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62. 念願の……
しおりを挟む(……生きていたのね)
ベルトラン様の姿を見て真っ先に思ったのはこれだった。
あんなに執拗い手紙を送って来たり突撃されたり煩かったのに、パッタリ静かになるし、最後に聞いた噂もまた“倒れた”だったから。
「すごい注目を集めていながらも、遠巻きにされていますわね、お兄様」
「ああ。完全に腫れ物状態だな」
会場のあちこちから“真実の愛”という言葉が聞こえて来る。
不躾な視線が不快だったのか、ベルトラン様は機嫌の悪そうな顔をして飲み物を手に取ると一気に飲み干していた。
「あの様子では花嫁探しは難しいだろうなぁ」
お兄様は呆れ顔でそう口にする。
私も同意する。
「モリエール伯爵家の再建は正直、厳しいと思いますわ」
針のむしろのような状態のベルトラン様、謹慎中で処分待ちの王女殿下。
しかし、真実の愛で結ばれたはずの不貞カップルの愛は壊れ、とばっちりで捨てられた私とリシャール様は出会って恋に落ちて幸せな未来へと向かっている。
(なんて皮肉な……)
なんて思った時だった。
会場内に音楽が流れ始める。
私はハッと顔を上げてお兄様を見つめる。
「お兄様! 来ましたわ。ダンスの時間です!」
「お、おう……」
メラッと再び闘志を燃やす私。
それなのに、なんとお兄様は怖気付いてしまったのか顔を引き攣らせている。
「大丈夫ですわ、お兄様! 確かにまだまだ足は踏みまくっている私ですけれど……」
「ああ、おかげでかなり鍛えられているよ」
「今日はこれまでにない最高のダンスが踊れる気がするのです!!」
私のそんな強気な口調にお兄様が苦笑する。
「フルール。念の為に聞くけど、どこにそんな根拠があるんだ?」
(根拠? それはもちろん──……)
私はそんなお兄様に向かってニンマリ笑う。
だって脳内イメージトレーニングはいつだって完璧! ならばあとは──……
「───もちろん、野生の勘ですわ!!」
面食らっているお兄様を引き摺って、最高のダンスを披露するため中央に向かおうとした時だった。
「───フルール」
「……っ」
その優しくて大好きな声に私の胸がドキンッと大きく跳ねる。
この声はリシャール様の声。
リシャール様は今もたくさんの人に囲まれていたはずなのに?
そう思って振り向いた。
「フルール……」
「リシャール、様」
思った通りそこに立っていた私の愛しい人はいつものように甘い瞳で私を見ている。
そんなリシャール様の後ろには、屍みたいに崩れ落ちた令嬢の山が見えた。
(……なにあれ?)
向こうの屍の山に気を取られていた私に向かってリシャール様がスッと手を差し出す。
「…………フルール・シャンボン伯爵令嬢、僕と踊ってくれませんか?」
「……!」
リシャール様のその言葉に会場によく響いた。
そのため、会場内はザワッと一気に騒がしくなる。
視界の端で目を大きく見開いて固まっているベルトラン様や、アニエス様の姿も見える。
「フルールがこの手を取ってくれないと、今日の僕は誰とも踊れないな」
「私だけ?」
「そう。フルールだけ」
「っっ!!」
国宝級の笑顔が眩しい!
私だけではないわ。会場中の人たちもその笑顔に釘付けになっている。
やっぱりこの笑顔は皆に広めるべき笑顔よ!
(もう!)
「……リシャール様、今日の私は最高のダンスを踊れる気がしているのです」
「知っている。聞こえていた」
私の言葉を聞いたリシャール様がクスリと笑う。
「あら……」
「それなら、アンベール殿には申し訳ないけどね、尚更パートナーは僕でないと」
(リシャール様……!)
私がお兄様に視線を向けると、お兄様は満面の笑みでどうぞどうぞと言う顔をしていた。
その表情に少しホッとしている様子が見えるのは……気の所為?
「アンベール殿、快く送り出してくれているね」
「……ですわね」
私はリシャール様の手を取る。
リシャール様は嬉しそうに……そして幸せそうに微笑んでくれた。
私がダンスが不得意なのは、知られていることなので踊り出した私たちを周囲はハラハラした目で見守っていた。
「ふふ、何だかお兄様がいっぱいいるみたいです」
「……その例えはどうなんだ?」
踊りながらリシャール様にそう言うと、なんとも複雑そうな顔をされた。
お兄様効果なのか、今のところ大きな失敗も足を踏みまくることも起きずに踊れている。
「いえ、みんなお兄様と思うと不思議とリラックス出来ると言いますか……」
「クッ……フルールらしいな。だから、今日はそんな笑顔なのか?」
「それは……あっ」
ちょっと照れてしまったからかステップを間違えそうになる。
けれど、それは大惨事になることはなくリシャール様に見事にカバーされ、事なきを得た。
(凄いわ……!)
慣れ親しんだお兄様と踊るのとは少し違う、また特別な感じ。
「それは?」
「……」
リシャール様が続きを促してくるので、私は少し照れながら答えた。
「大好きなリシャール様と大勢の前で踊れているからですわ」
「フルール……」
私の言葉を聞いたリシャール様の顔がポッと赤くなる。
その照れた顔が可愛くて私も自然と笑顔になった。
「それにしてもフルール、すごいな」
「はい?」
「前に少し踊った時よりかなり上達している……」
「!」
リシャール様はそう言って嬉しそうに微笑む。
(私はこの顔が見たかったの……!)
たくさん練習に付き合ってくれて尊い足を犠牲にしてくれたお兄様には、このあと即座に報告しなくちゃ、と思った。
そうして周囲を見てみると、いつの間にかハラハラだった視線があたたかい視線に変わっている。
(……うっとり! これは皆、私たちのダンスにうっとり見惚れているのよね!?)
私はずっと見たかったその光景に歓喜した。
そしてこうも思う。
これでダンスが壊滅的だからリシャール様の隣に立つなんて……という声は潰せるわ!
そんなことを考えていたら、一際熱い視線を感じた。
(……誰? どこから?)
そう思ってその視線の先にチラッと目を向ける。
“その人”は驚きで目をめいっぱい見開き、口をあんぐり開けて私たちを凝視していた。
(ベルトラン様……すごい顔)
だいぶげっそりして様変わりした彼の顔は「嘘だろ? 何でフルールがそこに……」なんて言っていそうだわ思った。
だから、私はベルトラン様に向けてとびっきりの笑顔を向ける。
───あなたが真実の愛を見つけてくれたおかげで今、私は幸せです。
そんな私の思いが届いたのか、ベルトラン様は放心状態のままその場に膝から崩れ落ちていた。
「フルール? どうかした?」
「あ、いえ……これでようやく“終わった”という気持ちが、こうムクムクして来まして」
「うん? ムクムク?」
リシャール様は不思議そうに首を傾げる。
「ムクムクですわ!」
「ははは、フルールは相変わらずだな」
「……えっと、今のは笑うところです?」
そんな会話をしながら私たちは微笑み合い、会場内にとびっきり甘い空気をお届けした。
ちなみに……
ベルトラン様だけでなくアニエス様も何故かその場で泡を吹いて倒れていたらしい。
これは、絶対にお見舞いに行かなくては、と思った。
────こうして、真実の愛ごっこから始まった諸々の問題はどうにか片付き、これからはリシャール様との幸せな未来に一直線だと思っていた矢先、とある報せが届いた。
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