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80. 悪役令嬢の登場

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「あたしは殿下が弱くても気にしません!」
「うぐっ……」

(すごい光景……)

 何がどうしてこうなったのか、さっぱり分からないけれど凄いことになったわ。
 そう思いながら貧弱王太子が弱まっていくのを黙って見ていた。

(貧弱がさらに貧弱に……)

 真っ青な顔で必死に暴走しているエリーズ嬢を止めようとしているけれど、その度に弱い弱いと連呼されている……

「……リシャール様」
「く、くく……うん? フ、フルール……どう、した?」

 まだ、必死に笑いを堪えているリシャール様。
 いえ、この場合は笑いを堪えているというより吹き出すのを我慢しているが正しい。
 そして、目には薄ら涙まで見える。

「エリーズ嬢のあれは……庇っている、のですよね?」
「ふっ……あ、ああ、そう……思うよ」
「なるほど……絶妙にフォローが下手な人っているものなのですね」

 私がしみじみとそう口にしたらリシャール様が耐え切れずに吹き出した。

 一方で更なるダメージを受け続けた貧弱王太子は「不敬だ!」とエリーズ嬢に怒りたいのに怒れないというジレンマを抱えているようだった。

「───だって、あたしと殿下は真実の愛で結ばれているんだもの!」
「あ、ああ……そうだな。真実の……」

 そうして散々、心を抉り続けたエリーズ嬢はようやくその言葉で締め括った。
 そして最後に“真実の愛”を持ち出したものだから、皆の中に失笑が盛れる。

「真実の愛……」 
  
 貧弱王太子は周囲に笑われながら呆然とした顔でそう呟いている。
 私はリシャール様の肩に手を置いて揺さぶる。

「リシャール様!  私たちまだ何もしていないのに真実の愛が揺らぎ始めましたわ!」
「いや、きっかけはフルール……」

 リシャール様が苦笑しながらそう言った時だった。 

「そうだ!  む、娘!  よ、よくも……余計なこと、を言ってくれたな!  これは全て貴様のせいだ!」

 呆然としていたはずの貧弱王太子が私を見ながら怒鳴り始めた。
 残念、立ち直ってしまったみたい。
 私は首を捻って聞き返す。

「余計なこと……ですか?」
「そそ、そう、だ!  貴様が私に向かって………………なんて言うか、らだ!」

 自分で自分を“弱い”などとは口にしたくなかったのか、肝心な部分はモニョモニョしていて聞き取れない。

「えっと……申し訳ございません。よく聞こえませんでした。それで私が言った余計なこととは?  もう一度はっきり口にして頂きたいのですが?」
「……ぐっ!」

 貧弱王太子は悔しそうに唇を噛むと真っ赤な顔で再び怒鳴った。

「───も、もういい!  娘、さっさとリシャールと共に下がれ!」

 そう怒鳴って終わらせようとしたのに、残念ながら真実の愛の相手はここで譲らなかった。

「ええ?  殿下、駄目ですよ?  暴言は見逃したらいけません。この先もつけあがらせるだけですよ」
「なっ!?  エ、エリーズ……いや、わ、分かってくれ……」
「何をですか?  殿下のことを弱い犬などと口にした人のことは絶対に許してはいけません!」
「……!」

 まさかのほじくり返しに、貧弱王太子の顔がどんどん引き攣っていく。
 その理論で言うなら最も許せない人は誰なのか───

「いや、エリーズ……それはちょっと……」
「えー?  どうしてですか?」
「分かるだろ?  な?  分かってくれ……」
「いいえ、駄目ですよ」

 貧弱王太子は貧弱なりに穏便にやり過ごそうとしているのに、全く譲る気配のないエリーズ嬢。

「……くっ!  そうだ、こ、これはエリーズが悪いのではない。エリーズは純粋だからな……し、仕方がない……のだ」

 そして必死に自分に言い聞かせている。
 だけど周囲はそんな二人を白けた目で見るばかり。

「はっ!  分かったぞ娘……!  これは貴様の策略だな!?  エリーズの可憐で優しい純粋な性格をわざと利用しようと企んだのだろう?  なんて女だ」
「───おそれながら、私とエリーズ様は本日が初対面でございますわ」
「……っ!」

 もう止めておけばいいのに……なにか言えば言うほど墓穴を掘っていく貧弱王太子。
 周りの視線に耐えられなくなったのか今度は真っ赤になって怒り出す。

「……な、生意気な!  貴様のような娘、この王太子である私の手にかかれば───」
「───それ以上は口にしない方がよろしいかと思いますよ?  ヴァンサン王太子殿下?」

 その言葉を遮るかのように会場の扉が開いた。
 一人の令嬢がエスコートを受けながらコツコツと靴音を鳴らしながら入って来る。

「王族の持つ“権力”の正しい使い方───確か、子供の頃にあなたと一緒に机を並べて教わった覚えがありますけど?」
「……っっ!  お前……」
「な!」

 貧弱王太子殿下は目を大きく見開き、会場の扉を凝視している。
 エリーズ嬢もハッと息を呑んだ。

「ああ、でもあなたは忘れっぽい方でしたから、もうそんなことは覚えていないのかもしれませんね?  ふふ、失礼しました」

 入場して来た令嬢───オリアンヌ様はそう言って美しい微笑みを浮かべた。

(お姉様……)   

 私はその美しさに見惚れた。
 そんなオリアンヌ様の登場には当然、会場中が騒がしくなる。

「お、お前……オリアンヌ!」
「ご無沙汰しております。実は先程からずっと様子を窺わせていただいておりまして…………殿下は青くなったり赤くなったり声を張り上げたりと相変わらずお元気そうですね!」
「な、なんだと!?」

 ……ぷっ!
 オリアンヌ様のさり気ない一言に会場の何処からか笑いが漏れる。
 その笑いは伝線し会場内でどっと笑いが巻き起こった。
 そんな中でも、オリアンヌ様は悠然とした態度で微笑む。

「新しくお迎えになるという、婚約者の方とも大変と仲がよろしいようで……さすがは真実の愛で結ばれた二人だと大変感動させていただきました」
「……ぐっ」

 何も言えなくなった貧弱王太子に代わって声を上げたのはエリーズ嬢だった。

「オリアンヌ様……!  今日は体調不良で不参加……ではなかったのですか!?  どうしてここにいるのですか!?」
「さあ?  ……連絡の行き違いではないかしら?」
「なっ!」 

 あっさり言葉を返されたエリーズ嬢も押し黙る。

「───ですわよね、そこにいらっしゃるお父様?  私は帰国してからもずーーっと元気に過ごしていましたわよね?」

 オリアンヌ様は今度は家族───父親に向かって微笑んだ。
 でも、その目の奥は全く笑っていない。

「オ、オリアンヌ!  …………なぜ……だ」

 セルペット侯爵がそう呟くとオリアンヌ様は父親をじっと見つめながら不思議そうに首を傾げた。

「でも、何故か不思議なのです。私は昔から病気一つしないくらいの健康体なのに、何故か周囲には病弱だと言われることが多くて……どうしてなのでしょうね?  お父様」
「さ、さあな。どうして……だろうな……は、ははは」

 忽然と消えて行方不明だったはずの娘が突然現れたことで動揺している侯爵は目を逸らしながら笑う。

 病弱だと言われている───
 このことについては前にオリアンヌ様の口から聞いた。
 昔からオリアンヌ様は、性格が少々やんちゃだったため、それを隠すために父親は嘘をついて世間には病弱だという噂を流していたのです、と。

「オ、オリアンヌ!  本当に何をしに来たんだっ!」

 貧弱王太子が混乱した様子でオリアンヌ様に怒鳴りつける。
  
「もちろん、殿下の帰国と新たな婚約のお祝いですが……他に何かありますか?」
「う、嘘だ!  そ、それだけのはずがないだろう!」
「あら、どうしてですか?」
「そ、それは……」

 オリアンヌ様の雰囲気に完全に圧倒されている貧弱王太子は、その先の言葉が言えずにウダウダしている。
 そこに代わってエリーズ嬢が声を張り上げた。

「オ、オリアンヌ様が!  あたしたちの真実の愛を邪魔する悪役令嬢だからよ!」
「悪役令嬢?」
「そうです!  だから、オリアンヌ様はヴァンサン殿下に婚約破棄されちゃったんですから!  あたしたちの愛は真実、永遠なんです!  邪魔しないでください!!」

 そう言って貧弱王太子にしがみつくエリーズ嬢。
 オリアンヌ様はそんな二人を見てクスッと笑った。

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