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73. 頼りになるのは
しおりを挟む「フルール……」
お兄様も何か言いたそうな顔で私を見ている。
私は笑顔のまま手をパンッと叩いた。
「と、いうわけで! お兄様は交友関係の広さを活かして、あちらの国の情報入手をお願いしますわ!」
「え?」
「貧弱王太子は詰めが甘かったようですから、オリアンヌ様が男爵令嬢を虐めていたという話には必ずあちらこちらに穴があります。お兄様の交友関係ならあちらの国との繋がりを持っている方もいるので第三者の話が聞けるでしょう?」
お兄様はポカンとした顔のまま目をパチパチさせながら私を見た。
私は首を傾げる。
「お兄様ったら、そんな顔をしてどうしました? あちらの国の情報収集はお兄様が一番適任だと私は思っていますけど?」
少し放心した様子だったお兄様はハッとして頷く。
「あ、いや。うん……まあ、確かに繋がりのある友人は……いる」
「ですわよね! それで、リシャール様にはそのまま王宮で貧弱王太子の様子と男爵令嬢の様子を注意深く見ててもらうとして──……」
私はブツブツ独り言を呟きながら、オリアンヌ様の冤罪の証拠を集める方法を考えながら指示を出していく。
オリアンヌ様もお兄様と同じような顔で私を見ていた。
「オリアンヌ様は、あちらの国で日頃男爵令嬢とした会話や、パーティーで婚約破棄された時に貧弱王太子に言われたことなどを思い出して書きとめておいて下さいませ。なるべく細かくお願いします」
「は、はい」
オリアンヌ様が頷いてくれたので満足していると、今度はお兄様がおそるおそる訊ねてくる。
なぜか少し声が震えているのが気になった。
「そ、それで……フルールは、な、何をする気なんだ?」
私は待ってましたとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「私ですか? 私は、真実の愛のお相手───男爵令嬢個人のことを調べます!」
「え?」
お兄様はどういうことかと首を傾げた。
「リシャール様の話ですと、すでに彼女のお妃教育は絶望的だという話ですが、貧弱王太子は幻滅どころかそのことを認めたくないそうなので」
「まぁ……そうだろうなぁ」
「それなら、他に幻滅するような部分がないか探してみようかと思っていますわ」
「幻滅って……だが、どうやって調べる? 本人と接触するつもりか?」
不安そうに訊ねてくるお兄様に私はにんまり笑顔を返した。
──────
それから数日後。
「わたしと話がしたいって! …………な、何の用ですか!? ま、まさか前に言っていた国宝とやらを語りに!?」
貧弱王太子の真実の愛の相手のことを調べるには、やはり令嬢たちの噂話が絶対に外せない。
ましてや、殿下は“真実の愛”を持ち出して帰国したのだから注目度はかなり高かったはず。
そして、私の周りでこういった情報を手に入れるのに外せない人と言えば……
(やっぱり、アニエス様よね!)
私はアニエス様に話がしたいと手紙を送ったところ、ようやく会ってくれることになった。
「国宝について? ああ、そうでした。出来ればそれもじっくり語り合いたい所ですけど、今日は別の話がしたくて訪ねさせていただきましたの」
「べ、別の話!? そもそも、わたしは国宝を語る趣味なんて……」
「ふふふ! まさか、アニエス様が国宝について語ることを楽しみにしていてくださったなんて嬉しいですわ! ありがとうございます!」
私は嬉しさのあまりグイグイとアニエス様に迫る。
「は?」
「だって、約束を覚えていて下さったのでしょう?」
なぜかアニエス様は焦りの表情になった。
「ち、違っ……だって本当に国宝とか意味が分から……」
「もう、本当に素敵なので次の機会では、ぜひぜひぜひ語り合いたいですわ!」
リシャール様は本当に本当に素敵な人なのよ?
彼が顔だけじゃないことはぜひ、知ってもらいたい! 語りたい!
アニエス様はあー……とかうー……とか唸ったあとキッと私を睨んだ。
「そ、そんなことより! フルール様! 一体どういうことですか!?」
「え?」
珍しくアニエス様の方が私に詰め寄って来る。
「あの! リシャール様と婚約ってどういうことなんですか!?」
「え? 婚約は婚約ですけど……?」
他に何があると?
私が首を傾げるとアニエス様は顔を真っ赤にして怒鳴るようにして叫ぶ。
「フルール様! あなたは、モリエール伯爵令息に婚約破棄されて振られたばかりでしょう!?」
(うーん……)
私は眉をひそめる。
どうやら、アニエス様はまた今度と言っているのに、どうしても国宝───リシャール様について語り合いたいらしい。
でも、今日はそっちじゃない。
「それは……えっと、話すと長くなるのでまた……」
「まあ! フルール様ったら逃げるおつもり? 実は人に言えないようなことをして手に入れたのではありません?」
「それ……は!」
アニエス様の言葉にハッとする。
確かに……リシャール様を拾う時、少々乱暴に扱おうとしてしまったわ。
さすが、アニエス様。
そんなことまで調べがついているのね?
アニエス様が、私の顔を見てふふっと笑った。
「ほら、フルール様のその顔! やっぱり疚しいことがあるのね!? おかしいと思ったわ。フルール様とじゃ全然釣り合いが取……」
「そうですわね。アニエス様の言うように国宝ですから大事に大事に拾うべきでしたわ……」
私が目を伏せてそう言うとアニエス様が何故か焦り出す。
「……は? 国宝? なんでまた国宝の話!?」
「本当にいつもありがとうございます、アニエス様。でも今はその話よりもっと大事な話がありますの!」
私は、少々強引に話を元に戻す。
「な、なら……い、いったいフルール様はわざわざ何の話をしに来たんですか!」
「───最近、帰国した王太子殿下と王太子殿下が連れて来た令嬢のことですわ」
「え? それって真実の愛を持ち出してオリアンヌ・セルペット侯爵令嬢と婚約破棄した……」
アニエス様の顔が不思議そうな表情になる。
なぜ? そう言いたそう。
私はニッと笑う。
「それですわ!」
さすがアニエス様!
貧弱王太子が口にした真実の愛のこともやっぱりご存知!
「……何で? ハッ! まさかフルール様……」
何かに気づいた様子のアニエス様が口元を手で押さえて震えている。
「あの令嬢がとてもとても王太子妃には相応しくない素行の持ち主だから、あわよくばリシャール様から王太子殿下に乗り換えようっていう魂胆なのね───?」
「相応しくない素行の持ち主?」
貧弱王太子に乗り換えるつもりなんてサラサラ無いけれど、何だか聞き捨てねらない言葉が聞こえた。
「フルール様、あなたが今更殿下を狙おうとしても無駄ですよ! あなたも殿下が連れて来た令嬢と似たようなものですから!」
「……似たようなもの、とは?」
私が首を傾げると、アニエス様は勝ち誇ったような顔でバサッと髪をかきあげた。
「彼女は今、この国では大人しくしているようですけど、あちらの国では殿下に見初められる前から、はしたなくも高位貴族の男性に媚びをうっては声をかけまくっていた令嬢ですから!」
「え!」
「これはあちらの国に親戚を持つ令嬢からの話なので、嘘ではないわよ!」
「!」
(これは……)
「ですから! いったいどんな卑怯な手を使ったか知りませんが、モリエール伯爵令息から乗り換えに成功してリシャール様の婚約者に収まったフルール様も、その令嬢と似たような尻が……」
「アニエス様!」
私はアニエス様の手をギュッと握る。
「ひっ!?」
「その辺の話をもっと詳しくお願いしますわ!」
「……!?」
重要な情報源……逃しませんわよ?
そんな思いで私はアニエス様に再び迫った。
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