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58. もう遅い
しおりを挟む「──やっばり、フルールは凄いな」
リシャール様がククッと笑いながら顔を上げた。
そして私のそばに近付いてくると、そっと微笑みながら手を伸ばして私の頬を撫でた。
(こ、国宝……!)
また胸がキュンとなる。
国宝の笑顔にドキドキしているのか、褒められてドキドキしているのか、頬を撫でられてドキドキしているのか自分でも分からない!
とにかくドキドキする!
「私が……凄い?」
「うん。普段はその豪快な行動に目が行きがちなんだけど、実はフルールって、細かい所までよく見ていてちゃんと気付くんだ──だから、それ分かったんだろう?」
そう言われて、私は自分の手の中にある拾った紙の破片に目を向ける。
「……難しいことはよく分からないのですけど……“これ”がリシャール様の書いたものではないということは分かりましたわ」
「うん、正解」
リシャール様が微笑みながら頷く。
私も安心して微笑み返す。
(やっぱり……!)
「……ぬぁ? なんだと!? リシャールが書いたものでは……ない?」
公爵が目を丸くして少し間抜けな声を上げた。
私はそんな公爵ににっこりした微笑みを向けながら説明する。
「覚えていますか? リシャール様は、先程あなたの悪行三昧を“まとめていた”と口にされました」
「……は?」
「ですが、こちらは破かれてしまっていますが、この破片から読み取れる文字は、リシャール様の書いた文字ではありません」
「な……に?」
公爵の顔がピクピク引き攣っていく。
そしてどんどん青ざめていく。
きっと今、頭の中で嫌な予感が駆け巡っている所でしょう。
「そこから考えられることは一つです」
「……っ」
「公爵様、あなたが破いたこちらは複写───つまり、本物は……本物の資料はとっくに然るべき場所に提出されている。そう考えるのが妥当なのですよ」
「て、提出……済み?」
「ええ」
震え声で聞き返してくる公爵に対して私は大きく頷くともう一度にっこりと笑う。
「───だから、もう遅い。なのですわ」
公爵がヒュッと息を呑む。
そして青白い顔で全身を震わせ始めた。
「フルールの言う通りだ。あなたが破いたそれは予め複写しておいたもの。本物はもうとっくに提出済みなんですよ」
「……! リ、リシャール!!」
「ちなみに、その報告書には当主交代を訴える人たちからの署名も添えてありますので、ご安心ください」
「あ、あ、安心出来るかーーーー! リシャールめ、ふざけるなぁぁぁ!!」
にこっと笑って告げたリシャール様に向かって公爵は案の定、激怒した。
しかし、そんな公爵に向かってリシャール様はとどめを刺すように言った。
「……もう全て遅いです。それに……そうだな。今頃、公爵家に人が向かっているかもしれませんね?」
「なっ……」
「母……夫人は部屋に篭もりっきりなんでしたっけ? ならば、きっと引きずり出されているかな」
「あ……」
「皆、あなたの帰りを待っていますよ」
リシャール様のその冷たい微笑みが素敵すぎて私の心がまたしてもゾクゾクした。
力が抜けたのかガクッとその場に崩れ落ちた公爵はうわ言のように呟く。
「くそっ……間抜けにもリシャールに踊らされたとは…………それに、なんの取り柄もなさそうな小娘ですら……気付いた、のに……くっ」
(まだ、言っているわ)
私は内心で大きく呆れながら公爵に向かって口を開く。
「だから言ったじゃないですか。あなたはリシャール様を道具としてしか見ていないって」
「な……に?」
公爵がぐちゃぐちゃの顔を上げて私の顔を見る。
「あなたがちゃんとリシャール様の“親”であり、リシャール様のことを見てきちんと知っていれば字が違う、とすぐに気付けたのではありません?」
「……ぐっ」
「でもあなたは知らない。リシャール様のことなんて何も分かっていない。ですからやっぱり、あなたはリシャール様の親でも家族でもありませんわね!」
私は笑顔で断定する。
「こ、小娘のくせに生意気なことを言いやがって……なら貴様は家族の書いた文字を一目見ただけで分かるとでも言うのか!」
「もちろんですわ!」
私はどんっと胸を張る。
公爵が、え? と間抜けな顔になる。
「分かりますわよ? だって、あなたが破いたその複写資料の文字は私のお兄様の書いた文字ですもの!」
「なっ! 小娘! 適当なことを言うな! 貴様が目にしたのは小さな破片のみだろう!? 分かるはずがない!」
「決めつけないで下さいませ? たとえ、それが小さな破片だろうと何だろうとお兄様大好き! な私が字を見間違えるはずがありませんわ!!」
「……!?」
「お兄様大好き! な妹を舐めないでくださいませ!!」
私の叫びに皆がポカンとしている。
私は全員を見渡してふふん……と得意気な顔で微笑んだ。
そんな中、お兄様がおそるおそる口を開く。
「フルール……お前、破片を見ただけで本当に俺が書いたものだと分かって言っていたのか?」
「もちろんです! お兄様大好きを名乗るのならこれくらいの判別、出来て当然でしてよ!」
「フルール……!」
お兄様の目が感動でうるうるし始める。
公爵は口をあんぐり開けて間抜けな表情を披露している。
「お兄様の字は丁寧で特徴が多いですからね! 筆圧が弱いので少しナヨッとしてますし、字の払いも甘い所が多いですし、それからこれは癖なのでしょうが全体的な字のバランスが右上がりでそれが───」
「フルーーーール! 待て待て待て! 待ってくれ!」
「?」
お兄様の字の特徴を並べ出したら、感動の涙を流していたはずのお兄様が勢いよく飛んで来た。
「……お兄様、感動の涙は?」
「うん、いや、もう嬉しくて流れ出る寸前だったけど、びっくりして一気に引っ込んだ」
「そうでしたか……」
どうやら、お兄様を感動させるには至らなかったみたい。
「フルール……一応聞く、が。今のは……今、語っていた俺の字についての特徴は……」
「もちろん! 褒めていますわ!!」
「褒め……? いや、貶していたのではないのか?」
「貶す……? なぜです? だって私は昔からお兄様の字が大好きなんですよ?」
私は笑顔でそう答えるとお兄様は両手で顔を覆いながら唸った。
「……くっ! 出た!」
なぜ、貶さなくてはならないの?
子供の頃、字を覚えたての私と文通ごっこをしてくれたお兄様。
上手い下手なんて関係ない。あの頃から変わらない丁寧に書かれた文字が私は大好き。
───それなのに、貶す……とは?
私はハッとする。
「お兄様、もしかして誰かに字を貶されたのですか?」
「は?」
「どこのどなたです? 私の大好きなお兄様の文字を貶すなんて……許せませんわ……」
再び私の闘志にメラッと火がつく。
「フルール! 違う、違うから! 誰からも貶されていない、いないぞ、うん。だから闘志を燃やすのは止めてくれ! 鎮まれ!」
「…………分かりました。お兄様がそう言うのなら」
私は怒りを鎮める。
ですが、犯人を見つけた時は……絶対に許しませんわ!
「コホンッ───さ、さて、フルールの凄さが分かった所で、この人たちにはそろそろ……」
リシャール様がパンッと手を叩いてこの場をお開きにしようとする。
しかし、そこで私はとある重大なことに気付いた。
「……待ってください、リシャール様!」
私は慌ててリシャール様を引き止める。
「うん? どうしたの? フルール」
「……私、どうしてもあちらの方々に最後に確認したいことがあるのです!」
「え? 確認?」
「はい……あちらの……」
私は頷きながらジメ男にチラッと視線を向ける。
そんな私と目が合ったジメ男はほんのり頬を赤く染めた。
「……」
「フルール?」
(やっぱり、このままではスッキリ出来ないわ!)
「────リシャール様! あなたの弟さんのお名前は何というのですか!?」
ガンッ!
ジメ男がソファから転げ落ちてテーブルに頭をぶつけた音が聞こえた。
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