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71. (貧弱)王太子殿下と最強令嬢
しおりを挟む(貧弱!)
先程、脳内で盛大に繰り広げたドロドロ椅子取りゲームが完全に抜け切っていなかったのか私は、王太子殿下を一目見て真っ先にそんな感想を抱いてしまった。
(この方が……想像の世界でさっさと踏み潰されていたあの貧弱な王太子の本物なのね……)
実際もひょろっとしているので、困ったことに今の私の目には王太子殿下が貧弱にしか見えなくなっている。
「───あぁ、そうか。リシャール、お前が新たに婚約を結んだという伯爵家の令嬢か」
「そうです」
リシャール様が頭を下げながら静かに答えた。
私も倣って静かに頭を下げる。
「確か、身の程もわきまえずにシルヴェーヌに慰謝料を迫った強欲な令嬢と聞いていたが」
貧弱王太子はそう言ってフンッと鼻で笑った。
「リシャールが他の令嬢にも目もくれないほど惚れ込んでいると聞いたから、どれだけの美女かと思えば──」
一旦そこで言葉を切ると貧弱王太子はクッと笑いながら呟いた。
「……なんだ普通ではないか。エリーズの方が何倍も可憐で可愛いらしい。そうそう、さっきもエリーズは───」
「!」
貧弱王太子の言葉に瞑っていた私の目がカッと開く。
(普通……今、私に向かって普通と言ったわ……!)
その後に語られているエリーズという名前の人の可愛い話なんかどうでもいいくらいの衝撃を受けた。
(まさか……まさか、またその言葉が聞けるなんて……!)
私の心の中には感動の嵐が吹き荒れる。
初めて私に“普通”という言葉をくれたのはシルヴェーヌ王女殿下だったわ。
凄いわ、凄いわ、凄いわ!
兄妹というのはやはり考え方は似るものなのね?
二人の似ている所は真実の愛を語って浮気する所だけじゃなかったみたい。
これはもう、お兄様に帰ったら即報告しなくちゃ!
──私は王族二人に認められた“普通”の令嬢なのよ、と。
(ふふふ。お兄様、どんな顔するかしら? きっと驚くわよね)
目をまん丸にして驚くであろうお兄様の姿を想像していたら、笑いが込み上げてくる。
しかし、さすがに今ここで笑い出したらせっかく頂いた言葉“普通”を取り消されてしまうかもしれない。
だから、私は耐えた。
身体をプルプル震わせながら必死に耐えた。
そんな私を見て貧弱王太子は言う。
気の所為でなければその声は弾んでいる。
「ああ、すまない娘。泣いてしまったか? だが私は正直者でな。嘘が付けない性格なのだ」
「……」
「なに、エリーズと比べて劣るからと言って何も悲しむ必要は無い。彼女の可愛さ可憐さが特別なだけだからな! ハハッ!」
「殿下! これ以上の言葉は……いい加減にしてください!」
リシャール様が震える私の背中を擦りながら貧弱王太子に向かって怒り出した。
「ほう? 昔から何をしていてもつまらなそうだったリシャールも彼女のこととなると怒れるのか」
「当たり前です! これ以上は……これ以上の発言をされるとフルールが……」
「ははは、すまない娘。泣かせた詫びとして文句の一つぐらいなら聞いてやろう。顔を上げていいぞ?」
「え? 殿下……そ、それは……ちょっと」
リシャール様の声はどこか焦っていたけれど、顔を上げていいとのことだったので、私はそのまま顔を上げて貧弱王太子殿下の顔をじっと見る。
「フルール……頼む、落ち着……」
「貧……じゃなかった、王太子殿下! ありがとうございます!」
リシャール様の宥める声を聞きながら私は満面の笑みを貧弱王太子に向けた。
「……は? 笑……?」
「まさか、再びこのような最高の褒め言葉を王族の方から賜るとは思いませんでした。ありがとうございました」
「褒め……え? は?」
貧弱王太子は驚きの目を私に向けている。
そして何があったのか顔を青くしてちょっと変な汗をかきはじめた。
(どうしたのかしら?)
「……ま。待て娘。いつ、いつだ? いつ私がそなたのこと……を褒めた……?」
「え? ですから殿下は私のことを“普通”だな、と仰って……」
「は? いやいや、私はエリーズに遠く及ばない普通の娘だと……言った…………よな?」
貧弱王太子はさすが貧弱なだけあって、自分がつい先程発言したばかりの言葉すら記憶が怪しくなるらしい。
「はい、もちろん! ですから普通は私にとって褒め言葉なのです!」
「…………!?」
貧弱王太子は言葉を失い、口をあんぐり開けて私をまじまじと見つめた。
さすが兄妹。その時の顔はいつかのシルヴェーヌ王女殿下ととてもそっくりだった。
────
「くっ……さすが、フルール…………殿下のあんなに面白い顔は初めて見たよ」
「もう! リシャール様ったら笑いすぎですわ」
私が“普通は褒め言葉です”という宣言をした後、少々間抜けな顔を晒した貧弱王太子はハッと我に返ると「もういい!」と勝手に怒りだし去って行った。
そうして廊下に取り残された私たち。
「殿下もな……フルールが懸命に笑いを堪えているから、これ以上のフルールへの発言は止めてくれと言ったのに言うことを聞かないから」
「二度目の普通を貰いましたわ、と報告して驚くお兄様の顔を想像したら耐えられませんでしたわ」
「フルール……」
リシャール様が苦笑いしながら私を抱き寄せる。
「無敵って言葉はフルールの為にあるんじゃないかって気になってくるよ」
「無敵?」
そう言ってリシャール様が笑いながら私の頬を突っつく。
「よく分からないですけど、まあ、いくら褒め言葉を貰ったからといって貧……王太子殿下のしたことは許しませんけどね!」
私が改めて気合いを入れ直すとリシャール様も頷いてくれた。
❈❈❈❈❈
わざわざ可愛いことを言いに報告に来てくれて、無邪気に兄のアンベール殿とオリアンヌ嬢の仲を深めるかのような斡旋をしつつ、謎の明るい前向きパワーで王太子殿下まで撃退したフルールを見送った僕は仕事へと戻る。
(フルールの凄い所は何も計算していない所なんだよなぁ)
アンベール殿とオリアンヌ嬢の関係も「二人の距離が近付いてお兄様のお嫁さんになってくれたら……」とかあわよくば考えそうなものなのに。
フルールからはそういう下心や邪気がないからアンベール殿も素直に従っていそうだ。
そして殿下の嫌味も……
下を向いていたフルールが肩を震わせ始めた時、僕はすぐに察した。
──あ、歓喜して笑いを堪えてるぞ、と。
前に王女殿下に会いに行ったあと、実は最高の褒め言葉を貰ったんですと、これまた可愛い顔で言うものだから、どういうことだ!? と追求してみれば……
(なんであんなに可愛いんだろう……)
エリーズ嬢に夢中な殿下がフルールに惚れることはないだろうとはいえ、弟の例もあるから本当に油断ならない。
「───リシャール! 貴様の婚約者……あれはどういう娘なんだ!」
「……」
仕事に戻ると案の定、殿下が怒っていた。
「どう、とは? 最愛の婚約者ですが?」
「馬鹿を言うな。何一つ私は褒めていないのに褒められたと喜んでいたぞ!? おかしいだろう!」
「いいえ、何もおかしくなどありませんが?」
しれっと言葉を返すと殿下は悔しそうに黙り込んだ。
「もういい、お前の趣味は分からん! そんなことより今はエリーズのことだ!」
「……」
「今度、私の帰国を祝うパーティーが開催される! それまでには完璧な淑女に仕上げなくてはならん!」
(無理だろ……)
連日、逃げ回っているので勉強はろくに進んでいないと聞いた。
彼女がこの国にやって来て鍛えられたのは足腰くらいだろう。
しかし、パーティーか。
こっちの“真実の愛”はどこまで本物かを試せるいい機会かもしれないな、と思った。
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