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89. やっぱり大親友
しおりを挟む「やりたくなさそうなんだって」
「え?」
「だから、説得するしかないって空気になっている」
リシャール様がため息と共に言った。
(や、やりたくなさそう……って)
「前にさ、今回の真実の愛の始まりは陛下だって話をしただろう?」
「ええ」
「いくら、ヴァンサン殿下やシルヴェーヌ殿下のように公の場で婚約破棄を宣言しなかったからと言っても今の王妃を選んだ陛下に何もお咎めがなかったわけじゃないらしいんだ」
そう言われてみれば……
げっそり王子と悪役王女の婚約者だったお姉様やリシャール様のことを思うと、パワーバランスや家柄、個人の能力を踏まえてかなり慎重に候補を選んでいる様子… …
それは陛下も同じだったのかもしれない。
そんな“誰もが認める相手”と婚約解消するとなれば──……
「慰謝料請求されちゃったり?」
「ははは! それもあったかもしれない……それで当時、王太子交代させようという話もあがったらしいけど、王弟殿下の方がきっぱり断ったそうだ」
そんなに王様やりたくなかったのね……
「妹の王妹殿下は?」
「当時の王妹殿下も自分には荷が重いと断ったとか」
「なるほど……なかなか上手くいかないものなのですね」
今も二人があまり表に出て来ない理由が何となく分かった気がした。
昔からやる気がないのに、今回、あんな面倒事ばかり残した兄陛下たちの後始末なんて進んでしたいとは思わないわよね……
そう思った私は呟いた。
「……もう、それならいっそ王政なんて廃止しちゃえばいいのに」
「え?」
リシャール様がびっくりした顔で聞き返してくる。
「だって、私が想像した血みどろ椅子取りゲーム、玉座には誰も着いていませんでしたわ」
「……」
「それって、もうこの国の王に相応しいなり手はいない! そういう意味だったりして───……リシャール様?」
「……」
何故かそこでリシャール様が真剣な顔をして考え込むように黙り込んでしまう。
「リシャール様?」
「…………あ、いや。そういう考え方がフルールらしいな、と思って」
「私らしい、ですか?」
リシャール様はうんっと頷いて笑うと、そのままギュッと私を抱きしめた。
「もし、フルールと同じことを考えていても声に出す度胸のある人ってそうそう居ないからね」
「あら、そうなんですか?」
「そうだよ」
リシャール様がコツンと額を合わせてくる。
「この間もさ、あの場で王太子に“金払え”って堂々と言えるのはフルールくらいだよ」
「いえ! あれは正当な権利ですから!!」
私がきっぱり告げるとリシャール様がフッと小さく吹き出した。
そして、熱っぽい目で私を見つめる。
「───フルールのそういうところ、大好きだよ」
「……んっ」
そのままリシャール様が愛の言葉と一緒に私の頬にチュッとキスをした。
ちょっと擽ったくて笑ってしまう。
とりあえず、これは褒められてるのだと思うことにした。
────
そうして、過ごしているとそろそろ帰らなくてはいけない時間になった。
帰宅のため部屋を出た私はリシャール様と手を繋いで馬車の待機所まで一緒に廊下を歩く。
(……すごい見られているわ)
その間、私には王宮内にいる人たちからの視線が突き刺さっていた。
(お姉様が言っていたのはこういうことかしら?)
皆、私を見てあれが噂のシャンボン伯爵家か……などと言っている。
(噂とは?)
また、声をかけたいけれど、どこか躊躇ってる……そんな視線も感じる。
(これは……もしかして!)
「リシャール様! すっかり私も有名人みたいです!」
「うん。チラチラ見られているね」
「私、思ったのですがこれってきっと……」
「これって?」
私はリシャール様に向かってにんまりと笑う。
「───目標とする最強令嬢に私がまた一歩近づいたという証拠ですわ!」
「え?」
リシャール様がきょとんとした目で私を見る。
そして目を何度もパチパチさせたあと、ぷはっと吹き出した。
「なぜ、笑うのです?」
「いや……本当にフルールが可愛いくて、可愛いくて……」
「?」
私が首を傾げているとリシャール様が少し寂しそうな声で言った。
「このまま帰したくないな。フルールを家に連れ帰りたい……」
「!」
その言葉に胸がキュンとなる。
私だって可能ならこのまま公爵家に……でも。
「残念ながら外泊はお兄様が認めてくれませんの」
「アンベール殿は、その辺はしっかりしていそうだもんな……」
「はい。結婚するまでは、あれもまだしてはいけない、これもダメと色々制限を言われていますわ」
(ですから、子守唄も冷たい視線で罵ってもらうことも全部、結婚後の楽しみとして取ってありますわよ!)
「そうか……アンベール殿はずるいな、自分だけちゃっかり同じ家で愛を育……」
「え? お兄様がずるい? リシャール様? それはどういう──」
リシャール様に聞き返そうとした時だった。
「あーら、もしかしてその冴えない後ろ姿はフルール様ではありません?」
「──!」
私はハッとする。
(───この声は!)
私は勢いよく後ろを振り返る。
───やっぱり!!
そうよ。私がこの声を聞き間違えるはずないわ。だって大親友だもの!!
そう。
そこに居たのは……
「アニエス様!」
私はアニエス様に満面の笑みを浮かべながら駆け寄る。
あのパーティー会場では、アニエス様は究極の照れ屋さんなのについつい名前を出してしまったから少し気にはなっていた。
でも、良かったわ。声も姿も
とっても元気そう!
「ひっ! その眩しい笑顔はなに!?」
「アニエス様、ご無沙汰しておりますわ! パーティの日以来ですわね」
「……!」
私がパーティーと口にした瞬間、アニエス様の目がカッと大きく見開く。
「……パーティー!! そうよ……パーティーよ……」
「アニエス様?」
アニエス様は下を向いて、ふふ、ふふふ……と楽しそうに笑い出した。
「そうよ……わたし、あのパーティーの日からどうしてもどうしてもフルール様に会いたいと思っていましたのよ!!」
「まあ! それは嬉しいです! それならいつでも訪ねて来て下さって良かったのに」
「……は?」
「もちろん、アニエス様ならいつでも我が家は大歓迎ですわ!」
私は満面の笑みで答える。
そんなに会いたいと焦がれてくれるなんて! やっぱりアニエス様は私の大親友だわ!!
「大歓迎!? ……くっ! 何を言っているのですか! 行けるわけないでしょう!」
「え?」
アニエス様が恥ずかしそうに照れてしまっている。
そんな悔しそうな顔までして……
まさか恥ずかしくて我が家を訪ねられないだなんて!
そんな照れ屋さんなアニエス様は、深く息を吐くと髪をかきあげ、私に言った。
「フルール様! あの場での大親友とかいう発言はいったいなんだったのですか!」
「え?」
「わたしはそんなこと……頷いた覚えがありません! 迷惑です!」
「え……?」
一瞬、冷たく突き放されたような気がしたけれど、すぐに私はそうではないと気付く。
(そうよ! アニエス様はとても人気の高い方……!)
よく、多くの令嬢を後ろに引き連れているものね。
そんなアニエス様と私が友人だということは、他の令嬢たちももちろん知っていることではある……
けれど、それが“大親友”とまでなると、何でお前だけが! と、アニエス様を慕う他の令嬢たちの嫉妬を買ってしまう可能性があったということ。
つまり!
(アニエス様は他の令嬢からやっかまれてしまうかもしれないからと、私のことを心配してわざと突き放そうと思ってそう言ってくれているのね?)
───ああ、本当にいつもながら、なんて優しい方なのかしら!
「アニエス様!!」
(もう一度、言うわ! アニエス様、やっぱりあなたは私の大親友よ!!)
私はアニエス様の手を取ってギュッと握ると、じっと彼女の目を見つめた。
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