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75. 不吉な予感
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フルールのその笑顔に胸がドキッとする。
普段見せる可愛くて無邪気な笑顔とはまた違った魅力に思わず見惚れてしまう。
「リシャール様? どうしました?」
「いや……なんでもない……」
フルールは、今集めている情報のあれやこれやを全部、パーティーで公にするつもりなのだろう。
そして今、耳元で囁かれた話───……
普通にこのままなら有り得ない話。
だが、もしも本当にフルールの言っていた通りのことになれば、王太子殿下の真実の愛は確かに試されることになるだろう。
(フルールの勘はとにかく凄いからな)
本当に僕の最愛の人は“最強”だ。
「……ふっ」
そんな、フルールの元気いっぱいの最強の笑顔を思い出してはつい笑ってしまう。
「リシャール様?」
「あ、すまない」
声をかけられて慌てて緩んだ顔を元に戻す。
今日はアンベール殿が王宮に来てくれている。
彼も友人から情報集めるためにあちこち奔走しているので大変そうだ。
「頬が緩んでいたので、フルールのことでも考えていたのですか?」
「そ、そ、れは!」
図星だったので僕が言葉を詰まらせると、アンベール殿はハハッと笑った。
「このゴタゴタが片付いたらフルールの嫁入り準備が本格的に始まるんですね」
「……!」
そう言った顔は笑顔だったけど少し寂しそうだ。
(この表情……やはり、寂しいのだろうか)
いずれ彼女を掻っ攫う身として居たたまれず目を伏せる。
「……フルールが嫁にいく。嬉しいけど寂しいな……そんな気持ちを抱いた時もありました───が」
(……ん?)
何だか思っていたのと違う言葉が聞こえて顔を上げた。
僕たちの目が合う。
「何ですかね。今、やる気に満ち溢れてメラール化しているフルールを見ると逆に、公爵夫人としてやっていけるのか心配で心配で……」
「アンベール殿……?」
どうやら、寂しさより心配が上回ってしまったようだ。
僕は慌てて宥める。
「いやいや、心配は不要かと!」
「え?」
「いや、ほらフルールってメラール化している時、頭の回転が早いなと思うことが多くて」
今回の件の情報収集だってそうだ。
それぞれの立場で出来る最前の役割を迷うことなくテキパキ振り分けていた。
「……ただ、なぜかあの伯爵令嬢に関してだけは不思議でしょうがない」
「アニエス嬢のことですか? 俺もです……けど、フルールの中ではもう彼女とは大親友だそうですよ?」
「大親友!?」
なんと! 伯爵令嬢が聞いたらその場で卒倒しそうなセリフだ。
まぁ、フルールのことだから「アニエス様ったら倒れるくらい喜んでくれてます!」とか興奮してこれまた可愛い顔で報告してくれるのだろうが。
「そういえば、今日はフルールは?」
「あー……オリアンヌ嬢とお茶会をしていますよ」
(顔が……)
アンベール殿は自分で気付いているのだろうか?
“オリアンヌ嬢”と彼女の名を口にした時、フルールの話をする時に見せる顔とは、また少し違う顔で綻んでいることを。
(だが、余計な話はするべきじゃない)
「お茶会?」
二人は気も合うようで普段から仲良くお茶を飲んでいると聞くのに、なぜわざわざお茶会にする必要が?
不思議に思っていたらアンベール殿が説明してくれた。
「公爵夫人になったら自分主催でお茶会を開くこともあるからと言って、オリアンヌ嬢からレクチャーを受けるのだととにかく張り切っていました」
「なるほど」
(元々高位貴族で、更に厳しいお妃教育を受けていた人だからな)
「楽しくやっているのが想像つく」
「……そうですね、オリアンヌ嬢からはどことなくフルールと似た匂いを感じますので」
「それは分かる」
アンベール殿の言葉に思わず笑ってしまった。
すると、アンベール殿は少し照れ臭そうに言う。
「……だからですかね? リシャール様。俺はオリアンヌ嬢のことがなんだか放っておけないんですよ」
「!」
「彼女を見ていると手を伸ばしたくなるんです」
「……」
オリアンヌ嬢の方の気持ちは分からないが、シャンボン伯爵家の使用人たちによる二人をあたたかく見守る計画は上手くいっているような気がした。
その後も、今度行われるパーティーの話などをしていたら、いつの間にかアンベール殿の帰る時間になっていた。
「あ、いけない。そろそろ……」
時計を見上げながらアンベール殿が呟いた。
そして、ソファから立ち上がると僕に向かって頭を下げた。
「リシャール様、改めてフルールをよろしくお願いします」
「アンベール殿……」
「鋭いのか鈍いのかよく分からない妹ですが、一緒にいたら楽しくて飽きない毎日はお約束します」
その言葉には思わず笑ってしまった。
ではまた、そう言ってアンベール殿が部屋の扉を開けた時だった。
辺りが急に騒がしくなり、また、例のごとく使用人たちが声を張り上げて走り回っていた。
(……またか)
「なんだか騒がしいですね。あ、リシャール様、もしかしてこれが噂の令嬢の脱走……」
僕は頷く。
本当にどこまでやる気がないのか。男爵令嬢の脱走劇は、ほぼ毎日の日課となっている。
それなのに、王太子殿下は可愛いだろう? とデレデレしているばかり。
(重症だな……やはり、王太子からも降りてもらわないとダメだろ)
「アンベール殿、遠回りだけど馬車寄せまで人があまり通らない道が別にあるので案内する。一緒に行こう」
「あ、助かります」
そうして僕らは歩き出した。
───その時だった。
「───きゃっ!」
「うわっ!」
「っ!?」
曲がり角の向こうから凄い勢いで、突然人が走って来て僕とアンベール殿に激突した。
「あ、ごめんなさーい、大丈夫ですか~? あたし、ちょっと急いでたので、すみません」
(この声は……)
人にぶつかっておいてえへへ、とヘラヘラ笑う聞き覚えのあるこの声。
ぶつかってきた彼女───殿下の真実の愛の相手、エリーズ嬢も僕の顔を見てハッとした。
「やだ! その顔! あなた、確かヴァンサン殿下の……」
「……」
「えっと……明日! 明日からは頑張りますから! ね? だ、だから今は、み、見逃してくださーい、ね? そ、そちらのあなたも!」
捕まると焦ったエリーズ嬢は目をうるうるさせて僕とアンベール殿に対して猫なで声でそう懇願して来た。
❈❈❈❈
ガシャンッ
「───きゃっ!」
「オリアンヌ様! 大丈夫ですか!?」
突然、テーブルの上のポットが倒れた。
お兄様が王宮に行っている間、今日の私はオリアンヌ様とお茶会をしていた。
(実は前々から密かに考えていたのよね)
私は中流の伯爵令嬢で、高位貴族ともあまり付き合いがない。
これからリシャール様の妻としてやっていくにあたり、オリアンヌ様から高位貴族としての心構えを学べないかしら、と。
おそるおそるお願いしたら笑顔で承諾してくれた。
(なんて優しいの!)
そうして、オリアンヌ様からレクチャーを受けつつ二人でお茶を飲んでいたら突然、ポットが倒れてしまった。
「大丈夫。もう中身はほとんど空みたい」
「よ、よかった……」
「びっくりしたわ」
「はい」
ポットはオリアンヌ様の方に倒れたので中身が飛び出して、火傷してしまったらとヒヤヒヤしてしまった。
「……ですけど、ぶつかったわけでもありませんのに突然倒れるなんて」
「そうですね」
(なんだか不吉な予感みたい……)
私たちはお互い顔を見合せた。
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