンヌお姉様の兄も大きく頷いた。
 その顔を見てあら?  と思った。
 パーティー会場では遠かったし、ここまでまともに顔を見ていなかったから気付かなかったけれど、この顔……私、どこかで……

「……」

 私は一生懸命記憶を探る。

「ほら見ろ。破滅を呼ぶ娘のくせに反論の一つも出来やしない!  なんと情けないことか。こんな娘に我が侯爵家が滅ぼされるわけがないのだ!!」
「おっしゃる通りです、父上!」
「やはりただの噂!  迷信だ」

 先ほどから言いたい放題なので、オリアンヌお姉様が今にも噛み付きそうな顔で二人を睨んでいる。
 危ないから飛び出さないようにと、お兄様が必死に抱きしめて抑えているけれど。
 その間も私は必死に思い出そうと頑張った。

(この美しいお姉様の血縁とは思えないくらいの薄っぺらい顔……そして、この妙に腹が立つ声……)

 すると突然、ハッと思い出した。
 そうだわ!  このペラペラ男は───……

「思い出しましたわ!  あなた……あの時の」
「ん?  あの時?  何か言ったか?」

 ペラペラ男がこっちを見た。
 真正面から向き合って私は確信した。

「あの時の…………あなたは婚約者がいる身でありながら、アニエス様たちに言い寄っていた軟弱浮気者男ですわ!」
「……え!?」

 あれはまだ、私がベルトラン様の婚約者になって二年程経った頃───
 この頃のベルトラン様は一曲だけ私と踊ると、いつもどこかに行ってしまうことが多くなっていた。
 その時もポツンとひとりぼっちになっていた私に、アニエス様がいつものように令嬢を引き連れて私の元に来てくれた。
 そしてダンスのアドバイスをもらいながら楽しく和気あいあいと話をしていた時よ!

『───失礼、美しいお嬢さんたち』

 そう言って楽しいお喋りの時間を邪魔して来た軟弱浮気者男だわ!

「自分は侯爵家の跡取りだから金はある。いい思いもさせてやる……そう言って強引に輪の中に入って来てしつこく令嬢たちに見境なく言い寄っていましたわ!」
「な、何の話だ?  き、記憶にないな」

 ペラペラ男が汗をダラダラ流しながら目を逸らす。
 私の経験上、こういう時に目を逸らす人は確定よ!!

「それだけではありません。そのあと、私は偶然見かけました。あなたが婚約者と思われる令嬢にヘコヘコしている姿を!」
「──なっに!」

 ペラペラ男は婚約者がパーティーに不参加だと思ってアニエス様たちに声をかけていたらしい。
 しかし、実は婚約者の令嬢は急遽参加することにしていたようで……

「浮気するつもりなら婚約解消するわ、と言われていて、慌てて君が嫉妬している姿を見るのが好きなんだ──とかいう薄ら寒い言い訳を吐いていましたわ!!」
「──!?」

 アニエス様たちはこのペラペラ男を相手にしていなかった。
 身分は高いけどいつもパーティーでは婚約者に隠れて令嬢に声をかけてばかりの節操のない男だと話していたから。
 それで、軟弱浮気者男と名付けたのよ!

「う……き、君はあの輪の中にいたのか……?  それよりな、なんで……そんな昔のことを覚えて……ハッ!」

 ペラペラ男が慌てて口を押える。
 そして、そろりと隣の父親の侯爵の顔を見た。
 どうやら侯爵はこの話を知らなかったようで、すごく怖い顔で息子のペラペラ男を睨んでいる。

「フルール、その話は本当なのか?」
「お兄様?」

 お兄様も不思議そうに訊ねてくる。

「本当でしてよ。ええ、よーーく覚えていますわ」

 あの時のアニエス様は、ダンスの心得というものを私に習得させようと必死になってくれて、一際熱っぽくアドバイスを語ってくれていたのよ!
 それをあのペラペラ男が割り込んで来たせいで続きを聞けなかったんだから!
 それに──……

「──あの人、ずっと父親には自分が婚約者と不仲なのは相手の令嬢のせいだと言い続けていたのよ。大嘘つきよね」
「お姉様!」
「破談になったら大変なことになるのはセルペット侯爵家の方なのに……よく言えたものね」

 お姉様はクスクスと愉快そうに笑う。
 なるほど、だから侯爵は怒りのオーラを放っていて息子のペラペラ男は慌てているのね?

「大変なのはどうしてなのですか?」

 侯爵家より上の公爵家に今は年頃の令嬢はいないはず。
 そうなると、同格か下の家格の令嬢との婚約だと思うのだけど?
 お姉様がクスッと笑って説明してくれる。

「あの人の婚約者って辺境伯家のご令嬢なのよ」
「なるほど、それは確かに怒らせてはいけない一家だ」

 お兄様がうんうんと頷く。
 辺境伯は国防を担っているため、おそらく最もこの国で武力に秀でている家。

「それに聞いた話だと辺境伯は堅物で有名だから、娘の婚約者の浮気を知ったら全兵力をセルペット侯爵家にぶつけてくるんじゃないのか……?」
「ええ!  その通りよ!  そうなったら色んな意味でセルペット侯爵家は窮地に追い詰められて───ふふ、破滅決定ね!」

 お姉様はとってもとっても嬉しそうに破滅と言った。
 肉の恨みは恐ろしい。

「うーん。だが、数年前の話だからな。さすがにもう浮気行動は控えているかも……」

 破滅までは持ち込めないかな、とお兄様が残念そうに言う。

「…………いいえ、そんなことはありませんわよ、お兄様」
「え?」

 私は首を横に振った。
 ……そう。
 私は知っている。

「だって、あの方───」

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