王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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87. 全てを失う?

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(なんでそんな顔を私に向けるの……?)

 私の気のせいでないなら、今、確実に国王陛下と王妃様と目が合った気がする。
 だけど、雲の上の存在の二人が私を見て顔を引き攣らせた理由がさっぱり分からなかった。

(あ!  もしかしてパーティー会場こんなところで殿下に慰謝料請求したから?)

 貧弱しなしな王太子の真実の愛の行方がどうなるかまでを見守って慰謝料請求は後日にすべきだった?
 一瞬、そう思ったけれど、お兄様やオリアンヌお姉様のことを思えばやっぱりこのタイミングがベストだったとしか思えない。
 なので、私は怯むことはせずに真っ直ぐ二人を見つめ返した。



 突然の国王陛下と王妃様の登場に会場内は騒然となるも、皆、頭を下げて二人を迎え入れた。
 もちろん私もそれに倣う。

「……フルール」
「リシャール様?」

 私の隣にいるリシャール様が小声で私の名前を呼びながら手を握ってくれる。

 ちなみにリシャール様は私が走り出したあと、すぐに追いかけて来てくれて、私が慰謝料請求する様子をずっと見守ってくれていた。

「フルールは間違ったことはしていない。殿下の真実の愛が壊れたのも自業自得。慰謝料請求されたのも自業自得だ」
「はい!」

 何を言われても、貧弱しなしな王太子が慰謝料請求に同意したことは証人もたくさんいる。
 王家としても、これ以上の失態は勘弁して欲しいはずだから、それを覆すなんて真似はしないはず。
 そう思いながら、とりあえず大人しく陛下たちの発言や行動を見守ることにした。

「───ヴァンサン」
「ち、父上……!」

 皆が見守る中、陛下と王妃様は真っ直ぐぐったりしている息子の所へと向かった。

「お前と言う奴は……あれだけ言ったではないか!」
「……っ」

 陛下が怒っているのは、きっと真実の愛に溺れてやらかした一連のことだろう。
 私も含めて誰もがそう思った。
 しかし……

「シルヴェーヌがあれだけ、シャンボン伯爵令嬢には関わってはいけないと忠告していたのに!  なぜ関わったのだ!」

(……ん?)

 何だか思っていたのと違う言葉が聞こえて来た。
 当然、会場中も大きくザワついた。
 チクチク視線を感じるわ。

「ち、違うんです……!  私はオリアンヌと話していたはずなのに、何故かシャンボン伯爵家の令息が現れ……つ、次に、気がついたらあの珍妙むす……令嬢が自分の目の前に居たんです!!」

 貧弱しなしな王太子は必死に陛下にそう訴える。
 私はこの発言を聞いてどうしても腑に落ちないことがあった。

「──……私はちゃんと走って殿下の前に行ったのに!  人を神出鬼没のように言わないで欲しいわ!」
「フルール……」

 私が不満気にそう呟くとリシャール様がギュッと手を強く握ってくれた。
 でも、どうしてなのかその手が少し震えている。
 もしかして、これ……笑っているんじゃ?  と思った。



「───それで、こんな赤っ恥を晒して慰謝料も請求されて?  ……なんということだ」
「だから、関わって欲しくなかったのに!」

 陛下と王妃様は深いため息を吐いている。

「王家の人間だろうが誰だろうが気にせずグイグイやって来るから、捕まったら最後…………シルヴェーヌはそう言っていただろう?」
「……うぅ」

 陛下に怒られて貧弱しなしな王太子はもはや虫の息になっていた。
 萎れた息子を見てもう一度ため息を吐いた陛下が私たちの方に顔を向ける。
 まず、その視線はオリアンヌお姉様に向けられた。

「シルヴェーヌの時のリシャール殿には公爵位の継承で婚約破棄の件は水に流して貰ったが、ヴァンサンは……」
「陛下、発言の許可をいただけますか?」

 オリアンヌお姉様が立ち上がって発言の許可を求めた。

「ぐっ……なんだ、セルペット侯爵令嬢」
「オリアンヌとお呼びくださいませ。セルペット侯爵家とは縁が切れたも同然の身ですので」

 オリアンヌお姉様はそう口にすると、じろっとセルペット侯爵家の面々に冷たい視線を向けた。

「───そこにいる私の父親だったセルペット侯爵様、勘違いしないで下さいね?  私の可愛い義妹となるフルール様が婚約破棄の件で請求してくれたのはあくまでも私への慰謝料ですから、ね?」
「オ……オリアンヌ……!?」

 セルペット侯爵が悲痛な声を上げた。
 オリアンヌお姉様の言う通りで、婚約破棄に関する慰謝料の支払い先は当然、セルペット侯爵家ではなく、オリアンヌお姉様個人。

(それよりも!  妹!  可愛い妹と呼んでくれたわ……!)

 私はそのことが嬉しくて、今にもはしゃぎたい気分なのを必死に押さえ込む。

(……あ!)

 同時にリシャール様の手の力が強まったので、何となく私の気持ちが見透かされている気がした。



「……オリアンヌ嬢、ヴァンサンのしたことの詫びとしてなにか望みはあるか?」

 陛下にそう聞かれたオリアンヌお姉様は、陛下の目を真っ直ぐ見て答えた。

「それなら、あります」
「なんだ?」
「───私はヴァンサン殿下の廃嫡を求めます」
「なっ!?」

 ざわっ
 オリアンヌお姉様の放ったその言葉に一気に会場中が騒がしくなる。
 陛下もまさかそんな願いが来るとは思わなかったのか動揺していた。
 廃嫡を迫られた本人も同じく目を丸くしてオリアンヌお姉様を見つめている。

「ヴァンサンを廃嫡……だと!?」
「はい。フルール様も先程、ヴァンサン殿下に直接そう告げていましたが、同意しかありません。もはやこの会場にいる誰もが同じ気持ちだと私は思っています」
「なっ!  ヴァンサン!  お前……シャンボン伯爵令嬢にそう言われたのか!?」

 オリアンヌお姉様の言葉を受けて陛下が貧弱しなしな王太子に訊ねる。
 殿下は悔しそうに無言で頷いた。

「ま、待て……そんなことをしたら……跡継ぎがいなくなるではないか!」
「まさか、シルヴェーヌの王位継承権を復活させろとでも言うの!?」

 陛下と王妃様の抗議にオリアンヌお姉様は首を横に振って否定する。

「いいえ。ヴァンサン殿下同様、シルヴェーヌ王女殿下も真実の愛に溺れて愚行を犯したのでしょう?  ならば王女殿下にも当然、その資格はありません」
「なっ!」
「そしてそんな二人の王子と王女の犯した愚行の責任は親である陛下たちにあるのではありませんか───?」 

 オリアンヌお姉様からだけでなく、会場中の人たちから陛下と王妃様に冷たい視線が注がれる。
 それはまさに王家の威信が地に落ちたも同然。

「いや、待っ……なんだその視線は……」
「わたくしたちが責任とったらこの国はどうなるの!」
「───大丈夫です。陛下が退位されても王弟殿下や王妹殿下がいらっしゃいます」

 オリアンヌお姉様はにっこり笑顔でそう言い切った。

「ぜひ、次の議題で話し合って下さいませ、国王陛下の進退についてを───」
「オリアンヌ嬢!  どうしたというのだ!  以前のそなたならこんな要求……!」

 顔面蒼白となった陛下がオリアンヌお姉様に訴える。

「そうですね。陛下の仰る通りです。以前の私なら殿下から婚約破棄されて、家族からひどい仕打ちを受けたからといっても、こんなことは言い出しません。いえ、言い出せませんでした」
「ならば、なぜ……!」
「それは──」

 オリアンヌお姉様は一旦言葉を切るとチラッと私の顔を見た。
 お姉様と私の目が合うとにこっと微笑まれた。
 そして、オリアンヌお姉様はもう一度陛下の方を向くと、とても美しい笑顔で告げる。

「私の可愛い可愛い義妹が、自分らしく生きるということを私に教えてくれたからです」
「それ……は、さっきも言って……まさか、シャンボン……す、全てを失う……」

 真っ青な顔の陛下が身体を震わせながらおそるおそる私の顔を見てきた。

(……なんでまた私を見るの?)

 私は首を傾げる。
 でも、目が合った陛下の表情は、お前かーーーー! 
 と言っているように見えた。
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