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72. 悪役令嬢の欲しいもの

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❈❈❈❈❈


「───いえ、そこでお肉には、こうガブッと勢いよくかぶりつくのが最高に美味しいのです!」
「かぶりつく!?」

 リシャール様に会いに行っただけのはずだったのに、貧弱王太子との初対面を果たした私は屋敷に戻った。
 お兄様とオリアンヌ様にこのことを報告しなくてはと思い部屋に向かう。

「オリアンヌ嬢?  君はどこでそんなことを?」
「私、変装して街を歩くのが大好きなんです!」

 すると、何やらお兄様とオリアンヌ様のとっても楽しそうな会話が聞こえて来た。
 このまま部屋へと突入する前にそっと中の様子を覗いてみる。

「変装!?」
「スリル満点で面白いですよ?  アンベール様も今度ご一緒にいかがですか?」
「え!?  いや、それよりオリアンヌ嬢、君は今、逃亡生活中……では?」
「え……逃亡?  あ、そうでしたね。では、全て解決したらどうですか?」
「忘れてた!?」

 お兄様は青くなったり赤くなったりとくるくる顔色が変わっていく。
 何だかとっても楽しそう。

(それに、変装して街にお出かけ……)

 リシャール様とぜひ、ぜひ、ぜひ!  やりたい所だけど……
 問題はあの美貌よね……

 私は腕を組んでうーんと悩む。

 明るい髪色を隠そうと暗い色の髪にしてもダメだった。
 どんなに分厚い眼鏡をかけて顔を隠しても、余計にその下が美男子である匂いをプンプンさせてしまうリシャール様。
 国宝なだけあって何をしても目立ってしまう……

(難しい……)

 でも、オリアンヌ様もあんなに美しいのに、先程からの発言はまるでお忍びのプロ!
 なにかあの美しさを隠す秘訣があるのかもしれない。

(これは後で秘訣を伝授してもらおう!)

「忘れていたわけではないのですけど……侯爵家あの人たちは私が消えたことに気付いても下手に動けませんから」
「そうなのか?  そういえば、確かにオリアンヌ嬢を探しているという話は一切聞かない……な」

 オリアンヌ様は静かに微笑みを浮かべる。

「おそらく、私を屋敷から出さないというのは王太子殿下からの命令だったと思うのです」
「え?」

 お兄様がなぜ?  と不思議そうな顔をする。
 オリアンヌ様はそんなお兄様の顔を見ながら深いため息と共に言った。

「“王太子妃の地位が欲しくて固執する私”が真実の愛で結ばれた二人の仲を邪魔すると思い込んでいるようですので」
「あー……つまり、殿下の命令があるのに逃げられた侯爵家はオリアンヌ嬢を探したくても……」
「探せません。表向きはオリアンヌ・セルペットは屋敷内にいる──で押し通していますよ」

 そして、オリアンヌ様は寂しそうな顔で呟く。

「……私は、別に王太子妃になりたかったわけではないのに。私が欲しかったのは……」
「欲しかったのは?」
「え?」

 お兄様に聞き返されてオリアンヌ様は驚くと、恥ずかしそうに目を伏せた。
 そして、頬をほんのり染めておそるおそる言った。

「…………あたたかい家族」
「え!」

(───!!)

 その照れたオリアンヌ嬢の美しい顔があまりにも可愛くて私の胸はキュンとなった。

「そうか……あたたかい家族か」

 お兄様が優しくオリアンヌ様に微笑む。
 オリアンヌ様もフワリと微笑み返した。

「はい。特にシャンボン伯爵家は私が憧れるかぞ───」
「───オリアンヌ様!!」

 オリアンヌ様の神々しさに耐え切れなくなった私はバーンと部屋へと突入した。

「フルール様!?」
「フ、フルール!  帰っていたのか……!」
「ええ、戻りましたわ!  そんなことより……ごめんなさい、少しだけ二人の会話を聞いてしまいました」

 突然の登場に驚く二人。
 会話を聞かれていたと聞くと、互いに顔を見合せて何故か照れていた。

(仲良しになれたようで良かったですわ)

 私は満足気に頷くとオリアンヌ様に向かって言った。

「オリアンヌ様、その欲しいもの……絶対手に入れましょう!」
「え?」
「だって、あんな貧弱王太子とでは、絶対にその欲しいものは手に入れられなかったと思いますから!」
「え?  貧弱……?」
「フルール!  貧弱って何の話だ!?」

 お兄様が頭を痛そうに押さえながら聞いてくる。

「貧弱は貧弱ですわ!  玉座の椅子取りゲームでさっさと家臣に踏み潰されていた貧弱な王家の一員です!」
「椅子取りゲームってなんだ!?  どこから出て来た!?」
「家臣に踏み潰された……?」

 お兄様とオリアンヌ様が困惑の表情を私に向ける。

「あ!  貧弱王太子殿下はオリアンヌ様が踏み潰すのも楽しそうですね!  それで王女殿下はリシャール様!」

 二人にはそれくらいの権利があると思うのよね!
 私はたった今浮かんだ想像に満足気に頷く。

「くっ、また妄想か?  …………フルール、妄想の世界から戻って来い!」
「え?  妄想……?」

 まだ、困惑気味のオリアンヌ様にお兄様が説明する。

「フルールの昔から最も得意なことで、妄想の後はたいていこうして暴走するまでがセット……」
「暴走……」
「フルール!」

 ガシッと肩を掴まれ、私の暴走はお兄様の手によって止められた。



「───つまり、お前はリシャール様に会いに行って椅子取りゲームという妄想を繰り広げたあと、王宮で実際に王太子殿下にお会いした、と?」
「ええ、直前まで王位継承について考えていたせいでもう貧弱にしか見えず……心の中で貧弱王太子と呼んでいますわ」
「頼むから、心の中だけに留めておいてくれ!!」
「!」

 私はどんっと胸を張る。

「お兄様、心配ありませんわ!  危うく、貧……と言いかけましたけど持ちこたえましたから!!」
「そこは誇るところじゃない!」
「ですけど、想像したのとそんなに変わらずひょろっとしていたので、現実でもやっぱり貧弱……」

 そう私が言いかけたらオリアンヌ様がフッと吹き出した。

「ふっ……!  貧弱、貧弱って……あは、あははは」
「見た目も中身も貧弱だと思いますわ」
「くふっ!  やだ、もう……そ、想像しちゃ……確かにひょろ……貧、弱……」

 オリアンヌ様はそのまましばらく笑い続けた。


────


「───と、いうわけで貧弱王太子殿下は、彼女が集団に絡まれている所を偶然通りかかったのです」
「よくありそうな話ですわね?  それで、貧弱王太子が颯爽と助けたのですか?」
「いえ、実はそれが……そこは殿下は貧弱なので……」
「~~~~待て、待て待て待てーー!」

 笑い転げていたオリアンヌ様が落ち着いたので、貧弱王太子と男爵令嬢がどのように出会ったのかをオリアンヌ様から聞いていたら、お兄様が慌てて止めに入ってくる。

「どうしましたか、お兄様」
「アンベール様?」
「とうしましたか?  じゃないだろう!?  なんで二人仲良く自然と王太子殿下を貧弱呼びしているんだ!」

 私とオリアンヌ様は顔を見合わせる。
 そして互いに頷き合いお兄様に説明する。

「だって貧弱にしか思えないですわ」
「貧弱という言葉がピッタリだとフルール様の言葉で気付きましたので」
「…………っ」

 お兄様はそれ以上の突っ込みを諦めたのか「二倍には勝てない……」と呟いて肩を落とした。
 そんなお兄様を横目に私は訊ねる。

「そういえば、オリアンヌ様が“悪役令嬢”と呼ばれて婚約破棄された時の周りの反応ってどうだったんですか?」
「周りの反応?」
「そうです、やっぱり!  なのか、ええ?  嘘っ!?  だったのか」

 オリアンヌ様がうーんと首を捻る。

「頭が真っ白になっていたのではっきり覚えていないけれど、驚き……の方が多かったような?」
「なるほど……さすが貧弱。つまり貧弱王太子の根回しは完璧ではなかった、と。ではそこを突っ付けばきっと綻びが……」
「えっと……フルール様?  急にどうされたの?」

 戸惑うオリアンヌ様に私は顔を上げて説明する。

「貧弱王太子を踏み潰してオリアンヌ様が欲しいものを手に入れるためにも、まずはオリアンヌ様が“悪役令嬢”として行ったとされる冤罪を晴らそうかと思いまして」
「え?」
「ここは婚約破棄に加えて更なる慰謝料請求が出来る所ですからね。冤罪の証拠は必須ですわよ!」
「フルール、さま?」

 ポカンとした顔で不思議そうに首を傾げるオリアンヌ様に私は堂々と満面の笑顔を向ける。

「───言ったでしょう?  ……私は全力でオリアンヌ様の味方をしますわ!  と」
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