王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

Rohdea

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77. 悪役令嬢の怒り

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(オリアンヌ様の方から聞こえたけれど、何の音かしら……?)

 聞き慣れない音に驚いてオリアンヌ様を見ると、オリアンヌ様は手に何かを持っていた。
 飲んでいたお茶のカップはテーブルの上だし、他には何も手に持っていなかったと思うのだけど?

「……オリアンヌ様、それは?」
「申し訳ございません、強く力を入れたら椅子から外れてしまいました」
「椅子から?」

 そう謝られてまじまじと見ると、オリアンヌ様の座っていた椅子の肘掛けが片方無くなっている。
 そして、その外れた肘掛けをオリアンヌ様が手に持っていた。
 私は、なるほど……と頷く。

「知らなかったですわ!  その椅子の肘掛けって着脱可能だったんですね?」
「いやいや、フルール。さすがにそれは!  俺も初めて聞いたぞ」
「でもお兄様、オリアンヌ様の手には外れた肘掛けが……」
「だから、それは……」

 お兄様が困った顔でオリアンヌ様の顔をチラッと見ると、オリアンヌ様は肘掛けを手に持ったまま冷たく微笑んでいた。
 何だか迫力がすごい。

「……アンベール様を誘惑したですって?」
「オ、オリアンヌ嬢?」
「……そして抱きついた?  私だってそこまで触れていないのに?」
「え、えっと?」

 オリアンヌ様から放たれるすごい冷気にお兄様が圧倒されている。
 一方の私は、そんなオリアンヌ様の様子に身体がゾクゾクし大興奮していた。

(び、美人の冷たい微笑み……素敵!)

 ────お、お姉様と呼びたい!!

 私が内心でそんなことを考えながら震えている最中もオリアンヌ様の怒りは収まらない。

「……そして?  あの貧弱が殴ったですって?  アンベール様のこの素敵で綺麗な顔を?」
「す、素敵?  綺麗?」

 戸惑うお兄様に向けてオリアンヌ様は静かに微笑む。

「貧弱が殴ったということは……彼はその場に?」
「そ……そうなんだ。男爵令嬢に抱きつかれた所を捜索に参加していた王太子殿下が運悪くやって来て目撃されてしまったんだ」
「それで、あの貧弱は話も聞かずにあなたに拳を?」

 お兄様は殴られた頬を自分の手でそっと押さえながら頷く。

「俺もリシャール様も男爵令嬢の方から抱きついて来たと説明しても、そんなことをする人ではない!  と言い切られて聞く耳を持たない感じだった……あれは重症だよ」
「ではエリーズ様は?  彼女はその場にいて何も言わなかったのですか?」
「それが……」

 そこで一旦お兄様は言葉を切ると、ため息を吐いた。

「───お願い!  二人共!  やめて?  あたしのために争ったりしないで!  と言って泣き出してしまったんだ」
「なっ!  そんなことを口にしたら……」

 話を聞いたオリアンヌ様の顔が青ざめていく。
 そう。
 そんなことを口にすれば、ますます怒るのが分かりそうなものなのに……

(……ん?  待って?)

 何だかすごーく覚えのある言葉と行動だわ、と思った。

「そうなんだ。彼女の発した言葉はますます王太子殿下を怒らせた」
「……やっぱり!」
「リシャール様が怒り狂う殿下を何とか押さえてくれたから、どうにか帰って来れた」
「アンベール様!」

 悲痛な顔をしたオリアンヌ様がそっとお兄様の殴られた跡に手を触れた。

「心配をかけてすまない」
「いえ……でも酷い、こんなの許せないわ!」
「オリアンヌ嬢……」

 お兄様が状況を語り、二人がお互いの顔を見つめ合う中……

「……オリアンヌ様の婚約破棄、それに伴う精神的苦痛分の上乗せは必須……それから、今回のお兄様へ対する暴力事件……治療代と精神的苦痛分と……ああ、もしかしたらリシャール様にも暴言吐いているかも……上乗せ必須……」 

 私はブツブツとあの貧弱王太子に請求する慰謝料の金額について考えていた。



─────


 そして翌日。
 リシャール様がお兄様の容態を心配して駆け付けてきてくれた。

「殿下は、エリーズ嬢の浮気を疑うどころか自分の愛する相手に手を出されたと、かなりご立腹だ」
「本当に見た目だけでなく、中身も貧弱な方のようですわね……」

 殴られたお兄様の怪我は数日で腫れは治まるとはいえ、私はもちろん怒りが消えていない。
 リシャール様もかなりお疲れの様子で国宝の美貌にはどこか陰りが見え……

(はっ!  大変だわ!!)

 私はギョッ驚くと、慌ててリシャール様の頬に両手を添えてグイッと顔を近付ける。
 その瞬間、リシャール様の顔が真っ赤になった。
 私はそのことには構わずその美しい顔のある一点をじっと見つめる。

「フ、フルール?  どうしたの?  急にそんな積極的……」 
「リシャール様!  その頬にうっすら見える傷はなんです?  この間まで無かったと思うのですけど?」
「え?  フルールよく気がついたね?  これは昨日、殿下を止めながらもみ合った時に───」

 私はカッと目を大きく見開く。
 なんてことなの!

(お兄様だけでなく────国宝にまで傷をつけたのね!?)

 私はますます貧弱王太子が許せなくなる。

「国宝のリシャール様まで傷つけるなんて……」
「え?  フルール?」
「……昨日、お父様と具体的な慰謝料請求金額を話し合ったばかりですけど上乗せ決定ですわね」
「フルール……」
「───そして、真実の愛で皆に大笑いされるといいですわ!」

(貧弱王太子!  あなたがそうして笑っていられるのもパーティーまでよ!)

「……フ、フルール、分かった。分かったから……ち、近い!」
「え?  つい夢中になってしまいましたわ」

 慌てて私がリシャール様の両頬から手を離して離れようとしたけれど、リシャール様が私の手を掴む。
 そして、じっと私の目を見つめた。

「え?  リシャール様?」
「これだけ煽られて僕がフルールを逃がすと思う?」
「あお……」

 言い終わる前にリシャール様の唇が私の唇を塞いだ。



(甘い……)

 しばらく甘いキスの時間を過ごした後、リシャール様が私を抱きしめたまま、キョロキョロと部屋の中を見渡しながら聞いてくる。

「そういえば、アンベール殿とオリアンヌ嬢はどこにいるの?  姿が見えないけど」
「お兄様たちですか?  お兄様の部屋にいると思いますわ」
「うん?  アンベール殿の部屋?」

 リシャール様が不思議そうに首を傾げながら、すごく小さな声で呟いた

「……この間、芽が出たばかりだけどもう花が咲いたの、か?」
「花?  なんの話です?」
「いや……」

 リシャール様は苦笑した。
 私はリシャール様に二人の様子を説明する。

「昨日からお兄様のお世話はオリアンヌ様がしていますわ」
「お世話?」
「ええ、怪我が治るまでは私がお世話します!  とオリアンヌ様が言ってまして付きっきりですの」

 リシャール様はうーんと考えながら聞き返してくる。

「アンベール殿の怪我って殴られた頬だけじゃ?」
「ええ、頬だけですわ」
「それで付きっきりのお世話?」
「オリアンヌ様、相当貧弱王太子に対して怒っていて、お兄様を心配していましたからね」

 私がそう答えるとリシャール様はますますうーん?  と唸った。

「そう……か。そういうもの……か」
「そういうものですわ」

 リシャール様は頷きながら今度は部屋の隅に置いてある椅子に目を向けた。
 あれは昨日、なぜか肘掛けが壊れてしまった椅子。

「あれ?  あの椅子壊れちゃったの?」
「はい、昨日お兄様が男爵令嬢に誘惑されたという話を聞いた時に壊れてしまいました」
「へー……」
「座っていたオリアンヌ様曰く、少しだけいつもより力を入れてしまったそうなんですけど」
「ん?」

 リシャール様が珍しくポカンとした表情をしている。

「……壊れちゃうくらい古かったのかな?」
「いえ。それが、お父様もわりと新しい椅子なのに不思議だなぁって笑ってましたわ。不良品だったのかもしれませんわね!」
「……」
「リシャール様?」

 何故かリシャール様が黙り込んでしまったので、顔をのぞき込む。
 するとリシャール様は小さな声でブツブツと呟いていた。

「───最強令嬢が二人になった」

 ……と。



 それから日にちはあっという間に流れ、パーティーの日はもう目前と迫っていた。

 もちろん、その間の私たちはそれぞれの情報収集を進め……戦えるだけの準備は万端。
 あとはパーティー本番に貧弱王太子に色々と突きつけるだけ!
 一方で貧弱王太子の方は、男爵令嬢に関するパーティーまでに結果を出すというタイムリミットが刻一刻と迫っていた。


 そうしてパーティーが前日に迫ったその日。
 とある一報が入って来た。

「───フルール!  大変だ!」
「リシャール様?」

 リシャール様が慌てて我が家にやって来た。
 そして私にこう言った。

「───エリーズ嬢が、先日受けていたお妃教育のテストをクリアした……そうだ」

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